ハリー・ポッターと曇天の大鷲   作:adbn

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一九九二年、九月一日。入学、あるいは帽子の見た本性。

 レストレンジ邸。食事を取る少年、アルテア。食事が終わった頃、一人の筈の少年が鋭く何者かの名を呼ぶ。ケリー。人の名か。答えは即座に現れる。人ではない。小鬼に似た外形。ずっと卑屈な態度。シーツをトーガのように纏った生き物。屋敷しもべ妖精(ハウスエルフ)。アルテアが高圧的に指示を出す。一通り話すと返答を聞かぬままに歩き出す。目的地はキングズ・クロス。ホグワーツ直通の列車の出発地。

 駅のホーム。人でごった返すそこにアルテア=レストレンジもいた。背中にバックパック。手に革のトランク。九番線ホームと十番線ホームの間の柱にもたれ掛かり、通る人間を観察している。自らの立つ柱の一つ進行方向側の柱、其処に向かって走って行く青少年達を見つけると、移動を始める。件の柱を通り抜け、九と(プラットホーム・)四分の三番線(ナイン・アンド・スリー・クォーター)へ。既に深紅の列車は来ており、早くも乗った生徒達もいる。アルテアも早々に列車の中へ。空いているコンパートメントを探し、入る。

 十分ほど経った後のこと。男女三人組が相席の可否を尋ねる。了承。

「私、ハーマイオニー=グレンジャー。こっちがネビル=ロングボトム。どっちもグリフィンドール二年。この子は新入生で、ジニー=ウィーズリー。貴方は?」

「アルテア=レストレンジ。名字では呼ばないでくれると助かる。諸事情で入学が遅れたから、学年は其処のミス・ウィーズリーと同じ」その科白をアルテアが言い終わらない内に、ロングボトムが口を開く。

「レストレンジって……()()?」

「ああ、そのレストレンジで合っているはずだ。……ロングボトム、両親が済まなかった。」

 女性二人に向き直る。

「同じコンパートメントに居たくないならご自由に。なんなら俺が出て行こう」

「き、君は君のご両親とは違う人だ」

「有難う。ミスター・ロングボトム」

「ネビルで良いよ」

 会話は其処までで途切れ、三人組の中で話し始めた。

 二時間も経ったろうか、車内販売が回ってくる。ロングボトムが蛙チョコレートを買ったのを契機に、三人は食事を始める。

 アルテアは読書中。題名は遥かなる神代~マグル伝承から考察する失われた魔法~。いつまでたっても食事を取らないアルテア。気になるのか時折目を向けるが言い出せない三人。そのまま時間が過ぎて行く。

 アナウンス。後三十分ほどで到着。グレンジャーが着替えるから出ていけと言う。コンパートメントの扉越しに話し声が聞こえてくる。

 十分ほどで入れ替わり今度はアルテアとロングボトムが着替える。アルテアがシャツを脱いだときロングボトムが驚きの声を上げる。

「ど、どうしたの、その左手!」アルテアの左手首には包帯。

「ん?……ああ、ちょっと怪我しただけだよ。そんなに心配することじゃないさ」本人が流せば、ロングボトム少年もそれ以上追及はしなかった。少女二人をコンパートメント外に放っておくわけにもいかない。少年たちがローブを着込み、女性陣を中に入れる。

 列車の停止。ホームに降りる。

「イッチ年生はこっち!」ぼさぼさの髪と髭。毛皮のコート。とてつもない大男が呼びかける。二手に別れる。グレンジャーとロングボトム。ジニーとアルテア。

 暗い水面。遠く聞こえる大きな波が崩れる音。一年生の列は湖の岸に着く。六人ずつ小舟に乗り込み、波に揺られて反対の岸まで。小舟から降り、再び列を成して進む。夜風の中で煌めく光。見上げて猶先の見えない尖塔。ホグワーツ城。彼らが七年間学ぶであろう場所。その威容に少年少女が呑まれるが、列は進んで行く。グリンゴッツの扉同様、五メートルはゆうに有るだろう扉を抜けた玄関ホールにはマクゴナガル教授。ディープロイヤルパープルに金刺繍のローブに、同色に細かい銀の五芒星を散らした三角帽という魔女としての正装である。先導を大男から代わり、新入生に組分けの儀式を行うと告げる。途端に不安から色めきたつ一年生達。しかし実際にマクゴナガルとアイアンブルーのローブを着た老人──ホグワーツ校長、アルバス=ダンブルドア──が儀式の用意をスツールに古びた三角帽を置くという形で始めれば、何を求められるのかと静かになる。帽子の裂目が口のように開き、各寮の選考基準を唄う。

 組分けの儀が、始まった。

 アッカーソン、ヘレン──グリフィンドール。

 アルフォード、ロビンソン──ハッフルパフ。

 バクスター、セドリック──ハッフルパフ。

 組分けは進み、アルテアの名が呼ばれる。

 「レストレンジ、アルテア」

 ざわめき。

 アルテアが帽子を取り上げ、スツールに座る。帽子を深々と被る。

 内側から、声。

 曰く、難しい。

 アルテアが呟く。誰でもそうではないのか。人は多面的で不可解で予測不可能な存在だろう、と。

 答えはない。

 曰く、無謀に近いと云えど勇敢。これはグリフィンドールの特徴だ。

 曰く、知識欲が強い。これはレイブンクローの特徴だ。

 曰く、目的が必ず手段に先行する。これはスリザリンの特徴だ。

 曰く、向くはスリザリンとレイブンクロー。より偉大になれるのは、スリザリン。

 応えて聞こえぬ声を落とすレストレンジ少年。

 それは、狼煙。それは、祈り。訪れ得た世界への、渇望の一片。

 ──俺は、両親(あのひとたち)とは、違う。

 ならば、と声がする。

 レストレンジ、アルテア──レイブンクロー。




おまけ:アルテアのスペルはALTAIR。日本語で言うところのアルタイル。鷲座の一等星。発音はアルト+エアー。

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