広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。
先週は急に投稿を取りやめてしまい申し訳ありませんでした。
来週も間に合わせます。


広西大洗奮闘記 89 新世代

12月28日夜、我々は輸送艦『福安』に乗り込み、黄埔の港から警笛をあげる船と共に離れた。

夜の闇の中、明かりは出航後しばらくすると急に少なくなり、こちらのマスト灯の明かりの方が強くなり、それが海面を円形に浮かび上がらせる。

時々漁船と家の灯りが僅かにあるのみ。

 

ここで勤めるのは広東海軍の船員らである。

その補佐を無線係を中心とした英語が出来るものが務めている。

服は支給品が間に合ってないらしく、陸軍のものが混じっていたり私服だったりとまちまちだ。

我々は操舵室にて様子を確認した。

彼らの働きぶりについても聞いたが、軍の給料の未払いはよくある事らしく、こちらは配給の食料を提供し、仮設住宅の一室をただで貸すことで給料代わりとしている。

お陰で目立った事故は無いようだ。

 

確かに陸と空は力が入れられていたが、海は交易路以外は特に注力していないのだろう。

日本と戦争になったら、河口付近でさえ安全を保証できるか分からないのに制海権なんて確保出来るはずもないし、選択と集中の際の排除対象として妥当ではある。

 

話を聞いた後は船舶科から与えられたちんまりとした部屋に入る。

他の船員はハンモックだったりするそうだから、これでも船長並みの待遇だそうだ。

用意してもらった服に着替えた後、椅子に座り貰った握り飯を甘くなるまで齧りながら、川、そして海へとその船に揺られる事4時間。

島の隙間をくぐり抜け万山群島に接近し、大万山島を左から時計回りに迂回して島の南西にある万山港へ入る。

外部にもこの呼称を適用しているそうだ。

 

下船の準備をして甲板で待つが、そこから見える港は僅か一月でこさえられたにしてはそこそこ設備が整っていた。

島そのものは夜ゆえほとんど真っ暗だったが、仮設住宅の一つを用いて設置された港湾管理事務所の上からは、学園艦のお古のライトが辺りを照らしている。

隣のもっと大きな輸送船を認めるまでもなく、それをも光源と成して煌煌と光を照射していた。

 

船から降ろしたスロープ、という名のただの金属板をおりて陸地を踏んだ。

流石に全面をコンクリートで固める余裕は無いようで、側面に石を積んであるだけで、他は土そのままだ。

側面の崩壊によって船が入れなくなることだけは避けた感じか。

「お帰りなさいませ、会長。」

私の一番信頼する部下が、到着を迎えた。

「ただいま。」

 

 

船のことは船舶科に任せ、私たちはこの島の中核である生徒会事務所に向かう。

もはや建物の一部ではなく、一つの施設として成り立っている。

使っている仮設住宅は3つだ。

人も住んでないのに贅沢な使い方をしていると思われたかもしれないが、これでも前の生徒会室と生徒会長室を足した面積の半分ほどしかない。

しかもそのうち一個は書類などの倉庫として利用している。

つまり実際はかなり狭い。

その分外回りを増やしたり、仕事用の机を共用したり、晴れた日は外を仕事場にすることで、何とか人が動ける程度のスペースを確保したそうだ。

無論そんなスペースで全員が横になって眠ることはできないので、他にも住居が用意されている。

家族と一緒に学園艦に住んでいた者も生徒会にはいるが、全員こちらで集団で生活している。

いざという時はすぐに人員を用意出来ないといけないからだ。

特にこの先はそのようなことも仕事に応じて増えるだろう。

 

で、休暇でこの地を訪れた私たちには、当然住居なんて割り当てられていない。

無論生徒会関連施設で人が2人追加で横になれる場所を確保できるものはない。

そういうわけで私たちの寝る場所は少し離れた所にいた船舶科の船長らが使っている仮設住宅の隅っこを借りることになった。

3人で一棟使っているようだが、明らかに生徒会よりいい思いをしている。

羨ましいし小山もそうだと言っていたが、船舶科の職務を行うのもここだそうであるし、何より専門職ゆえ待遇は他の人よりマシでなくてはならない。

そのうち一人の大橋ちゃんが漁船運行の指揮をとって留守であるため、残りのスペースを寝床として借受ける。

 

