広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。
あんこうって食べたことないんですけど、あれって頭つけたまま腹を二つに割いて出てくる肝が美味しいんですよね?


広西大洗奮闘記 19 ソロモンの子孫

次の日、学園艦に久々に流れ出した放送により学園艦内に統制体制が導入されたことを知らしめた。その放送を終えた角谷は生徒会長室に歩いて戻ってきた。中に戻ってくると小山と華の他にもう1人いる。

「ただいま、その人は?」

「会長、この方は学園艦で質屋を経営してらっしゃる坂木さんです。」

「どうも、質屋を経営しております坂木といいます。この度小山さんに呼ばれまして参った次第です。」

黒い帽子をかぶった少し小柄の男はこちらを向き帽子を外して深く頭を下げた。

「質屋さんか、よろしくね。生徒会長の角谷だ。用件は聞いているかい?」

「いえ、ついさっき来たばかりですので。」

「そう。じゃあ小山、ちょっとそこの椅子をこっち持ってきて。」

「はい。」

椅子は角谷の机の前に用意され、男はそこに腰掛けた。座っても腰が低いのは変わらない。

「それで、質屋の私へのご用事とは一体何でしょう?」

「坂木さんでしたっけ?坂木さん物の値段とか鑑定できますよね?」

「ええ、それが出来なきゃ仕事になりませんから。」

「ではお願いがあります。学園として今の状況はかなり不安定なのは分かるでしょう。だから、生徒会としても今持っている資金を将来的にも安定した価値のあるものに替えておきたいのです。そこで住民の皆さんから貴金属や高級品を買い取りたいのでその価値の判定をお願いしたいと思います。無論お礼はたっぷり支払いますよ。」

「今持ってらっしゃる資金はお幾らで?」

「小山、幾ら集められた?」

「現在1200万円程です。思ったより早く集まりました。」

「1200万⁉︎」

「元々戦車道とかに回した分とかも削りましたし、他にも色々と。」

「……なるほど。では何時から?」

「決まったらすぐに学園艦中に広めますから直ぐですね。報酬は3日で30万払いますよ。」

「……本当ですか?」

坂木は少し上半身を前に倒す。

「勿論。」

「では、させていただきます。」

「ありがとう。では、こちらからの要件を聞いてもらってそれが終わったら直ぐに始めましょう。」

「分かりました。」

角谷は坂木と他の二人を交えて話し合いを始めた。幾度か坂木が驚くような素振りを見せたが、先ほどの報酬を提案された為か全て受け入れた。

「それじゃあ、これでやっていただきますけどいいですか?」

「勿論です。」

「出来れば三日で殆どこの資金を使い切ってくださいね。」

「ええ。上限を設けて誘いますので。」

「あと店舗に生徒会の者を一人付けますので、何かあればその者を経由してお願いします。」

「分かりました。では仕事の準備があるので私はこれで。」

坂木は帽子を頭に戻して、カバンに詰められた札束を背負った数人の生徒会の者の付き添いのもと、生徒会室を去って行った。

「……会長、」

「どうした、小山。」

少しの間をおいて小山は発語した。

「報酬も紙切れですよね。」

「勿論!小山は紙切れ、さらに集められたらよろしくね。」

その日、角谷は学園艦内に2度目の放送をかけた。

 

 

統制体制の導入が発表される少し前、優花里はいつも通り火曜日の授業を教室で受けていた。そして3限の授業が終わり、次の授業に向けて片付けと準備に勤しんでいた。といっても何てことはない。教科書をカバンにしまい他の教科書とロッカーの資料集などを机に置くだけのことである。人と話すこともなくただ席に座って次を待つか戦車について少し考えるか迷っていた。すると休み時間にも関わらず自分の名を呼ぶ者がいる。方向から察するにこのクラスの後ろの方の扉からのようだ。そちらに視線を向けると、よく見た顔がこちらに向けて手を振っている。

「武部殿。お呼びでありますか?」

「ゆかりんちょっと来て。」

「はい。」

幸い準備も終わっているので躊躇いなく扉の方へ向かう。そして廊下まで出た優花里に向けて沙織は直ぐに話し出した。

「ゆかりんさ、この前の日曜日先に行っちゃったじゃん。」

「すみません、風紀委員の方に呼ばれたもので。」

頭を下げると沙織は慌てて右手の本来の二の腕を左右に振る。

「あ、いやいや怒ってるわけじゃないの。あの後さ、麻子も私たちより先に行っちゃったんだけど何か知らない?麻子に聞いても教えてくれなくて。」

「いいえ、何も聞いてはおりませんが?」

「そうかぁ、ゆかりんも知らないか。最近麻子の様子が変だから理由があるかと思ったんだけど。」

「……どういうところですか?」

「うーん……最近いつもに増して喋らなくなったりとか、あとはおばあちゃん、って言うと急に怒り出すようになったとか……寝てても駄々こねてても飛び起きるからね、ある意味有難いけど。」

