*役人など目線です。
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「乾杯。」
「乾杯。」
都内のある高級レストランにて、高貴な服を着た高貴な3人の手元にあるワイングラスが天井の明かりを反射し透過させながら高く掲げられ、軽く弾性衝突を繰り返す。口元に戻されたその白い中身をそれぞれ味わったのち、机の上に戻す。
「君の再任決定を祝おうじゃないか、辻くん。」
「再任も何も首の皮に骨が付いただけですよ。」
「いやいや、こちらとしても君で安定してくれる方が助かるからな。続投おめでとう。」
黒縁眼鏡に微笑んだ顔で紳士とハゲが誉めたたえる。
「しかし、あれ程のことがもう鎮静化しているとは。」
「人の噂は七十五日と言いますが、本当にそれより短いですね。何より1週間前に海上保安庁がかなり捜索部隊を縮小しても文句のもの字も出なかったそうで。」
「全くだ。だからこそやり易いんだけどな。さて、戦車道連盟は今後の運営をどうなさるおつもりです?」
「高校生に関しては今後は残った8校と今回の大洗の話を受けて参加を決めた2校を加えて運営していこうかと考えています。そうなるとこの中で強いのはマジノとか辺りですかねぇ。」
「あそこですか。確かアンツィオに負けたと聞きますが?」
「その中で、の話です。大洗の下手な参入でこれまでの暗黙の了解が崩れ、戦車道連盟の財政が崩壊する。それだけは理事長として避けなければいけない。まぁ、2年後の世界大会ら辺は大学組と社会人で賄えば良いんじゃないですか?その先は知りませんが。」
そう言いながらハゲはワイングラスを口の前で大きく傾ける。
「そうですな。それで少なくとも力を入れた分の結果が取れると思いますよ。島田君もいることですし。」
「西住よりは島田の方が動かし易いということか?対立してくれた方がそちらには良い気もするが。」
「そうですね。まぁ私は今回のことがどの様にして起きたのかは知る気もしませんが、こちらの利に適うなら何の文句も有りません。しかも今回のことで手を組まれて逆らわれようものなら対処できませんし。こうなれば大規模には反発してこないでしょう。」
「貴方の責任問題が長期化、かつ大規模化するのを防げる訳か。」
「さて、こちらも戦車道の補助金なんてものはどうでも良いですが、今回の奴らに払っていた運営費用はどうなるんですか?」
「まずは大洗のキャンセル費用関連、そしてあとは国費に繰り入れだ。予備費扱いだから今年は恐らく使えないだろうがな。」
「カネはあって損はしませんからね。」
「あって損はないどころではないぞ。他校の運営費がそれなりに賄えるからな。」
「まぁ、今回の奴らの7つは私立ですからな。しかも聖グロやらサンダースやらカネのあるところばかり。補給を止めても大洗の廃止繰り上げでさえ湧いたこっちの世論が沸騰するまでの時間が稼げますから、今回の策が一番妥当でしたな。」
「しかもその主は文科省の管理下。別に学問や研究を管轄する文科省が研究を管理下に入れても何ら問題はない。監視体制は信用出来る知り合いの運営する警備会社に頼んだ。万一どういうものか掴んでチクろうものなら職ごと吹っ飛ぶ。わざわざこのご不景気のなかやる者はいないさ。」
「はっはっは。高谷さん、そこら辺の腕は流石としか言いようがありませんな。」
「いやはや、お見事。」
「失礼します。」
酒も入り少し気分が盛り上がった頃に、ウェイトレスが少し大きめのまな板を3人の真ん中に置いた。
「前菜の盛り合わせでございます。」
「中身を教えて頂けるかね?」
「はい。こちらからレバーのパテ、サーモンのカルパッチョ、生ハムとルッコラのサラダ、ピクルス、それとチーズがゴルゴンゾーラ、青カビの計7種となっております。」
「おお、ありがとう。」
「それでは、ごゆっくりどうぞ。」
ウェイトレスは一礼して他の人の分の料理をもう片手にその場を去った。一品一品指し示すために前傾姿勢になりながらもう一つの皿は少しも傾けないバランス感覚には敬意を払わざるを得ない。
「んっ!このチーズ美味いな。」
「少し塩気が効いてますが、これならワインも頭から少し重いの頼んでも問題なかったですね。」
「まぁ、過ぎたことは気にするもんじゃないよ。ところであの人たちが帰って来るとして一番その中に混じっていて欲しくない人っているかい、辻くん?」
「うーん、そうですねぇ……西住の娘どもはどうでも良いですが、あの大洗の角谷とかいうチビ助は帰ってきて欲しくないですね。」
「ほう、西住姉妹はいいのかね?」
「あの二人はまず妹は西住流じゃありませんし、姉も戦車乗りとしては優秀ですが没落した流派を盛り上げられる、まぁ家元としての能力は十分には見えませんから。」
「なるほど、やはりあの二人は戦車乗りと。」
「私は門外漢なのでその様に見えますが、連盟会長としてはどの様にご覧になります?」
「……家元としての実務能力は、今の家元には敵わないでしょう。その実績と知名度でどれほどついてくるか、ですな。」
「やはりそうですか。」
「その点では島田の娘の方が遥かに優秀です。飛び級しただけの頭はあります。」
「話の分かる家元が戦車道の取り纏めとなればこっちもそちらも話が進めやすい。世界大会後の規模の調整などもね。」
「それはそうですね。では、メインが来る前に前菜、片付けてしまいましょう。」
「お、そうだな。」
3人は口を閉じてフォークのスピードを上げた。
「本日はありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。」
その後の食事は仕事の話などなく、たわいもない話が少しあった程度で終わった。
「それでは何かございましたら遠慮なく。」
「世界大会の運営に関しても島田さんと話を進めていきましょう。」
「これは戦車道の話抜きで我が国の威信にかけて成功させねばなりませんからな。」
「では。」
「では。」
一人だけ路線の違うハゲこと児玉と別れ、辻と高谷は帰りを急ぐ。
「高谷さん。」
「ん?どうした。」
「万が一奴らが帰ってきた時の対応ってどうなっていますか?」
「話も薄れているだろうし、万一来ても整備が行き届いているとは思えない、とのことで老朽艦として処分する予定だ。何より一番消えてもらいたい大洗の原子力エンジンはすでに弱ってきているのだろう。」
「ええ、確かもう40年近く大規模な改修なしに運航してます。他の学園艦も帰るときには40年以上経過してるものと。」
「ならそれで十分だ。40年経過した原子力エンジンを復旧させる金は出さん。それなら国民も同意するだろう。」
「よく分かりました。ではその方針でこちらも資料を残しておきます。」
「頼んだぞ。では私はこちらだから。」
「はい。また明日。」
地下鉄の階段を降る高谷の背中を、辻はかなり身を折って見送った。
その姿が頭から消えていって、想像でしか感じられなくなるとすぐに地下から風が舞い上がり思わず頭を抑えた。それをやり過ごした辻は向きを変えて夜の街に消えた。
次回予告
「壁ドン」