広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

激闘

*暴力表現注意


広西大洗奮闘記 60 バケモノ

 言葉の通りねこにゃーが右側、ぴよたんが左側に陣取った。ぴよたんは足元の機銃の銃口に注意しつつ、車体のその銃口の上に少し足を開いて構える。それを気にしなくて良いねこにゃーはそこから一段降りて余裕を持って構えた。砲撃の音は変わらずである。

「ねこにゃー……めんどくさい方私に押し付けたぞな?」

「何のことかにゃ。こっちの方が機銃の援護がないからやりにくいから、変わんないんだな。それより、もう来てる。」

風紀委員は鉢巻を巻いた者らにじりじりと詰め寄られていた。ねこにゃーの足元にいた一人の風紀委員が肩に一撃を喰らい、その場にうずくまってしまった。その殴りかかった者はすかさず三式に登ろうと片足を掛けた。

ねこにゃーの腹の辺りに向け鋼棒が突き出される。それを左肘で先を逸らせ、右腕の関節にストレートで拳を当てる。バランスを崩したその者は左足を戦車に乗せる前に落とされた。

肩に相応の痛みはあるはずだが、チャンスと襲いかかった風紀委員を庇いながらもあしらい、風紀委員は背後のもう一人に殴り倒された。

「戦車に乗り込め!機銃を止めるぞ!」

先程の者が肩を抑えながらねこにゃーの方に棒を向けて叫んだ。眼光凄まじく、口に見える歯は破片でも飛んで来そうなほど硬く食いしばられている。

合図と共に周りから計二人登ってくる。近くから来た一人は足に攻撃してきたのでそのまま蹴り落としたが、他の一人は車体の上にその両足を置いた。

半身になり棒の先をこちらに向けて構えている。後ろから次々来ていることを考えると、時間を取られるわけにはいかない。しかし敵もそれを分かっているのか、攻撃を仕掛けてこない。ならば乗せられているのが分かっていても、こちらから攻める他ない。

初手に突き出ている肘を狙うが容易く躱され、距離を詰めるとすぐに首を突いてくる。それを交わし顔面に拳を当てようとするが、頰を掠っただけに終わる。その間に相手は首に当てた棒を引き抜き、突き立てようとする。だが、間一髪で右腕でフックを放ちヒットさせることに成功した。少し腹に当てられたが、腹筋で何とか堪えた。

フックでバランスを崩した相手は、唾を吐き出しつつも何とかその場に足を留めた。その間に別の者が乗りかかろうとしたので、これを肘であしらう。

その僅かな間は戦車の上に立つものに十分な時間だった。

「……!ここか……」

ねこにゃーの方に合わせていた視線を外し、右足の足元の音源に目を向ける。砲を跨いで反対側に行こうとしているが、ぴよたんはこれまた攻防を繰り広げており、対応出来そうな余裕はない。

一歩前に出た。僅かな機会。相手に一撃をも食らわさずして背中を見せた。そして向かう先には止められてはならぬもの。行くしかない。

振るわれた拳は鈍い音を立てて後頭部、皮膚の裏に脳幹がある部分に命中した。激痛に気を取られるうちに砲を軸にして回転し、機銃の真ん前に落ちる。

「ぎゃぁぁぁ!」

結果腰と背中に弾を少なくとも5発は受けたその者は、転がりながら戦車から落ちた。

すぐに振り返り登る者が居ないか確認する。三人ほどこちらを見ているが、一歩距離を置いている。

この後一人だけ三式に足を踏み入れた者が居た。その者はねこにゃーの脇腹を殴りつけたが、その後すぐ蹴り落とされた。それ以降、鉢巻を巻いた者らは一人分隙間を空けて見張るのみだった。無論、さらに足場の狭いぴよたんの方へ上がり、まともに痛撃を食らわせることが出来るものも居なかった。

 

 

 三式の方面は危険であったが、幸いにも機銃のお陰で大軍の来襲は防げていた。八九式の方面は増援もあり押し返すことが出来、またIV号、ポルシェティーガーの方面も問題なく対処出来ていた。また三式の方面も、音がそこからしか聞こえなくなれば真っ暗だろうと分からないはずがなく、既に増援が着いており、戦車は止められても数が減った正統側では突破は困難であった。事実、三式に最後の人間が乗り込んですぐ、正統側の前進は止まった。

そして運悪く、ここで急にグラウンドの電力が回復した。煌々とグラウンドのザラザラした土地を照らす照明。数多の影が生まれ、曖昧だった情勢が鮮明に映し出された。

一度全ての人間が目を抑えたが、すぐにそれぞれ行動を再開する。だが先程までと比べて正統側の抵抗が弱い。三式周辺で突破を図って側面より奥に進出していた者らも、間も無く叩き出された。他の箇所もほぼ押し返しており、戦局は完全に戦車道とゴモヨ派側が有利となっていた。

 

 だがキューポラから身を乗り出したみほの目に入ったのは、IV号の正面から扇状に広がる人間達の群れだった。皆生きている。ただ、死んではいないというだけであるが。

ある人間は棒を握り締めながらうつ伏せに倒れ、両足から血を流している。立とうにも力が入らないようである。それでも顔を伏せたまま這ってこちらへゆっくりと近づいてきている。

