広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。
ええ、予告通りのはずです。


広西大洗奮闘記 30 スタンダード島

四つの食糧入りの袋を抱えて左衛門佐は赤と青と白の遺伝子とは異なる三重らせんの上昇を眺めていた。店の様子からして今は丁度営業中の様であるため髪を切る用がない者が入るのは憚られたが、用はあるし親御さんに心配かける訳にはいかぬと扉を引いた。

「失礼します。」

「はい?」

奥で顔を洗っていた優花里の父が顔を見せたが、眼鏡が無いためかえらく目を細めている。顔から水が滴っていたが元からパンチパーマの硬派な人に見えるだけあって、格好が理髪店のそれではなかったら彼女は大きく一歩引き退るだけではなく膝が笑い出しただろう。その父は顔を拭いて眼鏡を戻すといつも通りの秋山父、淳五郎の様子に戻った。

「学生の方ですか。いらっしゃい。どんな髪型をお望みですか?」

「あ、いえ、グデ……優花里さんが……」

「優花里ですか?優花里ならまだ帰って来ていませんが、ご友人の方ですか?」

「ええ、杉山といいます。それが、今資料を見せて欲しいと家に来て読み耽っているので、しばらく帰ってこないかもしれないことをお知らせしようと。」

「何も持たせずにそれは失礼しました。いつ頃帰るか分かりますか?」

「いえ、一心不乱に眺めているみたいですので、それが一区切りつくまでは……」

「わざわざありがとうございます。ところで杉山さん、戦車道やってらっしゃいますか?」

「はい。優花里さんとはその伝です。」

「どうりで何処かでお見かけしたなと思いました。ところでちょっと髪切っていきませんか?優花里のご友人の方ならお安」

「ただいま。」

左衛門佐の後ろの扉を開いて優花里の母、好子が三人分の袋を持って帰ってきた。

「あらお客さん?」

「か、母さん。おかえり。」

「はじめまして。優花里さんと戦車道でご一緒させてもらっております杉山といいます。」

「戦車道でご一緒の方ですよね。はじめまして優花里の母です。」

二人は互いに律儀に頭を下げる。

「優花里が杉山さんの家にお邪魔してることを言いに来たんだってさ。」

「あら、どうりで帰りが遅いと思ったら。わざわざすみません。」

「いえ、いつも為になることを教えてくださるのでそれに比べたらこんなこと……」

「確か前に優花里が言ってたけど、杉山さんたちって松本さんと同じチームで、ルームシェアしてるそうですね。」

「え、あ、はい。」

「そうなのかい?そうなら早く言ってくれよ母さん。」

「取り敢えずアメでもいいかしら。良かったら持って帰って。」

淳五郎の言葉を聞かずに好子はレジのところに置いてある缶から五つ小分けのアメを出して、近くのポリ袋に詰めて左衛門佐の前に出した。

「遠慮なく貰ってちょうだい。」

「いえ、そんなわざわざ……」

「優花里の分も入っているから。」

「……はい。では、失礼しました。」

「今度は皆さんでいらしてくださいね。」

にこやかな顔の好子から袋を指に掛けられた左衛門佐はわざわざ頭のバンダナを取って一礼して髪を切ることなく理髪店から離れた。

家に帰ると、階段の下で住人総人が何やら話をしている。

「どうした?」

「おお、もんざか。伝えてきたな。」

「勿論、それでそこで話しているあたりグデーリアンに関して何かあったのか?」

「いや、上で物音が全然しなくなったのだが、調べものの邪魔になるかもしれんから呼びに行くのは気が引けてな。」

「如何せん、というわけか。」

「流石に外出禁止までには帰らせなければならないから、呼んだほうがいいと思うぜよ。」

「仮に頭に血が上りすぎて倒れたとかなら尚更シャレにならないからな。」

「……まぁ確かにそうなっていたら大変だが、一応どうしているか確認くらいなら見た方がいいな。」

「というわけで、エルヴィン二階見てくるぜよ。」

「なんで私が!」

「お前の客人ぜよ。」

「それに調べ物の内容はお前の知識が一番使えるだろうしな。」

「そうだな。それじゃあエルヴィン頼む。飯は私たちで作っておくよ。」

「……わかった。」

何故友人に呼ばれて行ったらこんな貧乏くじを引く羽目になったのか。その友人がそのくじを握っていたからとしか思えないが、引いてしまったものは仕方ない。一つため息をついて階段の一段目に足を踏み出した。

