広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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これから実在の人物が出てくると思いますが、この小説は実在の人物、国家、人種、その他いかなるものを非難、称賛する意図はございません。よろしければ今回もグダグダ滅茶苦茶文章ですがよろしくお願いします。


広西大洗奮闘記 8 誰が為に

翌日10月14日昼、生徒会室。彼女らに日曜日はない。が、幾分はましになった。というのも第2次世界大戦を挟むと分かった時点で日本に停泊することを諦めたからだ。

パラレルワールドとはいえこれまでの歴史があるなら、日本が戦争に突入するのは明らかだ。それならまだ海外を頼ったほうがまし、ということになった。

大陸に近づくまでは内政に従事できる。まあ、その内政こそが一番大変なのだが。

「五十鈴さん。これが中央部の配給もらえてない人の表ね。」

「分かりました、早速手配して渡してきます!それで、渡す分は配給にいらしてない回数より減らすのですよね?」

「大体半分でいいわ。その余りは追加配給分に回すから。」

「了解です。」

鍵を握った華が部屋から飛び出していく。今日は配給をもらえてない人に追加配給を配りに行く日である。生徒会の者は1人を除いて多忙である。その1人は机で書物を開きながら干し芋の袋からまた一枚取り出してかじり始める。

「会長ー、手伝ってくださいよー!」

「頑張ってねー。私は私でやることがあるから。」

「先程から何読んでらっしゃるんですか?」

ダンボールを抱えた小山が角谷が読む本を後ろから覗き込む。

「世界史の本ですか。」

「戦間期のね。まず現在私たちのいる世界の歴史が分かってないとどうしようもないからね。んで、今は中国史を確認してる。」

「なるほど、そういうことなら。」

小山もダンボールを抱えたまま部屋を飛び出していった。

「今は国共内戦の時代か。かといってこれを何か交渉のネタになるかは微妙だな。やはり物資を渡すこととかを条件に交渉するしかないな……」

 

華は自転車で担当になった地域に向かっていた。選んだのは麻子のいる地域である。ここ最近生徒会室にこもりっぱなしで皆の顔を余り見ていないので、その1人の麻子の顔をふと見たくなったのだ。まあ、一度会ったことはあるのだが。

担当は前と同じ10軒、そしてあと1軒残した状態で麻子の家の前に来た。呼び鈴を鳴らすと、窓が開いて麻子が姿を見せる。

「五十鈴さんか。」

「配給、貰えてない分をお渡しに来ました。」

「ああ、すまない。少し待ってくれ。」

麻子は慌て気味に玄関のほうに周り、外に姿を見せた。

「えっと、こちらが配給分です。」

華が麻子に大きめの袋を渡す。

「結構あるな。」

「麻子さん、朝の配給に全然いらしてないですから。」

「……善処する。」

華のにこやかな顔に思わず麻子も肩をすくめる。

「五十鈴さん、あと何軒あるんだ?残りを見る限りそこまで数はない気がするが。」

「次で最後です。次は距離も近いですし、すぐ終わると思います。」

「それじゃあ、ちょっとうちに上がっていかないか?その1軒の配給の後でいい。」

「えっ?」

「少し話したいことがある。」

「はぁ……」

華は腕時計を確認する。戻る予定の時間は20分先、そしてここから学園までは自転車で5分もあれば帰れる。

「10分くらいでもいいですか?」

「それくらいあれば大丈夫だ。」

「ではすぐに届けてまいります。」

さっと自転車にまたがった華は出発し、外で立ったままいた麻子の前に数分のうちに再び戻ってきた。

「さぁ、上がってくれ。」

「失礼します。」

敷地の一角に自転車を止めた華は靴を少しかがんで脱いだ後に麻子の家に上がった。先に部屋に入った麻子は台所の机の上に配給のものを乗せると、席の手前に華を案内した。華が席に着いたことを確認した麻子もその正面に座り華の目を見る。

「それで、お話とは?」

「……時間もないし単刀直入に言おう。今我々のいるのは、1935年の日本、なんだろう?」

「!」

「その顔は当たりか……NOであってもらいたかったのだが。」

「な、なぜそれを……」

「沙織の家で無線を借りた。そしたらその時期にあった第二次エチオピア侵攻の話が流れてきた。それ以前の情報を整理していたらこの世界が我々のいた世界でない、と仮定すれば全て矛盾がなかった。」