「……急に怒り出すですか……そういえば、前に武部殿の家に冷泉殿が来たと伺った気がするであります。」

「ああ、そんなことあったね。」

沙織は思い出したように数度うなづく。彼女にとってはその程度のものだ。

「……どんなこと話されたか覚えてらっしゃいますか?」

「何だっけなー……」

右側頭部を右手の親指で突きながら左手の平で膝を支える。

「無線いきなり借りて……確か、世界史のエチオピアが何とかかんとか……」

「……えちおぴあ、で、ありますか?」

「世界史の教科書見れば思い出すと思うけど…て、そろそろ次の授業あるからまた後でね!」

「あ、はい。」

沙織はさっと言ってぱっと駆けて行ってしまった。

「……昼休みちょっと聞いてみますか。幸い今日教科書持ってきてますし。しかし、えちおぴあ……ですか。あそこの歴史は全く分かりませんね……」

優花里は頭のひらがな5つをぐるぐる回したまま次の授業に向けて教室に戻っていった。その為か次の授業の間に学園艦内に放送された統制体制の導入の案内は余り気にならなかった。

 

昼休みに入ると挨拶が済んだ後すぐさま弁当箱をカバンから引っ張り出し、机の上の教科書を加えて普通1科A組の教室に向かう。そして教室の後ろから頭を入れ名を呼んで廊下まで来てもらった。どうやら沙織の方もいつも通り食堂に向かうようで、話をするために食堂へ向かうことにした。西住殿を加えないのは少し心苦しいが、直感的に巻き込まない方が良いと思った。優花里は予め席を確保し配給を受け取ってくる沙織の到着を待つ。早めに来た為かそこまで並ばずに配給を受け取った沙織がトレーの上にそれらを並べて合流した。

「では先に食事を始めてしまいましょう。」

「そうだね。お腹も空いたし。」

「いただきます!」

優花里は弁当箱の蓋を開き、沙織は箸を手に取る。

「今日のゆかりんの弁当は……」

「流石に親もそう毎日キャラ弁にはしませんよ。」

「なんだ、つまんないの。」

弁当箱を覗き込んだ沙織は直ぐに口を尖らせた。どうやら見た限り港ごとのカレー屋は余り気にしていないようだ。優花里は沙織とたわいない話を続けながら食事がひと段落つき周りが騒がしくなってくるのを待った。しばらくして配給を受け取ったものも増えて空席は減り、2人が会話する声など目立たないほど笑い声などが飛び交い始めた。

「……武部殿。」

一つ咳払いした後に少し声のトーンを落とした。それに応えて沙織も背筋を伸ばす。

「……何処であるか、分かりますか?」

持ってきていた世界史の教科書をすっと沙織の前に差し出した。

「えっとね……」

沙織はそれを受け取ると全体の後ろの方のページに指を入れ、そこからとある時代を見つけるべく時間軸の一点に焦点を当てる。そして指はまもなくある一枚のところで止まった。

「ここここ。」

親指で教科書の中心を抑えながら差し出されたページを優花里はじっと見つめた。沙織の言ったひらがな五つはカタカナへと変換され、それがこの教科書に当てはめられる。だが、分からない。このページに何の意味があるというのか。

「冷泉殿が何故ここのページを開いたのかはご存知でありますか?」

「なんか無線貸してくれって言ってきてそれで繋げて聞いてみた後にいきなりそんな感じで言ってきたんだよね。無線は何言ってたか全然聞こえなかったけど。」

「……それでこのページでありますか……」

「分かる?」

「……いえ。あと他には何か言ってたでありますか?」

優花里はそのページの端を内側に軽く折り込む。

「あとはこの世界の何もかもに絶望しているとか言ってたかな?」

「冷泉殿がそんな厨二臭いことを⁉︎」

「私もよくわかんないけどそんな感じのことは言ってた気がする。」

にわかには信じられないが、嘘をつくような人だとも思えない上に嘘をつく理由も考えられない。

「どう?」

「ますます分からないであります。何もかも……何もかも……」

隣にある弁当がまだ少し残っているのも忘れて優花里は頭を抱えた。

「とにかくゆかりん、時間がある訳でもないから早く食べちゃったら?」

「そ、そうでありますな。」

優花里は再び弁当に手をつけた。彼女の母が味付けなどを考えないとは思えないが、それでも味足りない気がする。沙織も彼女の分の残りを食べ始めた。無言である。特に急いでいる訳ではないが、今悩んでいること以上に考えることを増やしたくない。最後の一口を口に入れると、優花里はさっさと弁当箱を片付け始めた。

