広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

微かな希望


広西大洗奮闘記 50 対処

 四人の座している位置を結ぶと出来るのは砂時計というべきか、正方形というべきか。多少の誤差はあれど、そのような形だ。部屋は外からの微かな月明かりで手元を示す。

「……じゃあ、話を始めよう。」

「その様子だと、『それだ!』はよした方が宜しいか?」

「そうしてくれると助かる。」

「分かったぜよ。」

「あの体育館での話の後私が呼ばれたのは知っているな。」

「無論。」

「まずはそこでも聞いたが、あの話は真実だそうだ。そしてそこで話されたのが、簡単に言うと戦車道の車長は中国の士官学校に入って軍人になれ、とのことだった。」

「どういうことぜよ?」

「文字通りだ。一応お願いされた形だが、ほぼやらざるを得ないだろう。あの会長はそう言う人だ。」

「……ならば請け負う他なし、だろう。」

「そうは言われてもな……戦術というものは共通性もあるが、軍の全てをまとめる地位になる自信が、正直言うとない。」

「それを学ぶ為の士官学校ぜよ。」

「それと、私は現状をまだ心が受け入れきれてない。過去にいるって……信じられるか?」

「されど、一月も補給が出来ず、通信環境の一切も遮断されているのは流石に我々の時代では考えられない。」

「親にも会えないって……信じられるか?」

「……」

「……」

二人とも沈黙の時間を共鳴させる。

「確かにこのような場を設けてまでの会長の話だ。嘘だとは思えないし無下にする気もない。でも……私はこの時代を受け入れることも、軍人として人を殺すよう命令を下せるようになる自信がない。」

「返答していないとなると、きっと期限が決められているはずぜよ。いつぜよ?」

「三日後だ。」

「結構すぐだな……」

「それでも明日から会長が出掛けると言ってたから時間はくれた方だろう。」

そして再び四人とも黙然とする。窓は閉められている為、風の音は窓を叩く音と化す。

「……エルヴィン。」

「……なんだ?」

この中で唯一これまで言葉を発していなかった者に声を掛ける。

「このところ、あまり深くは聞いてこなかったが、やはり様子が変だった。率直に聞こう。何を知っていた。」

「そうぜよ。グデーリアンが来た後のあの変化は何事ぜよ。」

「……」

腕を組み暫く頭を悩ませた後、それを解き三人の顔をそれぞれ眺める。

「……グデーリアンと言わないと決めていたが、ここまで来ればもはや隠す必要は無いな。私が知っていたのは、この学園艦が過去にいること。それだけだ。」

「今回の件の根幹ではないか!」

「……グデーリアンの時の飛行機、だったか、それか?」

「ああ。まぁそれ以前にグデーリアン経由で中華民国と交渉していたことは知っていたが。」

「どうして、どうしてその事を私たちに教えてくれなかった!」

「知って何になる。単に今カエサルとかが抱えている絶望を先に抱えるだけだ。それに私も……正直信じたくなかった。だが、こう言われてしまっては受け入れるしかない。」

「……」

「……その話、私が変わろう。」

「何?」

「私が代わりに士官学校に行こうと言っている。」

「……本当か、エルヴィン。こちらとしては嬉しい、が……本当にいいのか?」

「数日前から知っていたから、少なくとも過去であるという心の準備は出来ている。そして今日の話でそれが示された後、確かに怖かった。この先どうなってしまうのか、という漠然とした不安に覆われた。

だけどその中で私は微かな高揚感を覚えていた。ここの世界が本当に1935年なら、第二次世界大戦の前なら、それは私が憧れている人がいる世界なのでは、私が憧れていた世界そのものなのでは、というな。

中華民国とドイツはまだこの時期は仲がいい。中華民国の軍人となればドイツと接触する何かしらの手段を得られるかもしれない。そうでもしなければ、恐怖に押し潰される。」

「それならそれでいいのだが……分かった。すまないが頼む。」

カエサルの頭は地面に近づきつつ、腰を中心に扇を描く。

「まぁ、それでいいならこの話はいいか。それにしてもこれからどうなるんだ?」

「島に移るとか言ってたぜよ。」

「学園の教育機構が止まるからな。戦車道も出来なくなるらしい。」

「戦車はどうなるぜよ……」

「……もしかしたら乗れなくなるかもしれないな。それに聖グロリアーナや知波単の人もいるらしい。将来的にだが接触出来れば良いのだが……」

 

 

 曰く今回の件を伝えたところ、体育館の演説後の会議で生徒会への反発を示していた者たちが本格的に怒りだし、委員長が生徒会に従うと表明した途端活動からの離脱を宣言したらしい。説得を試みたものの、感情論で押され会議場所から相手が出て行って失敗したそうだ。

