官僚って大事だよね(や◯おボツワナ読んだ感想)。
かなり厳しい状況だ。過去に飛ばされた以上に何があるか、と思われるかもしれないがついに来てしまったのだ。
「再処理燃料も実行済みの一部も使えますが元々大量に発電できる量ではありません。速度の維持なら兎も角、再加速となるとこの稼働率では厳しいかもしれません。一度ほぼ止まってしまっている以上、再び動かすならば慎重な判断をお願いします。」
それが艦長の一人、井上から告げられた言葉だった。要約すれば、現在東沙群島沖に停泊している我々が一度動き、停止し、再び移動することはできないということだ。会長が帰ってくるには都合がいいかもしれないが、ただでさえ食糧の備蓄残量がこれまでのペースの2週間半分を切りまずいのにこの状況はいいとは言えない。
香港とインドシナ、フィリピン、東インド、タイ……正直後半はあてにならないだろう。早く、早く打破しなければ、さらなる厚い壁に覆われる。華の握った手のひらの中に汗が湧き、それらが互いについて大きな汗の塊を形成する。
そして、風紀委員の「胡瓜」、「あんまん」。食べ物という点を除く記号性とそれが何を指しているか見当もつかない。明日へ踏み出す一歩先が落とし穴ではないか怯えながら暮らしていた。
食糧だけではない。石油、電力、特に後者は原子力エンジンが停止という事態になればもともと電力が不足気味の学園艦ばどうしようもないのだ。石油も工学科へ回すと小山先輩が発言したことで、こちらは更なる市場への石油供給の削減を余儀なくされる。
もう最早街には配給用に使われるトラックなどを除けば動く車は殆どない。つまりそれをしても工学科に送れる石油の量は大して差がないわけだ。無補給の3週間、これは確実に大洗女子学園学園艦を蝕んでいた。
それともう一つ問題がある。それは角谷がこの大統領制に近い政体で生徒会長を名乗る上で欠かすことのできないものである。
選挙だ。
なぜ園などの3年生が引退している中で角谷が今もその地位に居られるかというと、夏休み中の廃校通告に伴う乗員総員の退艦とそれからの復帰という2学期初頭の業務の激化を受けて、角谷、小山両名が推薦での入学が決まっていたこともあり、任期を特別に3カ月延長することを生徒議会に提案。議会で過半数どころか2/3以上の賛成を受けて2012年度中はその地位を安堵されたのだ。
因みに学園艦への復帰作業は生徒は夏休み中に、他の者も9月の半ばには完全に終了していたのだから、生徒会の者たちの実務能力には頭が下がる。
ここでの問題はその後任である。現状を理解している者が生徒会長に就くのが望ましいが、この不満の溜まる状況でそれが確実だとは断言出来ない。そしてその後任予定として立候補するのが峠美津子という華と同学年の生徒会の者である。この者、今まで名前が一切出なかったように生徒会の中で目立つ存在ではない。寧ろ実務一辺倒の人物である。
どうしてその者か、というのはその面での同学年または下級生の信頼が厚いことと、角谷が今後は自分のような独創的な運営よりも更なる廃校になる要因を回避する為の堅実な運営を求めたからだ。
だが現状がこれである。流石に配給などの激務に追われながらこちらの候補を変える余裕はなく、そのまま峠が明後日の公示日に出馬する予定である。しかし他に名が知られた者が出馬すればどうなるか分からない。そしてそれが学園艦にどのような影響を及ぼすのか。
小山もいない今、華は背もたれに身を委ねてその時を待った。前にそいつが言った通りならば間も無くその合図があるはずだからだ。そしてそれは10分もせずに来た。窓を開けるとあの灰色の鳥がいる。
「どうも。」
「よう。」
何時ものように窓の縁に脚を乗せ、水を求める。
「情報は?」
「一つのシェアハウスを風紀委員が重点的に監視している節がある。」
「何処です?」
「確か神山酒屋の隣、だったかな?庭のついた大きな家だ。」
「ああ、カバさんチームのシェアハウスですか。目的は分かりますか?」
「いや、どうやら派遣されている者も詳しい事情は分かっていないようだ。無論俺も分からん。他に例の風紀委員とやらについて何か目立った事はなかった。」
「カバさんチームですか……監視しているということは少なくとも味方にはなっていない。つまり戦車道で現在動かせる人数を満たしている中で最大火力の車輌は風紀委員側にはいない、わけですか。他には?例えば選挙とかという語で何か引っかかることは?」
「うーむ……確かにその語は数度飛んでる時に耳にした記憶があるが、意味のありそうなものではなかったな。『再来週の月曜日選挙だね。』とかいうものだ。」
「関心は皆さんあるようですね。」
「こんなものだろうか。」
「はいはい、水ですね。」
何時ものようにコップに汲んだ水を飲み干すと、その灰色の鳥はまた空へ飛び去った。窓を閉め鍵を掛け、入り口の鍵を開ける。
