東方◯ょうさんとうのちからってすげー!(閲覧数見ながら)
今日は良い日だ。晴れているというだけではない。無論ここにいる者たちには試験はないからそれが終わったからでもない。
「はい。確かに生徒会への直訴を計画していた者たちを捕らえました。現在は特例風紀指導の扱いにしています。」
「ありがとうございます。」
小山は胸の前で手を組んでまで礼を述べている。
「それで統制体制解除まで風紀指導を続けますが、よろしいですか?」
「ええ、勿論です。この状況ですから一度そのような動きがあると全ての不満に火をつけかねません。流石は風紀委員。半年以上情報を伏せ続けてくれただけはありますね!」
「いえいえそれほどでもありません。これも我らが大洗女子学園の風紀維持の為ですから。今後も風紀委員としては見つけ次第摘発を進める所存です。」
「ゴモヨさんとパゾ美さんはどうしてらっしゃいますか?」
「委員長と副委員長は現在捕らえた3人の風紀指導を確認してらっしゃいます。」
「分かりました。今後もよろしくお願いします。」
「では、これで失礼します。」
身体を折ったカナンはそのまま生徒会長室から出て行った。
「……とりあえずこれで芽の一つは潰せましたね。」
両脇に手を当てながら五十鈴が閉じられた扉を見て鼻から長めに息を吐く。
「いえ、一つじゃないはずです。」
「……他に何かそのような話があると聞いてらっしゃるのですか?」
「いえ、そうではありません。今回の確保にかなりの人員を投入したそうです。そんな大規模で作戦を行えば確実に人目に付きます。学園艦は閉鎖空間。いかにSNSなどが通じなくともうわさなどでこの話は広まるはずです。たった直訴計画だけで特例風紀指導。その恐怖は確実に行動、暴動の芽を潰したはずです。」
「……なるほど。確かに効果はありそうですね。」
「暴動のきっかけとなる行動が起きなければ規制する手間もかからないのですから。評判は気にしていられません。」
「食糧の余裕がなくなってきている今、量は増やせませんし……そろそろ午後の配給の時間ですね。私次の担当なので準備に行ってきます。」
「ではこっちでこのノート在庫とその今後の利用の計画、仕上げておきますね。」
「よろしくお願いします。それにしてもこのノートやその他の紙に関してなのですが、リサイクル紙の運用は出来ませんか?確か設備は有ったと思ったのですが。」
「前に伺ったのですが、インクなどを落とす洗浄液が足りないそうです。これをやらないで紙を作ると黒っぽい紙が出来てしまうとか。」
「なら仕方ありませんね。行ってきます。」
華はデスクトップにその計画をあげたまま腕をまくって部屋を駆け出た。
机を並べ、その背後には小分けされた食糧が山積みされている。会場の一つでは5人程の生徒会の者たちが忙しなく動いている。何せ一つの会場には5000人分以上が食糧が手渡されるのだ。5カ所の配給所で8人ずつグループで配置された彼女らは食糧の倉庫からの搬入から後片付けまで全て行う。5時から6時頃にかけて地区ごとに並んだ人々にカードの枚数と変なところが無いかを素早く確認し食糧を袋に入れ、名前の所にチェックを入れる。休みなしのきつい作業だ。午前は学園生徒のかなりが昼食として受けるが、午後はそういうこともない。
「……とりあえず準備はこんなものでしょうか?」
しかしもう3週間近くこの作業を1日2回、ローテーションがあるから3日に2回ほどだが繰り返している彼女らはもう慣れつつある。初めは3時から始めていた準備ももう3時半から始めるようになった。
「それじゃあ5時から住民の皆さん入るからチェックを忘れないように。」
「はい。」
華はこのグループのリーダーではない。一人の作業員だ。華は生徒会長室で何時も業務を行っているとはいえ生徒会では新入り。その分この時間は若干気楽とも言える。そして間も無く、地区ごとに並ばされだ住民がぞろぞろと会場に入場してきた。どこかで耳にした話だが、この様な整然とした行進は練習しなければ出来るものでもないそうだ。そして頭の人が机にたどり着くと、すぐさまカードの確認が始まる。
