チカレタ……いろいろと
風紀委員室では外は暗いが委員長が灯りをつけて資料を確認しており、その中に副委員長が入ってくる。
「ゴモヨ、今夜の見張り担当は無事出発したよ。」
「ありがとう。それでパゾ美、例の件は?」
「一応ハマコからのやつカナンとエドムの所からちょっと引っ張って深夜見回り増やしたよ。」
「そう、それで?」
「深夜見回りはちょくちょく入れ替えさせて、護身具の使用訓練やらせてるよ。」
「護身具の使用訓練って、この紙の?」
ゴモヨは持っていた資料を机の上に置き、ファイルから紙を一枚引っ張り出して見せる。そこには今回許可された護身具である鉄製の50センチくらいの細い棒による護身、効果的な攻撃方法が記されている。それを幹部層が深夜見回りから帰ってきた者たちに教えているのだ。
「そう、文部省からのやつ。これに則ってやってるよ。」
「了解よ。それを続けてちょうだい。」
「というよりも、何でこんなのの資料が残ってるんだろう。」
「これ書かれたのは学園艦が設立されて直ぐなんだけど、当時はまだ終戦から時間が経ってなくてまだ孤児とか浮浪者が街にいた時代なのよ。そして学園艦は重工業への大規模な公共事業であると同時に復興の希望でもあったわ。
確かにサンダースとか黒森峰とかの学園艦の方が大きいけど、それでも大洗学園艦は水戸、大洗、鉾田の復興のシンボルだったのは確かよ。だから孤児とか浮浪者はそれにすがろうと侵入した。資料見たけど開校から暫くはそういう人たちの犯罪がかなりあったみたいね。」
「そういう人たちの摘発を風紀委員がやってたの?」
「本土も似た状況だったからかまだ警察も学園艦に向けた準備が、即ち駐在所の人員などが十分に用意できてなくて、その穴埋めというのに生徒による自治という方針を引っ付けて風紀委員による治安維持が行われていたみたい。これはその時の引き継ぎ資料ね。」
「なるほど、でも警察も準備が出来てきて風紀委員が危険というのもあって5年後には大規模な治安維持活動からは身を引いたと。」
「ついこの前までの学園艦治安担当なんて治安のちの字位しかこなせてないのに、今じゃ警官と一緒に治安維持だからね。まぁ元々6割学生だと帰宅途中の下手な寄り道の摘発位しか仕事もないわよ。」
「それで訓練なんだけど、みんな試験期間中だしそこまで時間も取れないからあまり進みは良くないよ。必要人数が上手く使えるようになるのは早くても来月頭になるよ。」
「……来月、ね。」
「つまりゴモヨが言ってたことを実行するのはそれよりも先になるよ。それでも本当にやるの?」
「勿論よ。まだ補給が回復してないのだから私たちが動かないと。それとヤボクから新たな情報は来てないの?」
「私には来てないよ。今は活動量からしてまともな情報が上がってきそうにないね。」
「でも深夜見回りで学園艦の左側に見張りを優先的に回しているわよね。」
「うん、ゴモヨが前言ってたようにフィリピンへの交渉の船が出ていないか確認させてるよ。でも左側だけでいいの?」
「人数もかつかつなんだから絞るしかないの。私たちのいた場所から南西に、そして最近は西に進んでいることから、この学園艦はフィリピンの方に進んでいるわ。そしてフィリピンの首都マニラに行くなら、いやそれを抜きにしても南に行く必要があるわ。」
「それが学園艦の左側、と。」
「そうよ。ベトナムかどうか迷ったけど、より親日、親米なのはフィリピンね。」
「……それでゴモヨ。例の件をやる日は決めてるの?」
「一応ね。今後の進行に合わせて変えるかもしれないけど、実行する日は猶予が切れた時にするわ。」
「猶予……なるほど。その日なら何とかなるかな?じゃあその日に……」
「……では私たちも帰って明日に備えましょう。」
茨城県大洗町
町から外れていく通りから一本裏に入ったところに和の趣漂う一軒の家がある。そこの家にはここ4年半ほど老婆が一人で暮らしている。その和服の老婆が一つの持ち物と共に和室に入ってきた。腰を曲げているがそれに抗うように早く歩き、仏壇の前に正座した。
