広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

残されたのは


広西大洗奮闘記 61 空を舞う

 保健室のベッドではとても足りない。防災倉庫から毛布を取り出し、教室の机を下げて怪我人のために敷いていく。その上に寝られるのは半数よりも下である。

「報告によりますと、怪我人はこちら側が42人、蜂起勢は60人を超えます。これは捕らえたうちの怪我人の人数のため、逃げたものを含めればもっと増えるでしょう。」

「重傷者は?」

「骨折、頭部の負傷は計27人。内臓をやられた者が計5名。病院行きの者は以上です。病院の受け入れはすでに完了してます。」

「……そうですか。死者0で良かったですよ、本当に。だけど医療品の消費が……」

ゴモヨからの報告を受けた小山は、ほっとする一方大きな問題に頭を悩ませる。

「これからの薬の購入先も無いですし、広東から買えてもいくらふっかけられるか……」

「……誠にご迷惑お掛け致しました。」

「まぁなってしまったものは仕方ないです。問題はこっからです。何せ今日あと1時間ちょっと経てば選挙が始まってしまいますから、そこまでゴタゴタを引っ張るわけにはいきません。それで蜂起勢への対処は?」

「はい。只今向こう側に付いた担当を元に捜索をしております。今回の被害を見るに、再起できる力はないと思われる為、徐々に炙り出していこうかと。動ける者は調査に乗り出しています。」

「かといって、逃げたのはこっちにいるのよりも多いと聞きましたけど……」

「捕らえたのは87人。確かに逃げている人数の方が多いと思われますが、向こうの幹部層への調査の結果、指導的役割を果たしていた3人のうち1人を捕らえることが出来たので、頭は削げたかと。それに今学園にいる者のうち、こちら側の者は早急に回復出来るよう取り計らっていただけたので、万が一もう一度来ても対処は十分可能です。」

「成る程。ではこれから蜂起勢は学園の教室内に監禁とするので、その見張りをお任せしますね。あと今後の対応も一任します。また今回のような件を起こさないでください。」

「分かりました。では風紀委員に指示をして参ります。」

「お願いします。」

ゴモヨが生徒会長室のドアノブに手を掛けると、ノックが帰ってきた。ドアを開けて立ち去ると、そこには生徒会の者が立っている。

「丹波さん、どうしました?」

「副会長、選管の岩城さんがいらっしゃってます。」

「呼んでください。すぐに終わるでしょうし。その間に今回の被害を簡単に纏めてきてください。」

「はい。それではお呼びしますね。」

間も無く、一人の女子が綺麗に最敬礼してから丹波の促すまま入った。小山は席を立ち手を差し出す。

「本日の選挙を執り行います、岩城です。よろしくお願い致します。」

 岩城は眉ひとつ動かさずそれに応じる。

「ええ、よろしく。」

「選挙に関して確認に参りました。投票時間は8時から20時まで。体育館を投票所として行います。また公正を期す為、本日の選挙活動は一切禁じられております。そこのところ特に心に留めておいてください。」

「勿論です。話は以上ですか?」

「あとは誘導ルートが変わるくらいでしょうか。何れにせよ一階で完結させます。それにしても、昨日の夜学園の方が煩かったのですが、何かあったんですか?」

「いえ、単なる喧嘩です。」

「……随分と壮大な喧嘩だったんですね。」

「ええ、本当にもう。まぁ、選挙には影響ないと思いますよ。」

「それなら何よりです。では私はこれで。本日の選挙が大洗の未来にとって実りある結果を導きますように。あ、そうだ。投票箱のチェック、なさいますか?」

「いえ、忙しいので結構です。今日は頑張ってください。」

「投票よろしくお願いします。」

再びきっちりと礼をして、岩城は少し駆け足で部屋を出た。それと入れ替わる形で丹波がメモ帳片手に小山の前に来た。

「集まった今回の被害に関する報告です。まずは怪我人、」

「それはさっき後藤さんから聞きましたから、他のお願いします。」

「あ、これは失礼を。では建造物への被害です。今回の被害は校門周辺のタイルと壁、そして門そのものが破壊されました。戦闘の状況から戦車による砲撃によるものと思われます。」

