ほのぼの回?
日曜日は最高だ。前日に明日も日が高く昇るまで眠れると考えるだけで心が躍る、起きて針を見た時10時を回っているのを見るのはもう堪らない、とこのように考えられていたのはつい2週間前までのこと。そうも言ってられなくなったのが2週間前より後だ。そしてその頃から休日の2度寝が増えた。
理由は簡単だ。朝に配給を貰って帰って来たら寝るからだ。そうしないと食糧が足りずに餓死してしまいかねないから、たとえ朝死にかけていても起きねばならないゆえ致し方ない。学校に行く頻度はその為か若干増えた。学校に行く頻度、であるが。そして起きたら本を読むなり教科書見るなり中国語を勉強したり、というのがこの冷泉麻子の休日の過ごし方である。
この日もそのはずだった。朝の8時の配給を受け取り、冷蔵庫に詰めて、その日は朝から腹が減っていたので適当に火を通して食べる。どうせ腹が満たされたら寝るだろうと思いつつ皿によそい適当に摘む。寝ぼけて味をつけ忘れたことを食べてから理解し、近くにあった塩をぱっとかけ、また口に運ぶ。そしてそれらが皿の上から消えたことを薄らと見て、皿を水に漬けて口を拭き、寝床へ一歩ずつ近づいていく。
そのまま寝床に突入し、布団と融合して意識を飛ばそうとしていたが、結局このあと暫く麻子はそうすることは出来なかった。というのも10時前であったその時に家の中をチャイムの音が響き渡ったからだ。1935年に宅急便が来るわけなかろうがと思いつつ融合を何とか解き、窓から顔を出す。
「はい?」
「あ、麻子起きてる。」
「ああ。沙織と、西住さんか。」
「おはよう、麻子さん。」
門の向こうにいたのは沙織とみほの二人だ。二人とも制服を着ている。
「今日日曜日だぞ。こんな朝早くにどうした?」
「朝早く、って10時だよ、麻子。配給取りに行ったの?」
「それは行ったぞ。それで何の用だ?」
「いや、明日久しぶりに戦車道だから、学校に行ってIV号の掃除でもやろうかなぁと。」
「今日これからか?」
「そう。来る?」
「……行くとしても着替えて行くから遅くなるが、それでも良いか?」
「うん。じゃあ倉庫の前で待ってるね。」
こうして麻子の神聖なる2度寝の時間は消失した。麻子は朝出かけた時の服から制服にゆっくりと着替え、髪にカチューシャを嵌めて整える。それを終えると歯を磨き着替えを携え靴を履いて家の中から引きずり出される。
しかし会長からこの職務を受けた以上やらない訳にはいかない。五十鈴さんはこれよりも遥かにきつい仕事を受け持っている。私もサボる訳にはいかない。それにしても案外暖かい。長袖の制服だと下手せずとも汗をかきそうな程だ。
何時もはいる風紀委員も居ない校門を抜けて二人が先に着いているであろうレンガ倉庫へ足を運ぶ。入り口にたどり着こうとするとその前でその二人が中に入っていない。
「どうした?」
「あ、麻子きた。案外早かったね。」
「麻子さん。実は倉庫の鍵が開いてなくて……」
「まぁ練習無い日だからそうだろうな。でも鍵なら西住さん場所知ってるんじゃないのか?」
「知ってはいるんだけど……」
「?」
「生徒会室だから今の状況考えるとちょっと入り辛くて……」
「成る程。じゃあ私が行ってくる。」
麻子は二人の前をそう言いながら通り過ぎていった。
「あ、私たちも」
その背中を追おうとした沙織を、みほの手が押し留める。
「みぽりん?」
「……」
成る程、確かにこれでは入り辛いのも仕方ない。パソコンを叩く音以外に奥から激しく言い合っているのが耳に入るからだ。私ですら入り辛い。が、躊躇ってもいられない。2度のノックの後、一人の生徒会の者が姿を見せた。
「2年I科A組、冷泉麻子だ。」
「冷泉さんですか。本日は?」
「戦車の清掃の為に戦車道の倉庫の鍵を借りて、ついでに話をしたかったんだが……」
「今副会長は幹部を集めて会議を開いているので厳しいですね。あ、鍵です。」
「ありがとう。それで何の会議なんだ?」
「そうですね、私は下っぱなので詳しくは分かりませんが、どうやらそろそろ配給を始めて一月経つのでそれを受けた今後の対応などと聞いています。ですが先程から聞こえてくる話からすると、風紀委員に関することみたいですね。」
「なるほど、それじゃあ後でまた鍵を返しにくる。倉庫の前にいる。」
「分かりました。何かありましたらこちらからお伝えします。」
その者の礼に見送られた麻子は倉庫の前に着くと倉庫の鍵を握って鍵を回し、久々に戦車の前に姿を見せる。
「じゃあ、早速始めよっか!」
奥から早々にモップを3本持ってきた沙織からそれのうちの一つを受け取ると、3人とも用意した服に変えて戦車を磨きだす。
「戦車外に出さなくていいのか?」
「流石にエンジン回す訳にはいかないよ。」
「じゃあ他にかからないように注意しなきゃね。」
その為か沙織はホースを持ち出さずにモップとバケツ一つだけにしたようだ。鉄と繊維の水を潤滑剤とした摩擦音だけが三つの音源から反響する。麻子は用がなければ話すことは無い。だがその用を二人は生まないので一つ気になることを口にした。
「秋山さん、呼んでないのか?」
「ゆかりんなら朝呼びに行ったんだけど、なんか勉強しなきゃいけないから無理だって。」
「珍しいな。秋山さん、久々に戦車を見れると聞いたら勉強なんて放っぽり出して来ると思ったが。」
「試験の成績悪くて出られないのかもね。」
