広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

海を渡った結末


広西大洗奮闘記 69 風船

私は400mを超える距離を登り、再び太陽の下に帰ってきた。空を見る限り雲は浮かんでいるが、今日一日は大丈夫だろう。島の開発が上手くいくかは祈るしかないが、その為の銃後を固める事は出来る。暫く後に3人を呼び出した。彼らが必要なのである。

学園まで戻って生徒会室に戻ると、既に半数近くは昼食を取りに行っていた。腕時計を見れば、確かにそれがふさわしい時刻である。踵を返して食堂へ向かうことにした。

食堂にいたのは生徒会の者だけではなく、陽が差し込む窓際を中心に、被服科に動員された一部が食事を取っている。食事は一汁ニ菜、倹約体制以来の量が維持されている。私が食事を取っている間にも、時折被服科の者が食堂にいる者に声をかけ、仕事へと引き戻していっていた。時間には若干余裕を持たせているようで、呼ばれた者の殆どはその皿を空にしていた。今はまだ大丈夫そうである。だが明日がこうとは限らない。

帰り掛けにある教室の前を通りかかった。一旦足を揃える。中からは珍しく作業する音ではなく、授業をしている声がする。繁体字の使用に関する特別クラスである。1日6時間の徹底した詰め込み授業であるが、これで向こうで文字での交流が出来るようになって欲しい。いつかは私も出来るようにならねばならないだろう。正直気が重いが、それだけは口にしてはならない。

 

予定の時間は2時のはずであるが、10分前に戻ってくると、既に予定の3人は生徒会室に揃っていた。流石は風紀委員、約束はきちんと守る。遅れたことに少し謝罪を述べてから奥へと案内する。

「こちらへ。」

「小山さん、少し良いかしら?」

「園さん、どうしました?」

私が一歩隣に足を踏み込んだ時に呼び止められる。

「ここじゃなくて別の部屋はない?ここちょっと騒がしいし。」

「……何か話でも?」

「あまり大っぴらにはされたくない話をね。因みに例の話は受けるわ。無論条件はそのままだけどね。」

「こちらの秘密も話せと。」

「何かはあるんでしょう?」

「まぁ、無いと言ったら嘘になりますね。そうですね……被服科の作業と収監とかからも離れている所となると……あ、元々繁体字講座に使う予定だった小教室があるのですが、そこは如何ですか?」

「何処?」

「中学棟2階の北側のです。そこなら被服科からも風紀委員からも離れているので、双方話しやすいかと。」

「……2人とも良い?」

園さんは後ろの2人に振り返って聞く。

「ええ。構いません。」

「それでは決まりですね。元々確保してあった部屋なのですぐに行きましょう。」

「そうね。」

「皆さん、少し出掛けます。私の印が必要な書類などは、机の上に置いておいてください。」

少し間延びした返事を聞いてから、借りた時に受け取った鍵を手に、4人の集団となって私たちは部屋を去った。

 

扉の脇のスイッチを入れると、幾つかの机と椅子、正面の小さなホワイトボードが映し出された。

「机まとめようかしら。」

「お願いします。」

風紀委員の3人が部屋の真ん中にスペースを作ってから、机を3つと1つが向かい合うように並べる。私は先に一つの方に腰を落ち着け、3人に座るよう促した。真ん中に後藤さん、左右にそれぞれ園さん、金春さんが座る。

「よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

「……さてだらだらと話す時間もない上、現職のお二人もいることですし、こちらから如何して欲しいかお伝えしましょう。

まずは今回の蜂起に参加した者の一部を風紀委員会に引き戻して欲しいです。これから労働時の見張りなどもして頂きますし、それに前例が出来てしまった以上、次の蜂起にも備えねばならないので、人員を増やし力を回復して貰うに越したことはありません。条件についてはこちらの書面に記しましたが、何かあれば詰めていきましょう。

それと率直に言えば、後藤さん、金春さんのお二人には風紀委員会の委員長、副委員長を退いて頂きたい。まぁ理由はお分かりでしょう。」

「……え?」

後藤さんの首が少しこっちに突き出された。

「どうしたの、ゴモヨ。」

「だって……小山先輩あの時、追求するつもりは無いって……」

「口約束は約束ではありませんよ……というのは冗談ですが、確かに風紀委員会が生徒会を打倒すべく蜂起する計画を練っていたことに関しては、誤解も解けましたし目を瞑ります。しかし貴女がたが分断された風紀委員会を纏めきれず、今回の蜂起に繋がってしまったことについては、責任を取って貰わねばなりません。」

