広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

水中のように圧力はどこからでもかかる。


広西大洗奮闘記 46 久々

 翌日朝、昨日の配給を元に作られた朝食を食べ終えた歴女四人衆はそれぞれのカバンを手に学園への道を進もうとしていた。まだ時間はあるが、配給の受け取りを含めると妥当な時間ではある。夕方は担当が一人で行くが朝は担当配給決まっているが四人で行き、昼に回して貰うのが彼女らのいつもの行動だ。

しかし、エルヴィンだけはカバンを持ったまま窓の外を眺めている。外にはいつも庭にあるものの他に何か特別なものがあるようには後ろの三人には見えない。

「エルヴィン、どうしたぜよ?」

「行かないと配給の支払い並んでしまうぞ?」

「……今日の受け取り担当、おりょうだったよな。」

「まぁ、そうぜよ。」

「すまんが、カエサルにひとつ頼みたいことがあるんだが。」

「どうした?」

「占いをやって貰えないか?」

「占い?何で?」

「いや、何となく。」

エルヴィンは最近、変な行動もそうだが、このような変わったことを頼むようになった。前は確か外を眺めている時に双眼鏡が欲しいと言われ、貸した後は空を眺めていた。かなり上で飛行機が飛んでいたような気がしたが、わざわざそんなものを持ち出す理由は分からなかった。

「まぁ、別にいいだろう。二人には金を渡しておけよ。」

「しかし昼飯分の金も心配になってきたぜよ。」

「然り。この状況が続けば仕送りも受け取れぬ。」

「早く何とかして欲しいな。」

エルヴィンはコイン2枚をおりょうに投げる。それをキャッチするとおりょうと左衛門左は家から一足先に出掛けた。

「それで、占いって何をやればいい?」

「あの棒を倒すやつで。」

「何を占うんだ?」

「今日の吉となる方角を調べて欲しい。」

「それならすぐ終わるな。外に出てくれ。」

カエサルは倒すための棒を持ち出すと、エルヴィンと共に靴を履いて外に出た。晴れた朝の空の下、目を閉じたカエサルは何かを唱えると、気を吐いて目を見開き棒の上に置いた指を放す。棒はぱたんとある方向に倒れた。

「……どっちだ?」

「こっちが東だから……北か。」

「ということは、この学園艦北を向いているのか。」

「そうみたいだな。」

「これでいいか?」

「ああ、学園へ急ごう。」

 学園の配給場所では支払う人と貰う人に分かれて列をなす。エルヴィンとカエサルが辿り着くと、左衛門左とおりょうはすでに払い終わり彼女らを待っていた。

「終わったのか?」

「ああ、今日は四人分カードも見せずに払うだけで終わったぜよ。」

「カードのチェックは無かったのか?」

「然り。」

「珍しいな。一応毎回やっているはずだが。」

「まぁ、そういう時もあるんだと思うぜよ。」

「そんなものか。」

「ぜよ。」

四人はそのまま学園に吸い込まれていった。

 

 

 私が学校ですることは、ただ眠気に耐え何とか起き続けるか、耐えられず机に突っ伏すかのいずれかである。教師から言われることもほぼない。前は遅刻に慣れさせたが、今回は授業中の睡眠に慣れさせたようだ。するべき事は特にない。見張るべき相手はいるが、特に学園内での動きはない。

西住さんは戦車道を除けば独自で行動する事はほぼ無く、担ぎ上げられる事は西住流での経験から良くは思わないだろう。風紀委員が積極的に西住さんと関わりを持とうとする様子はない。そこまで注視する必要は特にないだろう。この授業はもうすぐ終わり、昼休みだ。

「……区切りがいいから今日はここまで。じゃ、号令。」

どうやら早めに授業が終わったようだ。伸びをしながら椅子から立ち上がり、号令の合図とともに腰を曲げる。

さて配給の支払いを済ませた以上、私は向かわねばならない。西住さんも机を片付けて向かおうとしていることだし、行くとしよう。あ、ペン落とした。

 

