広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

何故、戦えるのか?


広西大洗奮闘記 57 ワン

 澤に2度確認し直し、完全に一致した返事を聞いたみほは、生徒会室からの先程の無線の周波数に合わせ直すように沙織に指示した。接続の確認後、呼びかけた。何度も副会長の名を。だが返事らしきものもそのものも無い。

止むを得ずみほは届くかも分からないながらも明確に主張した。不可能であると。こちらでは暗い闇の下、慣れぬ歩兵である風紀委員にも指示せねばならず、ましてや校門側では実情さえも見えない。そのような状況で私が一元的に撃退開始を指示することはできない。そもそも私は戦車道をやる者として生身の人を攻撃する指示など出せない、と。

しかしそれでも音が帰ってくることはない。スイッチが切られていない以上聞こえているはずだ、と思ったが、向こうが聞かぬふりをしているのか。

どうしたらいい?本当に私がやらねばならないのか?ここで、自分で、人を育てるための戦車を人を傷つけるためのものにする決断をせねばならないのか。

「みぽりん……戦闘、って?」

「……」

 声に引かれ顔を上げると、華のほか二人はみほの顔を見つめている。

「……もし、威嚇しても退かなければ……あんこうの指示の下撃退して、だって。」

「撃退って……砲撃や機銃で、でありますか?」

「……そう。」

「機銃でっ……て、私!無理無理無理無理、絶対無理だって!」

「沙織さん、先程自分で、向こうは痛いの嫌だろうから来ない、とおっしゃっていたではないですか。」

「そうだとしてもよ!来ても絶対人になんて撃ちたくないよ、私は!」

「ま、まずは撃たないで済むようにしましょう。そうする他ないでありますよ。」

「その為には話し合わなきゃいけない、と……」

全ての人の視線はみほの脇の拡声器を指す。

「みぽりん、頑張ってね!頼むから!」

「私こういうのニガテなんだけどなぁ……」

「落ち着いて言えば分かってくれますよ。同じ大洗女子学園の者同士で争うなど愚かであると。」

「ですが戦闘になった際真っ先に狙われるであろうのは、前方にいて、かつ戦車の指揮を執っている我々だと思いますよ。」

のぞき窓から外を眺めた華の目は動くことなく、言葉のみが3人に届く。

「ちょっと華、怖いこと言わないでよ!」

「なに、万が一戦闘になったら、ですよ。万が一。」

「とにかくさっきの澤殿の件は、向こうで判断してもらった方がいいと思いますが。」

「そうだね。小山副会長に無線が通じないから無許可になっちゃうけど、仕方ないか。沙織さん、また澤さんに繋げてくれる?」

「オッケー。」

 

 しばし待った後、みほの耳にはさっき繰り返された声が戻って来た。

「西住先輩、どうしましたか?こちらにはまだ相手らしき人はいらっしゃっておりませんが?そちら来ましたか?」

「いえ、まだです。こちらの要件はさっきの戦闘の許可のことなんですが……申し訳ないのですが、そちらで判断してもらえませんか?現場を見ていない私が判断するのも難しいですし、こっちに集中したいので。」

「ですが、小山先輩の指示では……」

「澤さんがどうしても戦闘せざるを得ないと思えば実行してください。それをするのを私は今ここで許可します。」

「……良いんですか?本当に私が……」

「お任せします。勿論、戦闘は避けてくださいね。」

「当然ですよ。」

「澤さんの方がお話するの上手いから、頑張って説得してね。」

「はいっ!こちらの皆さんには私から話しておきます!」

「ありがとう、澤さん。」

「ありがとうございます!」

若干興奮気味な調子のまま無線は切られた。最後に吸った息を口をすぼめて細く長く吐き出す。

「これで校門側については一安心ですね。」

「あとはこっちの事もなんとかしたいんだけど……」

みほは再びキューポラから顔の上半分、次いで頭全てを外に晒す。辺りを見渡すが、いるのは緊張の面持ちでその時を待つ、皆同じような頭をした人の群れである。この中から、先程の佐渡という人間を抽出することが困難なのは明らかだった。

「んー……」

「みほさん、」

同様に頭上のハッチから顔を出していた華が、その首を後ろにひねりみほの方を向いている。

「来ます。」

「えっ?」

「力を持っていながら、それを誤った目的の為に使おうとする低俗な者たちの香りが。」

 

 

 時刻は21時18分。演習場の林の向こうには確実に人がいる。姿が見える訳ではないが、漏れ出る足音や会話、金属音がそれを間接的に示す。グラウンドを照らすのは久々に灯された照明のみ。向こうの様子を眺めることは叶わない。

