情念の主張と情念の抑圧
「こんな馬鹿な事がありますか!」
体育館での集会の少し後、ある小教室で行われている風紀委員緊急幹部会議にて、学園艦治安担当長ハマコは机を拳で殴りつけ、声を荒らげた。
「私たちが過去にいるですって?冗談も大概にしなさい角谷杏!ここにいるのが何年生だと思っているのです!」
「ではハマコ、何故生徒会はこんな発表をしたの?」
その正面にいる別の担当長が恐る恐る尋ねる。
「そんなもの決まってるでしょう。今度の選挙で峠を勝たせる為です。そしてこの状況を盾に生徒会は権限を強化する気です!」
「きゅうり最終計画の変更の必要はありません。計画通り明日実行すべきです。無論目標は異なりますが。」
ハマコにカナンも同調する。
「別の目標?」
「勿論、角谷政権の打倒です。あのような腐った言い訳しか出来ずに早々に日本を捨てる奴らを許してはいけません。あの時のゴモヨ委員長の演説を我々は忘れません。」
「そうです。我々は日本語を話し、日本の文化を学ぶ日本の学園艦です!意見も聞かずに中国人にされてたまりますか!」
「あんな紙切れなんか簡単に作れる!証拠になんかなるものか!」
「角谷を倒せ!」
「そうだそうだ!行動の他に無し!」
「蜂起を!」
辺りの者からその二人へ同調するのが増えていく。前にいる副委員長のパゾ美もただ黙って聞いているだけである。同調しない者は彼らへの反対が自分たちの家族に、親戚に、他の学園艦の友人に、もしかしたら2度と会えない事を意味すると理解しているため公然と言い返すことはない、ただ一人を除いては。
「あのー、少し宜しいっすか?」
手を挙げたのは学園艦店舗運営補佐担当長のヤボクである。一斉に視線が集中する。
「……えっと、学園艦店舗運営補佐はこれまで皆さんのご存知の通り情報収集を中心に行って来たっす。その身として言わせて貰うと、今回の角谷会長の発表、真実であると受け止めるべきだと思うっす。」
「ヤボク、お前は馬鹿なのですか?何があったら過去にいるなんてふざけたことを信じられるというのですか!」
「ふざけたことだとは自分も思うっすがそれでもいうのは、まずは今回の発表によりこれまでの情報の非合理性が一部ながら解明されたからっす。この中で日常的に台湾の事を中華民国と呼ぶ方はいらっしゃるっすか?」
「……」
「いないと思うっす。ですが、調査によると生徒会は中華民国との交渉期、日常の会話に於いても中華民国の呼称を使用していることが確認されてるっす。これは実際に交渉したのが1935年の南京の中華民国を指しているとすれば筋が通るっす。」
「だけど今回の話のように生徒会が交渉相手に敬意を払っていたとすればそれでも通るじゃない。」
「確かにこれは穴があるっす。ですが次のはさらに分かりやすいと思うっす。日本の政府が我々を海上に一か月も放っておけると思うっすか?2度目の廃校の時もネットであんなに騒がれたんすよ。政府主導でそんな事をやれば政府の支持率がさらに下がること間違いなしっす。わざわざ追い出した利益に見合わないっすよ。
さらに言えば、そもそも生徒会は仮に我々が現在にいるとすると、過去にいると我々に言う必要が無いんすよ。日本から補給が受けられないので中華人民共和国の一角に移転する、で話が通じるんですから。」
「そちらの方が非常時のイメージが分かりやすいからじゃないの?それと政府の財源が思っている以上にまずいとか。」
「政府は2度も廃校に失敗しているんすよ。予算の削減が目的なら他の抵抗と反発が少ない所を選ぶでしょうし、少なくとも角谷会長の退任まで待つっすよ。」
「……本当にそうなの?」
「私はそう考えているっす。だから今回のきゅうりは中止して生徒会に協力するのが最善と思うっす。」
「そんな訳あるか!時間旅行ってのはな、過去より未来の方が行きやすいものなんだ。未来への時間旅行の手段さえ開発されてないのに、過去のなんてある訳ないだろ!過去にいるなんて嘘っぱちだ!」
「だから今説明したじゃないっすか!原因はどうでも良いんです!問題は実際に我々が過去の世界にいるってことっす!」
「原因無くして結果なし!」
「考えている場合ではないっす!」
「何だと!万が一真実だとしたらお前も私もここの奴らの殆ども親に逢えなくなるんだぞ!考えないでいられるか!」
「ですが信じざるを得ないっす、信じたくないにしても。下手な足掻きは止めるっす!」
「足掻きだって……何言ってるの!」
ハマコが立ち上がる。椅子は後ろの2本の足を軸に倒れる。
「こんな状況で平然としていられるあんたの方がおかしいのよ!」
「風紀を守るにはこういう時だからこそ平然と対処するべきっす。」
歩き出す。他の担当長の後ろを回って。それがヤボクの背後すぐまで来た。
「やめなさい。」
ここでこれまで黙然と構えていたパゾ美が昂るハマコを制する。
「副委員長……」
「今後の行動は委員長が生徒会に呼ばれているから、それが終わってから決めるわ。だから一度落ち着きなさい、全員。」
「……」
「本当に過去にいるのか、それとも生徒会のハッタリなのか、それは分からない。だけどそれよりも、風紀委員が分裂するのは避けなきゃいけないでしょう?」
「……」
工学科の二人に話は伝え終えた。随分と驚かれた。何せ彼らの最初の予定だと6.6ktだった切り出す鉄鋼の量を100kt、15倍以上に増やせと要求したのだから。