開けられた障子からは風が流れ、老婆の白髪にシワのある頬を撫でさせ、刺した線香の煙を入り口の方へ押し流す。そしてその煙の行き先は彼女には分からなくなる。
彼女は仏壇上段に並べられた2枚の写真立てを左に一枚ずつゆっくりとずらし、持ち物をそれらの右に加えた。それを整え終えると、彼女は姿勢を正座に戻し、無言で手を前で合わせた。しかし、彼女は心が口から飛び出すのを抑えられなかった。
「……何でだい?」
上段には写真立てが3枚並び左から女、男、一回り若い娘となっている。
「……あんたらが死ぬ前に喧嘩してたってことは聞いたよ。だけどさ、そんなに、そんなに心残りだったかい?」
彼女は前で合わせていた手を下ろし、膝の上で拳を作る。
「……どうして、こんなに早く娘をそっちに呼び寄せたんだい?まだ……17の娘だよ。」
いつもは覇気のある声で話す彼女にその様子はない。
「……この老婆を一人で残させて、何が面白いんだい!何でだい!何でだい!」
いつの間にか彼女は両目から涙を流しながら正座のまま前屈して畳を何度も叩いていた。
「……お仲間ごとまとめて連れてってくれたお陰でこっちは孫のための葬式も出来ないよ。今回のことで私は状況を聞く限り艦長を責めることも、学園を責めることも出来ない。何も、ないのさ。」
線香は風に掻き消されかけていて、煙がかなり手前から分からなくなっている。
「……なぁ、なぁ!そこまでかい!あんたは娘と和解するのに、10年も耐えられないのかい!誰も責めることも出来ずに残された、一人で寂しくそっちに行くしかないこの老婆の気持ちがあんたに分かるかい!」
彼女は立ち上がり、写真立ての一番左を睨みつけつつ叫びかけた。しかし、写真は柔かな顔のまま彼女を見つめ返す。それは他の二人も同様だ。無言だ。
「……もう、帰ってこないのね。急にぱっと見つかるなんてことはないのね。」
彼女は再び座り直した。暫く座って仏壇の台を見つめる。瞳を閉じ、手を合わせ直す。彼女は祈った。神でも仏でも他の如何なる高等なものに対してではない。ただ、3人の冥福のみを。
腰を上げた彼女は部屋を年相応の動きで出て行った。部屋には開かれた障子から風が吹き込む。
そしてその風がぴたりと止んだ時、ほぼ時を同じくして線香は根元を残してその輝きを失った。
輸送船は出航した。夜の闇の中を光も灯さず北に進む。角谷は来ている服にシワがつかないように気をつけながら椅子に座って書類を眺めつつ時を過ごす。書類の内容を確認しているが、スペルミスや変な所は見受けられない。流石試験を作る方のチェックは素晴らしいと感心していた。
「そんなに私のチェックが不安かい?」
いつの間にか正面に回っていた松阪が角谷に怪訝な顔で聞いてくる。
「いえ、むしろ私の出した提案内容の方が不安ですよ。」
「だがそれは私たち大洗の出せる限界に近いんだろう?」
「そうですね。強いて除いているとすれば有能な人材を送ることくらいでしょうか?」
「それはまた何故?中国には提案したんじゃなかったか?」
「中華民国には必要でもイギリスでは要りませんよ。私たちがロンドン大学の優秀な人材などに勝てるとでも?」
「無理だな。そしてイギリスに対する代わりの利点が戦車道、というわけか。」
「そこで押せるかどうかですね。そしてこちらの西住ちゃんという優秀な人材を向こうが信じるか、最悪でもそれを示せる機会を得られるか、が重要なポイントです。無論他にも優秀な人はいますが。」
「……そのカッコもその為か。」
「これでも妥協したんですよ。」
「まぁ、確か身分の高い人に会いに行くんだ。正装するのは妥当だな。提案してくれた方に感謝しなきゃな。」
松阪も自身のスーツの裾を整えながら話す。次に話すことがあるか角谷が思案していると、外に繋がる金属の扉の方から小石が当たるような甲高い音がした。それは連続して2回起こった。
「何だ?」
