広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。


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私はこの総動員体制について聞いた時、ある人間をスイスかフィンランドから呼び寄せたくなった。……私の運命を決めた次の日の夕刻、配給所にあった一つの標語を目にした。私はこの総動員体制は失敗する、という確信を深めた。島への移住が長期の内戦に匹敵するとは思えなかったのだ。
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チョン レイズィ『両広四軍人史』より


広西大洗奮闘記 67 総動員体制

翌日、選挙の喧騒も終わりを告げたこの日から、総動員体制は本格的に始動する。各学科や生徒会は布地以外の本格的な物品回収の案内を配給所に掲示し始めた。

 

学園校舎では朝早くから被服科の者らが準備を行い、10時ごろに一部の生徒や大人たちが作業員として集められた。徴発した布地を向こうに少しでも高く転売出来るようにする為である。

「我々が作るのは簡素な洋服です。しかし向こうの服よりは破れたりしづらいでしょうから、それを利点にして向こうへ売却します。こちらから指示を出しますので、それに従ってください。」

体育館に集められた人々を前に被服科のリーダーが簡単に話した。紙で作られた番号の札を持たされ、蜂起勢が収監された高校棟ではなく、中学棟の方へ連れて行かれる。そこの教室でやるのは布の裁断などだ。工程別に部屋が分けられており、各部屋の担当者がそれぞれに説明を行う。

「サイズは黒板に記してありますので、そのサイズでペン入れしてください。定規はこちらで金属製のものが用意されていますので、それを使ってください。終わった布はこちらへ。出来るだけ布地の無駄がないようにお願いします。」

「チャコペンでペン入れされたものをハサミで切ります。迅速かつ丁寧に、大きくズレて布地を無駄にすることが無いようにお願いします。切れ端も使い道を探すので捨てずにこちらへ。」

「おいお前ら!手を抜くんじゃねぇぞ!大洗の服は質が悪いなんて評価を貰うようなものを作るんじゃねぇ!今まで習ったことを思い出し、学園の危機に対して被服科が何もしていなかったなんて言葉を払拭してやれ!ミシンを貸して下さった方もいるんだから、その方の分まで丁寧に縫い上げろ!いいかッ!」

「ボタンはしっかり固定してください。糸はこちらから出来るだけ供給します。引っ張ったら千切れてしまうということが無いようにお願いします。」

「今回の服は平面裁断となりますので、しっかりと服を伸ばして埃をブラシで払ってからアイロンをかけてからこちらに持ってきてください。」

「向こうからアイロンされた服が来ますので、それをきっちり畳んで箱詰めします。箱のサイズはコンビニのもので統一しました。服の種類と箱の上限枚数を確認しつつ、ずれないよう入れて下さい。」

「箱はこちらへ。ここは被服科が倉庫として借りた場所なので、遠慮なく奥の方から積んで下さい。最大5段でお願いします。」

10時を過ぎた頃、作業が開始された。アイロンをかける班には以前回収された服が運び込まれ、動員された婦人や学生が次々に形を整える。被服科の一部が箱を持って中継しつつ、部屋を超えて布が仕上がっていく。服は食糧の期限が来る前に売却し、食糧に変えるものの一つのため、学園の校舎を貸すなど重点的に行われる。衣食住の一角ゆえ、金にならないことはないだろう、と踏んでいる。

昼前には高校棟から一部生徒がおかっぱの見張りとともに外に出て、グラウンドの片付けを始めた。出したものは自分たちで片付ける、保育園の子供でも言われる当然のことだ。集めた土砂は農業科が取り敢えず回収していったが、果たして砂利混じりの土をどう用いるのかは知らない。

 

また商業科も動き出している。ここは向こうへの商品の売却を担う重要な学科である。学科長が向こうへ物を売るのに言語を使えないのはいけない、と松阪先生に一部生徒を連れて直談判に向かったそうだ。

生徒会を交えて相談した結果、軍人組と合同で、漢文の先生も参加して大教室で繁体字筆記授業をすることとなった。日程は明日から。松阪先生には将来かなりの恩返しをしなくてはならない。しかし出来るのはいつになるだろうか。

他には大きなものを回収して売却することに力を注いでいる。主に家具だ。流石に学園という性質ゆえ授業に必要な備品は売れないが、あと一月半までに島に運べるものは限られるのだから、どう見ても持ち込めない大きな家具などは食糧に変えることにしたのだ。収益を得られることを期待しよう。

角谷と小山の印が押された書類が各配給所に掲示され、リアカーと配給が終わったトラック2両、それ用の人員数名を借りて家庭を回る。家々を説得すれば返事は上々。場所によっては、入ってる皿ごと食器棚を得られたこともあったそうな。食器は学園艦は揺れる為落としても問題無いように、プラスチック製であることが多い。その為若干雑に運んでも無価値にはなりにくい。船で納品する我々にとってはかなり有難いのだ。大型のものでは他に机や椅子、絨毯などがトラックで倉庫へ運ばれ、並べられていった。