「そ、そのことは」

「安心してくれ。沙織にさえ言っていない。私はあなた方に協力する資格を得たかっただけだ。」

「協力、ですか。」

「日本が近くにいながら補給がもらえてないところを見ると、日本には断られたんだろう。私が何をできるかはわからないが、どこから補給をもらうとしてもちょっとは役には立てると思う。」

華は長く息を吐いた。

「……分かりました。とにかく、そのことは誰にも言わないでください。協力していただけるのはありがたいので、今後の対応は生徒会の方と相談して決めます。」

「わかった。気長に待とう。すまないな、わざわざ家に上がってもらってしまって。」

「いえいえ、生徒会も忙しいので人が増えるのはありがたいです。すみませんがそろそろ時間なので……」

「ああ、ありがとう。」

華は腕時計を確認して、足早に自転車にまたがって麻子の家を後にした。華とて麻子を信頼していないわけではない。情報が他に漏れている、とは思わない。

しかし生徒会の予期していないところでこのことを知る者が出てしまった。それを知ったものによって万一広まったら、この学園艦はどうなってしまうのか、風に髪をなびかせながら考えているとただでさえ強い不安が上乗せされた。

 

 

「麻子さんが変なこと言ってた?」

次の日の昼休み、食堂で配給分を貰っていたみほ、沙織、優花里の3人は4人用の机を一つ使って昼食をとっていた。

「そうそう、昨日の昼にいきなり部屋にやってきて無線機貸せって言い出して、で、それを聞き終わったらなんか呆然としちゃって、麻子朝ごはん食べてなかったみたいで食べさせながら何があったのか聞いたけど、麻子の船舶科の友達との約束とか、絶望しかないとか言ってて話してくれないし、よく分かんなかったから帰しちゃった。」

沙織があまりに急にべらべらと話すものだから、2人は情報を処理しきれず少し反応がなかったが、まもなく優花里が言葉を返した。

「確かに良く分かりませんね。絶望しかない、とはどういうことなんでしょう?」

「何に絶望してるんだろう?」

「でしょ。全然分かんないでしょ?」

そう答えながらも、実は沙織を除く2人には心当たりがあった。そう、この前みほの家に集まった時のあの会話である。

なぜ、この学園艦が西を向いているのか。そして、なぜ1週間も倹約体制が続いているのか。

特に後者はかなりの悩みだった。みほは食糧が一括管理され倹約体制開始直後の買占めで物がなくなったため、コンビニが休業中で趣味のコンビニを眺めに行けないし、優花里は配給分がギリギリで秘蔵のレーションに手が伸びてしまいそうだ。

優花里は家族と共に学園艦にいるからいいが、みほはここ1週間姉と連絡が取れずにいる。不満は溜まる一方だった。だが、みほはそれをパンドラの箱と思っていた。興味で開けてはならないものだと。

「そうだ!次戦車道じゃん!」

考え込んでいた2人の頭を沙織が手を叩く音が振動させる。

「おお、そういえばそうでありますな!」

「久しぶりだよー。なんか遠距離恋愛の彼に会えるみたい!」

それに反応して優花里が何かを言おうとしたが、みほが優花里の肩を叩いた。喉で突っかかった言葉を堪えて見てみるとみほは優しく微笑みかける。

「頑張ろうね。」

「は、はい!」

「じゃあ、早くご飯食べちゃおう!」

食事を終え皿を指定の場所に戻した3人は赤レンガの倉庫に向かう。来てみると扉が開いている。戦車道の練習がない時はいつも閉まっているから、誰がいるのかと3人は中を覗き込む。