「カードのご提示を。」
「はい。3人分ですね。」
「ありがとうございます。次の方。」
次々と来る人に規定の量の食糧を渡していく。その機械的作業の中で華は思案した。この風紀委員が我々に都合の良い行為を今したのは何なのだろうかと。まさか私の考えが思い過ごしかもしれぬと疑いもしたが、結局はあの鳥の結果を待たねば分からないだろうということに至った。この切迫した状況、いかに風船をしぼませるか、今度はそこに考えを移すことにした。
「……はぁ。それで大洗を我々が受け入れるかどうか話を通したいと……」
電話口の向こうの男は軽く呆気にとられている。
「そうだ。」
「いや……ですが、その要求をそのまま飲むということは無理というのはご存知ですよね。」
「そりゃそうだ。私もそこまで馬鹿ではない。寧ろどこまで相手に出させるかを交渉にて図りたい。向こうの目的はとりあえず安定して飯が食えるところを見つけることだ。そこさえ認めれば向こうから権益を引っ張り出せるだろう。」
「その権益が鉄鋼などというわけですか。」
「そういうことだ。それを市商会に回せばその支持も得られよう。軍備の更新にも一役かうかもしれん。」
「……分かりました。では私の方から執行部と政務委員会の者は集まるように指示を出しておきましょう。この時期に合わせれば向こうへの牽制にもなり得ます。」
「ありがたい。西から来る二人がいるから、会議は明々後日かな?まぁそこは任せる。」
「桂林から半日はかかるとは本当にインフラ整備は急務ですな。」
「全くだ。柳州の航空学校を経由するとはいえな。それでは資料と彼らへの連絡はこちらで準備するから召集に関しては任せていいか?」
「あともう一つ、彼らを残しておくなら彼らと西の方の飯と泊まらせる場所の費用はそちら持ちでお願いしますよ。こんな急なんですから。」
「ううむ、仕方ない。」
「では場所と時間は決まり次第ご連絡致します。」
「よろしく。ではな。」
陳は受話器を自身の机の上の電話機に戻した。取り敢えずチャンスが貰えたことを喜ぶばかりだ。これが私の広東政権のさらなる長期化に繋がるのならば。そこに男がノックの後扉を開けた。
「うまくいきましたか?」
「李か、何とか毅公はやってくれるようだ。これで話は少し進みそうだな。」
「広東省政府主席を務められながらこの仕事までこなされるとは流石ですね。」
「だな。ところで伯豪、お前はこんな遅くに何の用だ?もう11時前だぞ。」
「えっとですね市商会の方から連絡が来まして、彼らの港湾使用に関する件なのですが、彼ら私たちに持ち物服以外没収されているので少しも金を持ってないそうです。」
「……そりゃそうか。」
「というより元々金自体あまり持ってないようです。それについてどうするかと、あとは現状市商会管轄の倉庫に彼らを置いているが、どうしたら良いか、と。」
「倉庫はいかんな、これから交渉するかもしれん方を相手に。市商会にはこれから費用私持ちでホテルを取るから、そこに連れて行くように言ってくれ。そして……船を修理させると倉庫に置かれるという扱いを見て脱出されるかもしれないからな……そうだ。金を払っていないことを名目に船は停泊させるがそこには近づけさせないようにしてくれ。」
「分かりました。そのように伝えておきます。」
「それを伝えたら今日はもう帰っておけ。明日から忙しくなりそうだしな。」
「はっ。」
陳が腰に手を当てて背筋を伸ばしてそう言うと、李は敬礼ののちその場を早足で離れ去った。張った身体の力を抜いた陳の目に、机の上に置かれた没収品目の書かれた手書きの紙が目に入った。その紙をペラペラとめくっていると、一つの単語が目に入った。
「……食糧、銀の袋入り……保存用か?」
我々はこの大洗というのが日本から来た学園艦だということくらいしか分からないが、最悪でも南京政府に断られてから何も補給を受けていないということは分かる。そうでなければあの様な紹介状は書くまい。そこにある食糧に保存用があるのは至って自然だ。
