広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

暑い、暑すぎる!


広西大洗奮闘記 73 ごろう

間も無く食卓に確認が持ち寄った食材による料理が並び始めた。まずは各自に茶碗に入った飯と取り皿、あとは箸が並べられる。その後大皿入りでおかずが並び始める。

まずはタイの親戚ような魚の蒸したもの。これは私が持ち帰った4枚の魚の切り身をそのまま薄く味をつけて蒸したものだ。今日の配給の中に白ネギが混ざっていたのもこの料理にした理由らしく、魚の脇には一緒に蒸された緑の葉、上にはさっと水に通された白髪ねぎが乗っている。

残り3枚のサバのような魚はそれぞれ背骨に直角に、普通の2枚は半分に、一番大きな1枚は3等分になるよう切ったあと塩焼きに。そして先ほどのタイのような魚はとった骨を中心におりょうがアラ汁にしてくれた。久々に腹いっぱい食べられそうである。

あとは配給で配られた人参や茄子、キャベツなどの野菜の炒め物と作っていた漬物、これで全てだ。あとは各自に緑茶を配れば完了である。そしてカエサルの前に最後の緑茶が置かれ、皆その時いた場所の近くの皿の前に腰を落ち着けた。

飯のいい匂いが居間に充満する。つばが口から漏れ出ぬように気をつける。昼間ずっと慣れぬ言語を必死に勉強した頭には、もはやそれを感じるくらいの力しか残されていない。が、ウチに呼んだ当人としてその前に一言でも話しておかねばなるまい。

膝に手をついて立ち上がると、残り7人の視線がこちらを向く。

「えっと……今日で繁体字の特別授業が半分終わりました。お疲れ様でした。まだまだ残り半分ありますが、明日も休みですし料理も3人が腕をふるってくれたので、疲れを癒す意味でもまぁ、楽しんでいってください。それでは、いただきましょう。」

「「いただきまーす!」」

皆揃って手を合わせ、箸を手に汁に手を伸ばす。私も腰を下ろし正座して手を合わせ、左手で箸を取り、右手でお椀を取る。縁から口に含んだ汁から、そしてそれが移った口内の空気から広がるのは魚の出汁。脂の感触なく舌にも残らない一時的な快感。『たのしさ』ではなく『うれしさ』。

美味い。

味噌は入っているが、この短時間であるが寧ろ発酵でも誘ったかのように出汁を引き立てている。魚が新鮮で良いものだったからなのだろう。水揚げしてすぐ動員された人が捌くそうだし、十分納得出来る。箸で適宜身の切れ端を捕まえたので食べたが、出汁が抜けたとは思えないほど身に弾力がある。息を吐いてから椀を机にゆっくりと戻そうとする。

「あのー、すみません。取り箸はありますか?」

先に椀を置いていた隊長が襖に近いカエサルの居る正面を向いて聞く。

「ああ、そうか。すまない。いつもウチは直箸で取るもんでな。ちょっと台所から持ってこよう。」

頼まれた人は持っていた箸を置いてからすっと立ち上がり、畳を踏みしめて部屋を去る。皿から直箸で取れないとなれば、自ずと食べられるものは決まってくる。漬物を少し齧って白米を頬張りながら時を待つことにした。

が、遅い。台所から使い回しの割り箸を3膳持ってくるだけにもかかわらず、2分近く待たされている。正面の澤さんはこのままコブができて取れるのではないか、と思うほどほっぺが落ちそうなのが表情から読み取れるし、私も作ってもらった飯に文句は言いたくない。だが流石に漬物、白米、汁のループで耐えるのは厳しいものがある。

変な音などはしないので緊急事態が起こったとは考えにくいが、気になる。客も待たせていることだし、私が直々に見にいく他ない。緑茶を軽く飲んでから立ち上がり、襖の方へと進んだところで、目の前に人が立ち塞がった。

「わっ……て、カエサルか。」

「何が。驚くことでもないだろう。」

「遅かったじゃないか……って、何持ってるんだ、それ?」

カエサルの両方の拳の中には箸と瓶が握られている。

「ああ、丁度良い。台所にこれがもう一本有るから、こっち持ってきてくれ。」

「あ、ああ。」

訳もわからず台所に来て持ってみたものの、中身は透明でラベルにはアルファベットが書かれている。少なくともドイツ語ではない。言われた通り持っていくと、向こうでは先程よりも騒がしくなっていた。

