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華は指定された家に食糧を配って回っていた。だが10軒に配給する分の食糧を積みながら自転車で走るのは、見た目以上に力持ちである華でなければ難しいだろう。配れば減っていくものの、初めは厳しい。
「えっと、次のお宅は…麻子さん家ですね。」
それが何とか2軒まで減らし、名簿で次に載っていたのは麻子の名だった。それは今の場所からほど近い。
「麻子さんの家って結構大きいんですよね。何で寮在住ではないんでしょう?」
疑問に思ったが構わずペダルを漕ぐ。間も無く華は麻子の家の前で自転車を止めた。呼び鈴を鳴らすと、まだ制服姿の麻子が扉から出てきた。
「五十鈴さん。」
「麻子さん、今朝の配給の取りにいらっしゃらなかった分の一部を渡しにきました。」
「ああ、すまない。」
「いえいえ、これが私の仕事ですから。」
麻子に食糧の入った袋を手渡すと、麻子は両手でそれを受け取った。
「麻子さんの配給は向こうの集会所で受け取れます。今後は受け取れない毎には来れなくなってしまうので取りに来てくださいね。」
「……努力する。」
「ではこれで失礼します。」
「待ってくれ。」
再び自転車にまたがり、最後の1軒を配りに行こうとした華を麻子が呼び止めた。華は動作を一旦止め、視線をそちらに向ける。
「……授業出てないが、大丈夫か?」
「……宜しければ教えて頂けますか?」
「倹約体制が終わったら来てくれ。沙織と一緒に教える。」
華は一瞬顔を曇らせたが、麻子は気づいた素振りを見せていない。
「……では。」
「生徒会忙しそうだが、身体には気をつけてな。また戦車道やろう。」
「……是非。」
珍しく麻子が積極的に声を掛けるが、華の様子は変わらず、逃げるように顔を背け自転車で去っていった。
「……なんか変だな。」
麻子はその背中が角を曲がるまで見送った。彼女はその背中が消えた後、少し頭を悩ませながら家に戻っていった。
「……そういえば、夕方の配給そろそろだな。集会所だっけ?行かなきゃな。」
祈りを終えた角谷の頭に、またあの電子音が響く。隣に行って無線機をとると、先程とは異なる声が聞こえてきた。
「角谷会長、船舶科の井上です。」
「今度は井上ちゃんに変わったのか。如何したの?」
「長坂さんに頼んでいらした話が纏まったのでご報告をと。」
「……それで?」
喉が全力で鳴らされる。
「現在の減退中の稼働状況では沖縄までしか行けません。一応北ならロシア領まで行けるかどうか……」
「……そう。」
「ですが、"あれ"の使用許可さえ頂ければ距離を伸ばせます。」
「あれ?ああ、あれかぁ……あれねぇ……国から使用禁止を指示されているんだよねー。」
「ですが、ここが本当に過去なら、国もへったくれもなく少しでも助かる道を選ぶのが良いのでは?何せ貴女は国の決定に逆らった方でしょう?」
「しかもさぁ、あれ何年も動かしてないじゃん。動くの?」
「……調べてみます。が、今までの点検記録では異常は見られません。」
「動かしてから事故が起こったらシャレにならないからね。しっかり頼むよ。いつ頃稼働出来るか分かる?」
「恐らく明後日には分かるかと思います。では安全の確認が取れ次第ご連絡します。失礼します。」
「りょーかい。」
無線は切られた。日本で今まで事故を起こしたことのある"あれ"を動かして良いのか。ここは洋上。逃げ場はない。事故を起こしたら終いだ。
「ロシア、か。」
現在最も有力な候補はロシア、ソビエト連邦だろう。あれだけ大きな国なら我々を受け入れる余裕があるかもしれない。距離も何とかなる。考えるのが普通だろう。
「取り敢えず2人が帰ってくるまで待つか。」
しかしこれは船の進路と運命を決める重要な事だ。独断では決められない。事情を知っている2人には伝えなくてはならない。こんな時にケータイが使えたらと鬱陶しく思うが仕方がない。
角谷は干し芋を摘みながら行くべきか、それとも無理にでもあれを稼働させるか、考え続けた。