「……調べたら何かわかるかもしれんな。中山大に一個回させようか。」
今日から霜月。実際の旧暦だと10月くらいなのだろうか?いや、そんなことはどうでもいい。そんな呼び方はここでは嘘だというのは間違いない。いくら元来大洗学園艦がいろいろ回るとはいえど、この時期に図書室のクーラーが回りその上で袖をまくっても寒くない。夏という表現をしてもさして問題はないように思われるのは違和感がある。ただ一つ言えるのはこの環境がここで机越しにはす向かいの状況でひたすらにペンを走らせ続ける片眼鏡と中のおかっぱにとっては丁度良いということだった。
「……」
「……」
特別授業の合間を縫ってでもやらねばならないのは受験生なのだから当然だ。この片眼鏡の解いていた数学の問題のAの欄に解が書き込まれようとしていた時、はす向かいの人間もそのペンを置いた。思わずこの片眼鏡もちょいと早足で書き込む。向かいの人間が一つ伸びをしていると、片眼鏡は小声で話し掛けた。
「……ソド子。」
「私は園みどり子よ。それにここは図書室。静かにしなさい、河嶋さん。」
「……流石だな、風紀委員長。」
「元、よ。それで何の用よ。」
「静かにしなくていいのか。」
「いいから早く言いなさいよ。」
「丁度そちらも勉強の区切りが良さそうだからな。ちょっと気晴らしに水を飲みに行こうと思っているんだが一緒に来ないか?」
「……なぜ私を誘うの?」
「丁度近くにいたから、というのと話したいことがある。」
「話したいこと?……」
「ああ、ちょっとな。」
「……まぁ、元戦車道選択同士の縁ですし、下の授業の邪魔にならないなら行っても良いわ。」
「勿論だ。」
「それなら行きましょうか。」
二人はノートと参考書をたたみ、席を立ってその場を離れた。生憎水道は階段を降りた先にしかない。揃ってそこに向かう。そこに着くまで、河嶋が話すことはなかった。二つ並んだ水道に着いた二人が水をそれぞれ飲むと、先に口を離したソド子が口元を手で拭う。
「……それで話したいことって何よ。」
遅れて河嶋も口を拭う。
「いや、昨日私の借りてる寮の近くで何やら風紀委員が大規模な摘発らしきことをやったみたいでな。」
「それを元の私に言う?」
「それと今回、倹約体制、統制体制が導入され、寄港も補給も受けていないことは無関係ではない気がするんだ。」
「だから何よ。」
「……嫌な予感がするんだ。この無期限の寄港延期が続けば、私たちはセンター試験までに寄港できるのか、今までの努力が泡沫とならないか。」
「そんなの私たちにはどうしようもないから勉強を続けるほかないでしょうよ。」
「……それはそうだが、もう一つ。私は元々生徒会の人間だ。この状況、統制体制が導入されさらに風紀委員が実力行使を行ってまで治安維持を行わざるを得ないことがどれほどのことか推察はつく。」
「……」
「そしてこの暑さ。また我々は見捨てられたのかもしれないな。」
「そこら辺の交渉とかは生徒会に任されてるだろうし、風紀委員は風紀を守るだけよ。それゴモヨもパゾ美も理解してるわ。」
「……そして食糧備蓄が切れるまであと8日、これまでの状況からその期間でそれが解決出来ることに疑いを持ってしまう。たとえそれをやっているのが会長と柚ちゃんとはいえ。」
「そろそろ戻りましょう。辛気臭くなりすぎると勉強とモチベーションに影響するわ。」
「……最もだな。」
風紀委員室、そこでは終礼後丸くした机の外に並んだ人によってささやかな会合が開かれていた。
「聞かれてないわね?」
「ええ。反応は有りません。外も見張り付けたので大丈夫でしょう。」
「では早速始めていくわ。ハマコ、昨日の深夜はどうだった?」
「深夜は出歩き等は確認されませんでした。日中は場所によって風紀委員を避ける仕草を見せる人間が増えたそうです。」
「まぁ、そりゃそうっすよね。事情知らなきゃ私もそうしますよ。」
「そして昨日のカナンの反応も良好ということは、」
「この度のことで生徒会から一定の信頼を得られたことは間違いないと思います。」
ここに居るのは治安維持に関係する各担当長たちである。