寝る前に彼らとはここの状況と私の環境について互いに話をした。

こっちでは先日の黄埔での貿易で当面の燃料の確保は出来たものの、やはり値段は値切られているため、一回の売却品全てを売っぱらってやっと食糧や燃料必需品の必要分が購入できる状況らしい。

あとは医薬品に関しては購入のめどが立っておらず、病気などは残り僅かの医薬品と自然治癒に任せざるを得ないという。

服や家具などの商品に関しては市商会の興味を引けているそうなので、漁獲量の安定とこれからの挽回に期待しよう。

こっちからは向こうの情勢だ。

我々が歴史で学んだことと大きくは相違ないが、偉人個人を見た感想はなかなか学べるものではないため、皆が知っている程度の人物のそこらを重点的に話した。

向こうの経済や社会について安易に語るのは避けた。

我々は向こうからはしばらく脱却出来ない。

あとは冷泉ちゃんに広東語をスラスラ話してもらって驚かれたりと、結構気楽なまま話は進んだ。

 

寝たのは0時半を過ぎた頃。

ちなみにこちらの時間は12月25日、クリスマスを以って1時間遅らせてある。

サマータイムならぬウィンタータイムといったところか。

違うとなれば仮に春になっても元に戻らない、というところだろうか。

 

 

次の日の朝、私は早めに目を覚ました。

時計はまだ6時前をさしている。

この部屋には雨戸が付いてないから仕方ないことである。

しかし他の人はまだ眠っており、私は身を起こすとそろそろと部屋の外に出た。

天気は快晴ではなかったが、やっと昇ったばかりの太陽を前に、寝間着のまま大きく四肢を伸ばす。

風が潮の香りを運んでくるなか、久々に記憶のままにラジオ体操を始めてみた。

頭の中で8拍子のリズムを打ちながら腕を振ったり飛んだり跳ねたり、上半身を倒したり回したりと多様な動きをし続ける。

そうしている間に、いくつかの自転車が連なって前を通り過ぎた。

見るとどれも前後の籠に大量の荷物を載せている。

地面は舗装などされておらず、砂利や土がそのまま露出している。

バランスを崩さないか心配だったが、全く気にするそぶりもなく、生徒会の者らは結構なスピードで通り過ぎていった。

私はまだ体操は途中だったが、それを途中で中断して、軽く着替えて生徒会の建物へ向かうことにした。

 

建物の前には長机が設置され、人が慌ただしく行き交っていた。

「本日朝分の確認!芋、魚、米!」

「芋、魚、米!規定量の存在を確認します!」

「開場まで残り35分!」

生徒会の面々が昨日見た姿とは大きく異なり、声を張り上げながら配給開始の手続きを進めている。

魚市とかがイメージとしては適当か。

かなり規模は小さいが。

「あ、会長。」

そのうち一人が私がかなり近づいてから存在に気づいた。

「手伝うことある?」

「副会長に確認を。」

見事にたらい回された。

小山もここにいるようだが、生憎指示を連続して繰り出しており、とても話しかけられそうな気がしない。

これはあれか?邪魔だから離れてろってことか?

「会長?」

と思ってたらあちら側がこちらに気がついた。

「確か第三配給所の人員と配給食糧が足りないはずなので、そちらに回ってください。」

「それってどこにある?」

「食糧は後ろの倉庫の脇に札を付けて置いてありますので、それを脇の自転車に積んでいってください。

場所はこっから北に1.5kmくらい行ったところにあります。

時間がギリギリなので、急ぎめでお願いします。」

「分かった。」

すぐに目線を切って目当ての倉庫と書かれた看板の下へ足を運ぶと、確かに1229、第三と札のついた袋が二つあった。

しかしどちらもかなり重い。

私に小山を持ち上げられる程度の筋力があったことにつくづく感謝した。

それらを前後の籠に乗せ固定し、サドルを少し下げてから、私はこのよく分からぬ大地の上を走り出した。

 

本当に舗装のほの字もない。

ただ少し黒と灰色の混じった土の上を、風邪をかき分けて自転車は駆けていく。

先ほどは少し遠かったのでわからなかったが、自転車用の道は片側一車線ずつ用意されているようで、そこからは石や小石は除外されて、少しばかり整地されている。

だがアスファルトよりはかなり走りにくく、おまけに荷物のせいでギアが重い。

とりあえず3段階ギアが変えられるママチャリだったので、一番軽いやつにした。

スピードに乗ってくれば多少は走りやすくなったが、それでもバランスだけは常に気を使う。

 

