防衛計画
申し訳ありませんが、今後の都合上前作からちょっと設定変えました。
輸送船の所要時間と総動員体制の開始日です。
どうかご理解をお願いします。
11月10日午後2時過ぎ、69段目の先に段はない。先にあるのは扉である。ノックすると見張り担当らしきものが向こうから声を掛けてきた。
「……『マリが入院したそうですが?』」
「『飯原麻里は大洗学園艦総合病院で順調に回復しています。』」
「ゴモヨ委員長ですか。すぐに開けますね。」
鍵が三つ周り、扉が開かれる。
「こちらへ。」
「ありがとう。あなた担当何処かしら?」
「高校治安維持です。」
見張りに案内され、輝かしい通路を進むと、その先には柵が立っている。
「こちらです。」
「ちょっとここから大事な話をするから、呼び出したら外で待ってて貰えるかしら?」
「はぁ……抵抗されることはないと思いますし、構いません。」
「ありがとう。」
「高田、杉本、吉田!出て来い!」
鐘を鳴らしながら見張りが叫ぶと、中から3人の女が奥から姿を見せた。
「はいはい……」
「訓練なら何時もやっているでしょ。」
「どうも。」
「おや、委員長ですか。」
「やっと解放ですか?」
ゴモヨの姿を認めた3人はパッと顔を明るくする。
「そう。やっと解放よ。」
「予想通りだな。」
「それで、私たちは蜂起に参加すればいいんです?」
「……そういえば、あなた達は聞いてなかったわね。」
「何をですか?」
「……ちょっと小声で頼むわ。いい、これから言うことは信じられないとは思うけど、恐らく本当。だから、心して聞いて。」
ゴモヨは柵に近づき腰を下ろすと、昨日角谷から発表されたことを伝えた。ここが過去であること。授業が今日のもので最後であること。そして昨日の会議録から見たそれが真実だと思われる理由。
それらを聞いた3人は茫然として何も言えないようだった。寧ろ入口の者に聞かれると面倒だから丁度良いが。
「……それで、これの件でややこしい事が起こったんだけど、それに関しては解放後にするわ。」
「……取り敢えずここから出れるんだな?」
「そこは変わりないわ。こんな感じで生徒会からも許可を得てるから心配いらないわ。」
ゴモヨは3人の前に角谷による印が押された書類を見せる。
「なるほど。」
「まぁとにかくここを出る準備してくれる。早めに済ませたいの。」
「了解。」
奥の物の整理に向かい、それぞれの物を持ち出して来る。その間ゴモヨは見張りを呼び戻し、書類を見せた上で柵を開けるよう命じ、開けさせることに成功する。
中に入ったゴモヨは3人の荷物整理を手伝う。それぞれの所持していたカバンでは入らない分はゴモヨが持って来ていたカバンに纏めて詰めていくことにした。
「それじゃ、失礼するわ。上にも伝えといてね。」
「……はっ。」
ゴモヨは3人の前に立ち、カバンを背負って階段を登って行く。段の1番上から外に踏み出すと、そこは輝かしい光に照らされていた。思わず3人は軽い呻き声のようなものをあげて目を閉じ、手で押さえる。
「大丈夫……じゃなさそうね。」
「すみません……久々過ぎて……」
「いや、仕方ないわよ。治ったら行きましょう。」
ゴモヨはこの光景を一月前と照らし合わせていた。だが慣れるのは早い。桿体細胞の無力化はすぐに済む。
「……もう大丈夫です。」
「3人とも?」
「はい。」
「じゃ、私の家へ。」
ゴモヨの住む寮には既に数名が部屋にたむろしていた。学園艦店舗運営補佐のヤボクを中心とした今回ゴモヨ側に残った担当長の面子である。
「集まってくれてどうもありがとう。」
靴を脱ぎながら玄関から4人が部屋に入る。
「委員長、大丈夫でしたか?」
「全く問題無かったわ。それじゃ、荷物を分け合って貰いながら話を聞いて貰える?」
「はい。」
「了解。」
「あいよ。」
「皆もいい?」
「勿論っす。」
担当長らに確認を取ると、皆うなづいて返してくる。ゴモヨはその者らの正面に腰を下ろし、その後ろでゴモヨのカバンを開き中身を分け合う。
「さて、じゃあ話を始めるわ。私たちは生徒会に従う、その事は良いわね?」
