広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

万歳三唱


広西大洗奮闘記 66 Give me a purpose.

空はまだ曇り。差し込む夕日はまだ片付けられていないグラウンドを照らす。そちらの入り口を避け、人の集まるボロボロの校門から中を進む。配給の時刻の少し前、既に人はここに並んでいる。一旦剥がれた煉瓦に足を取られたが、校舎の中に入るには問題ない。マイクを持つ人間からは若干距離を取った。

手紙を見せて投票手続きを済ませ、靴を脱いでから体育館に踏み込む。淡々と話す担当から薄っぺらい投票用紙を受け取り、壁よりにある空いている机に向かう。両脇は衝立が立つのみだ。

少し揺れる机を抑えつつ、鉛筆である人の名を書く。一度消しゴムを手に取ったが、私はこう決めた以上この名を書くしかない。消すことはできぬ。机から取って鈍い銀色の箱にそれを挿し込むと、コトと音がして中に吸い込まれた。小さいが、悪くない音だ。

さてそのまま出れば投票は終わりだが、私がここに来た理由は終わっていない。私はこれから自らを壊さねばならない。最早崩れ掛かっているものだが、それに終止符を打たねばならない。後戻りは出来ぬ。

目的の部屋の前に来た。かつては二人の仲間が、友が隣に居たが、今は一人だ。今朝送ってもらった友にはその後帰らせた。若干強めに言ってしまったが、大丈夫だろうか。また謝る機会が有れば良いのだが。

手を胸元に持って来たが、そこから前に倒せない。震える。側から見たら奇妙なことこの上ないだろう。心に決めたのに踏ん切りが付かずにいた。

扉は開かれた。推したわけでも敲いたわけでもない。勝手に開かれたのだ。

「……西住さん?戦車道の西住さんですか?」

向こうの者がそう尋ねてきた。

戦車道の西住みほ、か。

「……小山先輩はいらっしゃいますか?」

「ええ、今奥にいらっしゃるはずですよ。案内させますね。誰か、西住さんを奥へ。」

振り返って一声掛けると、その応対してくれた者は副会長は人使いが荒い、などとぶつぶつ言いながら走り去っていった。

対してこちらは以前とは大きく違う。広大な場の中央に並べられた時と異なり、今回は辺りには他の人たちが席を並べ、人によっては業務に注力している。

「……お返事を伺いましょうか。」

こちらから右側にいた人は、今まさに正面から私を嘱目する。どちらでもない。彼女の目は温和に受け入れるわけでも、冷酷につき放すわけでもない。どちらでも受け入れるだろう、無論これからの返事を望むだろうが。

「……え、えと……私、やります!」

「……お、おぉ!ほ、本当ですか!」

座っていた彼女の顔が急速に近づいた。

「はい。」

「ではすぐにこちらの紙に、と言いたいところですが、その前に一つ聞いておきたいことがあります。今回の決断をした要因が『生徒会から頼まれたから』のみならば、こちらから参加はお断りします。向こうに行って、しかも軍人になって頂くやる気が、私たちからの外圧のみで続くとは思えません。」

「他にも、あります。」

「何ですか?」

「……私は戦車道には戻れないからです。私は今回、戦車道以外の目的で戦車に乗って、そして戦いました、生身の人間と。攻撃しました、生身の人間に。しかもその戦いは、私が下手なことをしなければ、説得して避けられたものでした。私はそれが完全な自衛だったと納得出来ません。きっとこの先も。

仮にこの世界で、はたまた帰って来ることが出来、現代で戦車道が出来たとしても、今回のことを胸にしまいつつ戦うことになります。嘉沢さんを殴ってしまった時の手の感触や、正面に広がる……人たちを思い出しながら。これでは少なくとも以前のようには戦車道は出来ません。無理なものは無理、です。

ここから出る時に沙織さんと共に戦車をちらりと見ていったんです。ですが駄目でした。見るとあの時、明かりが回復した時に見えた光景が脳内に呼び起こされ、吐き気とともにしばらく消えませんでした。今は何とかなっていますけれど。