彼女は優等生、無論ソビエトに関する基礎的な知識は持ち合わせている。この頃ならスターリン独裁体制が確立されているだろう。我々は恐らく未来の知識を与え労働力を提供しつつ、何処かに停泊するのだろう。
「そういえば、あの時もロシア領だったっけ?」
角谷はふと全国大会の準決勝を思い出す。北緯50度付近で行われた準決勝だ。夏に行われたはずなのに大雪だった事が思い出される。ルーレットで決めるのは面白いが、色々と面倒だった。移動とか方向指示とか移動とか、今はそんなのが些細に思えてくるが。
「あんこう踊り……ねぇ。」
みほがいきなり踊りだしたあんこう踊りを思い出して噴き出すように笑う。人間は昔から物事を決断した時には踊る、という。桶狭間の前の信長などの様に。
その決断をさせた当人にまた決断させた私は、さらに彼女に決断を迫るかもしれない。秘密は、何時までもつだろうか。今からは未来、元々の世界からすれば過去に不安のある内に広めたくはない。
「早く何とかしたいねぇ……」
口からその言葉を漏れださせると、角谷はもう1枚干し芋を摘んだ。
長針がゼロの時に短針と直線を作り、それから大分過ぎた頃、小山がやつれた顔で生徒会室に戻ってきた。先に戻った華は机で業務をこなしている。外は真っ暗で街灯の灯りも薄い。
「おっ、小山お疲れー。」
「……あっ、会長。」
体を前傾姿勢にし、黒い影を背負っている。
「……小山さん、とても疲れていらっしゃるご様子ですが。」
「いや…ちょっと配給を貰いに来たお爺さんに問い詰められちゃったもので。」
「ほう。」
「どうしてこんなに補給船の停止が長引いとるのだ、と。学園艦の皆さん、結構不満溜まっているみたいですよ。」
「……3日目でか……」
角谷は持っていた干し芋を袋を伏せ、難しそうな顔をする。
「それがこの先高まっていくのかと思うと不安で……」
「ですよね……残念ですが日本に頼らざるを得ないのでは?」
「ああそうだ。それで思い出した。」
伏せ気味だった顔を角谷が急に上げた。
「?何をですか?」
「何処までいけるか、って話。」
「稼働状況のことですか。」
「そうそう。それがね、船舶科曰く現状の劣化中のエンジンだとここから沖縄までしか行けないって、北に行けばなんとかソ連領まで行けるらしい。」
「ソビエト連邦ですか……」
「でもね、"あれ"を使えればもっと距離を延ばせるらしい。今安全を確認させてる。」
「あれ……ですか。使えるのでしょうか?」
「今までの定期点検では問題ないとは言っていたけどねえ。」
「あのー、すみません。」
華がおずおずと手を挙げた。
「如何したの、五十鈴ちゃん。」
「あれ、って何ですか?」
「ああそうか。五十鈴ちゃんは知らなかったんだね。この学園艦に原子力エンジンが搭載されているのは知っているだろう?」
「ええ、勿論。」
「その他にもう一つ、大規模な装置が搭載されているのさ。その名も大洗使用済み燃料再処理施設。」
「そ、そんなものが学園艦に!六ヶ所村とかで失敗しているにも関わらずですか!」
「まあね。昔のお偉いさんが試験的に建設したものみたいだけど。」
「……それは、使えるんですか?」
「今までに1度だけ使用されたけど、その時は問題なかったらしい。でもそれが20年以上前だから今回使えるかは明後日報告されるよ。
我々が決めなくちゃいけないのは、使える場合は使うか、使う場合の目標はどこか、また使えないとしたらソ連か日本、どちらを頼るべきか。これを決めておきたいのさ。」
「どちらから話し合いましょうか?」
「んじゃあ、使えなかった時から。」
「つまりソ連が日本か、ですよね。私は今の学園艦の皆さんの不満を考えますと無理にでも日本から援助が貰えるようになるべきでは?」
「この前の条件だと私達破産しかねないけどそれでもかい?」
「それでも、です。」
角谷の問い掛けに華は正面からしっかり頷いた。
「私もそうするべきだと思います。」
「小山もかい。それはまた何故?」