「勿論です。あんな現状ならば混乱を起こしてはいけないです。その事はここの全員確認済みです。ここにいる者の部下の中で向こう側に回った者は現状いませんが、向こう側から寝返って来る者もいません。」
「そう。で、現状あの会長の発言に反発してこちらから分かれて蜂起を計画している者がいるわ。」
「そっちに治安維持3担当が付いたから大変なんすよ。」
「なるほど。」
ヤボクが3人に伝えると、それぞれうなづいた。
「それに関してどういう手を打つかだけど、案はある?」
ゴモヨはそれぞれの担当長の顔を見渡す。
「……取り敢えず、数も練度も向こうが上です。拠点を重点的に防衛するしかないのではないでしょうか?」
「確かに生徒会室と艦橋からは彼らを遠ざけなければなりません。それ以外ないと思われます。」
「やはりそうね。問題はそれでも突破を許しかねないというところね。」
「艦橋は入り口が限られますから少数でも守れるでしょう。しかし学園への外部からの侵入を防ぐとなると……広範囲に散るしかないかと。特に戦車道の演習場方面から入られるとグラウンドも近いですし面倒な事に……」
「それ抜きでも戦力を集中されると2倍弱を相手にする事になります。こちらの者たちも訓練はさせてはいますが、精鋭を含む彼らに対応仕切れるかどうか……」
「……ヤボク、向こうの動きは?」
「やはり急に決まったせいか大きな動きは報告されてないっす。大規模な蜂起を起こすなら流石に各家庭から個別に出発して来ることはないっすから、見張りによって前兆は掴めると思ってるっす。恐らく今日の深夜までは無いかと思うっす。」
「見張りなどが無力化される可能性は?」
「秋山さんを除いた全員使っているんで、全員一斉に無力化されることは無いと思ってるっす。」
「前兆が掴めたら早急に報告をお願いするわ。」
「勿論っす。無線を持たせてあるんで、連絡があれば直ぐ伝えられるっす。」
「なら良いわ。それじゃ、後ろの3人は訓練はさせてあるから、学園の防衛について貰うわ。それで良いかしら?」
ゴモヨは足を崩し手をついて振り返る。
「まぁ生徒会が情報明かしてくれているならこちらの要求満たされてますし。」
「別に角谷会長にやめて欲しい訳では無いですので。」
「それより暴力でひっくり返そうとしている奴らを止めてやりましょう。」
「そう、ならお願いするわ。じゃ、今回の件を元に防衛プランを練るわよ。時間は今日の7時まで。そしたら私がそれを生徒会に持って行って調整するわ。」
「了解しました!」
「まずは防衛準備として、学園を守る部隊の学園宿泊証の発行を生徒会に要求し、鉄の棒の全員へ早急に配備しなくては。」
「しかし下手に向こうが動く前に配置についてはこちらの目的をバラすようなものじゃないか。」
「だが向こうの目的は角谷政権を倒す事。それなら生徒会を狙って来るのは変わらないでしょう。準備は整えておくべきです。」
「鉄の棒は持っていない人がいたら直ぐに配るよう下に伝えなさい。訓練と整備を怠らないよう。あとは配置ね……」
「艦橋は階段を、学園は校舎内と生徒会室前、あとは学園に入って来られる所を塞ぎましょう。」
「グラウンドと校門と搬入口と……」
「ここにパンフレットあるから、その中の地図を元に決めますか?」
「良いわね。見せてくれる?」
半折にされた紙を開き、担当長らの円の中心に置く。
「入口は学園正門、裏門、搬入口、グラウンド側の戦車道練習場、あとは船内から水産科用の出入り口、インフラ関連の整備用の入口、などといったところかしら?」
「そうですね。しかしそこまで数があるなら分散させず、全員校舎に配置して生徒会室に近づけないようにした方がいいのでは?」
「校舎に下手に入られると勢いづかれんで、やはり出来れば外で食い止めたいところっすね。」
「確かに……じゃあ水産科の入口は校舎内にあるから校舎内に半数弱。校門とグラウンドと搬入口にそれぞれ配置。艦橋は少数で対応して貰いましょう。もし艦橋に来なければ応援に来て貰うという形で良いかしら?」
「そんな感じじゃないでしょうか?」
