広西大洗奮闘記   作:いのかしら

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どうも井の頭線通勤快速です。
今後ですが、リアルが忙しくなるため更新頻度がかなり下がります。申し訳ありませんが、引き続き広西大洗奮闘記をよろしくお願い致します。


広西大洗奮闘記 13 清貧な酒飲み

中華民国 首都南京

「……そうか、分かった。失礼する。」

電話の向こうのものにそう言って蔣は受話器を戻した。

「……ふぅ。」

「それで、向こうの提案内容は何なのよ?」

蔣の目の前にはまたしてもチャイナドレスに身を包んだ彼の妻がいた。

「……長期的な補給物資の援助の代わりに技術者や現在保有の食糧、それに多量の鉄鋼の提供、だそうだ。」

「こちらから長期的に物資を与えるにしては少し向こうに有利な条件ね。」

「だが、鉄鋼の量が伊達じゃない。何せ15キロトンだって言うんだから。」

「15キロトン!」

「場合によっては増量しても良いそうだ。」

「将来的な対日戦に備えた武器製造にはもってこいね。だけど、そんな鉄鋼がどこにあるのよ?」

「……お前は、学園艦って知っているか?」

「名前くらいは。アメリカにいた時、歴史で昔イタリアとかでそのようなのがあったって聞いた覚えがあるわ。」

「今回の大洗、とやらはそれらしい。それも桁違いに大規模なものだそうだ。」

「確か大洗学園艦?ていうのは日本から来たのよね。日本がそのような物を作ったというの?信じられないわ。」

「こんなに分かりきっている嘘をつくとは思えない。誰が見ても嘘だと思えることを言って支援を貰おうとする間抜けはいないだろう。信じてみても良いんじゃないか?」

「……仮に信じたとしても確認はどうするのよ。」

「その学園艦がいるらしい場所を聞いた。日本の南の与論島、という島の沖らしい。今夜周に頼んで明日そっちに飛ばしてもらう。」

「戦闘機を飛ばすのね。だけど日本領に近づく訳でしょう。日本を刺激しないかしら?」

「日本の狙いは華北だ。予め理由をつけた上で通告すれば問題ないだろうし、それだけ大規模な船ならば遠目でも存在が分かるだろう。」

「なるほど、でも警戒は続けるべきね。」

「それと、向こうによると通訳らしき男は英語を話せるらしい。お前、明日上海に行ってもらえるか?」

「内容に関する議論は南京でやるんでしょう?どうして私が上海に行かなければならないの?」

「お前には1つ頼みたいことがある。向こうのリーダーが若い女子、だそうだ。仮にこの学園艦を受け入れたら彼女もこの国の運営に少しは関わることになるだろう。お前は彼女がこの国の運営に加わるに相応しいか確かめてもらいたい。」

「……分かったわ。明日朝向かって良いかしら?」

「頼んだ。」

「それじゃ、出発の準備に入るわね。」

そう言って淑女は蔣に背を向けて付き人の開いた扉から去っていった。

「君。すまんが茶を1杯持ってきてもらえるか?」

「分かりました。」

まだ扉に手をかけていた付き人は部屋から出てその扉を閉じた。蔣は机の上にある電話の受話器を取り、今度は一度交換局に繋いでから空軍軍官学校、略称空軍官校に繋いでもらう。日は結構傾いてきているが、向こうに繋がるのは思いの外早かった。

『こちら空軍軍官学校。』

「蔣だ。周学校長を頼む。」

『少々お待ちください。』

暫く間があったのでちょいと手持ちのメモを確認しておく。交渉で問題になるのは向こうの要求が長期的、最低3年であるのに対し、向こうが差し出すのは全て一時的なものである。確かに大量の鉄鋼は興味を引くが、この条件であまり良い結論は導かれないだろう。

『すみません。こちら周です。』

「蔣だ。忙しいところすまない。」

『どのようなご用で?』

蔣はこの周至柔に与論島付近にいる例の艦について詳細を述べた。

『……なるほど、その学園艦とやらが我々に援助を求めてきている、と。』

「そうだ。だがこちらとしても存在が確定していないものに援助はできない。その確認を君達の中の誰かに頼みたい、という訳だ。生徒の訓練のついでなどで構わないからお願い出来ないか?」

