広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

少し短めです。


広西大洗奮闘記 63 周りを囲う塀の中に

麻子は窓の外を見ないようにした後、眠りに落ちていた。目を覚ました昼過ぎには、空を舞う大鷲は城壁の外に降り立とうとしていた。少し揺れながらスピードを落とし、滑走路から少し脇に逸れて停止し、プロペラが回転をやめた。間も無く扉の前に梯子が掛けられ、開いた。

「You can unlock your seatbelt. Thank you for using China National Aviation Corporation today.

(シートベルトを外して大丈夫です。本日は中国航空公司をご利用いただきありがとうございました。)」

パイロットのアナウンスの後、拍手がわき起こった。理由の一つはここに無事に運んでくれた感謝であろう。角谷はかばんを持ち、列の最後尾に続いて機体から降り立った。

こちらの天気は風はないが軽く雨。上着を着ていても少し肌寒い。持っていた折りたたみ傘を開くと、後ろの人間が壮大に息を吐いて地上に降り立った。

「大丈夫だったでしょ?」

「……まぁな。帰りもこれなのか?」

「多分。他の手段って船くらいだよ。」

「まだ船の方がマシなんだがな。」

最後尾に例の西洋人パイロットが降りて、係の者に話を聞いた後、機内に戻りその場からゆっくりと離していった。その場から少し離れると、軍服を着た男が一人、彼らの方に走ってきた。

「陳閣下の御一行で宜しいですか?」

「ああ、そうだが。」

敬礼に対し、敬礼で返す。

「私、ここの航空隊の李と申します。車が外に用意されてますので、そちらまでご案内します。」

「おお、それはありがたい。案内を頼むよ。」

「こちらへ。」

角谷らも陳の指示を受けてついていく。広々とした中に複葉機がいくつかパイロットとともに並べられている。外に出て駐機場の中を過ぎて建物の中を通り過ぎ外に出ると、案内の手の先に2輌の車が用意されていた。

「別れてお乗りください。」

「そうか、それじゃあうちら三人とそちらの二人で別れるか。それでいいか?」

「私らはそれでいいのでは?」

返したのは広東からの付き人、繆だ。李宗仁もうなづいて応じる。少し運転士の様子を見てから、陳が口を開いた。

「Please ride on this.

(あなた方はこっちの方に乗ってくれ。)」

「OK. 」

ちょっと高いところで開かれた扉から、傘を畳んで車内に乗り込む。麻子はまだ寝ぼけが抜けきってなかったので、角谷が引っ張り上げた。

「助かる。」

「早くしっかり目覚めてよ。もう南京に着いてるんだから。」

「かといって私の広東語はここでは通じないぞ。」

「良いんだよ。私らがこっちで仕事が出来る理由の一つを見せられるんだから。あと知識的にもありがたいしね。」

扉を音を立てて閉めると、車は前を追う形で車体を前進させた。周りは首都の近くでありながらちらほらと畑らしきものと小さな民家が見え、右側の川を挟んだ向こうには高い石壁が連なっている。暫くして車は右に曲がり、正面の大きな石造りの門を四つ次々とくぐる。そこを抜けると、あたりは低層アパートが並ぶ住宅地に入った。

道行く人は余りいない。すれ違う車もほとんどない。そして門から続く直線の道から逸れた奥には、お世辞にも綺麗とは言えない光景が見え隠れする。そんな中角谷らは何も話さずに、カタリカタリと骨が鳴りながら前を追う車輌に身を委ねた。

10分ほど経つと、少し左右に曲がってから辺りには露店や食堂が立ち並ぶようになった。ここら辺になると、昼飯時のためか食事をする人が店先に座ったり、列をなしたりしている。辛そうな香りに混じって胡麻油の匂いが鼻をくすぐり、食事する音も耳を撫でるが、腹を抑えつつ目的地まで堪えた。

そのまま真っ直ぐ走ること5分強。車は先にブレーキをかけた車の後ろに停車した。開かれた扉から軽く飛び降りる。雨は余り気にならない。

先程から正面に見えていた門が、目と鼻の先でそびえる。上側中央には右から「国民政府」の文字。そしてその上ではためく青天白日旗。間も無く現れたスーツの男に連れられ、真ん中の一際大きなアーチをくぐった。

 

厳重な身体チェックを受けた後、一度応接間らしき所に案内された。何やらこの前南京でテロが起こり、重役が撃たれたばかりなのだという。案内した男に支持された通りに椅子に座る。飯はない。

五人で並んで待つこと五分、護衛に囲まれながら数名の男らが部屋に来た。革靴が絨毯の敷かれた床を鳴らす。そのひとりが帽子を取った。言い方はあまりよろしくないが、その帽子の下に光るひたいを隠していた者が、角谷らの前の中心、自分らの真ん中に座る陳の前に座った。なるほど、世界史の資料集の写真で見たものそのままの蔣介石当人である。彼我を隔てるものはただの中央の机のみ。

口火を切ったのは陳である。

「今日は急ながらこのような場を設けてくれたことに感謝する。」

「こちらとしても、今回の全国代表大会に参加してくれたこと、うれしく思う。」

隣の通訳を通じて蔣が返す。

「で、彼女らがその大洗の者か。しかし大洗のことは知っていたが、まさかお前らから話が来るとはな。何が起こるかは分からないものだ。」

「あなた方が断ったからこっちに回って来たんだよ。」

「まぁいい。それにしても早めに話す機会が持ちたいとは、随分急だな。」

「出来れば予備会議期間中に大枠を決めたいからな。」

「予備会議って、明日までだぞ?幾ら何でも早すぎる。」

「なあに大枠だ。YesかNoかだけでも構わん。ウチとしては大洗からの利益をあなた方に還元出来れば良いんだ。」

今度は今回の動きの要因を成した李が口を挟む。

「利益、ねぇ。」

「話聞いてるなら分かるとも思うが、何せあのでかい船だぞ。どんな利益を奴らが握ってるかなんて十分検討がつくじゃないか。」

「だが早すぎる。幾ら何でも無理だ。何せ一度南京で断ってるんだ。そもそもこっちが受ける理はない。少なくとも2日では不可能だ。まぁ代表大会期間中に議論出来る機会を設けようかとは考えているが……」

「が?……何か引き換えに、か。」

「……」

李、陳は蔣の目を覗くが、蔣は真っ向からそれに対峙する。

その会話に口を挟みようがなかった女子二人はただ顔を会話の飛び交う方へ向けるしかなかった。

「……何言ってるか分かる?」

「とりあえず、陳さんが早めに決めたいと言ってるようだが……向こうのはチンプンカンプンだ。」

「議論の機会が欲しいと言っているんですよ。」

日本語で話していた彼女らは前から発話された日本語に思わず身を逸らす。それを言ったのは、一人の若そうな男だった。

「あ、失礼。私、来月から外交部長を務めます、張と申します。このように日本語話せますので、何かあればお伝えしましょう。」

「あ、ありがとうございます。」

「今話しているのはあなた方が出した案をこれからの代表大会にかけるかどうか、についてですね。」

「……で、どうなんです?実際この案呑んでくださるのですか?」

「それは流石に私からは言えません。ですがどうやら議論にはなるみたいですよ。」

「それはありがた」

残念ながら、空気の読めない腹の虫には、そのありがたさが伝わらなかったようだ。

 




次回予告

結果発表

フランスじゃないけど。

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