広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。

第三勢力、参上⁇


広西大洗奮闘記 15 狐は疾風に尋ねる

放課後、ある小さな会議室に来たのは丸メガネのヤボクだった。後ろから入って黒板の前に座っていたのはゴモヨとパゾ美である。

「……こちらに来なさい、ヤボク。」

「何っすか?」

「……調査を開始してから1日、何か進展があるはずよ。」

「進展……ですか?」

「まさか無いと言うつもり?」

「いや、あるにはあるんすけど、断定できないものも多いんす。」

「まぁいいわ。とにかく情報を出しなさい。あるんでしょう?」

ヤボクは持ってきていた紙をめくり始めた。

「ええと、まず船舶科内で情報統制と緘口令が敷かれていましてね、これには罰則、それも強制退学及び退艦というのが課せられているようなんで聞き出すのは厳しいっす。」

「……その緘口令に協力はしてるけどやっぱり随分物騒な罰則ね。」

「これに関しては船舶科内で決定したことなので生徒会に対して追求はできないっす。」

「……まぁ次。」

「次は生徒会長の角谷杏、についてっす。16日に艦橋方面に歩いている姿が確認されているんすけど、それ以降の目撃証言は無いんすよ。」

「生徒会室に篭っているんじ……え?」

急にゴモヨの顔が引き締まり、顎に手を当て顔を背ける。

「如何したの?ゴモヨ。」

「昨日生徒会室行った時、小山さんから話聞いたよね。」

「うん。」

「その時、角谷会長…居なかったわよね。」

「……まさか。」

「今学園艦に居ない可能性があるわ。」

「その可能性は既に調査を開始してるっす。ですが、断定までいくには時間がかかるっす。それと配給の終了後に生徒会の者が何か漏らさないかと見張りに行かせたんすけど、バレかけたらしいっす。」

「……それは大丈夫なの?」

「生徒会室を遠方から見張らせているやつによると生徒会側に動きは無いそうなんで大丈夫っすよ。」

「……気をつけなさいよ。」

「徹底させるっす。」

「……要するに、角谷会長が居ないかもしれない、それだけ?」

「そうっす。」

「そう、ありがとう。引き続き調査を続けなさい。」

「了解っす!」

丸メガネのおかっぱは敬礼を決めると部屋を飛び出していった。やはり調子のいい奴だ。

「……仕事はしてくれているようで何よりね。」

「そうだね。それで、ゴモヨ。」

「何よ?」

「鬼の居ぬ間に洗濯するの?」

「……鬼が居ないか未定だし、仮にそうだとしても流石に鬼の戻る前に準備が整わないわ。統制体制が導入され抵抗運動の準備が整って、そして生徒会が学園艦の住人に関する情報が隠匿されていると証明できるまでね。」

「……でもその鬼はこの学園艦を守ったカリスマ。倒して支持は得られる……かな?」

「だから前言った策があるんでしょう。」

「それはまだ取らぬ狸の皮算用だよ。」

「いいえ、それは一言で成り立つはずよ。テレビもネットも繋がらない今だからこそ、ね。」

 

 

夕刻 とある一軒家

この家は学園艦でも広い敷地面積を持つ部類に入る。庭も付いていて二階まである。随分と贅沢なものだ。

「……次の配給取りに行くのだれだ……」

その家の中のリビングで4人の少女がそれぞれ思い思いの本を読んでいる。それぞれ

『ローマの属州運営と商品作物』

『第二次世界大戦前後における移民社会の動向』

『守りきった城、の地理的優位性』

『幕末、明治維新における列藩会議論の果たした役割』

という興味がなければ手にも取らないであろう本を丹念に読み込んでいる。

「たしか、もんざだったと思うぜよ。」

「私か。丁度良い所なのだが時間も決まっておるし致し方無い。」

六文銭の赤いバンダナを巻いた左衛門佐が本に武田菱の書かれた栞を挟んで立つ。

「たしか暗証番号のやつはいつもの籠の中に入ってるはずだ。」

「承知。」

「行ってらっしゃい。」

左衛門佐は1人いつも通りの格好で家を出て行く。残った3人のうちリーダーのカエサルも本を置きヤカンで湯を沸かし始めた。

 

余談であるが、基本的にこの家で出される茶は緑茶が多い。日本茶派が2人、麦茶派が1人、気にしない人が1人だからだ。夏は麦茶が増える。

 

