最終章、サイッコー!
ガルパンはいいぞ。
ガチ軍神参上
見事だ、と思う。
履帯の締め具合も適当であり、装甲の清掃も定期的に行なっていることがうかがえる。
車体の歪みなども見当たらない。
それが奥の方へ横一列に整然と並べられている。
乗っている者らにも大事に扱われているのだろうか。
我が帝国陸軍の技術部がこれを整備した者たちに劣っているとは微塵も考えていないが、女の遊びから来たにしては大事にされているようだ。
これらはなんでもつい先日東京湾近くに現れた巨大な船から降りて来たという。
だがこの戦車の形式は間違いなく我が国のもの。
おまけにそんな巨大な船、なんでも太平洋を横断したりする大きな船など比較にならぬほど大きいと聞いたその船を作れる国なぞ、我が国は無論、欧米列強でさえ作れるとは思えん。
支那の南方にて同様の船があるとの話も新聞で見た記憶はあるが、詳しくは覚えてないない。
彼らは我が国にあらずして我が国である、非常に不可思議な存在であった。
しかし利益が貰えるならば、些細なことについて人々が何も言わなくなってくるのが道理。
同じ言葉が通じることもあり、この国はこの顕界と異界との辺境にいそうな者らを心情的にも受け入れていた。
何れにせよどのような者であろうと、この戦車に乗る者には一度会っても良いと、前から考えていた。
満蒙での経験からいずれはこの戦車、またその後継が戦場を駆け巡ることになるだろうと考え、戦車兵への転属を希望した時に、である。
その時にこのような大量の戦車が確保されたのは、私としても枠の拡大の意味でありがたい。
「履帯に異常なし。
おーい、そっちはどうだ?」
「はっ、砲及び機械類異常なしであります!」
「よーし、次行くぞ。」
それらを確認しているのは二人の女子。
正月が過ぎ切って間もないのに、しかもこの赤鬼も青くなる寒い空の下で、薄着で一両一両細部を確認していっている。
一人はそこそこ長身の黒髪。
もう一人は一回り小柄な丸眼鏡の女だ。
おさげを両側に吊るしているだけに、軍服では無かったら一介の女学生だと見間違うだろう。
この戦車の持ち主であろう。
だが服装は軍服に近い気はするが、階級章か付いていない。
女子が軍に所属などしているはずもないので当然といえば当然だ。
時々手に息を吐きかけながら、その様子をただ眺めていた。
そのうち背が高い方がしばらくして気づき、こちらに視線を向ける。
もう一人を呼び止め、そろって戦車から降りると、両足を揃え敬礼を決めた。
その時私はこの女子らに美しさを見出した。
さながら広い草原を駆ける一陣の風のようであり、凛とした立ち姿である。
その風が私にも吹き付けられる気がして、少し寒気を感じた。
この姿、部下にも敬礼の指針としておきたいぐらいだ。
すぐに私も答礼する。
こちらも最上の礼を尽くさねば失礼だ。
「陸軍歩兵少尉の西住だ、名を聞こう。」
「はっ、名乗り遅れました!
私は知波単戦車隊隊長、西であります!」
「同じく知波単戦車隊軽戦車隊一番車車長、福田であります!」
「本日は我が戦車隊に如何なるご用件でありますか!」
正直耳に来るほど甲高い。
日頃低い男の声ばかり聴いてる故か。
「私も間もなくここの練習部に入るものでな。
新たに来る戦車が少し気になったので眺めていただけだ。
特にこれといった用はない。
それにしても、先程から実に念入りに確認しているな。」
「はっ、本日知波単学園艦より戦車をこちらの騎兵学校に持ち込むように指示を受けておりまして、戦車隊を代表して我々が随行しました。
立つ鳥跡を濁さずと言いますし、最善の状態でお渡ししたいと考えております!」
「良い心がけだな。
戦車はこれからの戦争の要となろう。
これに命を預ける者が出て来るかも知れん。
いや、昨今の状況から考えて間違いなく出て来るだろう。
それに訓練で事故に遭われては軍人の意味がない。
練習部の一人としてよろしく頼む。」
「はっ!
それにしても、命を預かる戦車……でありますか……」
おさげの女子が戦車を横目に見ながらぼやく。
「不満か?
