戦車道の練習、やります!
人によってはブルーの頭文字のつく日が来た。午前の授業を受け終えた者の殆どは食堂で手を加えられた配給を口にする。しかしその流れの中にあって一人、その髪がもさもさな少女は部屋で向かいにいる人間に頭を下げていた。
「……本当に申し訳ないであります。」
「……」
「カバさんチームの皆さんは一切協力する気はない、の一点張りで交渉の余地も無く……不甲斐ない結果になってしまいました。」
「……まぁ予想はしていましたが、全員ダメでしたか……」
「はい……」
ゴモヨは両腕を組んで真一文字に結んだ口から低い音波のようなものを発する。
「……最悪でも敵対関係にはなって欲しくは無いのよね。」
「敵対関係ですか。」
「そこお願い出来るかしら。つまり、学園艦の運営に関わる事への不介入、といったところね。」
「ですがそれですと今日から始まった選挙もそれに加えられてしまうのでは?」
「……言葉選びって難しいわね。じゃあ戦車を利用した学園艦の運営に関わる事への不介入、ならどうかしら。無論練習は入らないわよ。」
「了解であります。ではカバさんチームの皆さんにはそのように伝えておきます。」
「この後に?」
「そうですね……それが丁度いいかと。」
「それじゃあ今後はヤボクの指示で動いて貰うことになるから、放課後来てくれる?」
「了解であります。ではこの後、よろしくお願いするであります。」
「一緒に頑張りましょう。」
「それでは失礼します。」
優花里は入り口の前で敬礼した後腹でも減っていたのか早々に去っていってしまった。学生の本分の勉学は頭を使う、即ちエネルギーをそこそこ消費するのだ。それなのに食糧が足りなければそう行動するのももっともだ。
「ヤボク。」
「なんすか、委員長?」
「話は聞いていたわね。」
「これから秋山さんがウチの下に入るってことっすよね。」
「そう。それで彼女の配置先だけど……」
「分かってますって。計画とは一番関係ない場所に配置する予定っす。」
「何処よそれ?」
「生徒会の監視任務っす。前にそんな情報を拾ってきてくれたし妥当かなと。」
「なるほど、確かに関係ないわね。専任にでもして釘付けにしておきなさい。」
「了解っす。じゃあ昼飯行ってくるっす。」
さらにヤボクも部屋を駆け出していった。
「カナン。」
「お呼びでしょうか、委員長。」
「本丸攻略はどうなってる?」
「一応明日の予定ですが……本当にこのまま実行なさるのですか?」
「どういうこと?胡瓜に彼女が居て損はないと思うけど、権威的に。」
「相手と生徒会の関係は以前よりは確実に改善しています。もしかしたら情報が相手経由で流れる可能性も……」
「……確かに、口を封じる訳にはいかないから……」
「やはりIII突の者たちと同様に扱うのが一番心配ないと思います。」
「……確かに、3人、下手したら2人で動かして貰うのは無理があるわね……分かったわ。計画は変更。本丸には中立を求めなさい。でも感触があまりに良かったら頼んでみなさい。そこの判断は担当に任せるわ。」
「謹んでお受けします。」
「では、私も昼食を頂きましょうか。」
彼女はこの後の食事と戦車道も楽しみではあるが、それよりも明日に予定されているあるものがさらに楽しみであった。
「行ってきてください。」
「……えっ?」
仕事に区切りをつけ、右腕で支えながら左腕を伸ばす華の左脇から小山の顔が現れた。
「行くって、何処にですか?」
「この後にある事といったら?」
「……まさか戦車道ですか?」
「そのまさかです。」
「……確かに仕事はひと段落つきましたが、私は短期休学で休んでいる身。流石に本日の戦車道だけに出席する訳には……」
「大丈夫です。そこら辺はこちらで何とかなります。」
「それと皆さんが働いていらっしゃるのに私だけ抜ける訳には……」
「生徒会には一人抜けた穴を埋められないような人材はいません。仕事も兼ねて行ってきてください。」
「仕事、というと風紀委員の最主力を通じて風紀委員の動向を掴めと。」
「それもありますが、他に生徒会に反対する流れがないか見てきてください。」
「戦車道の中でですか?」
「はい。私も今回の件を受けて、風紀委員との付き合いは情報入手経路が明かされるまで表面上まで縮小しようかと思っています。ですが、この先風紀委員に圧力をかけるような事態になった場合に戦車道の人たちには靡いて欲しくないのです。」