「とりあえず、教えていただきありがとうございます。」

「そう?役に立ったのならそれでいいけど。」

「ちょっと冷泉殿について考えてみます。」

優花里はゆっくりと席を立ち、若干失礼とは思いつつもその場を離れようとした。

「あ、そうだ。」

それを沙織の一つの拍手が止めた。

「どうしたでありますか?」

「いや、確か麻子生徒会を手伝うとか言ってた気がするんだよね。」

「でも冷泉殿は学園にいらしていますよね。五十鈴殿みたいに働いていらっしゃる訳ではないと思いますが。」

「そうなんだよね。でも何かしら手伝っているんじゃないの?よく知らないけど。」

「……生徒会、でありますか。」

「どうしたの?」

「いえ……特に大事なことでは。ではすみませんがこれで。」

「あ、うん。」

優花里は人混みよりはマシなくらいの群れを掻き分けて沙織の視界から行ってしまった。

「……麻子、何を見つけたの……」

 

 

学園の授業は終わり、風紀委員の活動も開始された。ソド子もゴモヨも風紀委員室に向かい業務に就く。作業を始めてからそうも経たないうちに扉をノックする者がいた。

「どちら様ですか?」

「あ、すんません。ヤボクっす。」

「報告の時間はまだ後じゃないの?」

「ちょっと興味深い人物がいるもので。」

「まぁ扉越しもなんだし、入りなさい。」

「失礼するっす。」

丸眼鏡から顔、上半身、下半身の順でヤボクは部屋に入ってきた。

「それで、その人物は誰よ。反乱でも計画しているの?」

「いえ、むしろ逆と言ったほうがいいっすかね?」

「どういうことよ。」

「新たに生徒会に協力している人物が分かったので報告させてもらうっす。」

ヤボクは手持ちの資料を確認した。

「ウチの学年の首席の冷泉麻子って人物が日曜の食堂での配給のあと生徒会室の方に向かってましてね。それをたまたま見かけた部下が尾行して突き止めたそうっす。」

「冷泉さんが?」

「そうっす。ですがこれまで関係が見つからなかった事なども考慮すると、そこまで深い関係ではないんじゃないかと。」

「……変ね。冷泉さんがいかに天才かは角谷会長、小山さん、五十鈴さん含めて分かっているはずよ。関係があるなら利用しない理由がないわ。」

「そうっすけど、出席もいつも通りですしこれといった行動も見られないっすよ。冷泉さんに対する行動も監視しておけばいいんじゃないっすか?」

「それで良いんじゃない、ソド子。」

「……そろそろ試験だから監視を潜らないとは限らないけど、他に手段もなさそうね。ヤボク、引き続き情報は集めておきなさい。反乱の傾向があった時の鎮圧も早急にね。」

「了解っす。また何かあったら連絡するっす。」

丸眼鏡は一礼して素早く部屋を出た。やはり忙しいのだろうか、監視対象がここまで多いと。

「……ソド子、秋山さんの情報で生徒会が自分たちの利益のために補給を切ってないことは分かったんだから、私たちも素直に生徒会に協力していたほうがいいんじゃない?」

「確かに生徒会が補給を切った訳ではないことは言えたわ。」

「だとしたら監視をする必要もないでしょう、人員を割いてまで。」

傍にいたパゾ美はゴモヨの正面まで回ってくる。

「でも、彼女らは独裁過ぎた。」

「えっ?」

「彼女らは我々にとってとても、とても重要なものを、放棄した。」

「つまり?」

「生徒会は我々学園艦の住人に一言も勧告することなく家族、友人、その他多くの知り合いの人がいる日本の本土を捨てたのよ。」

「本土を捨てたって……」

「だとしたら台湾と交渉するはずがある?政府と同時並行で交渉しているということはないでしょうから、現在政府とは交渉してはいないでしょうね。つまり本土からの補給を再開されない。だとしたら学園艦には1月もの食糧が備蓄されているにもかかわらず、倹約体制始めてから2週間も政府との交渉を続けていないことになるわ。これは学園艦を残すことに並ぶ生徒会長の職務放棄よ。」

「で、でも補給が貰えないなら他の国に頼らなくちゃいけないでしょう?」

「別に補給を他国に頼ろうとすること自体はいいのよ。問題はそれを学園艦の住人に一切伝えてないこと。他国から補給を受けることになればその学園艦は他国のものも同然となるわ。それを住人に説明していないことが問題なのよ。私たちも親には簡単に会えなくなってしまうかもしれないのよ?」

「……た、確かに……」

「だから、計画は続行するわ。鬼を追放するまではせずとも、現状を生徒会長から伝えさせる。その為にね。」




忙しくて遅れましたすみません。
今後は週一で投稿できるようにします。

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