風景も基本単調である。

視界の両側はだいたい山で、北西の方へ平地は伸びている。

山の上には雨水を集める施設があるはずだ。

農地はまだ木の柱がその将来的な存在を指し示すのみ。

ある程度固まって立っている家々はさっきまで居た仮設住宅と同じ形のものか、木造の簡単に建てられた掘っ建て小屋の親戚みたいな家だけだ。

雨風をしのげることだけを目的に作られているらしく、窓があってもガラスがなくビニールの膜や袋を割いたものを繋ぎ合わせて光を取り入れている。

その家の近くにはすでにちらほらと人が起き始めていて、外で活動を始めている。

 

 

途中に行くつかの分かれ道を確認しながら、言われた通り北へ向かう道を10分くらい走っていると、向かいから別の自転車の群れが向かってきた。

その先頭にいたのは丹波ちゃんである。

「おはよう。」

離れたところから声をかけると、目の前で自転車の群れはブレーキをかけた。

「会長、その配給物資、第三配給所のものですか?」

「そうだよ。小山にこっからもう少し北に行ったところと聞いてるんだけど。」

「それウチのところのものなんで、ついてきてください。

次のところとか少し道が入り組んでいるんで。」

「了解、案内頼むよ。」

自転車は左車線に移り、丹波ちゃんが先頭に付いてこぎ始めた。

 

その直後を追いかけしばらく走っていると、確かに配給のためと思われる施設を発見した。

といっても木の柱が4本、それを支えるように三側面に斜めに木材が入っている。

その上には簡単な屋根が横たわっている。

既にそこにはここで配給を受け取るらしき人がある程度の列をなしている。

「荷物はそこに、すぐに紐を解いて準備してください。」

「了解。」

「残り15分!」

「名簿と数量の確認すぐに!」

「芋、魚、米!

3種類追加されているのを確認しました。

数量の確認に移ります!」

「えっと……10、20……」

「遅い!

もっと大まかでいいから!」

「名簿確認!」

「物資は足りなきゃあとで持って来るしかないね。

他に袋はなかったと思うけど。」

慌しい時間が駿馬のごとく駆け抜け、配給が始まった。

「C1地区の方はこちらにお並びください!」

「4名さまですね。

こちらになります。」

地区ごとに整理されて、次々にカードチェックと引き換えに、食料が人々が持ってきた袋に入れられていく。

 

ただ機械の如く作業を繰り返すこと1時間半、ついに最後の一人の袋に米が投下された。

「ありがとうございます。」

その一人をお辞儀で見送り、仕事は終わりとなった。

私はふぅと息を吐いて伸びをしようかとしたが、他の者はそんなことをする気配すら見せず、食糧の入っていた袋を纏めたりと淡々と後片付けを始める。

「急ぎますよ。

仕事の割り振り先の監視の他に、今日は引き継ぎが有りますんで。」

「あ、そうか。」

私もそれに加わり、10分ほどで荷物を自転車に積み込んで、今度は軽々とそれをこぎ始めた。

「配給用の特別人員を準備しても良いんじゃないかな、この仕事量。」

「今更ですよ。

仮にそうしたとして、隙間の時間にやってもらえる仕事の目処が立ってないんです。

製塩とか農場仮設整備、服製造、水の回収、果ては小万山島の太陽光発電所の設置準備。

特に水は雨水と僅かな雨水だけでは足りませんから、ビニールを使って海水から水蒸気を回収して、凝縮して水にするっていうみみっちいことまでやってます。

どれも途中で事務所に来て手伝ってもらうにしても厳しい仕事です。

それに配給する際の指導もしなくてはいけませんし。」

「私が何とかなったんだから、新しい人入れても何とかなると思うよ。

逆に実務の時間が削られちゃうから、仕事に支障をきたすんじゃない?