「澤さんの方ですね。で、修復は?」

「今後の島の開発等も考えると、瓦礫をどかしたら放置が得策かと。あとは校舎の窓が一箇所破損しました。こちらは破片を片付けたら木の板で塞ぐ予定です。」

「グラウンドの方は?」

「こちらは幸いにも一部の演習場側のフェンスが損傷している以外は被害はありません。まぁ血痕などを除けば、ですが。」

「……それは処理したほうがいいですね。」

「捕まえた蜂起勢を使って処分させようと考えています。」

「では回復した人が増えたら、見張りをつけて実行させるよう風紀委員に指示を。」

「はい。あとは戦車の損害です。といってもIV号のハッチがへしゃげたのと、三式の砲が歪んだことの計2点です。」

「校門側はともかく、グラウンドもそれだけなのですか?」

「結局あまり接近出来なかったんでしょうかね?まぁ、当面戦車道はしないので問題無いかと思いますが。」

「そうですね。被害は以上でしょうか?」

「そうですね。まぁ、この後始末は原因となった風紀委員に押し付けましょう。こっちは島関係で手一杯ですし。」

「そうしますか。」

「あと被害とは別でもう一件ございまして、今回のことを公表するか、するとしたらどの程度まで公表するか、決めて欲しいそうです。」

「ふーむ、話して損はないですね。こちらが勝ったんですし、生徒会の威信を高めるには悪くない材料ですしね。せっかく医療品ばら撒いたのですから、十分に利用しなくてはなりません。」

「公表しますか?」

「他の生徒会の人にも確認した上でもう一回来てくれますか?私は賛成だけど。」

「あ、分かりました。あと他に確認してくることはございますか?」

「うーん……無いですね。ちょっと出かけてくるので、目を通して欲しい書類があったら机の上に置いて欲しい、とだけお願いします。」

「どちらに?」

「戦車道の方への挨拶と風紀委員会の方への見舞いに。」

「分かりました。失礼しました。」

一言メモを取ってから早速丹波は部屋にいる生徒会の者に確認を始めた。小山は立ち上がり、窓側に顔を向けた。明るくなってからしばらく、本日は雲が張っている。11月12日月曜日の平和の始まりである。

 

 

 朝、そこには男らと二人の女が並んでいた。

広東からは陳済棠と繆培南、字経成。他の者は残って、余漢謀は紅軍追討の為に戻った。

広西からは李宗仁。白崇禧は報告も兼ねて広西に帰った。流石にもう一人付き添いを呼ぶ時間は無かったようだ。

そして女二人、角谷杏と冷泉麻子。彼女らは案内されるままホテルから馬車に乗って運ばれてきた。ここから向かうは南京、中国国民党第五次全国代表大会が行われようとしているその場所である。

彼らが現在いるのは、これまでの舞台であった中心地の現越秀区や海珠区、それに黄埔区といった珠江河口から少し登った所よりもやや北にある白雲飛行場である。

「……」

「What do you do?

(何しているんだい?)」

黄金色の機体を前にして角谷がただじっと眺めていたため、陳が声をかけた。

「What is this?

(これ、何です?)」

「Airplain. Go to Nanjin by this. Ride on it from there.

(飛行機さ。これで南京へ行く。あっちから乗ってくれ。)」

「……OK.

(……分かりました。)」

羽の付け根に梯子を立てて、開かれた扉の中に男から入っていく。最後に少し足を震わせながら麻子が乗り込むと、係りの者らしき人間が音を立てつつ扉を閉じ、ロックを掛けた。

「Thank you for coming here.

(来てくれてありがたい。)」

最初に乗り込んだ陳は、先頭近くでパイロットらしい西洋人と握手を交わす。

「Leave the trip to me. May I come to Dàxiàochǎng airport?

(私に任せてください。大校場飛行場まででよろしいでしょうか?)」

「OK. I'm counting on you.

(そうだ。よろしく頼むよ。)」

席は中央の通路を挟んで片側に1列5席並んでいる。前の2席を空けて、右手側に女子が腰を下ろした。

「Everyone, please lock your seatbelt.