戦車道は人を殺さぬものだそうだが。」
「い、いえ、滅相も無い……
我々の学園艦をお守りくださっているこの国を守るのにこの戦車が必要ならば、お断りする理由はございません。」
「まぁ良い。
何事も ならぬといふは なきものを ならぬといふは なさぬなりけり
という言葉もある。
為さねばならぬ時は為さねばならんのだ。
何があってもな。」
目を細め一瞬視線を逸らしたが、すぐに視線を戻す。
一つ気になることがある。
「それで知波単は戦車道をやっていると聴いておるが、この戦車がこちらのものとなった場合、そなたらはどうするのだ?」
「はっ、戦車連隊の訓練が優先された上で、燃料と訓練施設の借り賃、及び訓練後の整備とその費用がこちらの負担であれば、訓練しても構わないと伺っております。
ですが、夏の世界大会には久留米の教導団が主体となって参加するそうで、なぜ我々がこのような場を用意して頂いたかは申し訳ありませんが存じておりません。
ここの師団や騎兵学校の方のお計らいとは伺っているのですが……」
「そうか、だとしたらこの先も見かける時があるやもしれんな。」
「はっ、その際はよろしくお願い致します!」
「こちらこそ。
そなたらの方が乗り慣れているだろう。」
「勿体ないお言葉であります!」
「正月は体が鈍る。
久々だったが、やはり鍛錬は間をおいてはいかんな。」
男が汗を拭きながら敷地内を歩いている。
「あいつの調子も上手くいってないなぁ。
年もあるかもしれんし、流石にこの夏は厳しいかもしれん。
主体はアスコットになるかもな。」
この男もまた軍人であり、騎兵学校の教官の一人である。
「まぁ、力を尽くすしかないだろう。
変な期待も付いて来るだろうし、それを感じてあいつが荒れなきゃいいんだが……」
顔を軽く歪ませながら頭の後ろを掻く。
今はあいつを少し休ませ、少ししたら世話をする、そのために必要な暇だ。
正月を超えて間もないとはいえ、陸軍は暇ではない。
施設でも時々人とすれ違う。
身分が上の者には敬礼を、下の者には答礼しつつ散歩を続ける。
気がつくと戦車連隊がいる辺りへと来ていた。
ここの辺りはあまり人がいないようだ。
今朝方騒がしかった気がしたのだが。
今年の夏に戦車学校が出来るという話だが、私はその頃にはここにはおるまい。
だがとある道の角に差し掛かり、視線を軽く右へ向けると、ずらりと戦車が横に並んでいたのには魂消た。
その列の奥側で人が話している。
後ろを向いている者らの一人はやけに髪が長い。
だが軍服らしきものを着ているようだ。
まさか軍人で長髪な人間なんぞ居らんとは思うが、念のため近づく。
時間潰しとしても悪くない。
向こうもこちらに気づき奥の男が敬礼したのに合わせ、向こうを向いていたものらが振り返って敬礼してきた。
こちらも七三分けの髪をのぞかせて応える。
一人の少尉に……後の二人は女子?
軍服かと思ったが微妙に違うようだ。
「……何故ここに?
戦車道なら久留米じゃないのか?」
「はっ、本日知波単学園艦から、陸軍へ戦車の納入のため参りました。
知波単戦車隊隊長の西であります!」
「西……」
「同じく知波単戦車隊軽戦車隊一番車車長、福田であります!」
軍人ではないようだ。
ならば長髪を叱る必要はない。
少し二人を見下ろした後、男は顔を軽くあげた。
「今月より戦車第2連隊練習部所属、西住です。
お名前は存じております、西大尉。」
「流石に知られているか。」
気恥ずかしそうに頰をかく。
「我が国で知らぬ者は稀だと思いますが。」
「それもそうか。
それで君は?」
「はっ、たまたま戦車の納入を見かけたもので。
これから世話になる戦車の前任者を知って損はないかと。」
「なるほどね。」
納得する仕草をしてから、軽く身をかがめ、女子らと視線を合わせる。
「君の名も西か。」
「はっ、西大尉のようなご高名な方と見えることができ、非常に光栄であります!」
「ははっ、君らは軍人じゃない。
そこまで軍人らしくいる必要もないだろうに。」
「しかし無位無官の者が役職ある方に出会った際は、相手に合わせて礼儀を尽くすべきかと。」
高価そうな軍服の袖を横に広げて一つ息を吐くと、戦車をちらりと眺めてから次の言葉を紡いだ。
「知波単、だっけ?
