広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

GW?残念ながらそんなものはなかったよ。

そう言えば次更新までにフランス大統領選と韓国大統領選が挟まりますな。こちらの選挙まだ終わってないけど


広西大洗奮闘記 65 三人の来訪者

私の前には紙が二枚。しかしその更に奥の二人はそれを手に取ろうとはしない。背もたれに身を乗せると、椅子がぎしりと鳴る。

「お二人が並ぶとは、結構珍しい気がしますね。」

「まぁ確かにそうかもしれないんだな。」

「たまたま道中会っただけだからね。」

見た限り昨日のことは大きく影響してはいないようだ。

「立ち話もなんですし、早速本題に入りましょう。検討はついてますが、要件はなんですか?」

「……小山さん。前の士官の話だけど、私は断ることにしたよ。」

「ボクもだな。パソコンいじってる方がよっぽど楽しいにゃ。」

「私も機械弄ってたいからね。断っても構わないんでしょ?」

予想通りの返答だ。この二人を話に加えたのは戦車道の中で差をつけるのを避けるためでしかない。

「……ええ。現状この話に乗ってくれている人は居ますから。」

「誰かな?」

「澤さんと松本さんです。他のお二人はまだですね。」

「まぁエルヴィンさんは分からなくもないにゃ。寧ろこの時代にいることを喜びそうなんだな。」

「澤さんはちょっと意外だな。西住隊長が決めてから同調すると思ってたけど。」

「今回校門側の指揮を取って、意思を固めなさったようです。」

「で、代わりといってはなんだけど、自動車部の技術で手伝えることがあるなら喜んでお助けするよ。重機から車の運転、とにかく機械系なら何でもやるよ。」

「ボクは夏から鍛えたこの身体で貢献したいんだな。燃料だって無限じゃないから、肉体で出来るならそっちでやったらいいにゃ。」

右腕を曲げて力こぶを強調する。服越しではあるが、上辺はもっとも遠くに球を投げるための軌道を描いていると思う。役に立ちそうだ。

「そうなりますと、お二人とも島への派遣第1波になりますね。18日からの予定です。」

「結構先だね。明日から行けとか言われるのかと思ってたけど。」

「まだ開発の計画さえも十分に決まってないので、それを纏めてからですね。まぁ、それまではこっちから指定する業務について頂く事になるかと。当面はアリクイさんも自動車部の方も工学科関連だったはずです。」

「工学科……って、何やってるにゃ?」

「船から鉄鋼を切り出しているんですよ。広東に渡すんです。そういう契約なので。」

「私たち急に行って大丈夫ですかね?」

「話は回してますから問題ないですよ。確か明日ある人は夕方の配給の掲示に載せるので、それに従ってください。」

「了解にゃ。」

「頑張らなきゃね。」

「足を運んで頂きありがとうございました。そうだ。不要な靴や服、布地が現在徴発対象なので、持っていたら提供お願いします。」

「勿論。ウチにあるのは確か出したよ。制服と作業服があれば他は何とかなるからね。」

「ボクは服とカーテン出したかな?」

「ありがとうございます。では話はこちらからは無いので、明日に備えてください。」

「はーい。」

「失礼するにゃ。」

 

 

二人が出て行くと席を立ち、隣の部屋でいくつかに纏まる集団の一つに声を掛けた。

「失礼します。」

「あ、副会長。如何しました?」

そこを取り仕切る三崎が服の一つを手に取りながらこちらを向く。

「徴収の量はどのくらいですか?」

「靴が5千を超えるくらい、服は8千弱、といったところです。率直に言って集まりが悪いです。恐らく広東には買い叩かれるでしょうから、住民の食糧の為となりますともっと必要です。」