「……生徒会打倒?」

園さんが右眉を吊り上げる。彼女にとって今回の蜂起は、風紀委員の一部が勝手に起こしたもの、という理解だっただろうから当然である。私の方へ向けていた顔を隣へ回した。

「…………ゴモヨ、それは貴女を中心にして計画したの?」

「……そうです。」

「いつする気だったの?」

「……配給開始から一月後です。その時ならば蜂起の正統性も立てられると」

急に立ち上がった園さんの右手が後藤さんの左頬へ振り下ろされ、風船が割れるような音がその部屋に鳴った。

「馬鹿じゃないの!」

叩かれた当人は何をされたか分からず、ただ痛みのある所を撫でる。

「なんで角谷会長の在任中に蜂起なんて馬鹿なことするのよ!学園艦を救ったあの人がいる間は、どう考えてもそれに反抗する正統性なんて得られるわけ無いじゃない!」

「しかし調査で倹約体制、統制体制を導入する原因に関する情報を隠匿しているのは明らかでしたし……こんな状況とは知りませんでしたが……食糧の備蓄量を考慮に入れるとその限界までには生徒会が得た情報は公開されるべきでして……」

「黙りなさい!風紀委員会がかつての権限を取り戻し、学園の風紀を強固にするのは、角谷会長が辞めて戦車道目当てで生徒が増えてからで良かったのよ!それの方が確実に権限を拡大する正統性を得られるじゃない!」

「……」

「それで開校時の誉望を勝ち得る。それが風紀委員会が取る道だったのよ。たとえ生徒会の指示に頭を下げ、さらに学園の情勢が良くなかったとしてもね!」

「……面目次第もございません。」

後藤さんもその隣の金春さんも顔を伏せたまま動かない。肩を上下させつつ荒く息をする園さんは、一度深く息を吐き出してから席に座りなおした。

「……小山さん。」

「何でしょう。」

「私は新委員長への就任の件についても受けるし、これだけのことをしでかした上、現状は信じがたいけど危機的である以上、これからも生徒会の指示の下風紀、治安維持に努めるわ。だからそちらが持っているまだ公開していない情報と、我々の力を回復させて何をさせるのか、それを教えてくれるかしら。」

なるほど、自分から本音を見せつけ、代償としてこちらの本音を求める。単純だがな悪くない。話を受けるならそんな事せずとも話したのだが。

私は一度立ち上がって扉を開け、左右に人がいないことを確認した後、内側から鍵をかけた。

「どうしたのかしら?」

「あなたがしてくださった話は弾けた夢ですが、私がこれから話すのは学園の今後、引いては学園の地位に関わる事項です。情報の秘匿には万全を期したいんです。ここから先は内密にお願いします。少し長くなりますがよろしいですか?」

私は彼女の顔を正面から覗き込む。向こうは動じることなく背もたれに身を預けた。

「まぁいいわ。それで学園の今後は万山群島、でしたっけ?そこに移るはずよね。」

「それは学園都市の話です。会長は群島のさらに奥、大陸で要職に就く予定です。」

「予定、ということはまだ未定ということかしら?」

「ええ、実は学園がここに残るかはまだ最終決定ではないのです。その最終決定は会長がただいま向かっているであろう南京にて行われます。我々が頼る西南政権の上にある南京国民政府に許可を貰わねばならないので。

万が一、万が一ですがその決定が拒否されたら学園に混乱が生じます。その時のための抑止であって欲しいというのが一つです。」

「……失敗したら厳しいわよね。」

「正直その通りです。少なくとも食糧の購入が出来ねば学園は保ちません。ですがそういう時だからこそ混乱は避けたいのです。

それともう一つ理由があります。実は驚くべきことに、それが許可された際、会長は向こうの西南政権でトップに就くそうなんです。」

「トップ?向こうの政権の首相になるってことかしら?」

「だいたいそんな感じです。どうやら向こうでは二つの大きな派閥があるそうで、組織の改変を機に、それを纏めるべく中立の会長をトップに就けたいそうなんです。」

正直私も分かっていないが、今知っていることは伝えていく。

「それがどう風紀委員会に関係するのよ。私たちは暫く学園の風紀、治安維持や見張りで手一杯だと思うわ。大陸での政権になんて絡みようがないわよ?」

「それには向こうの事情を話さねばなりませんね。西南政権は中国南部の広東省と広西省を治める、南京国民政府からの半独立政権なのですが、軍事的、経済的に南京国民政府から圧迫を受けているみたいなんです。」