「グデーリアーン。大丈夫かー?」

最後の段を踏みしめて身体を持ち上げ、そのまま隣の扉から書庫に入る。灯りは点いていたので優花里を発見するのにそう時間は掛からない。見つけた優花里の姿は換気用の小窓の方を眺めながらきちんと正座して、両手を横に垂れ下げていた。

「どうしたんだ?」

「……」

エルヴィンは優花里の傍に落ちていた本を手に取った。それはエルヴィンが前に陸の本屋で出に入れたものでアメリカの戦闘機、爆撃機の歴史が結構詳しく書かれているものだ。

「アメリカの戦闘機か……」

そう聞くと、優花里は身体を大きく震わせて首を元の位置に戻した。そして急にエルヴィンの方に向き直ると、飛びかかるようにしてその両肩を掴んだ。

「ど、どうしたんだ。また近いぞ。」

「……」

優花里は口を音も出さずにせわしなく開閉する。それを見ていたエルヴィンは落ち着けと一言告げて、優花里の両ほほを同時に叩いた。

「……はっ。」

「大丈夫か?」

「あ、いえ、大丈夫……です。」

「本当か?まぁとにかく、何故うちにこれを見に来たんだ?そこから教えてくれ。」

「……前に……エルヴィン殿が仰っていたことは……正しかったんです。」

「正しかった?何が?」

「……この世界が……我々がいた世界ではない……ということです。」

「あの無理のある考えが何故今更。」

「……一機の戦闘機が……」

「が?」

「……この、大洗学園艦の上を飛び去ったんです。」

「……へっ?いや、私は見なかったが……確かに飛行機が飛んだような音はグデーリアンと会う前に聞いた気がするが……あれがどうかしたのか?」

「……私はエルヴィン殿に会う前から待ち合わせ場所にいたのですがその時に、学園艦の上を、複葉機の戦闘機が飛び去っていったんです。」

「……ふ、複葉機だって?間違いないか。」

「ええ、結構近くまで来ていましたが、機銃が載せられていましたから、間違いなくそうです……我々がいた世界で複葉機が大空を舞っていることはほぼないことだと思うであります。それも攻撃機が。」

「……この世界はそれが存在した時代だということになるわけだな。」

「はい。」

「……嘘だ。」

「……」

「グデーリアン!本当に複葉機だったのか!この世の全てを、友人を、家族を賭けても断言出来るか!」

エルヴィンは優花里の両肩を掴んで詰め寄り身体を揺さぶる。

「……少なくとも、機銃の載った複葉機だったとはこの身を賭けても断言できます。エルヴィン殿ならご存知のはずです。もはや世界は複葉機が活躍出来るほど甘くはないということを。」

「……」

「そして、風紀委員の方の予測によると、現在地は香港南東、そしてフィリピンの近くです。中国とアメリカが協力しているフィリピンが複葉機を未だに運用しているとは思えません。この世界は、少なくとも私たちがいた世界ではないと……」

「……言うな。まだ……まだ、確定じゃない。風紀委員の情報が嘘の可能性だってある。」

「ですが!香港周辺にいるのは間違いありません!何せ私が、この耳で、会長が香港に向かわれていると生徒会から聞いたのでありますから!」

「……もう言い訳は効かないということか。あの光はやはりただの光ではなく、そして長期間の配給体制もそれが原因だったと。」

状況証拠さえもあやふやな所に物的証拠をぶちこまれたエルヴィンはやけに冷静に優花里と話した。

「……はい。」

「……生徒会はそれが分かってて伏せているということか、混乱を避けるために。」

「……元々私は風紀委員から忍道経験者であるカバさんチームを情報収集に協力させて欲しいと言われ、エルヴィン殿を通じてそれを成そうとしました。ですが、風紀委員は生徒会への反発が大きくなったらそれへの抵抗も辞さないと仰っていました。そして風紀委員の方々はこのことをご存知ではありません。万が一それが大規模に実行されたら……」