「その数ならもう一度、今度は半ば強制で徴収は行います。ですがそれ込みでも作るしかないですね。明日からの被服科の作業に期待しましょう。」

「以前質屋経由で集めたものはどうするんですか?売るならこっちから商業科に話を通しますが。」

「いえ、現状は保留です。特に貴金属はそのまま価値を保てますので、タイミングを見計らおうかと。他の類は大陸の有力者へ恩を売るのに使えるといいですね。」

「賄賂ですか……」

「贈り物です。もっともこの時代のブランドなんてシャネルが通じれば御の字ですから、たいして出来る数は有りませんが。」

「そしたらこの時代に無いものは普通に卸しますか?」

「あのー。」

集団の向かい側にいた一人がおずおずと口を挟んだ。

「副会長、場合によってはウチ独特のブランドだって言って値を上げるのもありかと思ったんですが。」

「それは厳しいですね。私たちがブランドを作れるほどの力があると、恐らく向こうは認識していません。向こうの方を呼んで力を見せる、という手もあるのですが、そんな余裕は現状ありません。」

「……厳しいですね。」

「本当その通りです。私たちはこの世界において何の力もありません。軍事は無論、文化、経済など元の世界で力と見なされる全てをここに来て失ってるんですから。」

「それで島で満足に飯を作れるようになるまで最低2年、ですか……鉄鋼の売却なしで何とかなるのでしょうか?」

三崎が頭の後ろを指で掻く。

「島の開発班によると、塩田開発と漁業を財源と主食とする案があるようです。島ですし、それで凌ぐしか無いでしょう。」

「あとは商業科が向こうで商機を捉えられるか、ですね。」

「期待しておきましょう。すみません、失礼しました。作業を続けてください。」

再び先程の椅子が、ぎしりと音を立てた。果たして我々は戦争までにある程度生活を安定させることが出来るのだろうか。恐らく否だろう。満足に家が揃うかさえ分からない。獲れる魚が美味いことを祈るばかりだ。

右腕の肘を左手の指4本で捉え、頭の方へ強く引き寄せる。肘は頭頂部を過ぎて左肩に到達する。そこで軽く身体に力を込めたあと、それを緩め右腕を前回しした。

3回転目の途中の時に扉を開けた生徒会の一人が伝えたのは、またしても小山への来客だった。手元にあった書類へのサインを終えて傍に積んでから、その者の入室を認める。

 

 

その小さな競技者の性格を理解している者からすれば、現在この空間を包んでいる薄ら暗い雰囲気は似合わないどころでは無いだろう。その発生源が私では無く、この者本人であるならなおさらだ。

私は今朝、負傷者に関する報告の前、ある一枚の書類を受け取っていた。簡単なものであるが、ただ話をしようと正面に立たせた時に机に載せるだけで、先程の雰囲気を醸し出させることが出来るものだ。

「まぁ、要件は分かっていますが、如何なさるか決まりましたか?」

返事はない。漏れ聞こえるのは扉の向こうで話し合う声のみ。

「会長が戻られる前から、士官学校行きに向けた必要事項を履修してもらいたいので、折角ここにいらしたのですから、ここで決めてくださるとありがたいです。」

この者の心の中を表すならば、何故っ、が繰り返し書かれているだろう。顔を見れば卵に黄身が入っているかどうかよりも明らかである。

「そういえば、体育館はしばらく使えなくなります。確か校舎から島へ搬出する荷物の置き場になるはずです。何れにしてもバレーを続けなさるのは厳しいと思いますよ。前に会長が仰っていましたが、現在はスポーツを安心して出来るほど平和ではないのです。」

「……どういうつもりです?」

「何がですか?私はただこの前の話に乗る、イエスかノーか、と尋ねているだけです。」

「その紙は……」

「ああこれですか。単なる業務書類の一つです。お気になさらず。」

動かさない。変わらず彼女の目の前に突きつける。

「……ふむ。私としてはこのまま待って頂いても構わないのですが、返事が頂けるまでは部屋からは出せません。先延ばしにされるのは嫌なので。」

「……脅しですか?」

「いえいえ、そう言われるとは心外ですね。会長があなた方に頭を下げてお願いしたというのに。これはあなた方の今後の生き方に関わることです。下手に強制は出来ません。」

「断ることも出来ると。」

「勿論です。既にナカジマさんと猫田さんが断りを入れてくださってます。他で頑張ってくださるようですから。」

「……」

悩んでいる。私の言っていることが何処まで真意か図りかねているのだろう。そこそこ本気だというのに。仕方ない。

「まぁただ待つのも暇ですし、少しお話しますか。軽く聞き流して頂いて構いません。

昨晩の礼は朝行ったので抜きにしますが、現在は昨晩の蜂起に参加した人をこちらに付いた風紀委員が捕らえております。まだ成果は芳しくないようですがね。

実は今回の蜂起、今回風紀委員が分裂する前から計画されていた様なんです。こっちから情報を出して向こうが割れた結果今回の規模で済んだようですが、仮に風紀委員会全員が蜂起していたら、こっちは難なく潰されていたでしょう。そしたら学園はどうなってしまったか、今思うと不安になります。