「あれ?麻子?」

「ん……ああ、沙織か。」

皆に背を向けていた麻子は首をこちらにひねる。

「麻子さん、早いんだね。」

「まぁ、な。」

「なぜ冷泉殿はポルシェティーガーを見ていらっしゃったのでありますか?」

麻子が見ていたのはいつも皆が乗るIV号ではない。レオポンチームが乗っていたポルシェティーガーである。

「いや……少し気になっただけだ。」

「まさか麻子、また授業サボったんじゃない?」

「そんなことはない。昼食後にここに来た。」

「では五十鈴殿以外集まりましたし、そろそろ戦車を動かす準備を始めましょうか。」

「やっぱり華は来れないんだね。」

「仕方ないだろう。短期休学届けがまだ出ているんだから。」

「大変なんだね。」

4人は戦車に乗り込む。やはりこの中にいるととても安心できる。麻子が仕上げにイグニッションを押してエンジンをかけ始める。

「少し冷えてきましたから、エンジン長めに温めないといけませんね。」

「だね。まああと授業開始まで十五分だから時間はちょうどいいかな?」

「だね。あ、他の人も来てるみたいだよ!」

頭の上のハッチから顔を出した沙織が知らせる。それを聞いて他の者も自分に近いところから顔を覗かせる。

「皆さん、早めに来るんだね。」

「やっぱりみんな戦車道が好きなんだよ。」

いつも通りの格好をしたカバさんチームを筆頭に各チームがこの赤レンガの倉庫に集い、授業開始の10分前にはすべてのチームがエンジンをかける準備を始めていた。その間みほ達は砲弾を車内に載せながら準備を始めた他のチームの者やあんこうの仲間とたわいもない会話をしていた。

エンジンのかかり始める煙と轟音があちこちから見え始めた頃、全員が揃ったはずの倉庫に1人の女性が顔を見せた。真っ先に沙織が気づく。

「あれ?華?」

そう、そこにいたのは華である。いつもなら普通のことなのだが、今回ばかりは周りの者も疑いを持たずにはいられない。

「何事でありますか?」

砲弾を抱えて歩いていた優花里も声をかけた。

「こんにちは。みほさんと麻子さんはちょっとお話が、あと優花さんはその砲弾、置いておいてください。」

「あ、はい。」

優花里は素直に砲弾を立て、麻子とみほはそれぞれ頭の上で開いていた出口から身をよじり出す。華の案内される方に向かいたどり着いたのは、先程まで優花里が何度も足を向けていた砲弾置き場だった。37ミリから一番大きい88ミリまで、長いものや短いものなど多種の砲弾が砲弾ケースに並んで刺さっている。

「それで華さん、お話って?」

「……この砲弾、練習何回分ですか?」

「えっ?えっと……88ミリ砲弾は使わないから……一番使う長砲身75ミリ砲弾が2回分にちょっと足りないくらい、かな?」

いきなり聞かれて焦ったものの、みほはケースの数から答えを出す。

「……2回ですか……足りませんね。補給がないので当然といえば当然ですが…ん」

「2回って今回と次も使えるから、2週間貰えなくても問題ないよ。」

「みほさん、節約をお願いします!次の補給のあてが本当に分からないのです!」

「えっ?2週間でも足りないの?」

目を見てはっきりと言われたその言葉、そしてそのあと華の黒く深い瞳に見つめられたのに思わずみほもたじろぐ。

「……はい。」

「……」

麻子はその隣で無言で立っている。

「……どれくらい、保たせればいいの?」

「最低、あと3回。出来れば4回、です。」

「……ということは、あと3週間は補給がない訳ですか。」

「……」

華のその無言をみほがどう捉えたかはともかく、みほはそれを承諾した。

「それでは、練習前に失礼しました。」

華は二人にお淑やかに礼を述べ、足早に去ろうとしていた。その一瞬、華は麻子のそばで耳打ちする。

「放課後、生徒会室へ。」

「ああ。」

それを聞くと、華はさらに歩調を上げる。

「……早く、戦車道やろうね。」

「?」

「い、いや、なんでもないよ。」

「……?では。」

出口近くで一度立ち止まった華は首を軽くひねったものの、深く気にせずに次の仕事に向かっていった。その日の選択授業の時間は砲声が少なく華道と茶道の選択者は静かであることを喜んだという。

 

 

麻子は終礼後、皆に気づかれないように気配を消して教室を出て行った。特に沙織になんて見つかった日には何を問い詰められるかわからない。あの時は追及されなかったが、次がそうとは限らない。

鞄を抱えて広い校舎に敷かれている廊下を歩き、生徒会室の前に来た。やはり昨今の激務が中からの飛び交う声と入りにくい雰囲気を醸し出す。しかしそれに臆せずに扉をノックすると、生徒会の一人が姿を見せた。