「この時のソ連の現状は悲惨です。五カ年計画によって得た工業力と引き換えに、農業の集団化によって多くの餓死者を出しています。そんな国が私達に食糧を提供してくれるとは思えません。」
「なるほどねぇ。それじゃ、2人もそう言っている事だし、無理な時は何とか日本に頼み込もう。」
「はい。それで、問題なく動かせそうな時はどうしますか?」
「まず同様の理由でソ連はないとして、日本か他国を信じるか。距離は食糧の事も考えると恐らくベトナム、フィリピンまでなら範囲に入るだろうね。さすがにオーストラリア、インドネシアまでは無理だろうけど。」
「その途中にある国と言いますと、中国、でしょうか?」
「あとはこの時まだ香港はイギリス領だし、マカオもポルトガル領だよ。」
「ベトナムもフランス領だったと思います。あとフィリピンもアメリカ領でしたか?」
「えっと、確か実質的な独立国だったはずです。」
「んじゃ、その5カ国が日本よりまともな要求を呑んでくれるか、だね。」
「中国なら呑んでくれるのでは?あの国の経済規模を考えれば日本ほどひどい要求は出さないと思いますが。」
「この当時の中国は日本より経済規模は劣っていますし、国民党は共産党との戦いの真っ最中です。我々に支援が出来るかは微妙かと思います。妥当なのはイギリスでは?」
「ほう、それはまたどうして?」
角谷が軽く首を傾げながら小山の方を向く。
「我々を日本から逃げてきた者たちと思わせれば我々は日本の中国進出に対する圧力となり得ると思わせられます。そうすればそう重くない条件で受け入れてくれるのでは?」
「それは日英間の対立を煽らないかい?それに香港はイギリス本土から遠い。本当に私達を守ってくれるかな?」
「日英関係は満州国問題などですでに悪いので大丈夫かと思います。守ってくれるかと言われると……断言はできません。これはフランスも同様かと。」
小山は顔を曇らせる。やはり、全てを満たせる国など無いのだ。
「……まあ、日本よりマシな条件で受け入れてくれる場所が南にありそうだというのはわかった。あとはこれも交渉次第だね。取り敢えず施設が動かせるなら沖縄の方に進路を取ろう。それで順に交渉していこう。」
「分かりました。」
「とにかく、まずは安全性が優先だ。それが確約できない限り、南には向かわない。」
「はい。」
「それでは、明日に向け仕事しましょう。」
小山と華は疲れを隠しながら、再び書類の山との格闘を始めた。南に向かうならばこの体制をかなり長期化させる事になる。厳しい戦いになる事は分かっていた。
しかし彼女らは大洗を、この学園艦を愛するが故に自らその責務を買って出たのだ。
この決定がこの世界をパラレルワールドとして現実から大きな変化を生じさせたとは3人は気づくはずもなかった。
その日の夜、そこには武部沙織、冷泉麻子、秋山優花里とこの部屋の持ち主である西住みほがいた。明日が10月11日の体育の日で祝日である事もあり、沙織の提案でみほの部屋で夕食をとろうという事になった。あんこうチームのものはそれに賛成し、現在に至る。
「じゃーん!」
眼鏡をかけエプロンを着た沙織が大皿を持ってちゃぶ台の方に来た。
「おおー。すごく美味しそうであります!」
「ん……」
「わぁー!」
麻子は眠そうだが少しほおを緩ませ、他の2人は目を輝かせている。そこには美味しそうな香りを漂わせる回鍋肉がそこにはあった。といっても本物ではない。何せ肉が入ってないのだから、まあ中華風野菜炒めというのが妥当だろうか。
「まさかあの配給の真空パック入りの刻み野菜がこんなになるなんて!」
「ふっふっふっ、私の手にかかればこのくらいすぐできるわよ!男の子にモテるには回鍋肉だからね!」
「沙織前に『男の子にモテるには肉じゃが』って言ってなかったか?」
自慢げな顔の沙織に麻子が躊躇なく突っ込む。
「ぐっ……だ、だって今月号の雑誌にはそう書いてあったもん!」
「……その雑誌信頼できるでありますか?」
優花里も麻子の側に回った。
「ま、まぁ、冷めないうちに早く食べよ。」
「そうでありますな。ご飯も炊けたでありますし。」
「だな。沙織の棒みたいな話はご飯食べながらでも聞ける。」