「そこまで厳しそうな親御さんとは思えんがな。そうだとしたらあそこまでのコレクションは揃えられない気がする。」
「……どうなんだろうね。」
また音源は三つに減る。だが、ここに来た事情からしてもこれで終わる訳にはいかない。風紀委員に関して、だと恐らく何も無いだろう。今学園艦の住民は大半が風紀委員を恐怖の象徴として捉えているだろうから。学園艦の今後、それに関わってきそうなテーマであまり二人の気分を害しそうではないもの。配給はやめた方が無難だろうから、一つしかない。
「そういえば明日から会長の後任の選挙だが、誰が出るかって知ってるか?」
「選挙?」
「そういえばそんなのあったねー。」
「私よりかはそういう話とか聞いてると思うが……」
「確かバスケ部の赤峰さんって人が出るって話を聞いた気がするな。」
「II科のか?」
「そうそう。ただ本人の口からは聞いてないからどうとも言えないけどね。」
「確か、赤峰さんって結構真面目な人だって聞いたことがあるけど。」
「そうそう。真面目なだけにバスケ部の中でも外でも信頼されてるんだって。だけど成績は悪いとは言えないくらいらしいけどね。」
「……そうか。多分バスケに真面目すぎるとかじゃないのか?」
「そうかもね。でも流石に会長みたいにみぽりんを脅してきたりはしないと思うよ。」
「あはは……それはありがたいね。」
「相手は誰だろうな。」
「さぁ?そこまでは知らないなぁ。」
「正直会長さんが変わるって実感湧かないね。」
「あ、それ分かる。あと代わったら戦車道の優遇とか無くなるのかな?」
「それは困る。遅刻が……」
「麻子はどうせ配給で起きてるならもっと早く来なさいよ。」
「無理。」
「2度寝禁止にするよ!」
「それも無理。」
いつも通りの掛け合いがひと段落した頃に、沙織が手を止めた。
「……こんなところかなぁ。」
「そうだね。あとは水気を乾拭きすればいいかな。ちょっと中までやるのは時間無さそうだし。」
「ほいじゃ、雑巾。」
近場に置いておいた雑巾を各人に配り、履帯の溝まで丁寧に磨く。戦車も鉄。現代のステンレスさえも扱いによっては錆びるのだ。下手な水気が残らないよう丁寧に磨く。電気系統には防水設備が付いているのは安心だ。だが彼女らも戦車を扱い始めて半年以上、これくらいはお手の物だ。
「明日が久し振りの練習だから念入りにやっちゃったね。」
「そうだな。」
倉庫の前の影がえらく短い事に気付き外に出てみると、かなり上に太陽がある。
「おお、そろそろ昼か。」
「確かにちょっとお腹空いてきたね。」
「出来れば他の車輌もやりたかったけど、やめといた方がいいね。」
「じゃあみんなで久々に昼ご飯食べない?」
「構わないが、うちの家あんまり食糧無いぞ?」
「良いよ良いよ。麻子はこの前くれたから。」
「だからあれはチャーハンのお返しだって言っただろ。」
「いや、じゃあみんなウチ来て!腕を振るうよ!」
「おいなんで決まってるんだ……まぁ、いいか。それじゃ外に出よう。鍵かけるぞ。」
「はいはい。じゃあまずは用具の片付けからよ。あそこの水道に持ってくね。」
「じゃあ私は鍵返してくる。」
「早く戻って手伝いなさいよー。」
「はいはい。」
全くこの清掃の格好でも水を浴びて涼しいと感じるとは。生徒会室の前は相変わらず会議かと思いきや、嵐のあとの静けさがそこにあった。外に出てきた生徒会の者に鍵を渡すと、その奥の生徒会長室の方から出てきたと思われる華と目が合った。
「麻子さん?」
「五十鈴さんか。」
「どうして今日こちらに?」
華は部屋に飾られた2012年のカレンダーに目を向け、入り口に近づきながら声をかける。
「沙織と西住さんとIV号の清掃しないかという事になってな。安心しろ。水はそんなに使ってない。」
「そういえば明日戦車道でしたね。あ、すみません。幾つか質問したいのでちょっと来て頂けます?すぐに終わるので。」
「まぁ、早めに頼む。」
中に迎えられた麻子は近くの壁に寄る。
「明日公示の生徒会長選挙なのですが、誰が出るかという話は聞いてます?」
「ああ、さっきちょうどその話をしててな、沙織曰くII科のバスケ部の赤峰という奴が出るって聞いたらしいが、それがどうしたか?」
「ほ、本当ですか!」
「沙織も又聞きらしいが。」
「あ、ありがとうございます!」
「あ、ああ。」
別れの挨拶もほぼ無く、華は隣の生徒会長室に駆け込んで行ってしまった。
「……大変そうだな。これは待った方が良いのか?」
「すみません。」
そう言うと先程鍵をくれた生徒会の者が詫びを入れた。
「どうした?」
「どうやら上は選挙の相手が誰か計りかねていたみたいで……」
「なるほど、赤峰さんと角谷会長の後継の闘いというわけか。」
「はい、その通りです。」
向こうでは議論に燃料が投下されたようだ。まぁ、貢献できたようなら何よりだ。
「あと何かありましたらこちらから伝えておきます。他に何かございますか?」
「いや、特に無いな。」
「では今後もよろしくお願いします。」
「すまない。邪魔した。」
思ったより時間を食った。沙織に下手に問われるのが一番面倒くさい。少しでも走って戻った方が良いだろう。
流石は沙織。飯が美味い。この状況を一瞬でも忘れられるだけ美味いものを食えるだけ私はしあわせなのだろう。
次回予告
張騫のおくりものsecond