 階段を下り大きな窓から光が差し込む広い食堂に辿り着く。これまでそれなりの期間学園で過ごしてきたが、やはりこの部屋は広い。そこの一角で、配給が始まる前よりも遥かに早く我々に食事が提供される。貴重な満腹を人によっては味わえる時間だからか周りにいる人々は気分が良さそうに見える。

まだ不満が表面化する様子は特にない。しかし選挙は相変わらず相手の赤峰候補が有利。生徒会はどのようにして黙っていないのだろうか。

自分の昼食は少し時間は掛かったが、受け取れたし窓際の席にも座れた。たまには一人で気兼ねなく食事を取るというのもいいものだ。内容はご飯に味噌汁に和風野菜炒めに加工肉の揚げ物、最後に漬物が添えられている。味噌汁は普通、他も特筆する程の旨さではないが、悪くない。おかずで盛られたご飯を減らしていく、そうすると腹が満たされる。満腹までは眠気は一応それなりに回避できる。

 

 ピンポンパンポン

 

「生徒会より全校生徒に連絡、全校生徒に連絡。本日の終礼後、中学生はグラウンド、高校生は体育館に集合してください。繰り返します。中学生はグラウンド、高校生は体育館に集合してください。緊急ではございますがご理解とご協力をお願いします。」

 

皿のものがだいぶなくなった頃に聞こえたのは私がこれまで聞いたことのない者の声による放送だ。初っ端の機械的な導入で会長ではないと分かったが、何事だろうか?しかもえらくへり下っていたように思える。食堂の画面には先程の要旨が表示され点滅している。

取り敢えずそのような話がある事を頭に入れ箸を再びとると、窓の外から再び時に光化学スモッグを知らせるような機械的な音声が聞こえた。

 

「お昼に失礼致します。大洗女子学園生徒会副会長小山柚子です。住民の皆様にご連絡致します。本日3時半より住民の皆様に向けて緊急放送を行います。その時間までに各配給場所にお集まりください。

繰り返します。本日3時半より緊急放送を行います。各配給場所にお集まりください。急ではございますがご理解とご協力をよろしくお願い致します。」

 

耳を窓につけるとその声が聞こえた。小山副会長がこちらということは、こちらの内容の方が重要だということだ。住民の皆さんまで集めてやること、となればだいぶ絞られる。そろそろ私の仕事が終わりそうだ。食堂を見渡してみるが、外の放送に注意を払っているような者は見当たらない。この食堂が喧騒に満ちているからだろうか。

 

 

 その少し前、午前11時半ごろ、学園艦後方の補給船ドックはその間口を開いた。警笛を鳴らすことはなく、ゆっくりと一隻の輸送船が沖で回りながらそこに吸い込まれる。停止して碇を降ろすまでに時間は掛からなかった。船内から出てきた者たちは船舶科の者が立て掛けた梯子から角谷を先頭に降りてくる。

「会長、お疲れ様です。」

「お疲れ様です!」

 小山に合わせ、来ていた艦長の一人井上も敬礼する。

「小山と井上ちゃん、ただいまー。」

「他の皆さんも……」

「いや、いいよ。まだ完全な解決ではないのだから。」

「船舶科としての努めです。」

続いて後から降りた松坂や船舶科の二人は小山の労いを丁重に断る。

「それにしても生徒会は小山一人だけかい?他は船舶科みたいだけど。」

「それはそうですよ。他の人は会長の提案のために奔走してるんですから。」

「そうだったそうだった。」

「それまでまだ時間がありますが、いかがなさいます?」

「それに向け準備するよ。こちらも荷物とか着替えとか色々あるからね。あとはそっちの現状詳しく教えて。」

「分かりました。」

「広東との内容については小山、直に一回見といてくれる?」

「分かりました。コピー取りますか?」

「まだインクの備蓄あるの?」

「統制体制のお陰で。」

「じゃ、先部屋行って予備も含めてとっちゃって。流石に心臓に悪いから。私も後から行くよ。」

「はい。」

小山は角谷から渡された紙の束を抱えて走り去った。

「船舶科の皆もご苦労様。」

「いえ、我々の学園が再び救われたのならば何よりです。」

「輸送船は大丈夫かな。無理させてたみたいだけど。」

「恐らく大丈夫でしょう。流石に無茶なことはさせてないようですね。」

「分かった。一応3時半になったら船舶科の人どこかに纏めておいてね。」

「分かりました。」

「では行こうか。」

「ええ、そうですね。」

 