「……我々の希望は潰えるな。」

「ですから協力なさらない方が賢明だと思うであります。風紀委員との約束を破るので心が痛みますが。」

「確かに下手に助長するのは止めた方がいいな。忍道経験者だからといったが、本命はその万が一の時の戦車、といったところだろう。うちの皆にも言う必要はない。」

「……やはり武力として戦車は見られてしまうのでしょうか……」

「スポーツは平和の象徴ということさ。」

「このことは、風紀委員の皆さんにも伏せた方がいいでしょうか?」

「……生徒会を大事にするなら、伏せるべきだろうな。生徒会もこのことを伏せるだけの事情があるはずだ、それこそ本当に私たちには思いもよらない。それが万が一風紀委員を通じて学園艦内に広まったら……そこまで考えてのことだろう。」

「なるほど……私は、風紀委員に引き続き付いていきます。ここで下手に離れては疑われるだけですから。カバさんチームが協力しないことに関してもこちらから断りを入れておくであります。」

「決まりだな。グデーリアンは今回の件を断る。そしてお互いこのことは誰にも話さない。」

「そして……もし万が一がありそうならば……それを止める。」

「ええ。」

「……しかし我々の世界ではないなら、大洗を知る者がここにいない可能性も高い。親も……だれも頼れない。」

「……」

優故の罪悪感が優花里を包む。

「……今日はありがとうございました。それではこれで失礼します。」

優花里は膝に手を乗せながら立ち上がり一度伸びをすると、先導するエルヴィンに連れられて階段を降りた。

「エルヴィン、飯できたぞ。」

その下にカエサルが顔を覗かせた。

「もうそんな時間か。」

「あ、グデーリアン大丈夫だったのか。」

「ご迷惑おかけしたであります。」

「大丈夫なら良かった。せっかくだしこのアメでも持っていけ。」

優花里は腹に手を当てる。気づいてみれば小腹が空いてきていた。悩むにしても絶望するにしても糖分はいる。そこでご好意に甘えてカエサルからアメを手に取ると礼を言って扉を出て、外でアメを口に入れた。かなり溶け易いアメだったようで、唇同士がよく貼り着きそうになったが、甘いアメだった。

「エルヴィン、グデーリアンは何しに来たんだ?」

「……ちょいと急ぎで飛行機を調べたかったんだとさ、アメリカの。」

「それにしてはあの焦りようは奇妙だったがな。それよりもう出来てるから、お前も手を洗って早く来い。」

夕飯にてエルヴィンはあまり箸が進まなかった。人知の及ばないものによる衝撃は確実にエルヴィンの心に欠片を生じさせた。それが呼ぶ影響はもう考えられなかった。それは他の3人に疑問を持たせたが、それを解決しようとする動きはなかった。

 

11月3日 中華民国広東省広州市 広東省政府本庁舎

朝早くからそこは騒がしく、そしてその建物の中の会議室に向けて二人の男が歩みを進めていた。

「しかし、何が狙いだ。大洗についてはこちらに来てからも情報を集めたが、とても有用とは思えん。」

「逆にそこまで占いとかで決めていたらこっちの論理で押し潰せますよ。」

「それもそうだな。」

指定された部屋をノックし、返事で許可を受けたと確認したのち、そこにお邪魔する。

「失礼。」

「失礼します。」

「李さんと白さんよくいらっしゃった。急ながら来てくださったこと、感謝する。」

奥に座っていた陳が二人を出迎える。

「全くですよ。いくらなんでも前々日は急すぎます。」

「すまない。彼らを泊めている金が私の分でしてな、無駄にはできなかったんだ。それだけでは無論ないが。」

「それにしても、今回は西南政務委員会と執行部の合同での会議ですよね。」

「ああ、そうだが。」

「それにしては前に見た面々が一部いなくて他の人が多く見られるのですが。」

「……名目上、だからな。」

「名目上?」

「実際はここ広東省の政務委員の幹部とあなた方広西の幹部層に集まって貰っているうえ、今南京の会議に出ている奴もいる。」

「ということは雲南の奴らは抜いているということですね。」

「あそこは独自の財政政策を成功させている。こちらと組むことは望まない。我々が協力関係を強化して良いかについては、今後の錫と鉄鉱石購入継続を条件に龍から確認を取った。」