(皆さん、シートベルトを締めてください。)」

 操縦士が各席を見て、ベルトを持ち上げて締まりを確認する。全て安全だと判明すると、操縦士は扉の前で敬礼し、その向こうに消えた。間も無く、アナウンスが入る。

「Good morning, ladies and gentlemem. Welcome aboard China National Aviation Corporation to Nanjin. Your pilot today is me, Captain Allen Brown. Our flight time to Dàxiàochǎng Airport is expected to be 4hours. We hope you will enjoy your flight with us. 

(おはようございます、紳士淑女の皆さん。中国航空公司、南京行きをご利用頂き、ありがとうございます。本日のパイロットは私、アレン=ブラウンです。大校場飛行場までの飛行時間は4時間を予定しております。それでは皆さん、快適な空の旅をお楽しみください。)」

機体が揺れてエンジン音が鳴り響き、黄金色の鷲は地上を滑らかに滑る。一度停止すると、そこからさらにエンジンとプロペラを回転させ、揺れる滑走路からふわりと空へと旅立った。窓の外から見ると、地上の滑走路は小さくなり、果ては広州の市街までも窓の枠からはみ出した。

だが後ろの人間は窓を閉め、歯がしっかり噛み合ってないかのような音を立てる。

「冷泉ちゃん、大丈夫?」

「……」

変化なし。

「冷泉ちゃんって、高所恐怖症だっけ?」

上下に動かされた首が、それが正しいと示している。

「悪いけど我慢して。一緒に来てもらわないと困るから。」

「うぅ……」

本当に、間違えていたかもしれない。まぁ飛行機に乗るとは思ってなかったから仕方ないけど。

「Is she all right?

(彼女は大丈夫かい?)」

「Maybe.

(多分。)」

一度耳抜きをしてから窓の外を眺めると、もう視界の上半分以上は白く波打つ海であった。その水平線の奥を目を細めて除くが、残念ながら学園艦の情勢は見えない。

「……」

「……不安か?」

「多少は。」

「流石に私らの戦車道を舐められても困るんだがな。」

「だけど戦車道じゃないからねぇ。どう転ぶか……まぁ戦いになってたら、それと峠ちゃんが勝つと信じてやってくしかないんだけどさ。」

「それより大丈夫なんだろうな、この飛行機。」

「いや、幾らなんでも陳さんとか要人乗せてるんだから大丈夫でしょう。この時期なら既にアメリカではリンドバーグがパイロットとして就職できるくらいは旅客機飛んでるし。なんなら聞いてみるよ。

 Excuse me, Mr. Cheng.

(チェンさん、すみません。)」

「What?

(何だね?)」

「Where is this airplain from?

(この飛行機、何処のですか?)」

「Boeing, in USA. According to what you heard, we were able to buy it at a moderate low price by the result that it was hard to use this for in the USA.

(アメリカのボーイング社のだ。聞いたところだと、アメリカではこれが使いづらかったらしくて、うちらはそこそこの安値で買えたそうだ。)」

「I see. Thank you for your explanation.

(そうなんですか。説明していただきありがとうございます。)

ほら、大丈夫だったでしょ。」

「……ほんの少しは安心できた。」

「んじゃ、適当に過ごしといて。私は今後の体制について書類、南京行くまでにもう一度目を通しとくから。なんなら南京語の本有るけど、見る?」

「いや、酔いそうだからやめとく。それに飛行機の中じゃ捗らないしな。」

「あ、そう。」

 角谷は頭上にかざしていた本をカバンに戻し、閉じられた書類を膝の上に置いて、パラパラと中に目を通し始めた。

 




次回予告

対処の差

参考資料
日中戦争と中国空軍

https://www.koryu.or.jp/08_03_03_01_middle.nsf/1384a27fc6686a1a49256798000a62f6/398bea4145bfd29f49256f0b002cf44b/$FILE/hagiwara2.pdf

台湾政府文書から見た冷戦期台湾の民間航空

http://www1.tcue.ac.jp/home1/k-gakkai/ronsyuu/ronsyuukeisai/52_4/oishi.pdf


繆培南(字経成)1895〜1970
中華民国の軍人。広東省嘉応州で生まれる。北京政府の軍人となった後、北伐に参加。その後陳済棠に従う。両広事件の際も陳に従った。
今回出てきて貰ったのはドイツ語が使えるらしいから。

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