「破片か何か飛びましたかね?確認してみます。」
角谷は服の後ろに手を当てつつ立ち上がり、扉の方へ向かう。風はあまり吹き込んでこないところを見ると何かが当たった訳ではなさそうだ。その少し開いた扉をさらに開くと、そこには一羽の灰色の鳥が羽を畳んでいた。
「……鳥?」
「久しぶりだな。」
鳥がこちらを向きながらくちばしを開いた。
「……ああ、鳥さんか。久しぶり。こんな時にどうしたの?新しく情報でも手に入った?」
「いや、今回船で出かけているあたり補給が貰えるように交渉に行くんだろう?その為の応援みたいなものだ。」
「ありがとう。取り敢えず中入る?」
「お邪魔しよう。」
「水とか要る?」
「いや、わざわざ洋上で迷惑はかけられない。」
「まぁ、じゃ肩乗ってくれる?」
「了解。」
扉の隙間からちょっと飛んだ鳥は角谷の右肩にその両足を乗せた。そうすれば自動的に角谷の後ろにいる松阪にもその姿が見える。
「鳥か?角谷くん鳥なんて飼ってたのか?」
「誰だお前?」
「うぉっ!」
松阪は一歩後ずさり、顔を引きつらせる。
「この方は松阪先生。今回の交渉に同行してくださる先生だ。松阪先生、この鳥は確かヨウムって種類で喋れるんですよ。」
「あ、ああ、そうなのか……それで、この鳥は?」
「自分で言っていたことによると、私たちをこの世界に送った装置を作った人間が飼っていた鳥だったかな?」
「そうだ。今は学園艦の上を飛んでいる。」
いきなりのファンタシーな光景に瞬きの回数を増やしてさらに混乱を深める。動画とかでオウムが人の言うことを繰り返す光景は見た事があるが、ここまでまともに人間の言葉を話されれば常識が揺らぐのは当たり前だ。
「それで、どうなんだ?」
「どうって?」
「補給を受けられるのに必要なこと、それを分かっているのか?」
「勿論、私たちに補給を与えてそれ以上の利益があると思って貰うことでしょ?」
「だがその欠点は補給を与えることだけではないこともか?」
「だから、私たちは日本の学園艦じゃない。そう書いたのさ。」
「……正しくはどこの国の学園艦とも明記せずアルファベットで書いたんだろう。」
「……分かった。それじゃお邪魔した。」
鳥は繕っていた翼を戻して扉の方へ両脚を揃えて跳ねて行く。
「済まんが、扉を開けてくれないか?」
「とそうだ。一つお願いしていい?」
「ん?まぁいいが?」
「えっとさ、前に生徒会室であった時一緒にいた五十鈴ちゃんって分かる?」
「髪が長い方か、短い方か?」
「長い方。その子に協力してくれない?」
「構わないが、何をだ?」
「多分『風紀委員への調査』と言えば向こうが詳しく教えてくれるはずさ。」
「『ふうきいいんへのちょうさ』だな。そう聞いてみよう。それじゃあ扉をお願いできるか?」
「了解。」
角谷が両手で扉を開くと鳥は大空へと飛び去った。
「……これで大丈夫かな?」
「何だったんだ……今のは……」
「そういうものです。まだ香港までは長いですから、ゆっくり休みましょう。」
その日の夜、既に生徒会の者たちは床についていた。無論小山と華もそうである。しかし華はそのまま瞳を閉じる気にはならない。横の書類の乗った机を視界の隅に置き、主だった範囲は天井で占められる。
そろそろ配給開始から2週間以上が経つ。備蓄量が日ごとに減っていく様は気持ちの良いものではない。まだタイムリミットは先だが、食糧が無くなることと暴動が抑えられることに等号は成立しない。後者が先だ。即ちこれまでの交渉に必要な期間を考えれば今回の交渉の失敗がどのような影響を及ぼすか、華は心配せざるを得なかった。
そして風紀委員は優花里を協力させているようだが、こちらはそれさえも確認出来ていない。そしてそれが今も起こりかねないことは彼女の不安を増幅させていた。
明日も仕事はある。休まねばならないとは思っているが身体はそれに抗う。夜に眠れない時は羊を数えると良いとふと思い出し数えてみるが、頭の中でメェメェ鳴いてうるさい。それは山羊にしても変わらないので、頭の中で花を活けていくことにした。