「……それで私の姿を見せた上での反応からその傾向を見せる人を見つけると。」
「はい。」
「そういうことなら分かりました。昼食、一足先に貰ってもよろしいですか?」
「ええ、勿論。」
「……それで重点的に見る人はいますか?」
「風紀委員の二人はそうとして……あとは冷泉さんに聞いた方が早いと思います。」
「なるほど、それはそうですね。それと昨日の件の礼を言わなくては。」
「そうですね。あれがなかったら不安だけが悪戯につのるばかりだったでしょう。生徒会を代表してお願いします。」
「分かりました。では、昼食を頂く旨を担当に伝えてきます。」
「よろしいお願いします。」
古来の伝統文化には、人の心が現れるものがあるらしい。茶の味だとか花の生け方、陶器の形、果ては竹刀の振るいかたにまで心の乱れというものを、その道の達人は感じ取れるそうだ。
西住みほは概要をおぼろげながら感じ取っていた。これは小さい頃から戦車と共に過ごしてきたみほだからこそ分かるものだ。練習当初は妙な違和感程度だと考えたが、どうしてもそう片付けられないものだった。
まずは車長としてである。
全員、いや沙織さんを除いてだが、どうも皆反応が遅い。配給の所為かとも思ったが、彼女らも配給一回分を食堂で食べてきたばかりだ。そうとは思えない。久々に会った華さんの砲撃の腕も休んでいただけとは思えないほど落ちている。比較すれば申し訳ないが河嶋先輩よりかは辛うじてマシというくらいだ。自転車に乗れた人間が久々に乗って乗れなくなることが無いように、6ヶ月は続けたであろうシュトリヒ計算はそうそう抜けるものではない。
そして誰よりも落ち着きを見せなかったのは優花里さんだ。決勝で移動中の高速装填を見せたとは思えないほど気が散っている。一声掛けねば安全装置に指を挟みかねない有り様だった。
今回はツチヤさんからの要求で試合形式を取り入れなかったが、これで心底良かったと思える。確実に我々あんこうは敗北していただろうから。
そして隊長としてでもある。
2週間ぶりの練習だ。皆熱心に臨み練習出来なかった分を早々に取り戻すかと思ったがそうでもなかった。その傾向が見られなかったのは車輌としてはウサギさんチームとアリクイさんチームだけだ。
アヒルさん、カモさんチームは以前とは比較にならないほど腕が落ちていて、カバさんチームは腕は落ちていないがエルヴィンさんからの反応が明らかに悪い。何か確実にあったのだろうが誰一人それには答えなかった。この先試合が予定されていないだけマシだろう。
「西住隊長。」
「あ、澤さん。どうしました?」
「大丈夫ですか?随分考えていらっしゃったようですが。」
「いえ、大丈夫です。それで、何か相談ですか?」
「相談というか……今日の皆さん、どうしてしまったんでしょう……」
「……分かりません。風紀委員の方は想像がつきますが、他は……ウサギさんチームは何か気になることはありましたか?」
「うちのチームの中にはないです。ですが、特にアヒルさんチームが気になります。」
「……ウサギさんチームの中で何か気になることがあったら教えてください。」
「分かりました。」
澤はチームの仲間のところに引き返した。何かある。みほが生徒会に任せるべきだと目を逸らし続けていたことの影響が戦車道の道具や予算だけではなく仲間にまで露骨に現れた。
西を向いていた学園艦、沙織から聞いた麻子の言っていた話、この季節に合わない気候、そして日本に寄港出来ていないこと、そしてそろそろ配給が開始されて一月となる日が近づいていること。配給の量からしてまだ余力はあると思われるが、どれほどかは分からない。何か出来ることはないか、いややらねば。
何が出来るかは分からない。しかし、何かしら行動を起こさなくてはならない。それが恩義あるこの学園に対する、せめてもの恩返しなのではないか。本気でみほはそう考え始めていた。
倉庫に戻ると、あんこうチームの面々が居るはずの場所には、沙織だけが待っていた。
「あれ?華さんとかは?」
「華は生徒会、ゆかりんと麻子も用事があるって先に行っちゃった。」
「華さんは分かるけど、麻子さんと優花里さんも?」
「そう。」
「……用事、か。」
「まぁ麻子は生徒会じゃない?ゆかりんは分かんないけど。」
「……」
「みぽりん、どうしたの?」
「……沙織さん、一つ相談があるんだけど、いいかな?」
「なになに?恋愛ごと……では絶対なさそうだけど。」
次回予告
一対十数