対してグラウンド側は何もできずにいた。向こうにいるのが蜂起するという風紀委員であるかも分からず、声がまともに届くかも分からない。

これは後ろの風紀委員も同様である。戦車が前にいる以上迂闊に前には出れない。しかも上からの命令で、さっきのことを伝えた以降は西住みほと話してはならない、となっている。意味が分からないが、命令であるから仕方ない。

みほも佐渡も手段を打てずにいたところ、向こうの中から一人分の影がはっきりとしてきた。その者はフェンスを掴み、ひょいと乗り越えると、両手にそれぞれ何かを握りながら、みほらのいる方へ歩いてきた。その者の顔が光を反射する。

見たことのないクラスの人間全員の名前と誕生日を一致させられるみほにとって、一度会って正面から話したことのある人間の名を呼び起こすことは造作もなかった。

「嘉沢さん?」

「西住殿、あの人をご存知で?」

脇から顔を出して双眼鏡を通じて覗く優花里が返す。

「うん。一度だけ廊下で話しかけられたことがある。」

両足を揃え止まった。距離は60メートルほど。手に持っているのは右手に棒、左手にみほが持つのと同型の拡声器。頭にはおかっぱの広がりを抑えるように巻かれた鉢巻。左手を口の前に寄せた。

「……道を開けて貰えませんか?」

「……嘉沢さん。あなたは何の為にここに来ましたか?」

みほも口に拡声器を当てて返す。

「名前を覚えてくださっていたとは、ありがとうございます。私は、いえ我ら正統風紀委員会は、学園を、この大洗女子学園を取り戻す為にここに来ました。」

「……その為に、何をするのですか?」

「時を偽り、皆を不安に陥れ、権限を更に強化しようとする生徒会を、我が校の民主的運営の原則を維持する為に打倒します。」

 右

「……それが理由ならば、私はここを通すわけにはいきません。生徒会からそう指示を受けています。そして、速やかにここを立ち去ってください。」

「……」

 左

「私は戦車道の選手として、学園の一員として、あなた方に砲を撃ちたくはありませんし傷つけるなんて以ての外です。理由がどうであれ今は補給の途絶えた危機的状況です。学園の内部で争っている場合ではありません。引いてください。お願いします。」

「……もし断ったら?」

「引くまで待ちます。」

 少し右

「そっちに大挙して向かったら?」

「威嚇します。」

「それでも我らが一斉にそちらに走り出したりしたら?」

「……せ、戦闘を……」

「何ですか?よく聞こえませんね。」

「ここにいる戦車、それと風紀委員の皆さんに戦闘を許可して、あなた方を撃退します。」

「何の為に我らを撃退するのですか?」

「学園を守る為です。暴力的に進もうとするなら、止めます。」

 左

「学園……それは現生徒会のことですか?」

「いえ。友達、私の戦車道。私の人生で大切なことを教えてくれた場所です。」

「場所は我らも残しますよ、戦車道も。そしてこのまま無抵抗で通していただければ、独裁体制を取ろうとしていた者らを除き罪には問いません。あなたの戦車の中の仲間も同様です。それでもあなたは戦いますか?」

 少し右

「……総動員体制での生徒会の命令ですし、私は会長さんがおっしゃったことを信じます。ですが戦いなんてしたくありません。引いてください。」

「なぜ角谷さんの話を信じることができるのですか?」

「……どういうことでしょう?」

「何を理由に、角谷さんが体育館で発表なさったことを信じるのか、それを問うているのです。

あの場で示されたのは角谷さんの言葉と偽造なんて容易い紙切れのみ。そして電波、補給の停止、これらは角谷さんの言ったことに対する状況証拠に過ぎません。ましてやそれが我らが過去に行ったという奇天烈な考えのものならば、事実を示す証拠になり得ません。

ならば何故信じます?角谷さんがあなたが尊敬するに値する人物だからですか?尊敬する人が言うことなら、あなたは無条件で受け入れてしまうのですか?それがこの学園の伝統を破壊してしまうとしても。」

 少し左

「そしてあの人が目的の為なら手段を選ばないことは身をもってご存知のはず。今回の総動員体制などのようにね。自由を抑圧し、生活を無闇に規制することが、良き将来に繋がるはずがない。

それでも、あの人の言ったことを信じますか?西住さん。」

しばし拡声器に拾われたのはみほの呼吸音のみだったが、やがて頷き返事をした。

「信じます。」

「何故?」

「……理由なんて必要無いからです。仲間との友情は、それだけで信じるに値します。」

「仮にその人がもたらすのが、家族を、その他多くの夢を捨てさせるものだとしても?」

「はい。」

 右

「……残念です、西住さん。あなたなら学園を纏めるのに相応しいのに。まぁいいでしょう。それよりも後ろにいる奴らに言わねばならない事がありますから。」

 嘉沢は右手に持つ棒の角度を上げ、声を一段と張り上げた。

「おい!そこにいる風紀委員を名乗る者ども!貴様ら何故そこにいる!あの時の演説を、あの時の宣言を忘れたのか!