知波単の人とは初めて会ったけど、女子に軍人らしく話させるとは、面白い教育をしてるんだね。」
「はっ、
『知恵の波を単身渡れるような進取の精神に溢れる学生になるように』
が我が校の名の由来でありますゆえ、自立向上の精神が求められております!」
「戦車道もその指針ゆえ、といったところかな?」
「どちらから申しますと、我が校では馬術関連の部活動が盛んでありますから、そちらの方が適しているかと。」
目が輝く。自分でもわかる。
「知波単に乗馬が得意な者がいるのか?」
「はっ、うちの戦車道の人員以上は。」
「技術は?」
「全国大会にいった者ならいくらかおりますが……」
非常に面白そうだ。
「……ちょっと学校長に頼んでみるか。
君らはここには来るのかい?」
「はい、ありがたいことにここの設備をお借りできましたので。」
「じゃ、また何かあったらよろしく頼むよ。
私は馬の世話に戻らないといけないから。」
男は背を向け、その場を立ち去っていった。
装飾の一部が少し揺れている。
その背中が角の向こうに消えると、長身の女子が敬礼を解いた。
「ふぅ……」
肩に疲れが溜まったのか少し右肩を回している。
「戦車の納入だけかと思ったら、とんでもない方に会ったでありますな、隊長。」
「うむ……」
彼女らははっと後ろの私に気づいたようだ。
すぐに戻り敬礼し直す。
「も、申し訳ありませんでした。
気が緩んでおりました!」
「い、いや、軍人ではないし構わんよ。
話が長引いたな。
私もそろそろ戻ることにする。」
私も彼女らに背を向ける。
流石に立ち話が過ぎた。
もともと彼女らはこの戦車らの確認をしていたのであり、私と話すためにいたのではない。
邪魔し続ける道理もない。
「西住少尉、ありがとうございました!」
「こちらこそ。
練習頑張れよ。」
その背中も間も無く消えた。
敬礼を解いてまた腕を回すと、長髪の女子は大きく息を吸った。
「福田、あと少しぱっぱと終わらせるぞ!」
「了解であります!」
彼女らは先ほどのものの隣の戦車に飛び乗った。
陽は落ち、暗闇が包む千葉港。
ここからは海路知波単学園艦への船が出ている。
といっても学園艦がもともと保有していた船を転用していただけであり、運行も船舶科が担っているため、便数も少ない上20時代のこれが最終便だ。
学園艦は国に編入されているため、船に乗るのに金以外特別に必要なものはない。
船内の椅子で腰を落ち着けたところで、隣の福田が口を開いた。
「西隊長、これから練習はどのようになるのでありますか?」
「月一が限度だろうな。
全員が海を渡り、向こうの施設代や借り賃を払い続けるのは、部費も縮小されている我々には負担がでかすぎる。」
「厳しくなりますな……」
「それにこの時代の戦車道は、我々のものとは違う。
カーボンなんてないし日本では馬上薙刀が戦車になった程度だ。」
「では我々はどうしたら……」
「カーボンは外して提供してしまったから紅白戦とかは出来んが、かといってやり方を改める訳にもいくまい。
このまま地道に知波単戦車道を進むしかあるまい。
こういう時なら、突撃も許されよう。」
「……」
船は出航した。
舵を切り、闇夜の中館山沖の学園艦を目指す。
確かにこのままではジリ貧だ。
すでに学園艦では朝鮮や満州への移民の希望者の募集を開始している。
食糧も高騰気味、輸送船の頻度がこれでは都市からの人の流出は避けられないのだろう。
何もできないならば、我々もその一人に加え入れられるかも知れん。
隊長として学園艦から切り離される仲間なぞ見逃すわけにはいかない。
それに地位的にも日本に従属している。
最近は危険思想を持っているとして、住民の一人が特高に治安維持法違反で捕まったと聞く。
あの自由で自発的な知波単の土台が揺らごうとしていた。
こんな時、西住殿、いやさっきの方ではなく大洗の方だが、いやさっきの方も否定する訳にはいかんな……まあいい、その方ならどうするのだろうか。
きっと我々には思いもよらない作戦で危機を乗り越えてしまうのだろう。
「……隊長。」
「どうした、福田。」
「悩み事、でありますか?」
「……まぁな。
我々の運命は学園に決められている。
この先学園はどうなるのやら……私にも想像つかん。
戦車道が出来なくなろうとも、その精神を守る戦車道の仲間が引き裂かれることだけは避けたいのだが……」
「……私、一つ計画があるのでありますが……それが成功すれば……」
「……何?小声でいい。教えてくれ。」
福田は少し耳元に口を寄せた。
「今年の2月に……」
ちょうどその時、外に舞い出した粉雪の中で船が長く警笛を鳴らした。
非常に、非常に長かった。
そういえば「不死の感情」ってみぽりんが高2の2学期の時の話なんだよな……!(鬼畜の閃き)