広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

国と国に友情なし。それは国と絡む組織にも通じる。


広西大洗奮闘記 42 最悪の状況

 11月6日、昼休みの終了まであと15分、

「どうも皆さんこんにちは。清く正しく皆様に情報をお届けする、大洗女子学園放送部の王大河でございます!」

そろそろ生徒会の者たちが昼食に向かおうとした頃、その音が彼女らの足を止めさせた。

「さて本日は皆さんご存知であろう、あの角谷会長の後を継ぐ次期生徒会長の選挙についてお伝え致します。

昨日から本格的な選挙戦が始まり、各候補による住人の皆さんへの必死のアピールが行われました。

我々放送部は昨日夕方より配給所での調査などによって現在の2候補者の支持率を纏めました。果たしてどちらが優勢なのか……」

太鼓と思われる音の間隔が時が経つにつれ短くなる。間が空いたのち、一際大きな音がスピーカーから鳴り響いた。

「峠候補が23%、赤峰候補が26%!3ポイント差をつけて赤峰候補がリードしています!

これについて今回の選挙管理委員長を務める岩城さんにお越し頂いております。岩城さん、どうご覧になりますか?」

「そうですね。まだまだ半数以上投票先を決めていない方がいらっしゃいますので断定は出来ませんが、今回の選挙はやはり角谷会長への評価が票の分かれ目だと思います。

確かに角谷会長は学園の廃校回避を勝ち取りましたが、これまでの若干強権的な運営への反発、また昨今の経済統制という状況に対する明確な説明が未だなされていないことへの不満など、現在の政権への不信は確かに存在します。

そこをいかに凌げるがが峠候補の勝利の鍵であり、そこをいかに深く突けるかが赤峰候補の勝利の鍵でしょう。」

「知名度による差はこちらの調査によりますと、若干赤峰候補の方が名が知られていたものの、大勢には影響ないようですね。」

「そうですね。赤峰候補の方が名が知られていますが、その評価が良いとは言えないため選挙戦への影響はほぼ無いと思われます。」

「なるほど、ありがとうございます。今後の両候補の活躍に期待しつつ、放送部としては随時選挙に関する情報を皆さんにお知らせしていきます。それでは、ごきげんよう!」

最後に音楽が流れ、スピーカーからの音は途絶えた。この放送部の女、やけにハイテンションであった、それを聞いていた生徒会の者たちの表情を強調するように。

「……3ポイント差、ですか。」

数秒の無音を挟んで、落ち着いた華の声が広がる。

「まさか逆転されているとは……」

「五十鈴さん。午後に緊急の会議を開きます。昼食後に会長室に集まるようホワイトボードに貼っといてください。」

「分かりました。机の用意は?」

「五十鈴さんの机、すみませんが一度寄せておいてください。時間は1時40分で。」

「では準備しておきます。」

小山は的確に指示を出すと、食事を早めにとろうとポケットを確かめてから部屋から去った。華は自身の机のものを少し下ろして前にずらし、生徒会長室のの中央を開ける。そこに緊急無線の置いてある奥の部屋に置いてある長机を一つづつ引っ張り出し、入り口に脚が引っかからないように机の裏側に身を入れながら生徒会長室に運び込む。その並べられた机の角をあわせるだけでここは会議室となる。

あとはホワイトボードに1340、緊急会議、生徒会長室にて、と書いた紙を貼り付けておけば大丈夫だろう。華は時計を確認する。1310、流石に無情な空腹を痛感し部屋の中に一声かけて食堂へ向かった。ウェストミンスターの鐘が背中を押す。

 

 時間通り生徒会の者一同が会した。

「この後会議や用がある人は?」

その最奥に腰掛ける小山が確認を取る。

「3時の配給準備開始まではないんじゃないですか?」

回る椅子に腰掛けながら生徒会の者たちが顔を見合わせるが、特に声をあげるものはいない。

「そうみたいですね。それじゃ、早速だけど会議を始めましょう。」

「議題はあれですか、昼休みの放送で流れていた……」

「そう、残念ですけど選挙の現状はどうやっても不利みたいです。」

「力及ばず、申し訳ございません……」

小山から見て左手、その二つ隣の場所にいて頭を下げている少女が峠である。黒眼鏡に肩にかかる黒髪という容姿だ。

「いや、峠のせいじゃない。この状況だからな。かといってこちらも向こうに言われっぱなしでいるわけにはいかない。何としても切り返さないと選挙戦中ずっと突かれてしまう。そうしたらこのまま負けだ。」