「それで半独立状態を守る為に、学園艦と会長を利用するということ?」

「そんな感じです。この二つの派閥、それぞれ広東の陳済棠氏の軍閥と広西の李宗仁氏の軍閥なんですが、軍閥の名の通り彼らは直属の軍を保有してます。

それに対して会長は身一つでそこに参加せねばなりません。会長が政権内で一定の発言権を持つ為には、軍とまでは言いませんが実力行使が可能な組織を配下に欲しい。

新学園都市が生活可能な程まで整い、授業が再開されてからで構いません。会長直属の治安組織として力を発揮して頂きたい。だからこそ今から風紀委員会を拡大し、力を回復して欲しいのです。」

「……つまり警察、角谷会長直属の警察になれってこと?流石にそれは考えさせて貰うわ。風紀委員長と成るからには委員の安全も考えなくてはならないし、それも大分先の事でしょう?直ぐにはいとは言えないわ。」

「それは構いません。ですが念頭には置いておいてください。その役割を担えそうなのは少なくとも私にはあなた方以外思いつかないのですから。」

「それより会長が許可を貰えることを願うしかないわね。」

「それは最もなのですが……今後ですが、後藤さん、金春さん?」

「は、はい?」

半ば呆然としていた二人は言葉に反応して揃って勢い良く上半身を起こした。

「お二人には辞表の提出という形で委員長、副委員長を辞職して頂きたいです。今日にでも。その後そちらの会則第3条に基づき新委員長、副委員長を選出して下さい。副委員長は園さん、考えていらっしゃいますか?」

「そうねぇ……正直この2人と治安維持担当の3人が候補から欠けているのは痛いけど……確か蜂起の時にグラウンドに居たの、サド美だったわよね?」

「はい。」

「だったらその功績を買って副委員長に登用しましょう。」

「しかし彼女、担当が小学校風紀補佐ですので、副委員長に出来るほどの支持が得られないのでは?」

「基本私が仕切るから大丈夫よ。基本は真面目だし、大担当が欠けてるんだから何とかなるわ。」

「それならよろしくお願いします。お二人は早急に辞表を提出し、総会を開くように。」

「……もし開かなかったら?」

「総動員体制の生徒会権限で、船内の鉄鋼切り出しに参加して貰います。」

「……我々が蜂起勢を撃退した部隊とのことをお忘れでは?」

「それを止められなかったあなた方に誰が付いてくるでしょうか?しかもまだ怪我人も多いというのに。その程度の数なら生徒会の者が一致すれば跳ね返せます。もっともそんなことはしたくありませんが。」

出来るだけ刺々しく伝わるよう口調などを意識する。

「ゴモヨ、辞めなさい。見苦しいわよ。」

「……了解しました。直ぐに手続きを開始します。」

「そうして頂けるとありがたいです。こちらから話せる事は他に特には有りませんが、そちらからはございますか?」

「いえ、無いわ。蜂起参加者の風紀委員会復帰に関しては私がするわ。条件もこれで問題無しよ。」

「それは何よりです。ではそのように。私はこれで失礼します。例の件、考えておいてくださいね。」

「考えてはおくわ。私が成ったら即座に伝えるからよろしく。」

私はそれに右手を軽く上げて応じ、机を共に戻して彼らを先に退出させた後、扉の鍵を掛けた。

この計画が本当に成り立つのかは分からない。たった200人程の小さな委員会で何万という軍を配下に持つ人々に抵抗なんて可能なのだろうか。学園での状況が丸く収まったら風紀委員会はさらに拡大する必要があるかも知れない。そして拡大した後、まだ彼女らは我々の下についているだろうか。

私は生徒会室に戻るべく鍵を握り直し、歩みを進めた。彼女のいう通り、今はまだ考えるべきでは無いのかも知れない。

 

 