昨年夏、私がしたことはご存知だと思います。そしてそれの非難を避けてここに来ました。戦車道をやる事になったものの、皆のお陰で私はあの水音を克服出来ました。

ですが此度は私が皆とともに、いえ、皆に命じて犠牲が生じました。これだけは皆さんとは克服出来ません。だとしたら、また逃げるしかない。

でも、もう逃げたくない。皆を置いて、大洗を捨てて何処かに行くなんて、今の私には出来ない。考えられない。

この相反する思いが重なり合って出来た考えは、今回の話に乗る事でした。軍人としてここと戦車道から離れ、かつ大洗と皆を守る。これしかありませんでした。」

「……本当に軍人になって、学園を、それを守護する西南政権を存続させるべく、多数の人の死を目の当たりにしても良いと?戦争は率直に言って避けられませんよ?」

「……それは私が軍人としてやったんだ、と割り切れます。いえ、絶対割り切ります。そしてそれで私の今回の悪夢が悪夢のうちの一つとなり、かつ皆が無事でいられるのなら、やってみせます。決して屈さず。

私に目的をください。戦車道を抜きにした、次の。」

「……では生徒会よりお願いです。士官学校で学んだのち西南政権の軍に入り、広東、広西両省、そしてこの大洗女子学園を防衛してください。」

「分かりました。」

「ではこちらの書類にサインを。」

みほは一歩机のように寄り、小山からペンを受け取った。若干字が曲がっているが、それでもミミズが這ったような字ではない。

西住みほ、確実に楷書でそう書かれている。

「ありがとうございます。あの二度の絶望的な戦いに勝った西住さんなら、この時代でも活躍なさるでしょう。」

小山はこれまでの3枚より一層丁寧に、それをファイルの中に収める。

「いえ、あれは私一人の力では……そういえば他に誰がいらっしゃるのですか?」

「澤さん、松本……いえ、エルヴィンさん、磯辺さん、そして西住さんの計4人です。」

「……結構いますね。」

「はい。思ったより皆さん乗ってくださいました。皆さんと一緒ですから、上手くやっていけると思いますよ。それでは今後ともよろしくお願いします。」

「はい。」

小山先輩が右手を差し出してきた。躊躇うことなくこれに応じる。この人もまた私が守るべきものの一つなのだから。

その後今後に関する話を聞いた。短期間ではあるが、集中的に中国語、繁体字を学ぶことになるそうだ。字さえ読み書きできるなら、ある程度のコミュニケーションは取れるからだそうだ。出発するひと月先までにどこまで学べるかは分からないが、他に何も無いのだから、これに力を注ぐことにしよう。

 

再び客を見送った私の頭上からは、雲は失われていた。暗くなった空に瞬くいくつかの光がその証明である。西住さんは呑んだ。お辞儀のふりして頭突きをかまし、握手するふりをして人差し指と親指の間を圧迫した甲斐があるというものだ。これで冷泉さんの言う『蹴り返してやる』は達成できたのだろう。これでいい。大洗女子学園の存続の為ならばこれでいいのだ。その為ならば、私たちは悪事を働いてさえも良いと心に決めたのだ。

それにしても西住さんは、下手なことをしなかったら避けられた、と言っていた。生徒会の絶対打倒を目指す蜂起勢相手では、戦車道をこちらの味方に付けた以上お互いの戦闘は避けられなかったと思うが、他に何かあったのだろうか。まぁ気にするほどでもないか。

外の空気をしっかり吸い込み吐き出してから部屋に戻ると、一件報告が入っていた。持ってきたのは金春さんだという。

『蜂起した者らの指導者の一人、中学治安維持担当長、江戸川夢華確保。しかし依然として学園艦治安維持担当長、浜公子の行方は不明。』

遅い。かなりが怪我のため学園に拘束されているとはいえ、丸一日逃げ続けられるとは。しかもこの決して大きくない学園の中で、である。

 

 

腕時計を見ると、間も無く短針と長針が成す角が、約40分ぶりに共に2/3πを超えようとしている。許可はもう出してある。壁には使用されたポスターが数枚固定され、数本選挙活動で使った幟が寄りかかっている。窓ではカーテンが外部への光の漏出を防いでいる。針が1ではなく2の方を差した時、スピーカーが教室の空気を震わせた。夕方の配給が終わった者もすでに合流し、固唾を飲んで耳を澄ませる。

「どうも皆さんこんばんは。清く正しく皆様に情報をお届けする、大洗女子学園放送部の王大河でございます!ただいま夜の8時を回りました。これからは本日行われました生徒会長選挙についてお伝えいたします。

放送部は各投票所での出口調査などから独自に結果を予測いたしました。皆さまご存知のように、今回出馬したのは峠候補と赤峰候補でございますが、果たして有権者は学園都市の未来をどちらに託したのでしょうか!それでは発表します!」

