広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

副会長、学園艦を巡る。


広西大洗奮闘記 64 名女優

天を覆うネズミ色の雲が晴れる気配は無い。部屋に駆け戻った小山は、船舶科の者から無線を通じて島への移転に関する情報を受け取る。思ったよりも早く、こちらも十分に急がねばならないと思わせられるものだった。下手したら人員をさらに割かねばならないかもしれない。

生徒会長室で既に集合していた担当の者らを前に、日程の調整を行った。忙しくなるが、計画よりも数日繰り上げて行うことが出来そうだ。学園艦を出ていく時期は、仮に遅く出来ても大幅には変わらないだろう。早く行動を起こすに越したことはない。

既に地理部、地学部及び顧問、教科担当教師陣による調査班員を決めており、今夜にも召集をかけるそうだ。船舶科への連絡も忘れない。

業務に戻ってもらう。次に持ち込まれたのは今回の件についての発表内容の確認だ。暴動の勃発とその無事鎮圧、現在は平穏である、というものだ。生徒会の者全員から確認は取ってあるそうだ。

「選管への確認は?」

「それだけならば赤峰氏への批判には当たらない、との立場です。」

「峠さんへの支持になるかは確認済み?」

「……まだです。」

「下手に穴を作ってはいけません。一言一句まで調整をしてきてください。いくら票で勝っても違反で落とされちゃどうにもなりません。」

「で、でしたら投票時間終了後に発表した方が無難なのでは?」

「もう既に蜂起勢の鎮圧から半日経ちます。引き伸ばして投票後にすると、住民の皆さんに投票時間中には言えなかった事が隠されているのでは、と疑われるでしょう。

早めに発表すればまだ、治療などの対応に追われていた、と説明出来ます。下手に不信を煽ることはしたくありませんから。あ、中身はこれで構いません。」

「了解です。早急に纏めてきます。」

「あとは放送部との調整ですね。発表はいつ頃になりますか?」

「これの纏めが終わる時間によりますが、昼過ぎにはなるかと。」

「それでは松阪先生を迎えに行ったあとですね。よろしくお願いします。」

その者は軽く身を倒したのみで、即座に部屋を去った。だが直ぐに次の者が現れた。曰く放送で徴集に関することも伝えて欲しいとのこと。忙しさはあるが、皆の顔はそこまで深刻ではない、学園艦の情勢を知らせた時と比べれば。

 

昼食を食堂で済ませたのち、小山は体育館で一票投じた。無論入れたのは二つの地形のうち緩やかな方である。鋭い方は危険だ。

そこからは生徒会長室に帰るのではなく、合流した生徒会の者を連れ船内に入り、奥深くへと潜っていく。広々としたエレベーターが為すものだけではなく、ピアノでも出せるか分からないほどの甲高い音も耳に入る。扉がボタンの点滅ののちに両脇へ避けていく。

踏み出したのはこれからこの学園艦で最も忙しい場になるであろうドックである。今はただ二隻の輸送船が停泊しているのみだが、いずれはこの二隻もたくさんの荷を積んでいなくなるのだろう。

そのうちの一隻に近づく。既に二人が集まっている場へだ。

「もういらしていたんですか。すみません、松阪先生。ちょっと用が立て込んでまして。井上さんもお手数おかけします。」

「いや、構わんさ。うちらが予定より早めに着いたんだしな。」

「なに、これも仕事のうちですから。」

松阪に続き学園艦の艦長の一人、井上が腕を組み、軽く笑いながら答えた。

「あ、それでこれが例の関係書類だ。」

カバンから大きめの少し厚みのある封筒を取り出し、小山の手に載せる。小山はそれをすかさず横にいるもう一人に受け流す。受け取った時には既にその者の身体はエレベーターの方へ向いている。開けてあった箱の中に入ると、即座に上に行ってしまった。