2日間の予備会議は今日で終わりを告げた。この間に蔣氏は各所と多様な議題について調整や議論を交わしたそうだ。その一つが我々両広にまつわることである。

結果的に言えば、この話は通ることになった。色々な条件がつけられたが、取り敢えず陳済棠氏と李宗仁氏による広東省、広西省の支配は存続する運びになった。主な条件は次の通りである。

・西南政務委員会の両広政務委員会への改称(雲南省、貴州省、福建省への支配権を正式に放棄)、西南執行部と統合

・両広政務委員会の大洗女子学園の保護権を承認

・南京国民政府、蔣介石政権への帰順

・共産党掃討作戦への増派、対日戦への絶対協力

・鄒魯、胡漢民両氏(共に国民党の元老)の南京国民政府への復帰を支持

・南京国民政府に許可を得ない海外借款の禁止

・寧漢鉄道(広州〜武漢)の早期開通に向けた相互協力

・財務部改革幣制令の両広地域への即時適用、広東省、広西省、広州市立銀行の所有する現銀の回収(法幣の両広地域への即時普及、銀の使用の禁止、両広地域での独自紙幣の廃止)

・両広地域における南京国民政府による徴税を承認

・大洗学園艦から得られる鉄鋼の配分比は南京国民政府と両広政務委員会で9:1、可能な限り提供すること

・シャム国民党における陳守明派(蔣介石派)への支持

 

簡単に言えば軍事、内政における独自性は維持出来たものの、経済は浙江財閥系が握る法幣の影響下に、さらに借款に南京国民政府の義務が必要となったことで、独自外交も封じられたことになる。経済が握られるということは、軍を維持する為の金を掌握されたに等しい。だがこれでも軍事侵攻の末に呑まされるよりもマシなのである。

私角谷杏にとっても内政の独自性が守られれば、一応得た発言権を使って大洗の存続の為に手段が打てる。有難いことだ。ただしこれに条件が付いた。私がこの両広政務委員会の委員長に就く際、当然だが中国国民党の党員にならねばならない。その為に私は中国人となるそうだ。

私は中国風の名前に改名し、今回の代表大会で中国語で就任における演説を、中国人と見えるようにすることで承認する予定だそうだ。国民が反日を望んでいる以上、間違っても私が日本人だとバレてはならないからだ。

これは困った。私は中国語など話せない。しかもそれが19日、たった5日後である。

どうしようかと考えた末、まず冷泉ちゃんに原稿を書いてもらい、その発音を張さんに教えて貰い、その音読を繰り返してなんとかすることで決着した。アルファベットに音を見分ける点を打つことで「マ」だけで4種類ある中国語を見分けようというのである。

しかし同時に私は傍聴者としてではあるが、情勢を詳しく知る為に代表大会に出席しなければならない。果たして満足な練習時間を得られるのだろうか。

 

私はその日を過ぎたら、Jué xing(角 杏)となる。ならねばならない。これが私の大勝負だ。今度こそは西住ちゃんに頼ることなく、この角谷杏が勝利を勝ち取るんだ。




次回予告

この場所を伝える為に


『君は、皇帝という存在を理解しているかな?』


少女鹿目まどかは、災厄に呑まれて多くの大切な人を失い、瓦礫の乱立する見滝原の街にいた。

「魔法の使者」キュウべぇから告げられた、彼らを取り戻す為に必要な手段はただ一つ。

『オーストリア=ハンガリー二重帝国の皇帝になる』

彼女は大切な人を取り戻すべく、経済、外交、国内情勢全てが揃って悲惨な1936年のオーストリアの地に足を踏み入れる。

彼女は大切な人を取り戻せるのか。彼女はこの国を守れるのか。

激動の時代を生き残る方法はただ一つ

生き残れ

『まどかは皇帝になるようです』第9話 諸民族の光作戦 ニコニコ動画で公開中

第1話
http://sp.nicovideo.jp/watch/sm17867807

正直この初期設定さえ乗り越えれば、あとはまどマギ分からなくてもなんとかなります。作者がそうですし。
hoi2のプレイ動画ですが、ストーリーは登場人物の動きが中心なので、あまり分からなくても理解可能です。
更新はあまり早くは有りませんが、それも納得出来るほど練られたストーリーと資料動画、そして動き。
きっと数話見たらあなたも言いたくなるでしょう。

ハイル カイゼリン まどか、と。
(宣伝の許可は頂いております。)

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