広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

この学園艦の秘密は、伝えて変わるのか。


広西大洗奮闘記 76 ラスト、ネクスト

翌日朝、暗闇の生徒会室の中起き上がった。窓の外の音を確認してから、着替えて近場の余り熟睡出来てなさそうな一年生を揺らして起こす。その人間が茶色の眼鏡を付けて服を着替えている間、私は人を踏まないように移動し、生徒会室の隅に残ったありったけのビニール傘を左腕で拾い上げ、それらとは別にもう一本手に握った。

何事かとこちらに来た三崎にその束を持たせ、さらに数本持ってくるように告げて一足先に部屋を出る。音は大きくなった。三崎が両腕に抱えて追いつくと、揃って校舎から足を踏み出した。

グラウンドは正統風紀委員会の奴らを動員して片付けさせ終わっている。外は少し明るくなり始めていたが、学園艦では高いところか船のへりの公園でもなければ日の出を見ることは出来ない。

傘を差してその中に傘持ちを入れたまま、薄暗い街を歩く。店はまだ全く開いていない。街灯も付いていない街の中を、道の黒いアスファルトは雨水を弾き返しながら、真っ直ぐに伸びて先細っている。

「副会長。」

「三崎さん、朝早くからありがとう。」

傘を持ちながら傘をさせない女が口を開いた。目線は前を向いたまま。

「いえ、向こうが起きる前に着かねばならないですから。」

「とにかく何とか好印象持って欲しいからね。恩や媚を売ってうまく行くなら、やるしかないでしょう。」

「それは良いのですが……西南政権からの支援物資、正直頂いた量ではこの先の運営はかなり厳しいかと思います。」

「確か米は1人10合以上でしたか?他にもサツマイモを頂いたと聞いていますが。」

「しかし米も籾殻付きですし、サツマイモは中々保存が効きません。米は水の確保が安定してさらに余剰が無ければ、栽培は厳しいかと思われます。そして開墾したての田畑は生産力の点で普通の田畑よりかなり劣ると聞いてます。何より我々には畑や田を作る人員など直ぐに用意出来ません。季節も実感は薄いですが冬ですし。」

「水は学園艦から淡水化装置を移せば状況は多少ましになるでしょう。発電装置も移転しますし。しかも冬に近い今でさえそこそこの頻度で雨が降っていますから、夏場にうまく貯められれば米の栽培も不可能ではないでしょう。」

「それに今我々は残り3万人弱を島に引っ越しさせなくてはならないのですよ。残り一月で。間に合いますかね?」

「島の開発なら第2波の派遣は明日に送りますし、地盤さえ固まれば加速度的に送り込めます。最後はもう輸送船に人だけを積んで運んでもらうかもしれないです。とにかく船舶科と協力して全員運んでもらいます。

輸送艦の福安も輸送に貸してくださるとのことで、島に港が出来たら安定して物資も人も輸送出来ると思いますよ。」

「その港は12月上旬に出来るかどうか、だそうですし、その物資輸送に輸送船を使い続けたら漁業が満足に出来なくなります。保存食だって大してありませんのに。」

「保存食の材料なら来たじゃないですか。」

「……米ですか?糠漬けでも作れと?」

「あなたは本当に大洗の、しかも生徒会の人間なのですか?」

正直不満を述べるならまともな対応策をだしてもらいたいものだが、あと一年で間に合うだろうか。向こうはいまいちピンと来ていないようだ。

全く、生徒会の者として思い出せないのは不味いだろう。暫く会っていない者に関することとはいえ。

「干し芋にするんですよ。そうすれば元の芋程は場所も取らなくなりますし、その加工の為に人員を動員出来ます。」

「……干し芋、ですか?」

「そうです。会長が帰るまでには作れるようにしますよ。峠さんとかに頼んで来ましたから。サツマイモは今後種イモ以外は基本干し芋にしますよ。」

「……飽きませんかね?」

「何を今更。魚も配給しますから何とかなりますよ。」

学園艦の横からやっと直接日光が差し込むようになった。宿になっている空き家は次の角を曲がってすぐになった。雨は依然傘を地面に落としたビーズの如く鳴らす。

見張りに立っていた軍人2人が私たちの姿を捉え、銃へかける握力を強くする。

「Good morning, gentlemen. It is rainy today, so I bring you unbrellas.