剣山を前にして一本一本確実に集中して活けていく。今回の作品はやはり戦車だ。戦車が華々しく砲火をあげる様を示そうと力を込めて活けていく。
しかしその集中は一つの物音で途切れ、作品はバラバラに崩れてしまった。物音の正体を探しに身を起こすが、物がずれているようなところはない。しかしその間にもう一度2回何かを叩くような音がする。隣の部屋に繋がるどの方向でもない。
後ろだと気づき、そこにある窓側に向かう。カーテンを払うとそこには黒いシルエットが月に照らし出されていた。そしてその黒いシルエットは窓を再び先で窓を突いた。華はそれが人間ではないと確認して小山を起こさないようにゆっくりと窓を開ける。
「……鳥、ですか?」
そこにいたのは暗くてよくは見えないが鳥のようだ。
「……み、」
「えっ?」
「……水をくれ……」
「……えっと、前に阪口さんに連れられていらっしゃった鳥、ですか?」
「そうだ、だから早く水を……」
「あ、水ですね。分かりました。」
華は取り敢えず水道のある隣の部屋から水を一杯コップに汲んで持って来た。それを鳥のくちばしに近づけるとすぐさまそれにくちばしを突っ込み水をあっという間に減らしていく。
「……とても喉が渇いてらっしゃったのですね。」
「……はー、とにかく助かった。」
鳥は一回息を吐くとまた水を飲み始めた。
「……水だけですか?」
華がそう聞くと鳥はコップからくちばしを離し見上げた。
「何がだ?」
「目的ですよ。」
「いや、それだけじゃない。むしろこれからがメインだ。」
「皆さん寝てらっしゃいますので静かにお願いします。」
「ああ、分かった。ついさっき船がこの学園艦から出てきてたのを見つけて追ってみたらあの小さな会長が乗ってたのさ。そして話を聞いたら君の『ふうきいいんへのちょうさ』という仕事を手伝ってくれ、と頼まれたんだ。」
「風紀委員への調査ですか。」
「何をすればいい?そもそも風紀委員ってのは何だ?」
「風紀委員というのはこの学園艦の治安を警察と共に守っている組織だと思ってください。」
「ほう。」
「!そうだ!あなたなら風紀委員を見ていても怪しまれませんし、情報を探ってくれませんか?」
「構わんが、情報って何の?」
「教えてくださった情報も含めて今回の件に関する情報は学園艦の皆さんには伏せてあります。それを風紀委員が探っているかもしれないという情報が入ったので、どこまで掴んでいるか探ってください。」
「何故それが必要なんだ?」
「風紀委員が学園艦の数少ない暴力装置であり、そこが情報を集めているとなれば、警戒する必要があります。万が一暴動などを起こされては会長の交渉は意味を成しません。」
「なるほど。情報を探るか……限界はあるが何とかなるだろう。代価は餌くれないか、報告に来た時でいいから。」
「勿論です。それと、報告は私に直接お願いします。」
「そこの寝ている娘でもいいんじゃないのか?」
鳥は小山の方をくちばしを振って示す。
「いえ、この小山さんは風紀委員への調査に懐疑的です。私が行います。」
「……よし分かった。協力しよう。風紀委員はどうやって探せばいい?」
「おかっぱ、つまりちび◯るこちゃんみたいな髪型の人間を探せば大丈夫です。」
「……全員そうなのか?」
「はい。」
「クローンの類じゃないのか?」
「それぞれ髪の長さが違いますからそうではないです。あと風紀委員の前では喋らないでください。」
「聞き出すことは出来ないか……まぁ、やってみよう。」
「ありがとうございます!」
「水ありがとな。失礼する。」
「はい。何かあればお早めに!」
鳥は翼を広げ大空へ帰っていった。空の雲には隙間ができ、ちょうど月が顔を覗かせている。華は布団に戻ると、今度は花を活けることなく眠りにつくことができた。
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