『……ですがそんな曖昧なところなら、初めから要求を蹴ってしまっても良いのでは?』

「もし真実なら鉄鋼を大量に貰える。空軍の強化を進められるぞ。もし飛ばしてくれて我々が受け入れることになったら空軍のさらなる拡張を約束しよう。」

『分かりました。明日都合をつけましょう。』

「まぁ本当に飛ばしてもらうのは日本に通告をした後だから、それの確認が取れ次第連絡する。その際に準備が出来ていれば構わない。」

『了解しました!』

向こうの通話が途切れたのを確認して蔣も受話器を再び戻した。

「これで、空はよし、と。」

一息ついたときちょうど付き人が茶を彼の机の上に運び、蔣はそれを口に含んだ。喉の奥から水が身体中に広がる。だが、まだ彼の仕事は終わらない。しかもあまり気の乗らない相手である。次に連絡しなくてはならないのは自分に2度逆らった汪精衛なのだから。

 

 

武部沙織。彼女は大洗女子学園にて戦車道を受講し、隊長車のあんこうチームの通信手として2度の大洗女子学園の勝利に貢献した。彼女の趣味の1つは結婚情報誌を読む、という彼女より十数歳年上の女性が持っていて不思議はないものだ。

 

夕方の配給後に夕食を摂った彼女は皿を洗剤で洗い、それの水が切れるまで待っている。何時もの彼女ならばそこで来月号の結婚情報誌を手に、夏休みにD○とかP○Pを与えられた小学生状態で読み込んでいることだろう。

しかし、この10月18日だけは様子が違った。彼女が手にしていたのはなんと世界史の教科書だったのだ。中間試験が近いのか、というとそうでもない。試験は一週間後の25日から5日にかけて行われる。彼女はこういうことに関しては真面目に勉強するたちではない。ことに理、社の記憶系は試験前日に急いで一夜漬けする、そんなものだ。

そんな彼女が何故一週間も前に世界史の教科書に目を通しているのか?おまけにその世界史の教科書の見ているページが次の試験範囲ではない箇所、第二次世界大戦前の国際情勢なのだから疑問に思うなという方が難しいだろう。

彼女は無言でその周辺を前後している。雨戸が締め切られ人工の光で埋められた部屋に、皿から垂れる周期的な滴下音、そしてこれまたかなり周期的な紙をめくる音が響く。彼女のページの往復の軸となっているページに書かれていたのはヒトラーとムッソリーニが並んでいる画像とそれの周りに書かれた文字の群れ。そのページの一番上に書かれていたのは

「エチオピア侵攻」

だった。

「麻子が言っていたのってこれよね……」

あの時みほにあんなことを言ったとはいえ、沙織自身も友人のあの奇妙としか言えない行動に興味を持たないはずがない。あの時友人が開いたそのページ、それに友人の言っていた絶望、の意味が分かるのではないかと文字に目を通す。

「……第二次世界大戦前、か。確かに絶望といったら絶望だよね。」

沙織も幾度かテレビのドキュメンタリーや8月頃に流れるニュースなどでこの戦いがどれほど悲惨なものだったのか知っている。だがこの絶望がなぜ友人の絶望に繋がるのか、どうしても理解が及ばない。友人にはあって彼女にはない絶対的な亀裂、それが彼女の思考を阻害していた。

「……」

水滴が垂れる音の周期は次第に伸びてくる。彼女の使える水から垂れる滴は壁を穿つには足らなかった。そして皿がタオルで拭いて問題なくなった頃、沙織は思考を止め教科書を棚に戻した。皿を片付け終わった頃にはもう彼女の頭の中は次の結婚情報誌までに寄港できたらいいな、という言葉に包まれていた。

 

 