別の人間は棒を手放し、倒れ込んで右腕を抑えながら唸っている。間も無く左手で棒を掴み直し戦闘の真っ最中に突っ込んだが、すぐさま返り討ちに合う。

また棒をだらんと垂らし、ふらふらと頭から血を流しながらも一人こちらへ近づく者がいたが、すぐに華の機銃の的となった。

他には吐瀉物を近くにして立ち上がろうとするが、目眩でも起こしたか何度も立ち止まってしまう者。そのまま座り込んでしまう。

その他にも多様な事情をもってそこに居続ける者が、IV号の前にはごろごろいた。

『優花里さん、こちらは大丈夫です。機銃はアリクイさんの方へ!』

「了解であります!」

機銃の引き金を握る二人は、もはや戦闘の興奮に呑まれていた。砲塔がみほとともにゆっくりと反時計回りし、砲の角度が少し上がってから再び火を吹いた。そして後方にいた者らが次々と餌食になっていく。

ここは本来なら喜ぶべきだろう。相手が倒されこちらが押せば押すほど、任された指示を全う出来て戦車道を残せるのだから。しかしこの群れを見ると思わずみほは口を押さえた。見ていられなかった。吐くことはなかったが、喉の奥をずっと弱々しく弄られ続けていた。

 

 一人の鉢巻を巻いた女が優花里が狙っていた群れから押し出された。顎の下を拭ってから女が顔を上げる。みほと目があった、片目だけ。それが自身が戦闘を命じる前に話していた女だと確信するまで少し時間が掛かった。

みほはそのただ一つの瞳から顔を背けられなかった。何かに取り憑かれたのか、眼球と首が回らない。

バケモノであった。

顔そのものから、身体全体から恨みと怒りをぶつけるバケモノであった。そうとしか表せない。

それがこちらに走り出してきても、意識は合わせられる小さな黒い点に集中させられた。華が機銃で狙いをつけてぶっ放す。だが動じない。止めようと出てきたゴモヨ派の者を躊躇なく殴り倒しながら、弾がかすった足から赤い滝を創りつつ迫ってきていた。おまけに今まで倒れていた者たちの一部や周りから出てきた者がそれに続き、華はそちらにも気を取られることになった。

その呪縛から解き放たれたのは、相手が身体全体を声帯として叫んでいたからである。

「西住ぃ、みほぉぉ!」

と。

しかしその時にはもう、そいつはIV号の操縦席の上に足を載せていた。鉄の棒は今まさにみほの頭上に弧を描き振り下ろされようとしていた。みほはとっさに右手に持っていた拡声器を頭上に当てる。

物体同士が激突する音が響き、額左に鉄の棒を通じて拡声器のマイク部分が叩きつけられた。痛みと引き換えに鉄の棒の勢いを削ぐことに成功し、柄と本体との間にある窪みで棒を受け止めていた。だが相手はみほから目を逸らせること無く両手で鋼棒を力強く押し込んでおり、幾ら戦車道で鍛えた腕力で防ごうとしても拡声器はジリジリと顔に近づいてきた。拡声器は軋み始め限界が近いことを示していた。

「西住みほ……せめてお前だけはッ……」

鉄の棒が拡声器から離れる。一歩引いてから、次の攻撃が打ち出されるかと思われた。みほは無意識のうちに目を閉じた。だが、鈍く重い打撃音はしたが額に軽い痛みを感じる以外に何もなかった。不思議に思ったみほがうっすら目を開けると、相手はみほが痛むのと同じ場所を押さえていた。宙を舞っていた物が車体の上を転がる。鉄の棒より少し短い。

「西住殿から離れろ!」

砲塔側面のハッチから顔を出した優花里の右腕は、そいつの顔の方に向けられていた。。そいつは視線をみほから優花里へ移した。

「黙ってろ!」

そいつが振り落す鉄の棒は優花里の頭蓋を叩き割ろうとしていた。だが優花里は車内へ勢いよく身を隠したため彼女の頭ではなくハッチを変形させるに留まった。

「嫌っ!」

拡声器はそいつの右側こめかみに食い込んだ。そのうえ優花里を殴るために重心が左側へ寄っていたのも相まって、相手はⅣ号から足を滑らせ頭から地面に衝突した。

「捕らえろォ!」

すぐに近くにいたゴモヨ派の風紀委員が群がり、そいつを取り押さえる。うつ伏せにして鉢巻を外す。

「カナン!確保ォ!」

尻に乗り鉢巻で両手首を縛った人間が肩甲骨のあたりを抑えながら叫ぶ。その時、ぎりぎりで保たれていた戦線の堰は、一気に破れた。

 

 誰が言ったか、誰から行動したかは分からない。鉢巻を巻いた者達は残置せざるを得なかった者達に目を向けることもなく、蟻が行列の近くで足を鳴らされたかのように、てんでばらばらに戦車に背を向けた。ゴモヨ派の風紀委員はすかさず追撃を開始する。もはやどの戦車も機銃を撃つ必要がない。砲撃の音も止んでいる。

間も無く、グラウンドにて頭に鉢巻を巻いている者のうち、まともに動ける者は居なくなった。ゴモヨ派が佐渡の合図の後に、勝利の喜びを示す声を轟かす。

みほはそれには従わなかった。ただ呆然と額左側の痛みと右手に持つ拡声器の感触に全てを委ねていた。正面には先程よりも多くの者が地に伏せている。

耳から入る各車長からの喜びや祝福。戦車の周りにたむろする風紀委員からの感謝。それらは半開きの口からすぐに漏れ出ていった。

 

 みほは途端に足腰の力が抜けてしまい、紐の切れた操り人形の様に勢いよく椅子に座りこんだ。するとどこかに当たった訳では無いのに関わらず、手に持っていた拡声器の柄から本体が外れ車体の上へ落ちていった。その時割れたのは、拡声器だけではなかった。

 




次回予告

惨禍

60話かぁ……長いなぁ

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