これまでみたいに機密保護の意味合いも薄くなるし。」

「……話は通してみましょう。

新会長次第ですがね。」

「新会長……ねぇ。」

「そういえば会長ってしばらく帰ってきてませんでしたよね?」

「あぁ、前に出たのが11月10日だから、会えたのは一月半ぶりかな?」

「人員の追加で思い出したんですが、既に高3生以外が加わっているの、ご存知です?」

「ほう、誰?」

「選挙で戦った赤峰さんです。」

「……何故入れたの?」

「いやいや、そんな怒らないでくださいよ。

しょうがないんですよ。

生徒会長選挙の投票総数の半数近くが棄権もしくは赤峰票だったんですから。

こうでもして不安要素を取り込んどかないと現体制の存続に不安が生じます。」

「仕事は出来るの?」

「仕事は……正直主要な部分は任せてないですね。

一から学んでもらわなきゃいけないし、元々頭の回転が速い人間ではないようなので。

あ、でもちゃんと政治思想については生徒会業務には持ち込まない、という誓約書にサインはしてもらっています。

確か小山さんが厳重に保管なさっているはずです。」

「そう、ならまぁいいか。」

自転車は一列に等速運動を続ける。

 

 

戻ってきた私たちは他の生徒会の者らも集まって事務所の前の広場に集まることになっている。

広場といっても単に何もない土地があるだけである。

道から外れて自転車を元あった場所に戻す間、丹波ちゃんは配給内容の確認を小山と行っていた。

私は分からないので袋を倉庫の中に入れる。

他の班はもう帰還していようで、既に広場には見知った顔とそこから疎外され気味な一人の姿を確認できる。

その日の午前の配給業務が完全に終了すると、私以外の第三配給所の者らもその集団に加わる。

朝食だ。

結構遅くなってしまったが。

焼いた魚と炊いた米はわかるが、サツマイモはどうやら干し芋以外に加工されたようだ。

「これは?」

近くの者に訊く。

「蒸かした芋です。」

「じゃがいもじゃないけど?」

「蒸かした芋です。」

量は少なく、これで1日2食というのは少し信じられないが、恐らく私が向こうの様々な場所で好待遇を受けたからだろう。

美味かったからよし。

 