10月18日夜 東京

「もう一杯いかがです?」

「ああ、ありがたくいただくよ。」

額から人の字型に何本かシワが通った男が差し出したコップに、入り口近くに座ったさっきの男よりは少し若い男が酒を注ぐ。

「それにしても、この度は個人的にお呼び頂きありがとうございます。知波単の代表としてお礼申し上げます。」

「なに、構わないよ。そちらから貰ったもののお陰で少し陸軍の要求も収まったからな。」

「そちらこそこの度頂いた物資のお陰で我々は放逐され滅亡する運命から逃れられました。これはそのようなことと比べられていいものではありません。」

「では今後も協力をお願いしますよ。西条学園長。」

「勿論ですよ。岡田首相。」

そう言って男は酒を口に入れた。すぐに喉には流さず、口の中でこねる。

「……ふむ、この酒結構おいしいな。」

「これは我々のいた世界でも有名な酒でして、我々の学園艦にも少ししか置いてありません。」

「それは勿体無い……」

「ですが、学園艦の中にそこら辺に詳しいものがいるのでそっちに送って研究させ、いつかこれ以上のものをそちらでも作れるようにしますよ。」

「ははは、それは楽しみだ。ささ、学園長も飲んでみたまえ。」

「ではありがたく……」

隣にいた女中の持った瓶から西条のコップに酒か注がれ、それを半分ほど一息で飲む。

「それで、今回私をお呼びになった理由とは何でしょう?」

顔を引き締めて問う西条に対し、岡田も口角を下げる。

「知波単の今後だ。現在は我が国の統制下に置いてあるが、それに反発するものもいる。陸軍などその典型だ。そんなものに金を、物資を使うなら対ソに向けた陸軍の拡張に回せと言ってきよる。特に知波単から貰った物資を陸軍にあまり回さず、鉄鋼も海軍に回したことを言っているのだろう。

私が政権にいる限りは何とかできるが、将来に渡って知波単の安全を保障することは出来ない。」

「……つまり、早く物資の補給を受けずに自立した体制をとれ、と。」

「そういうことだ。」

「幸い我々の学園艦では農地の拡張を進めていますが、計画が完全に遂行されても自給にはまだ足りません。我々が自立するとなれば、我々の学園艦に乗る者の一部を本土に移住せざるを得ないかと…」

「……満蒙移民として送るか……考えておこう。こちらとしてもそちらに住む住民が餓死されても困るのでな。」

「ありがとうございます。こちらからも有能な人間はそちらに送っていきますのでお使いください。それと、例の大洗の件ですが……」

「ああ、君達が断ってくれた艦のことか。断ってくれて助かったよ。これでもう一隻受け入れていたら私の身が危ない。」

あともう数ヶ月であなたの身が危なくなるんだけどな、という考えは頭の中に留めた。

「いえいえ、我々としても大洗とは良好な関係だったので沿岸の航行を許していただき感謝したいくらいです。」

「君達が言うにはかの艦は一回り小さいうえにあまり武装が無いようだからな。受け入れても利益は少ないし航行させても攻撃される心配も無い。これで手を打つのが妥当だ。」

「確かにそうですな。」

二人は少しほおを緩ませたのち、揃ってコップを口にあてた。その時、一人の女中が西条の右側の扉をノックし、岡田の許可とともに入ってきた。

「どうした?」

「廣田様よりお電話です。」

「廣田から?分かった。」

「廣田外相からですか?」

「ああ、おそらく中国関連だろう。」

コップを机の上に戻した岡田は少し不機嫌そうに席を立ち、部屋を出て行った。

自身の執務室に戻った岡田は受話器を持った女中から片手で受話器を握った。

「岡田だ。」

「首相、少しよろしいでしょうか?」

「手短に頼む。客人がいるんだ。」

「これは失礼。では早速。中国の蔣作賓大使から連絡で、明日与論島付近に大洗学園艦の存在を確認するため戦闘機を飛ばすことを容認してほしい、とのことです。」

「我が領土付近に戦闘機を飛ばすだと!認められるはずが無いだろう。」

「それが領土上空には入らず、我々は大洗の受け入れを検討する上での確認のみであるから容認してほしい、とのことです。」

「ふむ……それは陸軍には言っているか?」

「?いえ、首相への連絡が第一と思いましたので。」

「そのまま陸軍には伝えるな。蔣大使には黙認すると伝えろ。ただしできる限り遠方から確認し、与論島付近に大洗学園艦は存在する、そして万が一墜落した際にこちらは何もしない、と付けてな。」

「陸軍以外へは?」

「伝えずとも良いだろう。下手に陸軍に話が回って関東軍とかに動かれるわけにはいかない。中国にあの大洗学園艦が受け入れられるとは思えないがな。」

「分かりました。ではそのように伝えておきます。」

「頼んだ。」

 

 


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