広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。
嘘を信じさせる方法は簡単である。何度もいうか、7割の真実に3割の嘘を混ぜるかである。

8月17日
感想をもとに訂正しました。


広西大洗奮闘記 28 保険

朝早くからこの字徳鄰、本名李宗仁の仕事は始まる。軍人としても、この土地の指導者としてもやらねばならないことは多い。ところがその日の朝は違った。真っ先に書類の決済から始めようとしたところで電報担当の者が部屋に飛び込んできた。

「閣下!李閣下!電報です!」

「電報?それにしてはやけに慌てているな。どこからだ?」

「広州からです!」

「広州?何だ、よくある話じゃないか。どれどれ……」

渡された紙に書かれた文字を読み進める間も無く、一瞬で李はこれが不味いものだと知った。

「……大洗、だと?」

「それだけではありません!」

「それについて政務委員と執行部が集まるから、健生と明日のうちに広州入りしろ?冗談じゃないぞ!」

「ええと、私は大洗というものを知らないのですが、どのようなもので?」

「それより健生と黄を呼んでこい!あとこの要件を広州に詳しく聞いてこい!」

「は、はっ!」

この二人がこの李の執務室に集まるにはそれから30分弱かかった。この間李は悶々と過ごさざるを得なかった。二人はそろってその時間に来た。

「徳鄰、こんな朝早くにどうした?」

「李さん、どうしました?」

「……明日のうちに広州に来いだとさ、俺と健生は。そう政務委員と執行部から呼び出しがかかった。」

「……はっ?明日?」

「いくら何でも急すぎではありませんか?」

「そんなに急ぐとはどんな案件だ?」

「……大洗の件らしい。」

「……あぁ、そういえばいたな、そんな奴らが。」

「何ですかそれ?」

「そうか黄は知らないのか。奴らは大洗学園艦という学園艦のようだ。何やら南京の蔣のところに物資が貰えないか交渉に来たらしい。」

「学園艦、ですか。それがこっちの話題に上がるということは……」

「そう、蔣はそれを一蹴したということだ。ということは広州に奴らが来たのか?」

「事情は今向こうに聞いているが、もうすぐ来るだろう。だが来ていることは確かだ。」

「で、広州は何のために呼んだんだ?まさか奴らを受け入れるつもりとでもいうのか?」

「まさか。確か奴らは物資を求めてたんだろう。そんなのがこの両広にある訳無かろうが。」

後から入ってきた二人の後ろから二度のノックがその会話を止めた。

「どうした?」

「電報担当の者ですが、」

「入れ。」

扉の音が閉まる前に話は再開された。

「それで会議の議題なのですが、大洗学園艦とやらの代表がこちらに来たので彼らを受け入れるか否かとのこと。」

「それだけか?」

「そうではないでしょう。今日から南京で六中全会ですから、それを牽制する意味もあると思われます。」

「だとしたら広州から前もって連絡があるはずだがな。」

「だが本当に大洗を受け入れる気でいるのなら、それを我々抜きで話し合われて決められると、我々のただでさえ弱い政務委員会と執行部での発言権がなくなってしまいかねない。行くしかあるまい。」

「気に食わんが……本当にその気ならこちらも損だからな。」

李と字健生、本名白崇禧は顔を歪ませつつ仕方なさそうに息を吐いた。

「そうと決まったならば準備を済ませるぞ。軍事関連は鶴令に、内政は黄、お前に任せる。」

「分かりました。全身全霊をもってことに当たります。鶴令殿にはこちらでお伝えしておきましょう。」

黄は素早くかかとを揃え敬礼する。

「助かる。あとは明日柳州に向かう準備と白雲まで飛んでもらうための飛行機を手配しなくては。これは私がやろう。」

「では私は大洗に関するさらなる情報がないか確認しておこう。あと南京の動向も。」

「頼む。本当に広州が話し合う気なら相手のことを知らないままではいられまい。それでは今日の仕事は、それぞれの職務を全うすることだ。」

「はっ!」

その部屋に残る者はいない。この大広西を蔣の手から守る役に立つのか、それを判断する。ただその為に。

 

角谷たちが留め置かれたホテルは角谷にとってはかなり高級そうな代物に思えた。ベッドはビジネスホテルなどで見る単一色の掛け布団ではなく、薄手で薄めの色だがそれでも使い分けられた色によりこの数色の部屋に輝きを与えていた。四人はそれぞれ別のベッド以外のスペースで寝転がってさらに転がれるほどの大きさの部屋に入れられた。場所もそれぞれ離れており、おまけに入口には一人ずつ歩哨まで立てている。