飯が終わると、片付けの最中何処からか町内会や学園長らが集まってきた。

それが終わると、ここの広場にて私の生徒会長最後の仕事が始まる。

私が他の生徒会の者の前の小山と河嶋の側に近づき、河嶋が一声かけると、皆一様に冬服のまま体育座りしてこちらを眺めた。

「これより2012年度生徒会引き継ぎ式を始める。

来年度は1936年度扱いになることをご了承願いたい。

まずは来年度書記から。」

役職ごとに次々に呼び出された一個下の学年が引き継ぎを行なっていく。

とはいっても資料は既に纏めて生徒会室にあるため、実際は紙切れを一枚渡すだけだ。

それが私たちが単なる生徒会の者へと戻す力を持つ。

私のものも大きさとか紙質は一切変わらないが、私のものはさらなる力を持つ。

「副委員長、丹波那月。」

「はい!」

卒業式とはこのようなものなのだろうな。

「おめでとう。

これからも頑張ってね。」

「ありがとうございます。」

右手、左手の順で紙を手に取り、半分に丸めて元いた場へ戻る。

次だ。

「委員長、峠美津子。」

「はい。」

私も前に出て、新会長を迎える。

肩までかかった黒髪が、こちらへ海風で流される。

それさえも愛おしい。

私は右手を出す。

その上にポケットから出てきた彼女の生徒手帳が置かれる。

その上に、さらに彼女の右手が。

「峠美津子殿。

貴女は大洗女子学園の新生徒会長として、学園生徒の学業に最適な環境づくりに最大限力を注ぐことを誓いますか?」

「誓います。」

「学園艦に居住する住民に対し、安全で不自由なく生活する自由と権利を保障することを誓いますか?」

「誓います。」

「謹厳実直の精神に基づき、自らの手に落ち着いた権限を私欲の為に使わないことを誓いますか?」

「誓います。」

「生徒会の仕事をこなしつつ……」

私はここから先、言える気がしなかった。

小山の顔を少し確認すると、そのまま続けるように、と言っている。

「……学業との両立に邁進することを誓いますか?」

「……誓います。」

「では最後に。」

皆の視線がこちらを向いたのを感じた。

ここから先は予定にはないはずなのだから。

だが、これは私が確認しておかばならない。

「学園住民の餓死者を出さず、生活の早期安定を実現し、学園都市の建設、学園教育の復活、総動員体制の早期解除に向けて邁進することを誓いますか?」

「誓います。」

一際はっきりした声だった。

そしてこの時だけ、軽くうなづいた。

「ではここに、生徒会長角谷杏最後の責務として、新生徒会長として峠美津子を承認することを宣言します。」

私は生徒手帳を返し、彼女の名が入った紙を手渡した。

「ありがとうございます。」

これで終わった。

終わってしまった。

「最後に。」

皆の前に向き直る。

「私は向こうに帰ったら、間違いなく5年はこの万山群島に足を踏み入れることはない。

だから次帰ってきたら都市が出来、学業が再会できているように期待しているよ。」

「はい!」

皆一様にうなづいた。

「以上をもって、2012年度生徒会引き継ぎ式を終了する。

各自担当の仕事に戻るように。」

生徒会の者らは拍手の後、自転車に乗る者、生徒会室に入る者などと別れていった。

残された学園長らの前に私たちは進む。

「本日はありがとうございます。」

「いえいえ、構いませんよ。

仕事ばかりでは老骨に来ますからね。」

小山の礼に対し、老いた町内会長の一人が自分の肩を叩いた。

私は学園長の前に進み出る。

「学園長先生、今まで本当にありがとうございました。

ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」

「仕方ないさ。

私は国と県に任命された身分に過ぎない。

国の方針に反発しようっていうなら、私から権限がなくなるのは自明さ。

これからも運営に口出しはしないよ。

君たちでここまでやってきたんだし、私は授業がないなら見守ったり車乗ることにしか能がないからね。」

「ご協力感謝します。」

「君もだ。

なんか向こうの政府首班になるとか聞いているけど、大丈夫なのかい?」

「はい。

政権が存続して欲しい理由をお互いに理解してますから。」

「ならいい。

力を発揮できるよう祈っているよ。」

「ありがとうございます。

お元気で。」

固い握手を交わす。

固さは陳さんら程ではないな。

「会長、この後は……」

「もう会長じゃないぞ、小山。」

「そうでした。

しかしそうなるとなんとお呼びしたら……考えたら分からなくなってきます。」

「何でもいいさ。

それにしてもさっきのは疲れたね。

私もああやって宣誓した身だから言えたことじゃないけど。」

「仕方ありませんよ、伝統なんですから。

こんな状況だからこそ守っていかないと。

それでこの先はいかがなさるのです?」

「学園艦の最終人員輸送の船が昼に出るんだろう?

それに乗って学園艦見て、そのまま広州に戻るさ。」

「分かりました。

あと3時間ほどありますが、その間は?」

「仕事の邪魔しちゃいけないし、出る準備して冷泉ちゃんを起こしてから、ちょっと島を自転車で巡ってみるよ。

ここ最近移動が馬車とか車とか飛行機ばかりで運動してないからねぇ。」

「分かりました。」

 

自転車で島の沿岸を一周することにした。

総距離9.6kmほどであるが、そこにて住民が生徒会や科類担当の者らを通じて労働している。

最早ここに来たら心の分別もある程度つくのだろうか、皆淡々とそれに取り組んでいた。

海は青くて広く、そして何処にあっても海を見れば必ず島の影があった。

小万山島でも作業の音がこちらまで響いており、順調さが伝わって来た。

 

準備も整え港に戻ると、船舶科が船の準備に精を出している。

「行き先、大洗女子学園学園艦。」

「行き先、大洗女子学園学園艦。

確認よし!」

「燃料の残量、確認終了しました。」

「よし分かった。

各自出航直前準備まで待機!」

「はい!」

元気な声に続いて、私は艦長へ近づく。

「今回は長坂ちゃんか。」

「会長も乗って行かれるんでしたよね?」

「そうそう、安全に頼むよ。」

「最早何度も通った航路ですからご安心を。とはいってもいつも初めての気持ちで舵を取らねば、というのが船の大原則ですので。」

「それはありがたいね。」

「後1時間ほどで出航になります。

乗って待ってます?」

「そうだね。

逆に外で待ってて生徒会の人に会うと泣いちゃうかもしれない。」

「だいぶ涙脆くなりましたか、会長?」

「そんなことないさ。

ただ、広州に戻ったら本当にこの先数年、下手したら10年戻ってこれないからね。」

「そうならないことを願いますよ。

ではこちらからです。

部屋は船員待機の部屋の奥が空いてますので、そちらでお待ちください。」

私は輸送船Bの側面に回り、用意された金属板を登る。

その途中でこの島を見ると、先ほどまでよりはるかに大きく思えた。




次回予告

30

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