「……早いな。」

「14日には調査班を送りますから。少なくとも開発の為の第一波は18日には送りますし。あ、それで会長はいつ頃南京からお戻りになるかご存知ですか?」

「いや、知らない。だが確か今日には南京に飛んでるはずだ。」

「南京ですか。とうとう最終段階、といったところでしょうか。」

「角谷くんは自信ありげだったし、大丈夫だろう。こっちとしてもやって貰わねばならないしな。」

「確認終わりました。」

「おう、お疲れ。」

船内から梯子をつたって降りてきた二人を井上が迎える。

「二人ともありがとう。助かったよ。」

松阪も手を握って感謝を伝える。

「今日はお二人にもお休みを与えてあげてください。」

「勿論さ。」

「いえ艦長、我々は船の中でまるまる休んだようなものですし、学園の存続の危機にある中、安易に休憩をいただく訳には……」

乗員の一人三川が胸の前で手を左右に振る。

「なに、休んどけ。どうせ休みが終わったらさらに働いてもらうからな。物品輸送に向こうへの設置とか。

まぁ生徒会が最初に知らせてた通り、停泊する港がないからな。島にまともな港が出来るまではゴムボートに載せて往復しなくちゃいけないわけよ。

んで、そこを担当してもらうから休んどけ。投票にも行って欲しいし。因みに仕事は明後日からな。」

「はぁ……ではありがたく。」

「お休みを頂きます。」

半ば萎縮しながら二人はその考えを改めた。そして小山から航海中行われたことの簡易的な説明を受け、甲板上へと登っていった。

「それで私は次に何をすれば良いのかな?残念ながら南京も広州も、ましてやここも北京語が通じる環境ではないのだが。」

「華北での日本との関係の情報を得るのに有用です。そこらへんにその腕を存分に奮って頂こうかと。」

「ははは、行き先は北京か?この時代有数の重要地点じゃないか。それは重大だ。」

「ですが仕事に回っていただくのは先になりますので、それまでは学園管内で作業に従事してください。こちらから伝達します。」

「分かった。そしたら資料も渡したし、久々に家に帰ってもいいかな?」

「ええ、構いません。今後もよろしくお願いします。」

こうしてこのドックには船のほか二人のみとなった。井上が行き先を指し示すので、その通り案内される。

「それで小山副会長。先ほどお伝えた通り、調査班が使用する輸送船は修理が完了しております。生徒会の丹波という人から話を聞いて修理は進めていましたが、船舶科の皆の頑張りで、細部まで問題ない状態に持っていくことが出来ました。」

「それはありがたいです。輸送船が満足に利用出来れば向こうに売る恩も少なくて済みます。それでこちらの方が規模が大きいんでしたっけ?」

「はい。一応こっちは食糧輸送用に使われていたものでしたから、容量は向こうよりあります。鉄鋼輸送としても使えるかと。まぁその分燃料食いますがね。」

歩いている間に周りや中に白い船舶科の制服を着た者が群がる船が目の前に来た。確かに銀白に輝くそれは先程見ていたものよりも大きい。

「燃料はこっちでなんとかします。明日で石油関係の販売を停止しますし。」

「しかし工学科も使ってるって聞いてますし、足ります?」

「ギリギリなのは否めませんが、都合はつけます。最悪車に入ってるガソリンを抜いてきてでも。そちらもものを詰め込む時は、できるだけ多くお願いしますね。」

「分かりました。下さるならば、その分船舶科としてお応えしましょう。人員はどうします?うちらのも島に送りますか?」

「いえ、まだです。基本船舶科の皆さんは船に関することに専念してもらいます。」

「じゃそのこと他の艦長にも伝えときますね。こっちからは以上です。」

「では私も失礼します。お仕事頑張ってください。」

「そちらも。」

手を振られながら小山はもと来た道をかける。学園を統べる小山に時間的な余裕はそれほど無いのである。用がこの後あるかも知れぬならなおさらだ。

耳を甲高い音が通り抜け、学園に戻る。そこから生徒会室に戻ると、今朝来たうちの二人が席の前で、制服を着た人を連れて席で待っていた。

「副会長。」

「纏まりましたか。」

「ええ、選管としてはこの発表内容を問題なしとみなします。このままならば。」

「分かりました。放送部はいつ出来ます?」

「14時30分、そこから放送室を手配済みです。」

放送部長が書類を目の前に示した。

「分かりました。すぐに行きましょう。岩城さん、お手数おかけしました。」

「いえ。」

「では後ほど。」

やはり足を止める余裕は無いのか、すぐに二つの扉を開け放っていった。

 

学園艦の住人の皆さんこんにちは。生徒会副会長の小山柚子です。今回は私から昨日夜にありました暴動についてお伝え致します。

昨日22時ごろ、一部生徒などによる暴動が学園校舎周辺で発生し、敷地内に侵入しました。これに対し我々は撤退を要求したものの受け入れられず、止むを得ず風紀委員と戦車道選択者らによる鎮圧を行いました。結果としてこれを撃退することに成功し、本日未明から完全に平穏な状況にあります。その関係上、昨夜は校舎周辺で大きな砲声が頻発しました。近所の方に事前に連絡出来ず申し訳ありませんが、どうかご理解お願いします。現在は風紀委員により、首謀者及び計画参加者の捜索を行っています。

今回の鎮圧の成功はあの戦車道の英雄たちと風紀委員の諸君の頑張りによるものです。私は学園艦を束ねる一人として、彼らに最大級の賛辞を送ります。その一方でこの大洗女子学園が団結せねばならないこの情勢下においてこのようなことが発生し、胸が塞がる思いでおります。

参加者に伝えます。即座に自首しなさい。あなた方は負けました。もはやこれ以上の抵抗は無意味です。既に名前、住所、顔は割れています。速やかに投降しなさい。

この大洗女子学園のため、住人の皆さんの一層の結束を、私は心から所望致します。

以上です。

 

「カットー!」

「いやー良かったですよ、副会長。母性を抱えつつも淡々と、時に冷酷に。前も思いましたけど、副会長もしかしなくても名女優になれるのではないですか?」

マイクから口を離し耳のヘッドホンを外すと、放送部の者による賞賛の嵐であった。

「いえいえ、ただ読んだだけなのにそう言われましても。」

「そう謙遜なさらずに。」

「それにしても、今回は緊張しました。会長はこれよりも緊張することを、これよりももっと長くやってらしたんですよね。」

「そうですね。あれは放映もされてましたのでずっと台本見るわけにもいかないですし、おまけに身振りも交えてましたからね。やはり会長になってから色々となさってましたから、経験値あったのでは?」

「なるほど。あ、ではお世話になりました。私はこれで。」

小山は背もたれに手をかけ、自らの腰を浮かせた。

「またお願いしますね。」

やはり度々起点に帰らざるを得ない。髪を手櫛でとかしてから、生徒会室に戻る。ノックして開けると、その正面に小柄の生徒会の者が待ち構えていた。

「小山副会長、面会希望の方が。」

「どなたです。」

「ナカジマさんと、猫田さんです。」




次回予告

それぞれの決断

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