「ほう、首を縦に振ったのですか。」

白が意外そうに自身の顎の下を触った。

「こちらの規模が大きくなる事に依存はないらしい。まぁ席はあちらに確保してあるからまずは酒でも一口やってからやろうじゃないか。すでに珍珠紅を用意してある。」

「あ……いや、私は……」

「健生はイスラームだから酒が呑めないんだ。それにわざわざ会議の前に酒を飲む必要もないし話合わねばならないことも多い。早めに始めよう。」

「ふうむ、確かに一人呑めぬままなのは気が引けるな。だったら立ち話もなんだし、席についてくれ。」

陳に指差された席に二人は並んで腰掛ける。すると党員の一人らしきものが二人に烏龍茶を手渡した。

「……では挨拶の酒を抜きにした訳だし、それぞれの挨拶も抜きでいこう。話合わねばならないのはまずは大洗の件だな。」

「それもそうでしょうが、それよりも重要なのは一昨日汪精衛が銃撃を受けた事についてそれに伴う今後のこちらの動きもあるでしょう。」

「そういえば、奴は死んだのか?」

「いえ、まだその様な報告は受けていません。」

陳が横の余に聞くと余は首を横に振った。

「大きくはこの2件。それに今後の軍事、インフラの改善についても考える必要がありますね。」

「……では先に大洗の件に関してから入ろうか。まずは彼らの存在について、黄広東航空司令。」

「はっ。昨日我々広東空軍は彼らから聞いた場所をもとに、東沙群島方面にアーサーチン少尉によるカーチスホークII航空隊を派遣。彼の報告によると、その場所に彼らの記載通り全長約8キロほどの空母型のものが発見され、甲板部には住民の居住が確認できたとのことです。」

「……つまりとんでもない大きさのシロモノだということだな。」

「人口密度も結構高く、高層の建物も幾つか見られたそうです。」

「技術力も高いと。」

「そして彼らが香港に提出したのが皆さんの手元に用意したそれだ。」

李と白はそれを手に取った。この部屋にいる数十人程はそれを無言で眺めた。

「……なるほど、確かにこれはそのまま受け容れられるものではないな。」

「だが、今回のことを香港総督のピール卿に確認したところ、彼らは本国からの紹介状を得る時間さえ惜しんで香港を去ったそうだ。そして分かっている限りこの大洗学園艦は2週間以上無補給。もう備蓄の余裕はないと思われる。そこにこちらが付け入る余地がある。ちなみに大洗学園艦を受け入れて良いかと聞いたら即答で了承をくれた。」

「それでこっちから要求を突きつけると。」

首を縦に振った後、身を起こして手を差し出しながら陳が話し始めた。

「私が考えているのはこうだ。そこに船からの鉄鋼や住人の資産を含むことでこちらの財政の足しになる。」

「住人って、どれ位いるんですか?」

「予測だと1万から4万人といったところだな。」

「なんだそれしか居ないのか。」

「そんなものだろう。住人よりかは学園艦にある資産から徴収するのが筋だな。」

「そもそも大洗は日本の学園艦なんだろう。受け入れて反発が起きないか?」

「隔離した地域に居住させれば良いだろう。そして仮に住民にやられてもこちらは責任などを取る必要もない。」

「こちらに上陸させるんですか!食わせる飯はどうするのですか?」

「飯は作らせる。土地さえ与えればあんな学園艦を作るところだ。その技術が与えられればこちらの食糧増産にも一役買うかもしれないぞ。」

「つまり、陳さんの考えは向こうからの要求は破棄してこっちから大洗の住人を何処かに集めて住まわせて、更に鉄鋼とか資産を徴収するということか。」

「無論土地だけ与えるがな。資産が微々たるほどなら取らなくても良いが。」

「下手に金は掛けたくないですからねぇ。」

その場にいた市商会主席の熊少康も同調する。

「人材は居たら御の字だな。」

「そこまでやれば利益は出そうですね。というよりそこまでやらないとこっちが大損です。」

「学園艦についてはどうするのですか?」

「放っておけばいいだろう。物資を寄越せという上にこちらが船を出す筋合いもない。」

「最もですね。」

「……住まわせる先が広東であるならば私もそれで構わない。あと労働力をインフラ整備にかり出せるなら。」

「地主との交渉が着き次第、そこそこの土地を買収してそこに住まわせる。」

「買収資金は鉄鋼をイギリスやフランスに売れば良いですかね。」

「そうだな。」

「市商会としても徴収したものの一部を回して頂ければ依存はありません。」

李はこの陳を知る身として今回のこの議論をかなり意外に感じていた。今回の受け入れは中華民国、イギリス両国が蹴っている時点で受け入れは現実味の薄いものと思っていたため、陳の受け入れの意思の9割は占星術と風水から成り立っているのかと思っていたが、思いの外その割合を現実的な思考が取って代わっていたようだ。

 

