広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

少女は歩き出す。


広西大洗奮闘記 58 痛 怒 恨

 IV号、発砲。轟音ののちに着弾したそれはあたりの土を巻き上げる。怒鳴っている途中だったのか、土煙を吸い込んでむせるのがかすかに聞こえる。優花里は狙い通り、当たらないけど限りなく近い位置、に着弾させたようだ。

引き金を引くのは久々なはずだが、やはり初めて乗って出来たように優花里にも天性の才能があるのだろうか。

「お見事。ありがとう、優花里さん。」

「いえ、それはいいのですが、西住殿……」

照準器に目を当てたまま優花里は口ごもる。

「どうしたの?」

「いえ、向こうの嘉沢殿、でしたっけ。こちらに歩いてきています。」

「……えっ?」

次いでアリクイさんがその後方に撃ち込む。向こうが移動したため、若干距離が離れた。

みほはキューポラを開き、砲身が指し示す方に目をやる。確かに視線の先であの少女、一歩一歩前進している。自身に向かって砲撃が行われているにも関わらず。

アヒルさんが後方の人たちに撃つ。これは人々の前方に着弾し、反射してフェンスに上手い具合に突き刺さる。だがフェンスの裏に戻る人は見られない。

10歩ほど進んだ嘉沢に向け、最後にして最大の威嚇が実行される。一際大きな砂煙が彼女の前進を阻み、全身を包み込む。確かに歩みは止まった。そして今しかこの言葉が意味をなす時はない。

みほはそばに立っていた佐渡に頼み、拡声器を返してもらう。スイッチが入っていることを確認し、口元に持ってきた。

「……これは警告です。今すぐに退いてください。次はありません。」

向くのは下。こちらを向く様子も下がる様子もない。両手には変わらず鉄の棒と拡声器。またむせるような動作を見せる。

「……警告、ですか。」

先程の怒鳴り合いが嘘のように声も小さく、トーンも低い。

「はいそうです。今すぐ退けば追撃などはしません。すぐに立ち去ってください。」

「……信じられますか。我らは戦う為に、まさにあなた方からすれば反乱にあたる形で行動を起こしています。独裁の安定を望む生徒会からすれば、退いた後徹底的にやることで、我らは逆らおうとする者への見せしめに丁度良い存在になるでしょう。追撃しないという選択肢はありませんし、我らも正義の為にも退くわけにはいきません。」

「そんなのさせません!私は、これ以上人を傷つける為に戦車に乗りたくありません!もし生徒会がそんなことをさせるなら、私は逆に生徒会室に照準を定めさせます。」

「ふむ……出来ますか?今の我らにさえ威嚇しか出来ないあなたに、友のいる生徒会室を撃つことが。」

「……」

その言葉に返せずにいると、奥の森から甲高い金属音が辺りに響き渡る。こちらの何かしらの合図で無いのはもちろんだが、向こうにも反応は無い。

何れにせよ私はこの質問に答えねばならない。私が信頼に値する人物だと示さねばならない。

「……やってみせます、必ず。だからお願いです。これは生徒会とか関係なく、一人の大洗女子学園の学生としてのお願いです。戦いたくないんです。」

「やってみせます、ですか……」

少し頭を捻る仕草をして黙り込み、しばらくして胸元から一枚の紙を出して広げた。

「西住さん、前に廊下でお会いした時にサインして貰ったこと、今ここでお話ししましょう。

生徒会に対し力で対抗する者たちに対して生徒会が抑圧を支持した際に、隊長として協力しないことを約束する。

これを西住さん、あなたはこの紙にサインしました。どう見てもあなたの名前です。そして残念ながら、現状はその全てに違反していらっしゃる。

そんなあなたが言うことをこの場で信頼しろ、というのはいくら何でも無茶です。戦車道は人の心を育てるものとお聞きしていましたが、その高校生の代表たるあなたがそんな人間だとは。

いや、そもそも戦車道そのものが、金を集め優秀な戦車を揃えれば勝敗まではともかく試合で優位に立てる、スポーツマンシップの欠片もないものでしたかな?そりゃあ大会で9連覇する学園なんかが出るわけです。だとしたら、残念ながら我らの学園で続けるわけにはいきませんねぇ。