「五十鈴さんに呼び出された冷泉だ。」

「ああ、分かりました。少々お待ちください。」

話が通っていたらしく、そう待つこともなく麻子は生徒会室に入ることができた。生徒会室は手前が生徒会庶務などの業務を行う広い部屋、そしてその奥に会長などがいる会長室がある。

手前の部屋はパソコンに向かう者、書類を引っ掻き回している者など様々な者がいる。案内してくれた者は会長室にノックし扉を開いた。部屋の中央にはまた別に机が置かれ、その上に所狭しと物が並ぶ。

「失礼する。」

「おっ、冷泉ちゃん。よく来たね。ま、とりあえずこっちこっち。」

入り口近くで礼をしている麻子に対し、自分の席に着いている角谷はラフな感じで読んでいた本に栞を挟み、あと少しだった干し芋を食べきった。そのあとの角谷の手の動作がこちらに呼ぶものだったので、言われるままに角谷の机の前に来る。机の隣には小山が背筋を伸ばして立っている。

「ところで、五十鈴さんは?」

先程の部屋にもこちらにも麻子をここに呼んだ華の姿はない。

「ああ、五十鈴ちゃんなら次の配給の準備に行ったよ。」

「なるほど。」

「……それで、聞いた話だと地上の無線を拾ったと。」

ラフな感じが急速に減少する。

「ラジオでだが。」

「それでこの世界が過去だと気付いたと。」

「そうだ。他の理由も総合して、これが一番矛盾がないと判断した。」

「流石学年1位だね。だけどね、『この世界の過去』だと答えとしては満点じゃないんだな。」

「どういうことだ?」

「生徒会に協力してくれるんだよね?聞いたところによると補給関連で。」

「私の出来ることなら。」

「よし、それじゃあ教えよう。」

角谷は小山の補足を交えつつこれまでわかっていることを麻子に伝えた。この世界、行き先、運営の現状、その他多くのことを麻子に伝えた。麻子は基本は理解できるがためただ頷いて聞いていたが、その最中に言ったことはとても聞いていられるものではなかった。

「それと、私たち帰れるの13年後らしいんだよね。元の世界に戻るのも。」

「えっ?」

「今が1935年で帰れるのが1948年の年末だか……あれ?冷泉ちゃん、大丈夫?」

「……」

少しの間のあと、麻子は1枚のドミノのごとく前に倒れた。

「れ、冷泉さん!」

「!」

前にいた二人はすぐさま反応し駆け寄る。幸い前にあった角谷の机には当たることなく床の絨毯に身を委ねている。小山はその麻子を素早く仰向けに直し、頭を膝の上に乗せ体を揺らす。

「冷泉さん!冷泉さん!」

角谷は素早く扉を開け、生徒会の1人を呼び止めた。

「人が倒れた!保健室の先生を急いで読んできて!」

「は、はい!」

呼び止められた者は持っていた書類を近くの机に置きこれまた素早く飛び出していった。角谷は再び麻子の元へ戻る。小山が声を掛けながら頬を軽く叩き続けている。麻子の顔へ耳を近づけると、呼吸音がはっきり聞こえる。そこまで重大な事態ではないようだ。

とりあえず頭を置いていた小山の膝を少し首の方にずらし気道を確保していると、すぐに保健の先生がAEDを抱えて走ってきた。生徒会室で書類の束に軽く当たった気がしたが、まあいいだろう。

「その人?」

「はい。呼吸ははっきりしてますが、気道を確保してあります。」

少し麻子の様子を見た先生は1つ息を吐いた。

「大丈夫よ。多分貧血か何かだわ。ちょっと保健室で横になってもらいましょう。」

「よかった……」

小山が胸をなでおろす。

「それじゃあ、私が連れて行きます。」

角谷は軽々と麻子を背中に背負うと、AEDを持った先生とともに生徒会室を出て行った。

「小山。何かあったら頼んだよ。」

「はい。」

 

 

目の前の闇に横一文字に光が差す。そうだ、急に視界の上と下から黒い闇が迫って、それが完全に閉じられた瞬間私は倒れたんだ。だが、まだ光しか見えない。やっと、目が慣れ始めてきた。あれ、ここはどこだ。白い天井と周り。そして、1つの顔。