土曜日であるその日、冷泉麻子は前日2冊の本を借りていた本を手に取って、朝飯もろくに食べずに読み進めていた。この行動はやはり続いている定期的な遅刻による配給食糧の受け取りミスというのもその要因である。最近は受け取らなかった分の再配給もほぼなくなった。もう食糧を再度配る余裕がないのだろう、そこは麻子が知らないことなので予想に過ぎないが。お陰で腹が減る。だが他の要因として、二つの本のうち一つが『悪魔の本』であり、それに引き込まれたということもある。いや、『悪魔の本』と言うと語弊があるかもしれないが、少なくとも我々、いや学園艦を運用する全ての国の人民にとって忌み嫌われるべき本であるのは確かだ。学園艦、戦後の重化学工業への支援と学生の自主自立を名目に艦船上に造られた人工都市、それが生む結果を遥か前に示している。それが今麻子が手に取っているフランスのSF作家ジュール・ヴェルヌが書いた『動く人工島』、原題『スクリュー島』である。もともと麻子はこれを読むつもりだったわけではない。これが引用資料として出ている一冊の評論を見つけて、それに釣られてついでに借りてきたものだ。あらすじはその評論で知ってはいたものの、やはり原本のインパクトは別物である。特にこの大洗の現状を示しているのは最後の方にあるこの部分である。

 

いや、まだ終わっていない。スタンダード島はまたいつかつくられるだろう。……しかしながら、何度でもくりかえしておこうーー人工の島を、海上を自由に動き回る島をつくることは、人間に許された限界をこえることではないのか、そして風も波も自由にできない人間には、創造主の権利を横取りすることは禁じられているのではあるまいか。

 

この評論を引用したまた別の評論によるあらすじを付けておくと、

「それは『近代冶金産業の成果となるべき人工の島を創造しようという実際的で〈アメリカ機械万能的〉な考え』に基づいて、アメリカの一株式会社が造りだした、電気を動力として完全に電化された巨大な浮遊海上都市、最高で時速八ノットで動く『スタンダード島』の物語である。

(中略)

『〈ビッグ〉への趣向、〈巨大なもの〉への尊敬』を有するアメリカ資本主義によって造りだされた、そして裕福なアメリカ人を主要な島民とするこの人工島は、最後は、シェイクスピアの時代から変わらない二大有力家族の反目という住民の内部対立と、電力によっては制御しえなかった台風によって南太平洋上で崩壊する。」

(『恋する原発』 高橋源一郎著 より)

というものである。お分かりだろう、この人工島と二大有力家族がそれぞれ何を示すかは。そしておまけに現在人類が原子力という創造主の権利を横取りしているかもしれないものを、この学園艦は搭載している。管理出来るのであれば我々がいた世界に核兵器は拡散してはいまい。

最早今回の出来事は第二次世界大戦戦後のアメリカ的社会観の導入によって範疇を超えることが出来るようになった人間、日本人に対する創造主の罰ではないのかとさえ思えてくる、たとえお化けを心底嫌う麻子が同様に目に見えぬ創造主なんでものを信じたくないとしても。日本の住人たちにとっての戦後、それは今回の麻子たちの事態を考えない訳にはいかない。今そこに居ないとしても、である。

この麻子は元来注意を受ける対象が持つ感情を風紀委員に対し持っていた。その為か今回、風紀委員を疑う思いは生徒会に協力する者の中でも強い部類に含まれる。だからこそこの学園艦の中で三つある暴力装置、風紀委員、警察、そして戦車道の中で最大な風紀委員への警戒を強めるべきと考えている。その為には警察では弱すぎる為戦車道を頼らざるを得ないだろう。だが西住さんは動くまい。だからこそ少なくとも敵にはしておきたくはない、同じチームの者としても。

しかしその為に行動する許可を生徒会から取れていない上にそのことについて話すきっかけがない。誰が面と向かって『風紀委員が反発して何か行動を起こすかもしれないから、その時何もしないでくれ』と何も事情を知らない友人に言えるだろうか。しかも現状生徒会は風紀委員の力なしにこの学園艦を治められているとは言えない。その他を圧倒する『力』に握られている、とも言える。その葛藤の捌け口として、麻子は今度はその評論を手に取り、その現代の『スタンダード島』をしかも幾つも生み出した日本の近代化と現代化とは何なのかに頭を使い始めた。そっちの方がまだ解決のしがいがありそうに思えた。


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