家具はふきんで磨き、よく乾かす。小さな傷は傷を誤魔化すクレヨンで埋め、壊れている場合は簡単に修復する。皿は家から洗剤を掻き集め、それでよく洗ってから箱に詰める。陶器の皿が混じっていたら新聞紙に包んで別の箱に入れた。種類がバラバラだがなんとかなるだろう。食糧の限界は26日、約2週間後に迫っている。

余談だが、この時に西住さんの部屋の低い机も回収したとのことだ。それと一度向こうの物価を調べたいと言ってきているのだが、都合はついてない。

 

他には水産科が周辺海域での試験漁業に向けた作業を開始している。ここら辺の魚類の生態を調べることで、養殖する魚の選定や効果的な漁獲方法の選択に役立てるそうだ。その為に島に行く前に一回船を出したいと言ってきたが、流石に第1波の派遣の時に繰り越してもらった。燃料は節約せねばならない。

詳しいことは開発班に任せているが、どうやら向こうで大規模な養殖場所を作ろうとしているらしい。向こうから貰った地図だけが判断材料のためどこまで正確かは分からないが、万山群島の島の一つの、移住地域の真ん中あたりにある東墺島、そこは小文字のuを反転させて東に45度傾けたような形をしているのだが、そこのuに蓋をするようにネットを張って養殖場所にしたいそうだ。簡単に計算するとネットの幅は約300m、奥行きは1kmに及ぶらしい。養殖は餌さえ何とかなれば魅力的な食糧供給手段である。野菜クズなどでも餌になればいいのだが。

 

農業科は現地での生産に向け、場合によっては学園艦からの客土を視野に入れつつ計画を練っているそうだ。淡水の確保出来る量次第だろうが、洗濯などは暫く海でやることになるに違いない。あとは建築資材の為に学園艦上の木の一部を伐採している。

船舶科は学園艦の安定と調査の船を出す準備に全力を注いでいる。現在学園艦は動いていない。その為嵐などが来ると揺れやすい状態になっている。もう一本錨を下ろして支えるそうだ。

調査の船にはかなりの量の物を詰め込む。最初に送る約50人分が暫く暮らせる用の水と食糧は勿論、そこに仮設住宅のセット、それを早く組み立てる為の重機、調査の為に借りた一番ゴツそうな車、あとは向こうの土地を簡単に整備する為のスコップやら斧などの機材、服など最低限の日用品や薬品、雨水を蓄える為の大型のタンク、そして最後に載せる人々などである。

そこに水産科用の機材も載せるのだから燃費は考えないことにした。食糧を積んだカバンが旅行中に軽くなるように、島に降ろしたら楽になるのである。

 

無論この学園艦を統率する生徒会にも仕事はある。その約50人に向けた最初の説明会かつ最後の説明会に私は足を運んでいた。ここにいるのバスケ部、器械体操部、女子サッカー部、ソフトボール部などといった運動部に所属していた者が多い。体育科教諭もいるから要するに彼らは労働力である。他には開発班の者や地理部の顧問などの教諭などの識者もいる。

開発班のトップが拡大印刷した地図を前に説明する。拠点となるのは許可された島の中で一番南にあり、面積も恐らく一番大きな大万山島である。直径3kmの丸い島だ。学園艦よりも少し小さいくらいである。ここにまずは居住可能なように整える。

まずは島を船で一周して外郭を確認し、環境を調べるとともに、居住地域を選定する。次いで調査担当が決めた場所に小舟で上陸し、実際に可能か判断する。それが可ならやっと大型のゴムボートに仮設住宅のセットと人員を載せて上陸する。

上陸後は仮設住宅を設置して雨風をしのげるように。森を伐採する必要があるなら、木材確保の為にそれを実施する。それと同時並行してタンクを設置し、水を手に入れる。あとは適宜農地や居住地の拡大にひたすら邁進する一方で、輸送船が入れるように港を整備する。これにより大型の重機も運び込めるようになる。

輸送船はゴムボートによる人員上陸後、それを引き戻して数度に渡り船内の物資を送り込む。終了後水産科による試験漁業を行い、再び食糧を送り込むべく学園艦に帰還する。水産科の結果次第では、松阪先生が乗って帰られた輸送船にも漁業を行わせたのち、会長の帰還のため広州に送る。漁業で食糧備蓄の限界を少しでも伸ばしたい。

 

今年中に島に全員が移住を完了する、その目標に向け全学科、全生徒、全学園艦の住人が各々の業務に取り組んでいる。日が傾く頃には仕事が終わりを告げて、談笑したり腕を伸ばしながら、彼らは配給の列に並ぶ。

その夕方の各配給所には、他の回収の案内に混じって、ある一枚の標語が貼り付けられていた。書き手の名は書かれていない。

 

『全てを学園へ』

 




次回予告

壇上にて

大洗女子学園選挙管理委員会発表
第57回生徒会長選挙開票結果
有権者総数 28769人
有効投票数 21923人(投票率76.2%)

当 峠美津子 14478票(66.04%)
落 赤峰光 7445票(33.96%)

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