「じゃああとは誰に何処について貰うかを……」
1時間後、配置が決まった。あとはこれに基づき生徒会から許可を取るだけだ。
到着予定時間は明日の9時、予定の万山群島を通り抜け広州に向かう為、香港行きよりも時間がかかる。明かりのついた操舵室、そこに椅子を置いて舵をとる二人の背中を眺める人間が3人。夜飯も済み、あとは寝るまでの時間が残されているだけである。
「……これで上手くいくんだな?」
「どうしたの、冷泉ちゃん?」
「いや、中華民国との交渉の件だ。」
「不安?」
「まぁな。これが失敗したらどうにもならないわけだろう?しかも蔣介石政権は中央集権化を進めているはず。地方分権の先例を作りたくは無いんじゃないか?」
「そりゃそうだけど、こっちにも向こうに与えられる利がある。向こうはこれから導入する法幣の通用力を不安に思っているはずさ。何せ張居正以来の一大財政改革だ。しかもこれまでの貨幣の大元である銀を全廃しようと言っているわけだからね。まぁ銀をアメリカが引き上げて高騰してるから仕方ないけど。
そこで経済都市広州を握る我々が法幣導入を積極的に行うというのは、日本が華北侵略を目指している点からしても利はあるはずさ。そこと共産党征伐への増援、日本との戦時の際の出兵を盛り込めばいけるよ。」
「ふむ……」
「しかも蔣介石、かなり地方は抑えているみたいだしね。新疆とチベットは無理みたいだけど。」
「その二つは後ろにソ連とイギリスが付いているからな。」
「バランス取りつつやっていくさ。そこんところ協力お願いね。」
「勿論、そのために来たからな。」
「私は今回は島についての交渉後帰って良いんだったね?」
「そうです、松阪先生。学園都市を置ける島が決まったら帰るので、小山たちに伝えてください。そうしたら決めているであろう調査隊を派遣しますので。」
「出来ればウチにあるのよりも詳細な地図も欲しいな。」
「そうですね。敷地はこれまでよりも広がる予定ですが、農地を作ることを考えると出来るだけ広げておきたいです。」
「だろうな。教員陣も協力してくれそうな様子だから、使ってくれ。」
「ええ、この学園艦に住んでいる全ての人間総動員する体制を行く前に整えて来たのでそうします。」
「そうか……」
「どうなさいました?」
「いや、教員陣の中には非常勤の者もいる。そういう者は学園艦に家族を乗せずに学園に勤める者もいる。幸い私はそうではないが、そういう者たちはどういう辛さを隠して協力すると言っているかを考えるとな……」
「学生にもそういう者は大勢居ます。それでも、いつか大洗に帰れると思って過ごすほかないです。」
「帰れるのか?」
「分かりません。ですが、それらしき情報は入って来ています。あ、これは内密にお願いしますね。」
「ああ。帰れれば良いがな……」
「あ、そうだ。冷泉ちゃん、ちょっと良い?」
急に顔を緩めて麻子の方に振り返る。
「どうした?」
「冷泉ちゃん、今回私の通訳として来て貰うわけだけど、もしかしたら見た目的にも信頼されないから、一つプロフィールを付け足したい。」
「プロフィール?何をだ?別に遅刻が多いとかは付けなくていいからな。」
「いや、名家の子孫になって貰いたいんだ。そうなった方が信頼が増すだろう?」
「名家に?いや、いきなりそう言われてもな……無理だろう。」
「だって苗字的に問題ないし。」
「苗字……ああ、冷泉家か。だが私は血縁あるのかさえ知らないぞ?」
「さ、流石にバレたらまずいし、やめた方が良いんじゃないか、角谷くん。」
「……どう?」
「会長の通訳と言えば問題無いと思うぞ。私自身急に和歌詠めと言われて出来ないしな。そこまで気にされないだろう。」
「……せっかく面白そうだったのにな……」
顎を腕に乗せ、それを肘に乗せて口を尖らせる。
「面白そうだけでやるのはやめてくれ。」
「三川ちゃん、航行はどう?」
「順調です。整備された甲斐あってか、元の速度で運行しても支障ありません。」
「それなら良かった。じゃ、明日からに期待して早く寝よう。快く迎えられるのは初めてじゃん。」
次回予告
腕時計をじっと見て