だが甲板に人が住まなくなるから学園艦の強度は崩れなきゃ良いレベルで構わない、と伝えたら何とかなるかもしれないと返ってきた。どうやら甲板上に使用されているものや、艦内の設備の一部も加工して送るつもりらしい。勿論そうして貰わなければ困る。文字通り学園艦を総動員せねばならないのだ。
さて次呼び出したのが戦車道の各車長なのだが、今日の呼び出しの中で精神的に一番重いのがこれである。そして伝える相手は既にここに揃っている。
「よく来たね。」
「……」
座っている人数は私を含めて7人。後は後ろに立っている小山と冷泉ちゃんとかーしま。私が声を掛けても皆黙ったまま頷く程度しかしない。先ほどの演説が精神的にきているのだろうか。
「最初に言っておくと、さっき話したことに嘘はないよ。本当にここは私たちからすれば過去のような感じだ。」
「……」
「そして、我々が広東に受け入れて貰うってことも。」
「……戦車道は、どうなるんですか?」
最初に口を開いたのは、西住ちゃんだ。やっぱり精神的に強かったか、はたまた今回の事態さえ読んでいたか。
「戦車道は情勢が安定するまでは練習はなしにするつもり、他の選択科目と同様ね。」
「……そうですか……」
「確認したら、中華民国に戦車道やってる所は一つしか無いみたいで、それが上海にあるから多分そっちでは協力して貰うことはないと思う。」
「……そっちでは、か。では何だ?」
「……言いにくいけど、軍に。」
「軍?どういうことだにゃ?」
「……士官学校に入って貰って卒業後士官として軍役について貰う、予定。」
「な、何故ですか!どうして急に……」
「いやー……向こうさ、士官クラスが足りてないみたいなんだよね。軍の規模はかなりあるみたいなんだけど。それでこの学園艦からは鉄鋼とかを出すけど、日本を嫌っている人が多い中華民国と交渉を、しかも短期間で纏めるのは厳しくてね……向こうの提案をかなり呑んでるのさ。」
「その中に、それがあったと。」
「そう。学園艦の規模からして防衛隊くらいいるんだろうと思われた訳。そしたらその指揮官がいる。」
「要するに、それを寄越せということですか?」
「澤ちゃんその通り。そしたらウチの学園で当てはまるのは戦車道と最近訓練している風紀委員くらいしか無い。」
「……」
やはりそうだろうかとは思ったが、空気が重い。嫌々やる見習い士官揃いだと大洗の新政権での影響力も下がる。0よりかは1でもあった方がましだ。
「……このアジア周辺は、10年以内に戦火に呑まれるよ、マカオを除いて。」
「そこじゃダメなのか?」
「経済規模的に無理。香港、広州とかに比べたら遥かに劣るよ。この時代にカジノは無いからね。アジアより先は現在の食糧備蓄的に無理。だから広東との関係を持って続けるしかない。待つのは日本との戦争だ。積極的に戦争する気は無いけど、防衛の観点からも軍にこちらの関係者を入れたい。」
「……」
「頼む……」
これは命令には出来ない。脅すことも避けたい。何せ学園の為にその保護者の軍に入り敵となるものが来たら殺して勝ってこい、と言っているのだから。そして、最初に口を開いた者は、震えている、小刻みに。
「……」
まだ皆が同意か反発を示そうとしなかった時、その者の拳が机に振るわれた。
「……」
皆の顔が私の方からそちらへ移る。私もそちらへ視線を向ける。
「……会長、貴女は……戦車道を何だと考えているのですか!」
「無論スポーツさ、婦女子を育成する為の。ただしスポーツが行えるのは私は平和な時に限られると思っている。そして、今は残念ながら平和な時ではないよ。」
「そうではなく……貴女は戦車道を学園の廃校回避どころか、学園の存続にも利用するのですか!」
「そうさ。私は、西住ちゃんは知らないだろうけど、学園を護り、発展させることを公約に当選した。そして今までもそれを続けてきた。それだけは譲れないよ。」
「……」
「私の腕がないからこんな形になったけど、現状ではこれが最善だ。まぁ、私は本土で政府機関に加わる予定だから、戦争回避の努力は出来ないわけじゃないけど、日本があの様子じゃねぇ……まぁ直ぐには決められないだろうけど、協力をお願いしたい。何か質問ある人はいる?」
「戦車道の他の人たちはどうなるんですか?」
「分からない。もしかしたらこれに参加してもらう人も出るかもしれない。出来るだけ少なくて済むようにはするけどね。」
その先質問を出す人はいなかった。返答期限を告げられると、皆は人により速度の差はあるものの生徒会長室を去った。このあともまだ会うべき人物が待っているが、ここまで重い話はしない。最後の方にこんな話をすることになったらそれまでが気が重くて話せる気がしない。
私はこの一月で思いの外心が弱くなったのか。
「……冷泉ちゃん、小山。どう思う?」
「まぁ、私も戦車道は軍事的なものではないというのには賛成せざるを得ないな。だがあの条項を守るにはこれしかないだろう。」
「だよねぇ。乗ってくれるかな?」
「移転を開始して、身を以て現状を理解してくれればあるいは……といったところではないでしょうか?」
「次は?」
「学園長と教頭先生です。」
「そこまででもないね。」
その帰り、ゴモヨは磯部に近寄り、一言耳打ちした。それを聞いた磯部は近くの壁に手をついて何かを共に吐き出すかのように大きく息を吐いた。
次回予告
靴
ガルパン最終章がヤバいらしい。