「カエサルさん、これどうしたんですか?」

「夏に助けてくれたお礼にひなちゃんを食事に誘ったんだが、奢ったらその後にお礼として貰ったんだ。」

「たーかちゃん。飲む前から少し顔赤いぜよー。」

「おりょう黙れ。アンツィオ製の白ぶどうジュースなんだが飲む機会が無くてな、せっかくの宴だし、魚料理だから持って来た。」

「白ぶどうジュース……」

「そう。」

「……いや、これってワ」

「白ぶどうジュース。」

「……」

「白ぶどうジュース。な◯ちゃん白ぶどうの親戚。」

「あっ、はい。」

通した。本当に大丈夫なんだろうか。

部屋に戻るとすでに取り箸が配られ始めており、私は2本あった瓶のそばにもう一本を加え、左衛門佐とおりょうの後ろを抜けて腰を下ろした。

私はやっと皿の上に乗せた蒸し魚に箸を伸ばすことが出来た。箸が触れると、身は表面の筋に沿ってホロリと崩れる。その崩れた端を取って口の中に運ぶ。温度も待たされたせいか丁度よい。

舌でさえ崩れそうなほどの身。だがそれで崩れるのは繊維状までである。最後のそれだけはしっかりと噛み切らねばならない。そしてこここそがこの魚が旨味を存分に吐き出してくれる時である。この繊維だけが身としての弾力を保っている。

良い。その弾力から弾き飛ぶ風味が私を震わせる。主な味は塩のみ。即ちそれ以外は魚本来のものだ。鼻から息をするだけでも、脳みその奥まで快感が伝わる。人は匂いで味を感じているというのは間違いないだろう。

次は塩焼き。取り箸で一切れ取って蒸し魚の隣に汁がつかないように乗せ、早速頂く。焼き魚は時間が命。冷めて硬くなった魚など今日のような宴にはごめんだ。箸で口に運んで舌に乗せた時に広がったのは今度は違った魚の美味さ。そう、皮の下の脂である。

上のさっぱりした身と下の脂、混ぜ合わさった時の調和。そうだな、例えるならジャガイモもチーズもそれぞれ美味いが、合わせた時の味はその合計を絶する。2+2=50、そんな感じだ。

こっちも基本塩と魚以外の味はしない。配給は食材は配られるが、調味料は塩と時々砂糖、稀に醤油のパックがある程度。それ故家の備蓄が尽きれば薄味が主流にならざるを得ないのだ。

だがそれが良い。

「美味しーい。」

隊長も澤さんも磯辺さんも皆美味そうに魚を口に運ぶ。特に隊長の屈託のない笑みはこの部屋に映える。裏表のない感情表現、きっと黒森峰では抑えてきたものなのだろうが、これがこの人が多くの人に愛される理由なのだろう。

「ほんと美味しいですよ!かばさんチームの皆さんってお料理上手なんですね!」

「本当か!それは良かった。残すのもなんだし、腹一杯食べていってくれ!」

「五十鈴さんが居たら全部食べられてしまいますけどね。」

「それはそうかも。」

部屋が笑いに包まれる。そしてこの楽しげな雰囲気も魚を美味くする見事な調味料だ。箸が進む。白髪ネギの束になって歯に抗う様も柔らかい魚と合わされば心地よいことこの上ない。

楽しい雰囲気の中でいつの間にか焼き魚は腹に収まり、蒸し魚の半分弱と白飯がわずかに残るのみ。だがまだ食欲はまだまだある。炒め物とアラ汁が残っているから、それを補うことはできそうだ。