「ちょっと麻子!それどういう意味よ!」
みほがなんだかんだでその場を纏めて、ご飯と取り分けられた野菜炒めが並んだのち、4人は手を合わせた。
「いただきまーす!」
元気な声とともに4人の箸は真っ直ぐに野菜炒めへと向かう。口に入れた途端ピリッとくる辛さと程よい甘じょっぱさ、歯ごたえのいい野菜が彼女達を唸らせる。
「んん〜。美味しい!」
「……美味いな。」
「武部殿、流石であります!」
「そうでしょ〜。やはりモテるにはこれなんだよ!」
「それは関係ない。」
「そんなことないもん!」
「あはは。」
いつも通りの仲の良い時間が彼女らを包んでいた。たわいもない時間、これが彼女らの至福の時であった。
「それにしてもさあ、配給って量少くない?1回の配給が1食分もない気がするんだけど。1月分備蓄あるんでしょう?」
「備蓄全部を使い切るわけでもないと思うでありますよ。」
「もうちょっと出してくれても良いのに。」
沙織が口を尖らせた。
「華さん……居ないんだね。」
みほが思い出したように口を挟み、他の3人の顔にも影がさす。
「学校の授業にも出てないし、華大丈夫かなぁ。」
「心配であります。」
「五十鈴さんならここ来る前に来たぞ。」
麻子のその一言に3人は素早く食いついた。
「えっ!で、どうだった!」
「いや、朝の配給貰わなかったから今後の注意も兼ねて来てくれたんだが、なんか暗かったな。倹約体制終わったら勉強教えるって言ったんだが。」
「やはり生徒会の仕事で疲れてらっしゃるのでありますか?」
「でもさ、私の部屋華の部屋に近いじゃん。華ね、どうやら部屋に帰ってないみたいなんだよね。」
「どういうこと?」
「学校で寝泊まりしているみたいなのよ。」
「そこまででありますか!」
「沙織が帰ったあとに帰って、朝早く出て行ってるんじゃないか?」
「物音も聞かないんだけどねぇ。」
沙織が頭を悩ませながら、4人は華を気遣う。この時、みほの頭に1つのズレが生じた。
「……そういえばさ、もう倹約体制入ってから3日経つのに、まだ補給のアテがないのかな?」
「島の補給港が使えない、という話でしたでありますが?」
「3日も移動したら他の港から受けられるんじゃない?」
「ああー、確かに。」
3人は納得したように頭を上下に振る。
「学園艦、どちらに向かってたっけ?」
「えっと……」
優花里がカバンを漁り、コンパスを取り出し、それを眺める。するとすぐに、優花里の顔がみるみる変わっていった。
「ど、どうしたの?優花里さん。」
「に、西住殿!艦首の方はどちらでありますか!」
「ゆかりん、どうしたの?」
急に慌て出す優花里に皆はついて行けていない。
「えっと……こっちかな?」
みほがボコの飾られた棚の方を指差す。優花里ははっきりと唾を飲み込んだ。
「間違いありません。学園艦は、西に向かっています。」
「西?」
「おかしいな。」
麻子が箸を置き、首をひねる。
「何が?」
「この学園艦は伊豆諸島の近くにいたんだろう?それで一番近い港が使えない今、できるだけ早く補給を受けられるには、どっちに行くといい?」
「北?でもそれに行くために少し進路を変えているだけかもしれないよ?」
「伊豆諸島の東の沖に北進するのに邪魔になる島はない。真っ先に北に向かうのが普通だ。最悪でも西に向かう必要はない。」
「……麻子さん、つまりどういうこと?」
「生徒会、もしくは船舶科の者たちが補給を受けようとしてない可能性がある、ということだ。受ける気ならば真っ先に来たの本土の方に向かうはず。」
「……何よそれ……」
「でも、生徒会も船舶科の人も補給を受けないで何も得がないと思うけど……」
「わからん。でも、何かある。廃校の時のように生徒会の人達が何か隠しているのかもな。」
麻子の予想を聞いて部屋の空気までも青ざめていく。
「……生徒会の方々が何かを隠すのはそれが明らかにできないほどとても重要な問題か、確定していないことでありますかな?」