「おっ。冷泉ちゃん、やっと起きたか。」

声のする方へ首を回す。

「会長さん……か。」

「大丈夫かい?」

「いや……あまり良くはないな。」

頭がボーとする。視界もまだまだ完全にはっきりとしてはいない。しかし間もなく周りにあった白が布であったことが分かった。会長が椅子に座っていることも。

「ここは……」

「保健室だ。まぁまだ休んでいたほうがいい。先生もそう言ってた。」

「連れてきて貰ったようで……すまない。」

「いやいや、無事なら何より。」

しばし無言が続いた。ボーとしていた頭はやっとしっかりした回路が動き出したようだ。

「……冷泉ちゃんはさ、なんでこの学校を助けようとするんだい?」

「……どういう意味だ?」

「そのまんまさ。正直今までの出席とか考えると、冷泉ちゃんって、あんまり集団のために動かない気がするんだよね。」

「……」

「あ、ごめん。言い方悪かったかな?」

「いや、当たりかもしれない。確かに、私は纏まって何かをするのが好きじゃない。趣味は読書だし選択科目も元々は書道のつもりだった。遅刻取り消しがなかったら戦車道をやってなかった。毎朝起きるのも辛い。

仲間と会える場としては好きだが、あまり学園そのものは好きじゃないのかもしれない。」

「……じゃあ、なんでそんな学園のためにわざわざ無線借りてまで秘密を調べて生徒会を手伝おうとするんだい?」

「……おばぁの為だ。」

「おばあちゃんか……」

「この学園が変だということに気付いたとき、真っ先に思ったのがおばぁとまた会えるかどうかだった。おばぁのみが唯一の肉親である私が一人になる前に会えるかどうか。私は過去だとわかった後も過去に来たのだから元の時代に戻れる手段もあると心のほんの片隅では思っていた。

だが……だが……13年先まで帰れないんだったら、その頃にはおばぁは……」

「……」

麻子は角谷と逆の方に寝返りをうち、顔を布団で覆った。

「……それじゃあ、私たちを手伝ってはくれないのかい?」

「……いや、知ってしまった以上手伝うしかない。おばぁにも合わせる顔がない。」

「……私は、たとえどんな悪になってでも学園を、学園艦を残す。帰ってから卑怯者とか恥晒しと言われても構わない。そのつもりで私はいる。私を手伝ってくれるなら、相応の覚悟を持ってきてくれないと困る。」

「覚悟……」

「覚悟は、あるかい?」

麻子はしばらく目を逆に向けたままだった。だが、ちょいと体を浮かせ、少し勢いをつけて枕の上に頭を叩きつけ、仰向けに戻った。

「ある。」

「それを、支えるものは?」

「……沙織だ。」

「ほう?武部ちゃんか。」

「あいつは、私が小学校からの親友だ。中学、高校と知り合いやちょっとした友人はいたが、やはり沙織だけは別だ。それを守り、ともに帰りたい。それとこのまま腐っていたらおばぁにも申し訳がたたない。だから私はやる。」

「でも非難されることをやる方がおばあちゃんに顔向けできないんじゃないのかい?」

「どちらにしろ変わらない。やらなければなぜやらなかったと怒られ、やればなぜやったと怒られる。だったら、少しでも沙織と学園の役に立った方がいい。信じてもらえるか?」

「……分かった。信じよう。でも冷泉ちゃんには生徒会の仕事じゃなくて他のことを任せようと思っているんだ。」

「他のこと?」

その時、扉の開く音とともに先生が保健室に戻ってきた。

「角谷さん、その子どう?」

「目覚ましましたよ。」

「そう、ならよかった。それじゃあ、あなたは生徒会の仕事に戻ってなさい。あとはこっちでやっとくから。」

「はい。お願いします。それじゃ、冷泉ちゃん。明日も放課後来て。」

「分かった。」

角谷はそう言うと、保健室を出て行き、廊下からは駆ける音が聞こえた。

「あなたは今日は下校時刻まで横になっときなさい。」

「……」

麻子の首肯に微笑みかけた先生は、そのまま布の裏に下がっていった。

 


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