 久々のこの空気、久々のこの天井、久々のこの机に溜まった書類の山々。ここは変わらない。そして、プリンターの動作音も。

「しかし、改めて見ると凄まじい内容ですよね、これ。」

「まぁ、現代社会なら見ることはない契約書だとは思うね。」

「それはそうだろ……」

「さて、まぁ刷ったらこっち来てくれ。」

「はい。」

扉を開き、生徒会長室に踏み込む。こちらも出発前とは変わらない。あの光の前よりは設置される机が増えたりしたが。角谷は自身の皮の椅子に、松坂は近くの手頃なパイプ椅子に腰掛ける。

「それにしても角谷くん。」

「先生、どうしました?」

「いや、帰り際のあの男達、どっから見ても軍人だったのだが、怖くなかったのか?」

「そりゃ怖かったですよ、最初は。いきなりホテルから連れ出されて条件呑めですよ?ですが交渉となって話してみますと、彼らの目的がよく分かったんです。」

「何だね?」

「あのチェンという人は広東、そしてリーという人は広西。その自治権を守ることです。護りたい、その想いは何処かしら通じる気がしたんです。」

「当時の背景から考えれば蔣介石の中央集権的政策への反発か。」

「上に逆い、独自性を護る。」

「まぁ学園艦体制は地方分権の権化のような政策だからなぁ。」

「上手くやっていける、いや、やってみせますよ。」

角谷が背もたれから身を起こすと資料を抱えた小山がその部屋に加えられた。

「会長、刷り終わりました。」

 角谷の前の机に刷った書類を置く。

「お疲れ。じゃあ現状をよろしく。」

「ではまずは食糧、燃料から。食糧は現在の備蓄食糧の残りから考えますとのこり15日、当初予定通りです。燃料は石油は現在ほぼ流通させず、最初の3割程度残っています。使用しているのは配給と鉄鋼を切らせている工学科のみです。」

「鉄鋼の量は?」

「確か6.6ktを予定しているそうです。」

「足りないねぇ……食糧の増産計画は?」

「計画分が出来るのは先ですが、今年得られた分は全て回せるので、それを足して追加で3日もてばいいかと。」

「……厳しいね。」

「18日後が、26日が一つのラインです。ですがそれよりもまずいのが来週月曜に予定されている選挙です。こちらの峠さんが相手の赤峰候補に支持率で押されています。」

「それは大丈夫。」

「……分かりました。あとは万が一に向けて丹波さんらに新たな対象を探させております。彼女らはタイをターゲットにしたかったようですが、調査の結果タイ国王がこの時代タイにいなかったようなので候補探しに苦戦しているようです。」

「タイは立憲君主国だからねー。ちなみに何処にいるの?」

「スイスのローザンヌだそうです。まだ王のラーマ8世は10歳過ぎだそうで。」

「時間がないから無理だね、百万が一南京との交渉に失敗したとしても。まぁ成功させるから心配ないさ。」

「あとはチョークの不足などが挙げられます。」

「それも大丈夫。暴動とかの動きは?」

「風紀委員が情報開示を求めようとしていた生徒を捕らえた事もあり、住民に動きはないそうです、が……その風紀委員、会長が香港に向かった事を知っていたようです。」

「風紀委員には?」

「全く伝えておりません。」

「つまり自力で調べたということだな。何の為に……」

「……風紀委員、動くかもね。」

「風紀委員は現在学園艦最強の暴力装置となっています。かといって下手に弾圧すると学園艦住民への抑止が薄れてしまいます。」

「まだ起きてないのは幸いだ。今日の夕方なら動かれても遠慮なく止められる。」

「現状はこのようなところでしょうか。」

「ありがとう。だいたい把握した。さて、これからは本当に学園艦総動員体制だ。何としても乗り切るよ。あと小山、」

「はい。」

「ちょっとかーしま呼び出してくれる?」

「桃ちゃんですか?特別授業次第ですが、それは何故?」

「今日の司会やって貰おうかなと。」

「えっと……河嶋くんか?他の生徒会の者で良いんじゃないか?」

「いえ、出来れば司会の様子で今回の事情を悟られたくないので。」

「学園艦に放送後確認してみます。」

「よろしく。じゃあ、服替えるか。」

「私も流石にあるめーに着心地悪くなってきたからな。」

 