「かといって会長も帰って来てないのに情報を公開するなんて以ての外よ。しかも下手に公開したら選挙のためということが見え見えよ。やるべきじゃない。」

「学園艦の皆は知りませんが、現状は廃校よりも更に危機的状況です。峠さんは勝たせなくてはいけません。部分的情報公開も含め検討すべきです。」

「部分的情報公開よりも選挙の争点をずらすことを考えるべきよ。」

「相手が突いてきてて、更に住人の皆さんの生活に直結することなのに?」

「それでもやらなきゃ負ける。そして負けた事実が出来たら仮に今年中は現在の運営体制が続けられたとしても非難は免れない。」

生徒会の者たちは公開賛成と反対にはっきり分かれて論争が行われた。一人が声をあげれば、すぐさま他の者から反論が飛び出してくる。人数は半々、より若干反対寄りが優勢のようだ。

「それで、小山副会長はどの様に考えていらっしゃいますか?」

「……」

黙然としていた小山に、話が来た。

「……私は、会長が帰って来てない中情報を公開することには反対です。そもそも我々が情報を伏せているのは補給が得られるまで混乱を避けるため。そして、その相手は未だ得られていません。選挙に於いては、他の政策の実現性、という観点で押すべきだと思います。」

「……お言葉ですが副会長、」

その話の後、一人がが手を挙げた。その者は先程まで部分的情報公開に賛成していた丹波という者だ。

「どうしました、丹波さん?」

「副会長。残念ですが、我々はもう『最悪の状況』も考慮して行動せざるを得ないと思います。」

「最悪の状況?」

「……角谷会長が、戻っていらっしゃらない可能性です。」

「不謹慎なことを言わないで!」

 席から立ち上がり、その者の目を見据えて怒鳴りかける小山の姿がここにはあった。

「会長がそのようなことになる訳が」

「ないと誰が保証しているのですか?」

「……」

「我々が為すべきは学園艦の安寧。リーダーとはいえど一人の学生の為にそれを見誤るべきではありません。

既に会長が出発されて12日、我々に残された時間も満足にあるとは言えません。保険の意味も兼ねて手は打つべきです。」

「手を打つって、何をするんだ?」

その者の隣の者が問う。

「他の国との交渉を模索するべきです。」

「フィリピンとかか?」

「他にはオランダ、タイなどですね。この期間帰って来ないとなると余程交渉が長期化しているかそれとも捕らえられたり遭難しているかの2択しか考えられません。

無論後者でないことを願いますが、流石に香港一つに頼る訳にはいかないと思います。」

「学園艦のエンジンは?」

「2度出発したり下手な加速減速は効かないそうです。農業科、水産科による食糧増産も肥料も飼料も十分に無い状況では上手くいきません。手を打った上で情報を本質を避けた上で公開し、不満を逸らし選挙の勝利を狙うのが妥当かと思います。」

「……輸送船は会長が利用なさっているものの他には?」

「確か一隻修理中のものがあったはずです。手はずが整うまでに応急修理させれば使えるかもしれません。」

「……分かりました。検討はしましょう。その点、船舶科に確認を取ってください。あとは情報公開は公開する範囲を定めてください。それをしっかり決定可能ならば実行しましょう。住人の皆さんの不満をそらせるならば損はありません。」

「しかし、それが一部であると思われると下手に不信を煽るかも……」

「その内容の整合性も含めてです。確かに時間がありません。早急に取り掛かりましょう。あと、対象国家の選定も。」

「期限はいつに?」

「そうですね……流石にすぐにとは言えませんが、10日には選定が出来ていて、12日には出航しておきたいですね。ここから移動することは会長が帰ってくる可能性がある以上避けるべきですし、そうすると対象国への距離がこれまでよりも伸びますから。」

「担当は?」

「そうですね。では丹波さんを中心に三崎さん、流山さんで案を練ってください。」

「お言葉に添えるよう努めます。」

丹波や指名された生徒会の二人もそれを引き受けた。その場の者に確認を取るが反発はない。かくしてこの会議は円満に終了した。時間も配給準備が始まる時間に近い。

 会長は帰って来るのだ。

 帰って来るのだ。

 




次回予告

これも隊長の責務です!

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