「カエサルが持ってきたんだから、カエサルから飲むべきだろう。」

「そうだな。一杯頂こう。」

どこから持ってきたのか、ジュースの瓶に蓋をしているコルクの栓抜きを刺し、ポンと引き抜く。

「このまま入れて良いのか?」

「よく分からないけど、大丈夫だと思うぜよ。」

コップを近くに寄せ、一旦瓶を机から下ろして先をコップの縁に寄せ、ゆっくりとその半分ほどまで注ぐ。

「取り敢えず味わってみろ。」

「ん。」

カエサルはコップを揺らして香りを嗅いだ後、軽く口に運ぶ。

「……」

「どうぜよ?」

「軽めで……甘くは無いな。今日のやつには合うんじゃないのか?美味いぞ。」

魚に合うジュースってなんだよ、とか客観的に突っ込んではいけない。この部屋にいる我々の主観的な判断に於いて、この瓶の中身はジュースなのだ。

「じゃあ一杯貰うぜよ。」

「私も貰おう。」

早速私以外の2人もコップにジュースを注いで味わう。カエサルに至ってはもう2杯目を注いでいる。

「私も取り敢えず一杯。」

貰ってみることにした。

 

その後客人にもジュースが配られ、本当に魚に合った為、瓶一本目は私が食事を終えようとしている時に尽きた。

「いやー、もう一本空ける?」

「開けちゃいましょう!」

澤さんは半分くらいジュースの雰囲気に呑まれている。あの一年生を纏めているのだから、ノリがあれば乗ってしまう傾向はあるのだろう。

「おりょう達も飲むか?」

「せっかくなら頂くぜよ。」

「私ももう一杯良いですか?」

「私もお願います。」

「隊長は頭を痛めたと聞いたけど、これ以上大丈夫ぜよ?」

「……痛みもだいぶ治まってきたので、問題ないです。」

隊長と磯辺さんもコップを差し出してきた。

「決まりだな。」

再び部屋でポンと音が鳴り、コップの中に半透明な液体が注がれていく。私も折角だからと頂くことにした。

しかし私は間も無く飯を食べ終わってしまった。気がつくとまたカエサルがいない。目を閉じて一息ついた時に部屋から出ていったのだろうか。

一杯飲み終えた頃、カエサルが袋を持って帰ってきた。

「カエサル。何が入ってるんだ、それ?」

「これも貰い物なんだが、アンツィオでよく使うチーズだそうだ。食べるか?」

「カエサル、お前さん隠しているもの多過ぎだろう。」

「べ、別に隠していた訳ではないぞ。ただ貰い物だから、適当な時に食べようとしていただけだ。」

「まぁいい。折角だから食べよう。丁度食べ終わったところだからな。」

チーズの種類はペコリーノ・トスカーナというらしく、牛の乳ではなく羊の乳から作られているそうな。貰ってからカエサルが暫く保管していたせいか、硬くなってきている。カエサルが聞いた話だと、今の時期のものはスタジオナートと呼ばれるらしい。まな板を持ってきて切ってから机の中央に置かれる。

食べ終わっている人間はそのチーズへと手を伸ばす。私も一つ取って食べてみる。硬い。が、食べて噛んでみると、溶ける。匂いは少ないが、味には少し鼻の奥をじんとさせるような味わいがあり、個性がある。そしてこのジュースにも合う。溶けたチーズの脂分をジュースが見事に流してくれる。かみ合わさった味わいも良い。

「これいいぜよ!」

「見事。」

「いいですね、これ!」

他の人の口にも合ったようで、皿に盛られたチーズの山は少しずつ削れていく。

 

2本目もカラになってしまった。私はチーズで2杯しか飲んでない。一番飲んだのは意外にも隊長であった。結構なハイペースで飲むものだから止めようともしたが、結局かなり飲んでしまわれた。