向こう側に人数が多い学園艦治安、中学治安維持、高校治安維持の担当長がついてしまい、他にも何人か担当長が向こう側に回ったため、その下を味方につけられると人数では向こう側が上回り、武器運用の練度も勝るとのこと。

全く何とかして貰いたいものだが、こうなってしまったものは仕方ない。万が一行動を起こされた場合の鎮圧の手段を考えねば。前にはパイプ椅子に座らせた後藤ちゃん。後ろには小山と帰りそびれた冷泉ちゃんがいる。

「じゃあ、まずは向こうの動向は掴んでおいて。一応風紀委員からの離脱を宣言しているだけだから、明らかな敵対行動を起こさない限り動かないように。」

「は、はい。」

「そして何か行動を起こしたらこちらに報告した上で鎮圧して。」

「しかし、先程言いましたように人数も練度も不足してます。そしてこちらについた者の内、下から向こうにつくものが出ないとも限りません。完全な鎮圧は……」

「まぁまぁ、そもそもそっちの問題だから出来ればそっちで抑えて欲しいのさ。一応こちらでも対応は考えておくけどね。」

「あ、ありがとうございます。」

「いいよいいよ。」

「あとは、こちらは別件なのですが……例の特例風紀指導を受けさせている3人についてです。」

「確か直訴しようとしていた人たちでしたね。」

「そうです。今回の情報公開で監禁を継続する理由も無くなったかと思いますが、如何しますか?」

「……求めている情報はあげたから良いかもね。どう?」

「私も問題ないと思います。この状況でこれ以上不信感を煽るのは良くないかと。それに3人の、しかも一般生徒だけなら大丈夫でしょう。」

「それじゃ、そちらの判断に任せる。」

「分かりました。」

「じゃあ早めに済ませてね。」

「それでは、これで失礼します。」

この部屋の人間に、生徒会関係者以外はいなくなった。向こうの扉の閉まる音から暫くして、角谷が伸びをしながらたずねる。

「小山、対応は?」

「西南政権への悪印象を避ける為、懐柔を用いつつ温和に解決を図るのが妥当かと。それと並行して戦車道の投入を検討しておきます。出来れば武力衝突は避けたいところです。島での運営を考えますと治安維持の為に風紀委員は減らしたくありませんから。」

「……40点。」

「へっ?」

「冷泉ちゃん、よろしく。」

「反発をした者たちは鎮圧の後に捕らえる他ないだろう。今回の件で風紀委員が生徒会に対する何かを計画していた可能性は高くなったから、その点をタネに風紀委員を抑えることになる。

今後の円滑な運営の為に、反発した者たちを現在こちら側についている者たちに合流させ、下手に内部に火種を持たせるのはやめておきたい。寧ろここで力で抑えて今後治安維持に専念させる方が良い。絶対西南政権に悟られる前にスパッと終わらせた方がいいな。」

「な、何故生徒会に対する何かを計画していたと……」

「向こうについた主な人は学園艦治安、中学治安維持、高校治安維持の担当長だ。これらは学園の治安維持の根幹ゆえに委員長に近い人間を揃えているはず。仮にそうでなくともその者たちが今回の会長の話だけで感情論に走り、委員長、副委員長を振り切ってまで生徒会への武装蜂起を急に計画したと考えるのはいささか不自然だ。理由として弱い。

即ち元からその素地があったと考えるべきだ。そう、生徒会に対する何かしらの計画があったと。実際こちらの持ってる情報を調べていたりしていたしな。」

「なるほど……そういうことですか。」

「で、冷泉ちゃん。それだけ?」

「いや、戦車道も全力で投入する。動いたら全力で鎮圧する体制を整える。」

「しかし、戦車道の皆さんがその為に乗ってくれるとは……」

「乗せる、何としても。今こっちについている風紀委員で脅してでも。そして背中を蹴飛ばしてやる。たまには蹴り返してやるというのも一興だ。そうすればおとなしくあの案を呑むさ。」

「冷泉ちゃんは明日から行くから戦車乗れないけど?」

「なら五十鈴さんに蹴ってもらうさ。あの人は力も心も強いからちょうど良いと思うぞ。これでいいか?」

「オーケー。じゃ、小山。これを軸に対処策を講じてね。」

「若干不安ですが……分かりました。即座に鎮圧する方針を取ります。」

「それにしても、こんなことをパッと言えるなんて、冷泉ちゃんも変わったねぇ。」

「変わらないさ。沙織には影響無いし、私も学園艦を残すための手を打てる位置にいるなら打っておきたい。それだけだ。」

「じゃ、帰っていいよ。明日からよろしくね。お疲れ。」

「こちらこそよろしく頼む。」

部屋には職務に従事する数名と、この少しの時間していない二人だけが残された。




次回予告

最後の授業の日

やっと50話まで来れました。お気に入り登録など本当にありがとうございます!今後もよろしくお願いいたします。

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