もう一度言います、西住さん。戦車を倉庫に戻し、無抵抗で道を開けてください。そうすればさっきの書面のことを履行なさったことにしましょう。戦車道も残しますし、今回のことの一切、威嚇で私に向かって砲撃を仕掛けたのも含めて水に流します。

しかしその場に残り我らの道を塞ぐというのなら、我らはあなたを含む戦車道の者らを敵とみなしてこの鉄の棒の錆とし、独裁の進める者共を駆逐した暁には、保有する戦車の売却先を承認する権利を差し上げましょう。

では私は仲間に伝えねばならないことが有りますので、その間に戦車を移動させておいてくださいね。無論後ろから撃つ、という手段もあり得るでしょうが。」

 

 それだけ言うと、反応も見ずに今度はみほらにその場で背を向ける。一つ咳払いして唾を吐き捨て、声の大きさを戻す。

「ここにいる正統風紀委員会の者に告ぐ。私は何故ここに立てているのか。あの土煙が登るほどの砲撃が近くに着弾する中、何故進めたのか。フェンスの内側の者らも、訓練を受けた風紀委員ではないにも関わらず、何故退かなかったのか。

それは我らに現在の学園に逆らってでも変えねばならない、という断固とした意思があるからだ!流されるままに、生徒会の金魚の糞に過ぎない奴らについていくだけの奴らとは訳が違う!

仮に奴らが真に学園を守ろうとする者なら、私は奴らの砲の的になり、ここに立ち続けられないだろう。それに奴らを今ここでこうして侮辱している間も、撃とうとも殴りかかろうとしないどころか、一部からは内部で殴り合う音が聞こえる有様だ。

腰抜けどもなど、一月近くこの鉄の棒を活用する訓練を受け続けた我らからすれば敵ではない!必ずや、我らが突撃したら混乱して逃げ出すだろう!そして全ての戦線で勝利し、その後学園に平和をもたらされるだろう。

諸君!時は近い!我らの学園艦が外国の所有物になるのではなく、真に日本のものとして留まる時が!角谷独裁政権が崩壊し、学園の智恵に溢れた学生による、真の民主的な自治が行われる時が!

それらは我らが突破し勝利することで手に入る。総員その時は全力でこの戦いに臨んで欲しい。

我らが母校大洗女子学園よ永遠なれ!」

嘉沢の右手の鉄の棒が夜空に向け突き上げられると、演習場から歓声とも叫び声ともとれる大きな音が木々の葉を揺らす。数は分からないが、一つのクラスよりかは遥かに多いことは明らかだった。

「総員指示があるまで、戦闘に備えよ!」

 

 