太鼓の叩かれる感覚がどんどん短くなり、そして一度大きく叩かれてから止まった。

「今回の選挙……峠候補が当選確実となっております!峠候補の得票率66%、赤峰候補の得票率34%と予測されます!」

わぁっ、と歓喜がその部屋を支配した。席から立ち上がり腕を突き上げたり、隣の者とハイタッチする者もいる。私も思わず腰のあたりで両手を握り締めた。ここまでの差が有るなら、誤差で狂うことも無いだろう。

黒眼鏡の次期生徒会長は感謝を述べながら周りの者からの握手に応じている。周りの人が減ると、私も肩を軽く叩いて賛辞を述べた。

「おめでとう。」

「ありがとうございます、副会長。この峠、先代には敵いませんが、学園存続の為に出来ることを堅実にこなしていきます。」

「是非そうしてください。島で都市を維持していくのは難しいでしょう。だからこそ基本に忠実に運営し、必須であることを確実に行わなければなりません。」

「分かっております。角谷会長は向こうに行ってしまいますが、小山副会長には引き続き私たちを支えて頂きたいと思います。」

「もとよりそのつもりです。今の生徒会は人が抜けて回るほど人員に余力はありませんから。何か相談があれば喜んで応じますよ。」

和かだった顔は間も無く真顔になり、終いには眉間にシワを寄せ顔を伏せた。

「……では早速。今回の選挙の得票率です。今聞いた話だと66%とのことですが、誤差を考えても少なくとも3割、投票率によっては半数近くが生徒会への賛意を示していないことになります。

非有権者の少ないこの学園都市において、それだけの人間が私を、ひいては生徒会を支持していないのは、これから一致団結して事態に対処せねばならない以上、懸念材料と言わざるを得ません。どうするべきでしょう?」

「……考えはあるのですか?」

「一応有ります。それは今回の相手候補だった赤峰さんをこちらに引き込むことです。総動員体制によって人事の権限は生徒会に有りますから、入れるのは難しくないでしょう。役職は実務系のものを適当に作ります。仮にそれで支障が有っても、学園の混乱を抑えられることと引き換えなら割に合うかと。」

「ならそれで構わないかと思います。無論他の人に確認を取ってからになりますが。この話は私が私の代のうちに進めておきます。」

「宜しいのですか?会長が戻られる前に決めてしまわれて。学園の運営の根幹にも関わることかと思いますが。」

「私は会長から権限を請け負ってますし、状況的に彼女の政策を受け入れられないのは事実です。それでも学園を纏めるには貴女が言った他にやり用はないでしょう。それに懸念材料を次代に回したくは無いですから。」

不安そうな顔を和らげようと微笑みかけた。

「……分かりました。お任せしましょう。」

「こんばんはー!新聞部でーす!」

峠さんが顔を上げてからすぐ、後ろの扉が開け放たれ、メモ帳を片手に持つ瓶底眼鏡とカメラ持ちの二人が入ってきた。

「当選確実おめでとうございます!この部屋で取材しても宜しいでしょうか!」

「ええどうぞ。それでしたらまずは万歳三唱しましょうか。」

「いいですね。そうしましょう。」

カメラ持ちがこちらにそれを向ける中、私たちは机に沿って並ぶ。

「万歳!」

教壇の位置に立つ峠が一度叫ぶと、他の者もそれに習い、フラッシュが焚かれた。

「万歳!」

「「万歳!」」

「万歳!」

「「万歳!」」

3度腕が振り上げられ、それが降ろされると拍手が鳴り響く。

「おめでとう!」

「いよっ、新会長!」

祝いの声もまた広がる。壇上から峠が制するまで少し時間を取った。

「どうも皆さん、この度次期生徒会長への当選が確実となりました、峠美津子です。この度は皆さんの支援と有権者の皆さんの支持によって勝利することができました。本当にありがとうございます。

私の役目は公約の通り堅実な運営です。特に島移設による困難に対しては確実に一歩一歩問題を解決していくことこそが重要だと考えています。

それに伴い、私は学園の分断の解消も進めます。今回赤峰氏を支持していたとしても、必要とあらば積極的に登用していきます。今後もよろしくお願いします!」

中々の口上だ。私は取材を受ける峠を片目に仕事場へ戻ることにした。遊びは終わりだ。

 




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