ヤカンの水蒸気が出口の笛を鳴らし、笛の部分を開いて用意していた湯飲みにそれぞれ注ぐ。こうしないと日本茶好きが文句を言ってくるから仕方ない。

湯飲みが程よく暖まった頃にそれを1杯ずつ急須に移し、すぐに戻す。黄色い日本茶を許せるのは麦茶派とカエサルのみだ。最後の一杯戻し終えた頃、本を畳む音がする。

「エルヴィン、読み終えたのか?」

「いや、もう5時か。」

「そうだが。」

左衛門佐の行った夕方の配給の時間まではあと少しだ。床に座っていたエルヴィンは腰を捻りながら立ち上がる。

「少し出かけてくる。」

「どこに行くぜよ?」

「グデーリアンの所だ。」

「グデーリアン?何かあるのか?」

「ちょっと聞きたいことがある。」

「エルヴィンがグデーリアンの聞きたいことというと……戦車のことぜよ?」

「まぁ、そんなところだ。」

「飯と外出禁止までには帰ってこいよ。」

「Why not.」

エルヴィンは机に置かれた湯飲みを空にして、少々冷蔵庫を覗いてから出かけて行った。

「しかし戦車道の授業が減らされた今、戦車に関しては聞きたいことって一体何だ?戦略論なら西住隊長に聞いたほうがいいだろう。」

「しかも時間も気にしていたから約束もしてしていたみたいぜよ。」

「と、そうだ。茶を淹れたから渡しとくよ。」

「おお、ありがたいぜよ。まぁ、帰ってきたら聞けばいいぜよ。」

「そうだな。」

カエサルが首のマフラーを払う。2人は風もないのにマフラーと法被が揺れたような気がした。

 

 

配給に向かう人の移動に軽く逆らいつつエルヴィンは道を急いだ。心の中で膨らんだ風船が針で割れない程度に突かれていた。何故だろう。自分でもこの膨らみを思うたびに嫌になる。そうこうしているうちに目的の場所の前に到着した。入り口では3色の帯が降っていっている。

「インターホンは……これか。これは直に入った方がいいな。」

扉を開くと中には椅子が数個並び、その正面には大きめの鏡が取り付けられている。

「失礼します。」

「はい。」

返事をしたのはグデーリアンにそっくりな女性だ。直に会ったのは初めてだが、彼女の母だとすぐに分かった。彼女の方もまたエルヴィンが客ではないと推察がついたらしい。

「どうしました?」

「すみません。戦車道でご一緒させて貰ってます、松本と言います。グデ……いえ、優花里さんいらっしゃいますか?」

「優花里ですか、ちょっと待ってくださいね。」

その女性は階段の下に向かい、下からグデーリアンの本名を呼びかける。その歓迎の返事は入り口にいたエルヴィンの下まで聞こえる。

「どうぞ。」

「あとすみません。これ宜しかったら。」

エルヴィンは手持ちの袋に入れていたものを女性に差し出す。女性はあらあらと言って受け取り、エルヴィンは一言伝えて階段を登って行った。

「エルヴィン殿、お待ちしておりました!」

「急で悪いな、グデーリアン。」

座布団を用意して部屋で待っていたグデーリアン、秋山優花里に挨拶するが、それよりも目に入ったのは部屋の壁を全て覆わんとする砲弾、戦車の部品、模型、ポスターなどの品だった。自身の家がシェアハウスのため、名の通り第二次大戦時期に造詣のあるエルヴィンでもここまでの品は持っていない。というより持てない。

「……初めて来たが、すごいな。」

「へへへ。恐れ入ります。」

頭のモフモフ頭を掻きながら優花里が答える。

「特に砲弾。今は戦車道をやっているから不思議ではないが、それよりも前から持っていたのだろう?」

「そうですね。戦車道始まってから買ったものはむしろ少ないです。」

「アハトアハトから38ミリまで、ドイツ以外のも多いな。」

「アハトアハトはIV号のよりも断然重いので、今でもトレーニングに使ってますよ。」

「……だから二つ持っているのか。」

「はい。それ以上は流石に手が出ませんが。」

話の通じる者同士だと会話が弾む。家にいるのも歴史好きばかりだが、好きな時代が一番近いおりょうとでもこうはいかない。話がさらに盛り上がろうとした時、扉からノックが聞こえてくる。

「失礼します。お茶でもどうぞ。」

「ありがとうございます。」

コースターの上にコップを乗せる。入っているのは好きな麦茶だ。

「それで、松本さんは戦車道でご一緒なんでしたっけ?」

「はい。III号突撃砲の車長をやってます。優花里さんには知識など色々と教えてもらってお世話になってます。」

「あらあら。だとしたらすごいエースの方じゃない。」

「え、エースだなんてそんな……」

「とりあえず、ゆっくりしてね。」

「それでは、お言葉に甘えて。」

優花里の母はコップを乗せていた台を持って部屋を出て行った。

「そういえばエルヴィン殿が松本、と苗字で呼ばれるのは珍しいと思います。」

「そうか?まぁクラスが違うから当然か。戦車道だと完全にエルヴィンだからな。クラスでは松本さん、だが。」

「あまりイメージが湧かないであります。」

「そちらがクラスでグデーリアンと呼ばれないのと一緒だ。」

「……分かったような、分からないような……それで、エルヴィン殿。今日はどうして約束までしていらしたのでありますか?」

エルヴィンは急に顔を曇らせ、それを帽子のつばを下げて隠そうとする。

「……一つ相談したいことがある。」

「相談、でありますか?」

「乗ってくれるか?」

「勿論であります!」

「……私は、見たんだ。」

「見た?」

「……今、大洗学園艦に倹約体制が敷かれているのは知っているな。それは、補給船が来れないが為に敷かれたものだ。」

「それが故に配給制をとっていますね。」

「だが、私は……輸送船が1隻、夜陰に紛れる形で学園艦から出発したのを……見たんだ。」

「えっ!ど、どどどういうことでありますか!」

「つい一昨日のことだ。外出規制の掛かる時間まで私は夜風にでも当たろうとテラスから海を眺めていた。そうしたらだ、何か音がしたんだ。間もなく学園艦の後ろ側から船が現れた。