窓のカーテンを開いた向こう側には緑多い中庭が広がっており、南国風の花がめいいっぱい太陽向けてそれを見せびらかしている。外には自由に出られないのは香港と同じだが、それでも倉庫よりは遥かに良い上に、料理も香港の最終日前日クラスのものが夕食で出された様には思わず喉がなった。出来ればこのレシピを知りたいとも思ったが、それは叶わないだろう。

角谷は食事の後落ち着かずに部屋を歩き回った。カバンは取られこの部屋には何も持ち込めていないから、フランス語や中国語の単語を頭に入れることも出来ない。脳内で繰り返すが精一杯である。何よりも輸送船の修理をする為の場を求めた結果こうなっていることに違和感の他の語は当てはまるまい。

「如何したもんかな……」

まずここは中華民国のはず。共産党系はこっちには来ていないはずだから、我々との交渉を蹴った彼らにとって我々を泊めること、ましてやこの様な待遇を設けることに利はないはずだ。

しかし動けない以上相手の意図を掴む機会はない。窓側に置いてある肘掛付きの椅子に腰を下ろし、何も出来ない時間の中で学園艦のことを憂いた。

「……早く次に向かわなくちゃいけないよね。そうしないと……」

タイムリミットは案外近い。次をインドシナかフィリピンにするかはまだ決めかねているが、迷う時間もないかもしれない。

 

昼飯は来たものの、口に唾液が広がらない。眼前の食事が劣るというわけではなく、寧ろ昼食としてはかなり良いものだと思うし、角谷自身も考え事をしていたので空腹を感じていないわけでもない。これに角谷は一端の罪悪感を抱かざるを得なかった。かといってこれを食べないというこれまた更に罪悪感を生みそうな行為をする訳にもいかないので、いつもの食事よりは飲む水を増やしてそれを食べた。辛かった為か思いの外苦労はしなかった。

食休みもただ椅子に座って呆然とする他はない。その時窓の外で風が吹く音がして、偶々目に付いていた花の花びらが宙に高々と舞った。今日が土曜日なら放課後だが、生憎今日は木曜日だ。ちょうどその時、定期的な来客が扉を鳴らした。単なる皿の回収である、と思っていたが、そのボーイは角谷に一枚の紙を渡して何か言った。その言葉は中国語らしく意味はさっぱりだったが、紙の英語はすぐに分かった。

 

There is a visitor coming for you so please do not go outside of the room.

(来客が来るので部屋の外に出ないように。)

 

どうやらその客は定期的なものではないようだ。もうすでに私は外に出れない状況だろうという言葉は心のうちに伏せた。

 

陽が建物の向こうへと赤い色をして沈みこんでいく。その客は銃を携えた別の歩哨とともに部屋に踏み込んだ。ところがこの歩哨が言った紹介がさっぱり分からない。だが幸いなことに頭の上の帽子の中央に花の様なバッヂがついているその客自身は英語が少しは話せるようだった。とにかく窓際の椅子をもう一つ出して、握手を交わした。やはり角谷よりは遥かに大きい。

「Nice to meet you,Ms.Annzu.I'm Chén Jìtáng.

(貴女に会えて光栄です、杏。私はチェン ジータンと言います。)」

「Nice to meet you, Mr.Chén. Sorry but can you tell me who you are? I can not understand Chinese so I don’t know what the guy was telling to me.

(お会いできて光栄です、チェンさん。すみませんがあなたが何者かお話しして頂けませんか?先ほどの来客が中国語で何かを伝えようとしてる様子でしたが、私は肝心の中国語が理解できないので。)」

「Oh,excuse me for that. I work as the Guómíndǎng zhōngyāng zhíxíng wěiyuánhuì zhíxíng xīnán bù chángwěi, or the member of the Central Executive Committee of Kuomintang. Just regard me as the ruler of the Guǎngdōng.

(おお、失礼しました。私は国民党中央執行委員会西南執行部常務委員を務めています。この広東を実質的に治めている者と思って頂ければいいです。)」

「Ruler of the Guǎngdōng…….What is your purpose that you let you come here?

(実質的に広東を治めている者……ここにいらした目的は何です?)」

「……I would like to accept your plan, however not exactly as it.