(紳士の皆様、おはようございます。本日は雨ですので、傘をお持ちしました。)」

兵は片手で銃を握ると、門の前で私たちを待たせ一人が中に入っていく。暫くすると兵は謝を連れてこちらに現れた。謝は引き戸の向こうからこちらを見て、銃の引き金から指を外させた。

「謝さん、朝早くに失礼致します。本日は雨ですので、傘をお持ちしました。」

「小山さん、ありがとうございます。皆はもう少し休むとのことで、朝食はもう少し後で問題ありません。」

「分かりました。船で半日かけていらっしゃったのですから、ゆっくり休んでください。本日は学園艦の甲板部と教育についてお伝えした後、艦橋部をご案内します。そして今日中に出航なさる、と。」

「はい、それで問題ありません。」

「少し食事の手伝いをしますので、上がってもよろしいでしょうか。」

「先程から台所で料理人とやらが働いておりますが?」

「他の人だけに働かせるわけには参りませんので。」

「そういう事でしたらどうぞ。あなた様だけになりますが。」

「では失礼致します。」

小山は先に三崎を玄関の前に立たせると、傘を畳んで軽く雨を払い、一礼して玄関の方に入った。三崎には傘を玄関の脇に立て掛けさせ、私は手を濯いで湯気の立ち上るその場へと赴いた。

 

朝食も料理人が手をかけて作ったものを食べて頂いた。飯に関しては特に評価はされないが、突き返されることもないので安心している。食べ終わったら傘を渡し、店の開かれ始めた学園艦を巡る。雨足は先程よりは治まってきている。

校舎では繁体字の特別授業をちらっと見学し、そこから小原先生を呼んで学園の指導方針について話して貰った。私からは将来的に大陸から生徒を向かえる様な時が来たとしても、基本的には学園の方針は変えることはせず、我々の自治は守っていきたいと伝えた。

学園艦の道中では半ば無理に開かせた店らが扉を開けている。通りがかったパン屋は、シャッターは開かれていたが、中の籠の中にはパンは数切れのみ。恐らく後で自分で食っても腹は満たされないだろう。ほとんどの店に元気に挨拶させたから、視察団の印象は悪くあるまい。

艦橋部ではまた大橋を案内に加えて船舶科の仕事を見せて貰ったが、人員の大半はドックの方で物資を搬入するのに割かれており、ここにいる人員は少しだけである。寧ろこんなに少ない人員で仕事を回していることを利用して、学園の技術力を示せたと考えたい。

結局戦車は動かさずに、日が沈んだ夜になってドックにエレベーターに降りてきた。道中でも時々見られたように、馬がエレベーターの中の壁を叩いたり感触を確かめている。戸が開くと、そこは目がくらむほどい輝かしい場所だった。その戸の目の前で長坂が身を折りたたんで待っている。

「小山副会長。輸送船、輸送艦計2隻、出航の準備も物資の搬入も完了しております。後は皆様方の乗艦のみです。」

「第2波の人員計100人とその為の仮設住宅、あと木材もですか?」

「勿論です。なんとか載せてあります。皆様には早めに福安にご乗艦頂きたいと思います。」

また集まった吹奏楽部によって再び音楽が奏でられ始めた。来た時は一度だけ音を外していたが、今回はそんなことはない。背筋を伸ばして構えた風紀委員の前を経由して福安の前に到着すると、タラップがすぐに用意された。脇に立ち頭を下げている間、皆それに軍人が混ざりつつ乗り込んでいく。最後に謝が片足を乗せた時、小山に尋ねた。

「視察団の皆を代表して最後に一つだけお伺いします。この学園艦は、この巨体をどうやって動かしているのですか?」

来た。聞かれる可能性として最も高かったものが。だがその為返答も既に決まっている。

「……それだけはお答え出来ません。」

「そうですか。ではまたお会いしましょう。いつかその答えを聞きたいものです。共に末永く繁栄せんことを。」

「共に末永く繁栄せんことを。」

船は汽笛をあげ、2隻が縦に並んで開かれたゲートから海の上へと立ち去った。雨はいつの間にか止んでいる。

これで学園艦の詳細な情勢は西南政権に伝えられる。私たちはそこそこ正直に話した。強がっても吐き出せるものはない。これが、これが会長の助けになるか否か、いや、なることを祈るしかあるまい。

遠くの海に映える船の明かりが、そのかけらも残さず闇に交じった時、私はすぐに身を翻した。次だ。次の派遣、次の売却、次の配給。全てを確認し、実行しなくては。




次回予告

こちら万山群島開発班

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