そしてそれに風紀委員以外で絡んでいた人がいたらしいのです。風紀委員会は追及されなければならないと思うので、仮に本当にいるとしたら、今回蜂起した人ほどではないですが、話を聞く必要はあるかと思います。最悪今回の蜂起勢と同様の対処を取らざるを得ないかもしれません。」

バレーで鍛えた脚力で封じようとしているようだが、膝が笑っているのは分かる。

「しかし学園艦は現在総動員体制下にあります。正直今回捕らえた人たちにさえ、タダ飯を喰わせる余裕は無いでしょう。ですから捕らえた人たちには働いてもらうことになります。恐らく向こうへ売るものの制作という単純作業でしょう。朝から晩までです。食糧の残りも考えると、飯も減らしますか。

だがもし仮に、その人に代え難く、かつ学園運営に役立つ能力があるならば、そちらを有効に使って頂きたいと考えているのですが、どう思われます?」

「……そうしたほうがよろしいのでは?」

「やっぱりそうですよね。ではその方針を相談してみますか。それで、お決めになりましたか?」

彼女の両手の拳は、自らを締め、後戻りさせない為のものだろうか。

「……私は、軍に入って役に立てますか?」

「それは努力次第でしょう。ですが西住さんの指揮を間近で見て、アンツィオ戦では大戦果を、さらにプラウダ戦でのあの疾走、黒森峰でも敢闘し、おまけに知波単の皆さんを纏めておられました。

努力する力と的確な根性、それは確実に『たたかうこと』において有用であると、私は信じてますよ。」

「……そう、ですか。戻ってきて、またバレー出来ますかね……」

「ええ!お任せください。我々生徒会はこの学園を、住人や学生の皆さんも守り通してみせます。かつて二度、この学園の存続が決まったように!」

「…………受けます。やります。」

「おおっ。ありがとう、ありがとうございます!よろしいですね!」

「……はい。」

「で、でしたらこちらにサインを。」

机から別の紙を取り出す。この前澤とエルヴィンが名を書いたものと同じだ。その右手にペンを与える。震えている。小刻みに、しかし幅は大きく。そっと包んでやる。彼女は大きく息を吐き、膝よりもしっかりとそれを抑えた。

磯、辺、典、子。

机の上に彼女の名を記した書面は二枚に増えた。

「ありがとうございます!でしたら本土での学校に向けて中国語の授業をする予定すので、必ず出席してください。詳細は追って連絡します。」

「分かりました。やると決めた以上はやり抜いてみせます。」

「期待していますよ。」

手を差し出す。彼女は手を一度閉じて開き、それに応じた。

「他に何か聞きたいことはございますか?」

「いつ頃向こうに行くのですか?」

「恐らく12月ですね。向こうのどこに行くかにもよりますが。会長が今回の出先で確認なさるはずですから、決まり次第すぐにお伝えします。」

「よろしくお願いします。澤さんとエルヴィンさんも一緒に行きますので、是非一緒に頑張ってください。他には?」

「取り敢えずはないです。ではまた。」

「布類の寄付と投票もお願いしますね。」

彼女に付き添って直々に校門まで送り出した。出た後も後ろから手を振って見送る。

彼女は優秀だ。戦車道において、あの八九式で駆け回れる程だ。おまけに機転も利く。送り出して恥になる人物では決してない。軽く行き先を縛ったとはいえ、決めた以上はやり切ってくれるだろう。いつの間に空の雲も、灰から白に変わっていた。

「そうだ、松阪先生に中国語の授業の件お伝えしなくては。あと教室も確保しないと……それは小教室で何とかなるかな?」




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