(……私はあなたの計画を受け入れたいのです、もっともあなたの案そのままではないですが。)」

 

この歩みが合っているとは思えない、仮にこれが解のある数学のようなものならば。彼女はその人を尾行した。友であるその人をである。もう一人の人がこの人と生徒会に繋がりがあると聞いたそうだ。そしてその人が嘘をつく様な人とはとても思えない。すなわち付けた先がこの生徒会室の前で、名前だけ言ってこの統制体制下の生徒会室に堂々と入れたことはそれのれっきとした証明となる。それを確認すると直ぐさま彼女は動いた。

外に飛び出てちょうど生徒会室の裏手となる所で屈んで耳を澄ませる。持ち物があれば擬態なりせめてコンビニの制服には着替えておきたいところだが、無いものは仕方ないので珍しく右寄りの後ろで髪を留めた。癖っ毛には似合わぬと思うが流石にそのままはまずい気がした。

途切れ途切れだが声が聞こえる。ボイスレコーダーがないのが惜しまれるが、それよりもその主が先程入った者と彼女も良く知った、生徒会副会長とまた別の仲間のものだったことが身を震わせた。

「……即ち前の風紀委員の突入で……へ視線が逸れているということですか?」

「そうだな。とは言っても……への非難が無いわけではない。無論……そうな奴は居なそうだがな。……風紀委員が歩いているだけでそこを避ける奴までいる。」

「もう一つ……になるものが増えたということですか……」

「学園艦の食糧の備蓄は大丈夫なのか?」

「……そこまで余裕があるとはいえません。あと……てば十分でしょう。」

「会長も今は香港に向かわれているんだろう?」

「ええ、もう1週間近くいらっしゃいません。」

「あと……回る余裕もあるか分からないと……。今後も様子を見て時折報告をお願いします。」

「任せろ。それにしても、……何もやってないのか?」

「この前突入まで……ださった方をそう疑うことは厳しいです。それにやるとしても人員がいません。」

「会長は……と仰いましたが……」

「……です。」

「注意は払った方が良いと思うがな。会長さんの仰るのも……だ。」

「……分かりました。今後万一不穏な情報が入り……ら、そのことも検討しましょう。無論入らないとは思いますが。」

「分かった。それでは失礼する。」

「今後もよろしくお願いします。」

そのあと、扉が閉まったと思われる音が耳に入った。彼女は慣れない手つきで髪留めを取ると、自身のカバンをさっと取ってある場所への道を飛んで行った。

 

ある場所に着いた。そこはつい最近彼女も訪れたことがある。入口の者に自身の名前を言い、新たな情報云々言うと、相手が部屋で何か言い、クラスをしっかり確認された上で入室が許された。

「どうも、秋山さん。」

「お久しぶりであります。」

挨拶した向こうには書類棚からこちらに身を向けたゴモヨが立っていた。

「それで新たな情報があると聞いたけど何かしら?」

「はい、生徒会に関してです。生徒会室の裏手で話を聞いたところ、どうやら冷泉殿は学園内の様子を観察し、それを生徒会に報告しているようです。」

「……冷泉さんにしては随分能力不相応な仕事ね。他にも妥当な人がいると思うけど。」

「それと現在会長さんは学園艦ではなく香港に向かわれていらっしゃるとのことであります。」

「……香港?」

「はい。その辺りは結構はっきりと聞こえたので間違いないと。」

「……何故?香港単独で何か出来るというの?あそこは一応一国二制度を取っているけど、流石に中国の意向に反して受け入れることなんてしないはず……」

席に着いたゴモヨは逸らしていた顔を再び優花里の顔の前に戻す。

「……」

「どうなさいました?」

「……秋山さん、あなた何故ここに来たの?」

「……どういう意味でありますか?」

「今回秋山さんには仕事を頼んだりはしてないわ。即ち今回は秋山さん、あなたの判断でこれを集めたということ。ここまでの事がたまたま聞くことが出来たとは思えないし、あなたの目的は何?それを私に伝えてあなたは何を求めるの?」