「生徒会ならそうだろう。だがこれはあくまで私の予想だ。まだ何かを隠していると決まったわけじゃない。しかも隠しているとしたらそれ程知られたくないということだ。何か考えがあるに違いない。」
「気になるけど……明らかにしないほうがいいと。」
「まあそういうことだな。」
「……」
「と、とにかく早くご飯食べてしまいましょう!冷めてるでありますよ。」
「そ、そうだね。」
彼女らは無言でそれらに箸をつけた。しかしそれの味は先程ほど美味くなかった。
食事の後入り口までの3人の見送りをしたみほは部屋に戻って机に向かう。しかし先程起こった謎が彼女の集中を削ぐ。
彼女は鍵を手に入れてしまった気がした。そしてその鍵がパンドラの箱の鍵だと思わずにはいられなかった。
溢れ出そうとする好奇心を抑えようと、彼女はその日は早めに床についた。
「……あれから4日か。」
辻は頭の後ろで手を組みながら後ろにもたれかかっている。世間は蜂の巣をつついたような騒ぎだか、この学園艦教育局局長室にはそれとは真逆の空気が詰まっていた。何せ大学選抜と戦った8つの学園艦がいきなりこの世から姿を消したのである。
現在も海上保安庁による必死の捜索が行われているが全く手がかりがなく、学園艦教育局にも疑いはかけられたが明らかにされるはずもなく、ただいたずらに時間が過ぎるだけだった。
雑誌などでは補給船の乗員の「見えていた学園艦が急にいなくなった。」とかいう証言が載せられているが世間では相手にされていない。
むしろこちらとしてはその方が嬉しい。まあ「パラレルワールドに吹っ飛んだ。」などといきなり言われて信じてしまう奴もどうかと思うが。
「辻くん。」
「あ、高谷さん。」
その部屋に明るく右手を掲げながら上司の高谷が入ってきた。
「仕事はどうだね。」
「万々歳です。政府もこの一週間の間に学園艦発見の兆しがなければ予算は削る他ないと言ってましたし、お陰で大洗とその他の学園艦にかける分の予算は浮きましたよ。」
「それは結構!でも君の管理責任は問われないのかい?」
「局長室にひたすら篭っていた私が沖縄から北海道までの学園艦の管理をしろと?それに今の様子だと牟田口文部科学大臣が責任を取ってくださりそうですし。」
「あのビフテキ好きか。ちょうどいいな。あいつの女好きと仕事の適当さにはウンザリしてたんだ。」
高谷が吐きすてるように呟く。
「これが中間管理職の特権ってやつですよ。」
「流石だな。」
「それで、ご用件は?」
「ああ、そうそう。今回の『バミューダ』に関わった研究者についてなんだが、このままにしとくかね?」
「そのままでいいのではないでしょうか?」
「何故だね。今回の内容話される可能性があるぞ。」
「話してどうなります?」
「それは、メディアとかを通じて世論に……」
「それを国民が信じると思います?」
「!」
「パラレルワールドに行く機械、SFじみたそんな物を作れるなんて誰が信じます?」
「確かにそうだが、公開実験とかして存在を証明したら……」
「誰かを送って、その人がパラレルワールドに行ったなんてどうやって証明するんです?ただ消えて戻ってきた、それだけでパラレルワールドの存在は証明されません。話すことも嘘だと言われればそれまでですし。」
「……なるほど、恐れ入った。君の思考には敵わんよ。」
高谷は両手を挙げて息を深く吐く。
「まぁ、でも少しは何かやっとくべきでしょうね。」
窓の方に周りながら辻は顎の下に指を置く。
「どんな事だい?」
「口封じまではしなくてもいいから……あの機械を秘密裏に文科省管轄にするとか。」
「なるほど、あれほどの機械、何処からか援助がなければ作れるものではない。そしてそんな物にカネをかけるところなんてない。確かに回収してしまうのが妥当だな。」
「それに使える人間が居なくなるとそれもそれで面倒ですし。」
「確かにな。それではそのように取り計らおう。」
「すみません、その類はお願いします。」
「無論だ、任せろ。ではな。」
「では。」
その後すぐにその機械は極秘に文科省の管轄となった。研究者が1人残らず文科省に引き抜かれたのは言うまでもない。