華は一度席に戻り、自身が任されていた電力管理に関するこれまでのデータを調べていた。何より原子力エンジンの出力低下はこの学園艦の住人全てにとって無視できない問題である。そしてエネルギーは住民全てに食糧、移動を除く日常生活を維持してもらう為に不可欠である。
生徒会は日常を出来るだけ維持することで住民の支持を取り付けようと考えている。そして電気、これは我々の日常には欠かせないもの。これの供給が止まってしまえばこれまで与えていた違和感に追い打ちをかけてしまう。
金の切れ目ではないが、電気の切れ目が縁の切れ目というわけだ。
「しかし、原子力の改善なしに供給が満たされることはない……か。それは前に再処理施設稼働時の状況から見ても……」
まだ一応原子力エンジンは動いてはいる。華は他の艦内資料なども手に取れる限り調べる対象とした。諦めたら、負け。その言葉通り僅かでもエネルギーを得られる手段をその残された時間の中で見つける為に。
外では陽が落ち、暗闇が辺りを包む。文化の日は冬至からそう離れてないが、ここで完全に陽が落ちるのは6時をゆうで回る。それほど西に来た証拠だ。そしてさらに時が過ぎ、生徒会分の配給食糧を纏めて調理した物が完成に近づいてきた頃、ぱっと隣の部屋の人口密度が元に戻る。何時もなら仕事に区切りをつけて華もそちらに移動し共に食事となるのだが、向かう前にその戻った要因の一人が生徒会長室に入ってきた。
「小山先輩、お疲れ様です。」
「……」
そろそろ願っていた時かと資料から手を離し席を立った華に、その者はつかつかと無言で接近する。
「……小山先輩?」
「……」
本当に下に顔を向けながら近づいてくるのに芯の強い華といえど、えもいえぬ恐怖を覚え思わず後ずさる。そして華が半歩下がる間に小山は二歩ほど近寄り、遂には華は壁と背中の間でその長髪を挟んでいた。
「え……」
そのまま小山は華の正面まで来た。下を向いたままである。背は少し華の方が大きい。だが只事ではない力を秘めた目がその差をものともせず睨みつける。一つの年の差、というものではない。
ダンッ!
小山の右足は半歩進み出て、その勢いに乗せて華の左側の壁にその右手を突き出した。
「……」
「……してませんよね。」
「……はい?」
「……独自に風紀委員に関する情報を集めて風紀委員に対策を取らない私を降ろそうとなんてしてないですよね!」
「……してないですよ。」
「本当ですね。」
「ええ。」
途中の一言で華は自身の鼓動が少し激しくなったのを感じたが、彼女らの前にある四つの塊がその伝達を緩和したようだ。暫く小山はその視線を華の二つの黒目に突き刺していたが、力を抜くようにそれを外した。
「嘘は……ついてないみたいね。」
「つきません。そもそも生徒会としては末尾に近い私は学園廃校阻止を成し遂げた小山先輩を降ろせません。」
「……そうよね。」
小山は頭を抱えながら深呼吸を繰り返す。
「……どうしてそのようなことを急に?」
「……配給途中に風紀委員から報告があったの。『風紀委員への対応を取ろうとしない私に対して五十鈴さんを中心に私に対する反逆を狙っている様子がある。』と。」
「風紀委員がですか!」
「既に情報を収集している節がある、角谷会長が香港に向かってらして学園艦にいらっしゃらない今がチャンスだと考えている、と。万が一事実なら……」
「そんなことはありません!私もここでの仕事を受けている一人です。学園艦の現状の厳しさは身に染みて分かっているつもりです。その中で風紀委員への対策というたった一つのことで反逆なんてして混乱を起こしてはならないのは当然です!」
「そうよね。ごめんね。もう大丈夫、落ち着いたわ。ちょっと疲れてたみたい。」
頭から手を外した小山は椅子に座り込み、深く長く息を吐く。やはりこの期間角谷杏と河嶋桃の存在なしに生徒の一部どころか学園艦の全てを管理しなければならないという重責は計り知れないものだ。その時、ふと華が急に顔をしかめ顎に指をかけた。
「どうしたの?」
「小山先輩、先ほど何と仰いました?」
「五十鈴さんが反逆を狙っている様子がある?」
「いえ、その後です。角谷会長がいらっしゃらないというところ……」
「ああ、角谷会長が香港に向かってらして学園艦にいらっしゃらない今がチャンスだと考えている、よね。」
「副会長ー。ご飯できてますよー。」
隣から無邪気な声がする。こんな仕事続きの中の食事は楽しみなものになる。自然、その前は騒がしくなる。
「はーい。」
小山も席を立ち、右腕の方を上へ伸ばした後扉へ向かう。
「小山先輩。いえ、小山副会長。」
ドアノブに手をかけていた小山はその声に反応して振り返る。
「不穏な情報が来ました。」
次回予告
綺麗だよね〜輝いてるよね〜。