優花里は少しの間答えに窮した。あるにはあるが少し口に出すのは憚られた。しかしその間ゴモヨはただじっとそうしている優花里を凝視し続けている。

「……今の現状を知りたいからです。風紀委員の方はその組織力によって私単独で調べられるよりも遥かに多くの情報を持っておられます。」

「つまり私たちの情報とあなたの情報収集力を合わせて、現状の詳細を把握するため、と言うのね?」

「そうであります。」

「なぜ?秋山さんの家族がこの学園艦に乗っておられるから会えないことはない。知ったとしても一人暮らししている他の人よりかは影響が薄いと思うけど。」

「……私の尊敬する、西住殿のためです。西住殿は……私が言うのもおこがましいのですが、親御さんとの断絶が未だ続いていらっしゃいます。仮に現状のように海外に学園艦が離れるならばそれを取り戻す機会は減ってしまうでしょう。

私は、彼女を尊敬する一人として、同じ車輌の仲間の一人として、可能なうちにそれを取り戻して貰いたいのです。」

「……つまり西住さんのために学園艦は日本にあって欲しいと……それは西住さんに確認したの?本当に彼女はそれを望んでいるの?

もしそうでないならばそれは単な秋山さんのエゴでしかないわ。エゴイストを抱える余裕は生憎うちには無いわよ。」

「……」

「……とはいっても実際人員は不足気味だし、秋山さんには前の潜入や今回のことでも協力してもらったから、無下にするわけにもいかないわね……条件があるんだけどいいかしら?」

「何でしょう?」

「まず、秋山さんって戦車道のカバさんチームの人と仲がいいわよね?」

「まぁ、確かにエルヴィン殿などはよく歴史に関して話したりしますが……」

「彼らにも私たちへの協力を呼びかけて欲しいの。」

「カバさんチームの方にですか?何のためにかお尋ねしても良いでありますか?」

「秋山さんがこれを受け入れてくれるなら。」

「ええ、現状でも協力はしてますし話はしてみますが……あまり風紀委員と仲が良くなさそうなカバさんチームを何故……」

それを聞いたゴモヨは席を立ち、大きく息を吐いて背を向けた。

「……秋山さんには言いづらいのだけど……現状生徒会と風紀委員は協力関係にあるわ。でも私たちも生徒会が学園艦の住民の方々に許可を取らずに学園艦を海外に向かわせようとしていることをよく思ってない。

学園艦や生徒会の仕事の状況によっては、風紀を守る者としてこれを責めないといけなくなるかもしれない。そうしないと角谷会長の学園艦存続を成し遂げたという威厳だけでこの学園艦を治められなくなる。その反発の最前線の私たちへ影響する。」

「……それと何が……」

「……私たちがそれをやった時に、向こうが裏切りと感じたら生徒会はどうすると思う?」

「……権利を剥奪するとかでしょうか?」

「剥奪したら暴動とかを規制する機関は警察くらいになるわよ。そして警察だけではこの広い学園艦全てをカバーするのは無理。」

「……となると……」

「さらなる『力』を持つ人たちをこちらに対抗させて私たちを従わせるわね、私ならそうするわ。」

「『力』……まさか!」

「そう、戦車道を味方に引き入れる。戦車道は学園艦を護った人たち。それが生徒会側につけば、ここの住人は誰も逆らえなくなる。

だからこそポルシェティーガーを動かせる自動車部がほぼ居ない今、保険として最大火力を持つIII突を使えないようにしておきたい。保険よ。」

「……」

「戦車道を利用してしまう事を申し訳なく思うけど、されてからではどうにもならないの。協力して貰えるかしら?」

「……分かりました。私も、戦車を武器にしたくはないですから。」

「こちらからの脅しには使うつもりは無いわ。」

「ありがとうございます。それで、どうすれば……」

他の風紀委員が活動している方を向いた。

「ヤボクいつ戻るか分かる?」

「ヤボク担当長ですか?深夜見回りの始まり前には戻ると思いますが。」

「遅いわね……それじゃあ秋山さんは早めにカバさんチームをこっちに協力させてくれるかしら、今のことは言わずに歴史からの洞察力を借りたいとか何とか言って。彼女たちもそういうの嫌うだろうから。

あと明日の放課後にここに来て貰える?この先についてはそこで伝えるわ。」

「はい。よろしくお願いするであります。」

姿勢を正した後、優花里はそこを立ち去った。椅子に戻ったゴモヨは近くにいた一人の担当長を呼び止めた。

「あなたカナンのところだったわよね?」

「ええ、そうですが。」

「担当長に伝えて貰えるかしら?

『生で2本目を食べるのは気が引ける。趣向を変えてちょうだい。』

と。」




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