流石に堪えたのか机に顔を突っ伏している。片付け始めているので皿に顔を突っ込むことは無いが、明後日から授業も再開する為、体調だけは壊してもらいたくない。

「ちょっと隊長隣の部屋に連れて行った方がいいか?」

「そうだな……皿洗いはやっておくから、エルヴィン、頼めるか?」

「了解。あと水一杯頼む。」

ウチの3人に磯辺さんが手伝う形で台所では片付けが始まった。澤さんはちょっと休んだら片付けに加わるそうだ。

「ちょっと隊長、失礼する、よっ、と。」

肩を抱えて持ち上げる。

「歩けるか?」

「えへへ〜、エルヴィンさーん。」

だめだこりゃ。試合中の隊長はおろか、日常生活での隊長をも通り越して抜けておられる。隣の部屋に移して壁に寄りかからせて、水が来るのを待つ。

「全くどうしたんだ、隊長。」

「……」

「もうすぐ水が来るから、それ飲んで少し休んだら今日明日は家で休んでいてくれよ。明後日から授業なんだから。」

「……エルヴィンさん……」

「どうしました?」

「……うっ……ぐすっ……」

「ちょっ、ど、どうした?」

隊長が急に泣き出した。両手のひらで目元を拭っている。

「……嫌だよ……」

「嫌って……何がだ?」

「……戦争なんて嫌!」

「……」

「軍人になるなんて嫌!なれるわけ無い!例え仲間がが死んでしまっても、勝つために戦い続けなきゃいけないなんて、嫌!人を殺すよう命令なんてしたくない!」

「……」

何も、言えない。確かにそうだ。川に落ちたりエンジンが止まった仲間を必死に助けようとする人に軍人が適しているか、と聞かれれば、keineと返すしかないだろう。軍人になることに希望を持ってしまっている自分が申し訳なくなる。

「でも、逃げたくない!もう自分からも、戦車道からも、学校からも、逃げたくない!やるしかないのは分かってる!でも……このままじゃ……」

「……」

「どうかしたぜよ?」

そこへコップを持ったおりょうが現れた。

「いや、ちょっとな……水ありがとう。」

コップを右手で受け取ると、隊長の前に差し出す。おりょうは空気を読んだのか、私が受け取るとすぐに立ち去って片付けに戻った。

「少し水でも飲んで落ち着いて。飲めるか?」

「……」

隊長は無言で両手でコップを包み、ゆっくりと喉の奥に水を送り始めた。暫くしてゆっくりと口元からコップを離す。

「……落ち着いた?」

「……少し。」

「……そうだな。私は軍人になってドイツに行きたい。それを希望にしている。隊長も何か、ほんのちょっとだけでもいいから、希望を持たれては?」

「希望……?軍人に?」

「例えば……出来るだけ人を苦しめない軍人を志すとか。」

「人を……苦しめない?」

「軍人になった時、戦争をするかどうかを決めるのは上だ。私たちはほぼ関わることは出来ないだろう。

だとしたら、軍人として兵士を無駄に死なせたり、相手の捕虜を思いやったり、民衆に不必要な苦労を背負わせたりするような事をしないし、させない。自分の力が及ぶ範囲内で出来るだけそれを試みるのはどうだ?」

「……」

「確かにそれが通じるかは分からないし、影響を及ぼせる範囲も広くないだろう。しかしやらないより良いと思うぞ?」

「……少し考えてみます。」

隊長は膝を立て、立ち上がろうとした。

「大丈夫か?」

「大丈夫……」

確かに先程よりは脚に力が入っているが、まだまだ一人で帰るには厳しそうである。

「家まで送らせてくれ。」

「……すみません、お願いします。」

隊長を左肩で支えながら片付け途中の者らに一言告げて、玄関と飛び石を超えて道へと出る。隊長の家の場所は分かる。ゆっくりとではあるが、二人三脚のように歩調を合わせ、先へ進む。

「……さっきは私らしくなかったな。歴史以外のことを人に語るとは……」

「……くくっ……」

「え、何かおかしな事でも言ったか?」

「いえ、前に縁側でお話しした時は時間に関して話してくださったので、今更どうなさったのかなぁ、と。」

「……忘れてほしい。さっき話したことは私が考えることでしかない。しかしやらねばならないことに楽しみを見出すのは、結構大事だと思う。」

今夜は薄手の服では少し肌寒いくらいだ。ふと空を見上げる。雲ひとつない。

「今ゆっくりと歩いている時でさえ、空の星が綺麗だと思えば、心が澄み渡るのだから。」

 




次回予告
大騒ぎ

コーヒーでテンション上がったりするキャラがいるから、ジュースでそうなっても問題ないだろう?

いやぁ、『ご注文はうさぎですか?』の吉良吉影アフレコシリーズ終わっちゃった凹んだけど、つー助教授のStellarisシリーズ始まったから良し!

あと広東周辺でどんな魚獲れるのかなぁと広東料理を通じて調べたらセルフ飯テロを食らった。広東料理は日本における中華料理のイメージに一番近いそうで。
油淋鶏食べたい。

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