生徒会の道を正す、風紀委員会が黄色く熟す、今は生徒会にお手をしなければエサがもらえない立場に成り下がって二文字しか話せなくなった奴が言ったことだが、それでもあの時の会場の一致は嘘か!

生徒会の軛から脱しようとしたのは嘘か!

日本の学園艦であり続ける為に、互いを許そうとしたのは嘘か!

無辜の学園艦の民が偏見や差別を受けることを避けようと言った時、拍手をして賛同を示したのは嘘か!

それをあの角谷の言葉に委員長が同調しただけで真逆にひっくり返すとは、貴様らに、特に担当を率いる者に、意志は無いのか!」

最後の方は怒鳴っている。拡声器を通じ、それは全校中に響き渡る。

話している間に奥のフェンスを演習場から出てきた十数人ほどが乗り越え、その前に並ぶ。

「意思がある者はこちらに来い。すぐに迎え入れるから、決意を示すこれを巻くといい。 意思がなく、生徒会に擦り寄っていく風紀委員会が素晴らしいと思う者はこれから殴り倒されろ!時間はあまり無い。すぐに来い。」

みほが理解が追いつかずに茫然としていたところ、どこからともなく現れた佐渡が戦車に駆け上ると、みほの拡声器をひったくった。

「乳と蜜を垂れ流す娼婦は黙ってろ!ゴモヨ委員長をトップとする風紀委員会に加入している者たちに告ぐ。今から敵側に2歩以上担当長や私の許可なく歩いた者は許可なく殴り倒して構わん。」

「鞭を持った女王様気取りが何を言う!意思を持つ者よ、我らと共に行こう!」

「お前は担当長としてあのヤボクの話を聞いていただろ!何故あれで満足しないのだ!状況証拠だけとはいえ少なくとも現実が宜しくない方に向かっていると分かるだろ!内部で戦っている場合じゃない!」

「誰があの風紀委員の担当長の癖して真面目の真の字も見せず、すきっ歯みたいな話し方をする奴のことなんか信じるか!その危機に対する対処が誤っているから、戻れなくなる前に道を正すのだ!」

罵詈雑言が飛び交う中、みほはそれを無視して沙織を通じグラウンド側の各車に無線を繋いだ。

『西住隊長、どうしました?』

『これ、大丈夫じゃなさそうだね……』

「皆さん、落ち着いて聞いてください。これから威嚇射撃を行います。」

『威嚇、ですか。むしろ今の激昂している向こうを更に怒らせませんかね?』

「理由は向こうが何かを待っている節が見られるからです。私と話しながら何かと左右を気にしていましたし、さっきも『時間がない』と言いました。何か計画が組まれているのかもしれません。

それが実行される前にここから退いて貰わなければなりません。ですので前にいる嘉沢さんと後ろに並んでいる人たちに対し威嚇射撃を行います。」

『なるほど。それでどうすればいいでしょう?』

「各車徹甲弾を使用してください。榴弾だと周りに影響が及びかねないので。あんこうがまず嘉沢さんに撃ちます。次いでアリクイさんが嘉沢さんに、アヒルさんが奥の人たちに、最後にレオポンさんが嘉沢さんに撃ちます。

 無論威嚇ですので、当てずに近くに着弾させるよう注意してください。タイミングは任せます。あんこうに続いてください。」

『はい!』

『まぁ、気をつけるよ……』

『精神的にクるけどね。当てないならいいよ。』

「では、お願いします。」

無線のマイクを切ると、車長の椅子から降りて目当ての砲弾を探す。

「優花里さん、威嚇射撃を行います。嘉沢さんに当てないようにしてください。」

「も、勿論であります……」

砲弾を抱えたみほはそれを砲の後ろに拳で押し込む。

「徹甲弾装填よし。安全装置よし。優花里さん、いけますか?」

「動かなければ……」

歯を食いしばり、照準器を見入りながらハンドルをゆっくりと回す。その手が止まった。

「幸いまだ言い争いに終始してます。今しか機会はありません……安全装置解除……どうか、お願いします。」




次回予告

歩く者

通信関係、理解しきれてないなぁ。

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