「それとヤボク、新たな情報はないの?」
「活動も昨日から本格的に開始させたんすけど、どうやら本当に生徒会には動きがないらしくて……」
「武装とかは?」
「全く。」
ヤボクは両腕を広げて首を横に振る。
「……暴動が起こったらここ一番に襲撃されるところなのに呑気なものね。」
「こっちからしたら非常に好都合ですけどね。」
「それで、今回集まったのはどのようなご用ですか?」
「胡瓜の今後よ。その計画と今後の展開を確認するわ。」
「第二段階ですか。確か生徒会を出来るだけ孤立させるんでしたね。」
「第二段階についてはカナンに頼むわよ。私はハマコと最終段階の細かなところを絞っていくわ。」
ゴモヨの丁度向かいにいたカナンを手で指し示す。
「分かりました。まずは担当を派遣して辺りの『櫓』から順に落とさせていきます。」
「『櫓』は大体三つのうち二つ落とせば十分ですかね?」
「そうね。そして時機が来たら『二の丸』、のち『本丸』ね。」
「『本丸』は出来るだけギリギリに狙います。『厄介な番兵』に睨まれると面倒ですから、万が一睨まれたとしても相手には十分な時間を与えないようにします。」
「それで良いわ。一番『二の丸』が落としやすそうだけど、」
「『二の丸』が先に落ちそうならばそちらを優先し、その伝で『櫓』の一つを狙います。そこはこちらの判断に任せて頂けますか?」
「勿論よ。」
「……これが成功すれば、私たちには絶対的な正義が手に入りますね。」
「一つ良いっすかね?」
話の筋から離れていたヤボクが手を挙げて割り込む。
「何よ、ヤボク。」
「その正義に関してなんすけど、一つ案が有りまして。」
「何よ。」
「角谷会長の動向はあの人全然外に出てないので掴めてないんすけど……」
ヤボクは部下の集めた手持ちの資料も見せつつ、ある計画について口にした。それがひと段落ついた時、それを聞いていたゴモヨは次の様に纏めた。
「……つまり『肉まんが食べにくかったら割って冷まして食べろ』ということね。」
「例えはどうかと思うっすけど大体そんな感じっすね。これができりゃ『本丸』以外に我々の行動の正当性が手に入りますよ。」
ヤボクは得意げな笑顔を振りまく。
「確かに手は百個打っても損はないです。使えるなら使いましょう。」
「そうね。もし出来て目が離れたらそれはそれで好都合ですし。」
「ならこの計画はエドムのところに回すわ。エドム、頼んだわよ。」
「ええ、中学で変な動きのある奴は特に居ませんから喜んで全力を傾けます。ヤボク、貴女のところとの連携が大事になるから頼んだわよ。」
「はいはい。ま、私が言ったことっすし必要そうな情報も回しとくっす。」
「では任せたわよ。」
と紙を取って計画許可証を書こうとしたところでゴモヨは手を止めた。
「それで、この計画なんて呼ぶの?」
「さっきの委員長の例から肉まん計画というのは?」
「確かにこれまた間の抜けたような名前だけど……」
「あんまんにしましょう。」
「いや問題はそこじゃないっしょ。」
「会長だけに。」
そのカナンの言葉はその部屋を夏から一気にオイミャコンまで吹っ飛ばした。ここからそこまでの移動速度は音速なんかはるかに超えていただろう。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…………本当にすみませんでした。ですが真面目な案でもありますよ。」
「もうあんはいいわよ。」
「甘いものって全くと言っていいほど配られてないじゃないですか。ですから成功させて甘いものを食べられるようにと……」
他の5人は一斉に唾を飲んだ。配給で甘いもの、砂糖を使っているものは保存がききにくいため配給されにくい、というよりほぼされない。糖分摂取するなら備蓄を漁るか夏目漱石みたくジャムを食べるくらいしかない。
「……それでいきましょう。」
「分かりました。では早速準備を始めます。」
「以上で終わりにするわ。解散。」
30秒も経たぬうちに風紀委員室からその6人は消えていた。
食べ物の恨みは怖い。