 嘉沢が背を向けた後、みほは拡声器のスイッチを切ることもなく車長の席に座り込んだ。

「……みぽりん……戦闘に、なるの?」

「沙織さん……取り敢えずこちらの車輌に繋げて貰える?」

「え?あ、うん、分かった……」

 作業はすぐに済まされた。すぐに車長の声が耳に入る。

『西住隊長!あの人は何なんですか!いきなり出てきたと思えば西住隊長と戦車道を非難するとは!あんな人の言うことを信じるわけにはいきません!』

まずは磯部の怒声である。戦車道のスポーツマンシップを、ひいては自分たちのスポーツマンシップを否定されたも同然である。怒るのももっともだろう。

『でも、ここで倉庫に退いて中立に回るのも手の一つだと思うよ……だって向こうが勝ったら戦車道廃止されちゃうんだよね。

さらにこっち側のリーダーの人が指示した後、外から人が殴られるような音がするんだよ。こっち側、ボクたちが思ってるよりも統制取れてないんじゃないかな……』

『だとしたら逆に私たちを中心にここを守り切って生徒会に恩を売る、というのも有りじゃない?向こうを信頼して負けられたら、生徒会から何されるか分かんないし。』

「……取り敢えずあんこうより各車に通達します。現状、申し訳ありませんが向こうに退いて貰うのは厳しいです。各車、機銃を使った戦闘に向けて準備をしてください。」

『了解しました!』

『まぁやっときます。無論使わないといいけどね。』

みほの通達にすぐに反応したのは二人。しかし一人は即座に返さず、時を置いて尋ねた。

『西住さん、本気?』

「猫田さん?」

『本当に戦車で、人に対して弾を当てるんだよね?……ボクは皆さんより遅れて戦車道に参加したから気が引けるけど、それでも言わせてもらうよ……

西住さんの戦車道は、終わった後も楽しいんだ。相手とどんな事情が有って試合しても、結果的には仲良くなれたんだ。たとえそれに廃校がかかっていても。だから大洗は優勝できたし、あの北海道での試合でもみんな来てくれたんだと思う。

でも今回の戦い、戦闘は違うんだ。こっちが機銃を当てたら、非殺傷弾とはいえ相手は痛いし、下手したらこちらも殴られるかもしれない。それで残るのは痛みと怒りと恨みだけ。楽しさは生じないよね。本当にそんな戦いしていいのかな?戦車道の選手として。』

「……」

『あ、ごめん。言い過ぎたかな。でも戦闘する、というのは西住さんの本心なの?それを聞きたかっただけ。』

「……私は……会長さんは隠しはしますけど、嘘をつく人ではないと思っています。体育館でお話なさったことも嘘ではないでしょう。私は生徒会を信じますし、そこの指示で嘉沢さんたちを退かせるよう言われているなら、その指示通り動きます。」

『……それならいいんだ。ごめん……』

「いいえ。猫田さん、ありがとう。では繰り返します。各車、機銃での戦闘に向けた準備をお願いします。以上です。」

『了解しました!』

『OK.』

『分かったよ〜。』

「通信、終わります。」

みほは無線のスイッチを二つとも解除し、頭の重さをキューポラの枠に預けて一息つく。強気に言ってみたのはいいが、自身も心を決め切れないでいる。本当に人に撃つ他無いのか。キューポラから頭を出して外を眺めるが、話は終わったようで嘉沢はこちらを見ながら仁王立ちしている。退きそうにない。

『みほさん。』

「おわっ!」

 急に入った無線はみほを驚かせ、椅子の上に戻らせる。

「は、華さん、どうしたの?」

『沙織さんと席を変わってもよろしいでしょうか?』

「華さん、無線使えたっけ?」

『沙織さんが一応各車に繋げたままにしておいてくださるそうです。』

「ならいいけど……どうして?」

『……私なら、躊躇いなく撃てます。みほさん。私は生徒会に加わり、その一員として活動して参りました。はっきり申し上げます。あの時、会長が体育館で申されたことに間違いはございません。

 私たちの学園は危機的状況です。一致してこれを乗り越えねばなりません。彼女らがそれを乱そうとするなら、私はこれを潰さなければいけません。それは総動員体制云々ではなく、私がここにいる限りやらねばならないことです。

 みほさん、やります。やらせてください。』

「……ありがとう、華さん。」

 

 

 その時だった。その場が、その空間が一瞬にして暗黒に染め上げられたのは。グラウンドの照明はおろか、グラウンドを照らす役割の一部を担っていた校舎も暗く、その窓の位置すら見えない。自分の周りに空気を、足を通じ地を理解できるのみである。

あの時とは真逆の事態に、戦車道の者も風紀委員の者も混乱に陥る。みほは口の前に手を持ってきて鉄の枠しかないはずの左右を見回し、華が無線を弄ろうとするのを沙織が引き止め、優花里は持ち込んだカバンから懐中電灯を探すが、中々見つからない。

だが彼らの正面にいた者は冷静に、ただ笑っていた。

「くくく……予定より遅かったせいで待ち惚けを食らったじゃないですか……全く。では始めますか。」

右手の棒を一層力を込めて握る。

「きゅうり計画最終段階、黄熟作戦発動。」

左手の拡声器を口の前に当て、スイッチに指を掛ける。

「正統風紀委員会各員、攻勢を開始せよ!」

 




次回予告

学園を防衛(攻略)せよ

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