おかしいとは直ぐに分かった。何せ夜で辺りは暗いのに明かり一つ付いてなかったうえにやけに低速だった。恐らくエンジンを響かせないため。つまり存在がばれてはいけない船、だということだ。」

「それは……補給を求める船、では?」

「いくら今の我々がネットもケータイも通じていない現状でも流石に何も通じないということはないだろう。そんな状況で停泊させないなら尚更だ。第一通信も出来ない状況で船を海に放り出す訳がない。つまり通信は何かしら取れるということだ。それならわざわざ船を出す必要はない。」

「……確かに。」

「グデーリアンも少しは気づいているだろう。この学園艦は南の島の港が使えないから補給が貰えない、という訳ではないと。」

「……それは。」

優花里の脳裏をよぎるのは、西を向く学園艦、麻子の不思議な行動、そして戦車道で急遽決まった砲弾の節約。

「……本当の理由は何だと思う?」

「……無難なところであるなら、文科省が補給を止めた、といったところでしょうか?」

「……妥当だが、それは私たちに隠すことか?しかもネットもテレビも繋がらないようにしてまで。今まで生徒会は廃校、廃校阻止の撤回など多種の情報を隠してきたが、ここまで徹底したことはないだろう。」

「……では、いったい……」

「ここから先は完全に私の想像に基づく予想だ。確証はない。自分でもまだ信じられていない。だが、これなら一番矛盾がない。」

「……何でありますか?」

「今いるのが……ついこの前まで我々がいた世界ではない、ということだ。」

「……へっ?」

「やはりそうなるだろうな。自分でも分かってないのだから。だが、それならネットもテレビも衛星放送もGPSも繋がらず、補給船も来ず、そしてそれが8日の光からガラリと変わってしまったこと、そしてあれ程強烈な光を浴びたにも関わらず誰も健康被害などが出ないこと。光が何か以外は説明がついてしまう。」

「……無理矢理な感じは否めないです。」

「だから相談に来た。生憎私の考える限りだとこれぐらいしか思い浮かばない。」

「何故そこで私なのでありますか?どちらかと言えば冷泉殿の方が考える事に関しては得意かと思いますが。」

「……グデーリアンの論理的思考、計画性の高さを借りたいのと、私がそもそもあまり冷泉さんと一対一で話せる自信が無いからだ。」

「流石に冷泉殿にはかないませんよ。」

「戦車についてのグデーリアンの説明は何時も分かりやすい。それはうちら全員の共通の認識だ。そして2度に渡る潜入の成功。制服の準備、輸送船の時刻も調べ上げている。並大抵のことでは無いはずだ。」

「そ、それは西住殿の為ですから……」

少し顔を紅くして優花里は顔を逸らす。

「とにかくだ。私はグデーリアンを頼りたい。」

「あの……今の話はカバさんチームの皆さんには……」

「まだ言っていない。皆何かと行動っ早いからな。それで、グデーリアンはどう思う。」

「……そうですねぇ。まだエルヴィン殿の言ったことが事実というのは時期尚早過ぎますが、何か隠されていることがある。それは船舶科が知っている。これは言えると思います。あともう一つ聞きたいのですが。」

「何だ?」

「エルヴィン殿は、この疑念を解いてどうしようとお考えでありますか?」

「どうする、か。私はただこれが嘘だと信じたい……本当なら私は戻れるまで親にさえ会えない。」

「そうで、ありますか……確かに私みたいに家族とともに乗艦している人の方が稀ですからね……」

「そして、もう戦車道で他の学園と試合も出来ないんだ……継続高校とか戦ってみたかったんだがな……」

「……」

「……聞いてもらって助かった。時間をとってもらってすまない。」

「いえ……」

「失礼する。また何かあったら相談に来てもいいか?」

「大丈夫です。」

コップを空にしてエルヴィンはコースターと共に静かに部屋を去った。部屋に残された優花里は座布団の上で座ったまま身体から熱がじわじわと奪われて行っているのを感じた。その為か優花里は次に部屋に母が入ってくるまで何分空いたのか知らない。

「あの松本さん、礼儀正しいしいい子ね。でも帰り際すこし落ち込んだように見えたけど優花里何かあったの?」

「……いいえ、特に何も。」

 

 




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