広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

ゴールが見えてきた気がします。何とか最終章の開始前には一区切りつける予定です。


広西大洗奮闘記 83 旅行客と仕事上の理由

その日からも学園艦の人口は減っていた。町のあちこちで工事が始まり、許可を得た家や学園艦の施設に設置してある太陽光発電モジュールが回収され始めた。

電線に関しては既に移住した人の多い地域を中心に、ヘルメットを被ってゴム手袋を嵌めながら、鳶職のように電柱に登った工学科の者による回収が進められている。

もっとも回収された後も輸送船で運ぶものの中核は食糧と人員などであり、これらは後回しにされる。タオルなどで磨かれ、補修可能なものは補修する。

あとは次の輸送で仮設住宅のセットが全て運び終わる。この組み立てが進めば次々人を送りこめる。そして後は加速度的に木造簡易住宅を増やし、それに合わせ人員を送り込む。じきに食糧の備蓄拠点も大万山島に移し、港が整備され次第漁業の拠点も島に移る。此処が都市遺跡となるのだ。

 

12月5日にその輸送も終了した。途中で雨に降られたが積荷に影響なくて幸いだ。食糧、特に穀物は下手に湿気らせると黴が生えたりする。金で買ったものをわざわざ黴の温床にしてやる義理はない。許容ラインは青黴。

向こうに派遣した人は既に4桁に及んでおり、それを管理する人員も不足している。向こうでは生徒会の2人が彼らを纏めているが、朝から晩まで働いて担当を決め、細かな調整を行っているらしい。追加人員はこちらの仕事の調整もあり、次々回の派遣にて行ってもらうことが決まっている。

内訳は高校2年生が五十鈴さん、岸部さん、大潟さん。高校3年生が尾根咲さん、沼津さんの計5人。担当の内訳は動員人員管理班から2人、物資総合管理班から2人、住民生活保持班1人となっている。

漁獲量は安定しているし、購入した燃料と食糧が日々減少することを除けば不安はない。

都市内部に於ける反抗の動きも無い、と風紀委員会から報告を受け、つい先日赤峰さんを生徒会に加えて、学園都市の分断の修復を行った。

また服や乾物の生産においても特段の変化は見られない。住民の皆さんもこの不可思議な情勢に完全に呑まれつつあると言えよう。これで我々は生産と移住に注力出来る。

 

 

私の机の前を訪れる人は時々いる。先日の鹿島んと大橋さんなどが良い例だ。仕事上の報告が殆どであり、あとは新たな仕事の案を持ち寄る人もいるが、場合によってはいつ島へ行くのか、また島に行く日を先延ばしにして欲しい、と嘆願してくる住民の方が来る時もある。そういう話は動員人員管理班に回すけれども。

こちらから用がある時は緊急無線、最早緊急も名ばかりとなってしまったが、を使用したり、外部折衷班に頼んで内容を伝えてもらうかの何れかであり、こちらに来てもらうことはない。

まぁ要するに、私自身が呼んで目の前に訪れてもらう人と話すことは、かなり稀だということだ。その相手はとある生徒である。

「つまらないものですが。」

彼らの前に置かれた机の上に紙皿を挟んで干し芋が用意される。干し芋が入っている袋は普通のパックであり、商業用には見えない。

「あ、どうも。」

「朝に急にお呼びして申し訳ありません。こちらに足をお運び頂きありがとうございます。被服科の動員にも参加して頂いているというのに。」

「いえいえ。」

「挨拶はここまでにして、この度お呼びした要件についてお話ししましょう。」

「どのような件でありますか?」

「はい。現在この世界は1935年の過去の世界だと推測されていますが、我々生徒会でも関係を結んだ西南政権以外の情報については十分に掴みきれていません。聖グロリアーナと知波単がこの地にいて、我々は蔣介石率いる南京政府に認めてもらった。これが本当に限界です。

大洗学園都市は少なくとも開発が済むまでは、島の外との交流はほんの一部に限られ、その僅かな穴から得られる情報はとても少ないでしょう。今はそれに対して何も行動できなくとも、情勢は把握しておきたいのです。

単純に申し上げますと、日本に行って情報を伝えて頂きたい。」

「日本……ですか?」

「ええ、それが一番怪しまれませんので。英語か他の言語を母国語並みに話せるのであれば話は別ですが。」

「私たちが選ばれたのは……私に他の学園艦へのスパイの経験が有るからでしょうか?」

「そうです。優花里さんは間違いなく学園一優秀な諜報員でしょう。かつて2度潜入した経験は、他の誰にも得ることはできないものです。リスクは一番少ない方がいい、となればまず優秀な諜報員を選ぶのは当然のことです。」

「しかしサンダースの時もバレかけましたし、本当に大丈夫でしょうか?しかもそのレベルになると、家族が許すかどうか……」

「やはりそこが壁ですか……」

「学園艦なら捕まっても間違いなく生きて釈放されます。しかし本当にスパイするとなると、捕まれば殺される可能性も有りますし、学園都市や保護している西南政権にも影響が出かねないのでは?

学園に協力したくないのではないですが、やはり怖いであります。」

「そこまで潜入とか暗殺とかいうレベルではなく、新聞や現地情勢、また他の学園艦について出回っている情報を把握して頂くだけで宜しいのですが……」

「……つまり旅券で行っても問題ないと?」

「恐らくは。出発して頂くのはそれ待ちになりますが、上海を経由して向かって頂くことになるかと。旅費は何とかこちらで都合出来るようにします。」

「それなら、多分大丈夫だと思いますが……」

「また詳細はこちらから伝えますので、心待ちにしておいてください。少なくとも来年のうちには行って頂くと思います。」

「は、はい!」

「そこの干し芋は時間を割いてもらったお礼として持って行ってください。」

「良いのでありますか!」

「勿論です。」

「ありがとうございます!レーションも食べきってしまって足りなかったんですよ。」

「喜んでもらえて何よりです。カバンに入れて持って帰ってくださいね。」

「では失礼するであります!」

敬礼してきたので、一応こちらも見よう見まねで返しておいた。外貨獲得と情報は表裏一体だ。早急に居住、自給体制を確立し、継続的な移出品目の生産を進める必要がある。しかし住民の生活が最も肝心なのは事実。焦りは禁物ということも忘れてはならない。

私も一枚、干し芋を食べてみた。喉の渇きを潤すのは浄水だが、芋の甘みが心地よい。

 

 

6日朝に帰還した輸送船に人と資材を詰め込み、翌日送る。それが帰ってきたさらに次の日である9日、遂に生徒会の追加人員と軍人希望者が海を渡る時である。ドックから船舶科と生徒会の小山らに見送られ、西住みほ以下軍人希望者と生徒会追加人員、また移住者の一部は輸送艦福安に乗り込み、出航した。

 

学園艦を離れるのは2ヶ月半ぶり。学園艦よりはるかに揺れる船室の一角で、私たちは最後の確認に明け暮れていた。航海の時間は約半日ほど。これまで2週間と少し学び続けたことが抜けていないかエルヴィンさんの資料から得られたことも含めてチェックを繰り返す。

どのような処遇を受けるのかは分からないが、少なくともせめて単語だけの筆談くらいは出来ないとどうにもならないと思う。

持ってきた家財道具は制限もあった為僅か。一部食器に服、あとはボコの人形くらいである。

私は人を出来るだけ生かし、見殺しにしない軍人を目指して、学園を、友達を、守り抜きたい。その為にいかなる障害が立ちはだかろうとも、叶わないと知っていようとも、私はぶつかっていかなければならない、と思う。

 




次回予告

広西

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