 

 午後の授業は通常通りだった。先生は前で授業をし、生徒はそれを受ける。そして集中してメモを取る。だが麻子は寝ている模様。

6限が終わり終礼、これといった話はない。配布物も減り口頭での通達が増えたが、今日は一言、「体育館に一列で並ぶように」と告げられただけだった。終わったクラスの者はぞろぞろと体育館に向かう。

みほも沙織とともに廊下を進む。一緒にいたが、話すことは前のエルヴィンの件だ。

「……という感じだったんだよ。」

「らしくないね。ちょっとイメージ湧かないなぁ。」

「戦車とかの話でも教えてはくれなさそうだし……どうしよう。」

「歴女の人がやってそうだもんね、それ。うーん……あんなに仲良しなカバさんチームの人にもそれだと私たちじゃ厳しいかもね。」

「だけどそうしないと……」

「みぽりん心配しすぎ!悩みなんて時間経てばどうでもよくなるものなんだから!そうじゃなきゃ失恋は終わらないよ!」

「……それとは違うと思うけどなぁ……」

「いいや、違わないよ!人間、悩むと一度は止まっちゃうの、でも動かないわけにはいかなくなったら、勝手にまた動くの!無理なら無理と割り切らなきゃ!」

「……そんなものかなぁ……」

 よくよく思えばここは廊下だ。廊下で談笑する者はいるが、ここまで熱弁を振るう者は稀だ。そして大半の生徒が廊下を通っている。即ち沙織がとても目立つ。周りの者がこのような沙織の様子に慣れているとしても、ちょっとは噂になるかもしれない。

(無理なら無理、か……)

やっと気付いたようで軽く固まっている沙織を横目に、みほは少し成長出来た気がした。

 

 体育館ではクラスごとに横一列に並ぶ。この横は舞台と平行の向き、映画館での列と似たようなものだ。前が高1、中にみほたち高2、後ろは高3だ。ワイワイガヤガヤと騒がしい。こういう場所では人一人の小さな声が反響して大きくなっていくものだ。

「ええい、お前ら静かにしろ!黙れ!」

この声は河嶋のか思ったが、河嶋は生徒会を引退しているはずだ。だが実際に舞台上にいる。前と変わらずいる。ふと周りを見渡してみた。カメラを用意しているような人がいる。何を取るのだろうか。舞台で何があるのか。考える程謎だ。

「黙れ!座れ!早くしろ!」

指示に従い体育座りをする。やがてその声が鎮まるとみほたちが座る会場の電気が消え、河嶋が光に照らされた舞台の上で口を開いた。

「えー、本日はこのように集まってくれたこと、誠に感謝する。本日集まってもらったのは、会長より全校に向けての緊急の案内があるからだ。全員静かに聞くように。」

そういうと河嶋は舞台裏に下がっていった。会場は一瞬ざわつくが、角谷が姿をあらわすとぱっとそれが止まった。

 みほには違和感しかなかった。角谷は制服の冬服であったが、いつもの緩い感じが見えない。背筋を伸ばして演説台に立とうとしている。それもあるが、感じる雰囲気、周りから潰されるかのような濃密な雰囲気。それを纏ったまま角谷は立ち、台の上に紙を広げる音をマイクに拾わせる。そして、もの言う。

 

 

 ここにいる、またはグラウンドにいる生徒諸君、船舶科の諸君、並びに教員の皆さん、そして配給場所で話を聞いていらっしゃる住民の皆さん、どうもこんにちは。大洗女子学園生徒会長、角谷杏です。




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