ハリー・ポッターと曇天の大鷲   作:adbn

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一九九八年、夏。エピローグ、あるいはひとつの祈りの末路

 それは叢であった。叢以外のものではなかった。一つの躯が倒れんでいたとしても。かつてアルテア=レストレンジと呼ばれた青年は、そこにいた。その場所にいた。

 否、あるいは居なかったのかも知れない。

 その場所には、既に何者も居なかったのかも知れない。

 

 何故って、その地にあるのは一人だけ。そして彼はもう起き上がらない。笑いはしない。泣きもしない。もっとも、それは丸一年も前からそうだったが。

 

 だから、此処には何者もいないのだ。

 精神(こころ)を失い、朽ち行くだけの肉塊と化した在りし日の魔人の残骸の他は、生命はおろか吸魂鬼すら近寄らないとなれば。

 

 数知れぬほどの死者を生んだ青年は、緩慢に死者の国への歩みを進める。

 神に祈らぬ青年は、誰に祈られることもなく消えて逝く。

 友人を捨てたからか。しかし彼が離れなければ彼らは生き延びることはなかったかもしれない。少なくとも彼らの意思は、殺されていただろう。純血にして純潔の魔法族の血統が保証するのは生命(いのち)だけで。決して精神(こころ)もそして魂も、その救済は必ず起こることとは限らないのだ。

 それとも、ロドルファスとベラトリックスの間に生まれたことが、罪だったのだろうか。

 

 ともかく。

 

 彼はもう、その杖を振るわない。

 

 その青年を看取る者もどこにもいない。

 彼を友人と呼ぶ者は二種。

 片方は来ない。彼らが望んでいたのは“レストレンジ家の当主”であり“半世紀に一度の呪術の天才”なのだから。

 もう一方は、来られない。彼らは何も知らないから。アルテア=レストレンジが殺人者として捕らえられたことも。その後、魔法界における極刑──吸魂鬼の接吻(キス)が執行されたことも。彼らは信じている。アルテア=レストレンジは幸福に暮らしているのだと。継承した有り余る莫大な財産を持って幸せに生きていると、彼らは疑わない。あるいは、魔法界に嫌気がさしてマグルにまじって暮らしていると思っている。

 

 それが、ただの幻想とは知らず。

 それが、都合の良いだけの空想とは思わず。

 

 しかし、それでも。

 

 この終わりはきっと、最善だった。

 

 この地点の他は、全てが英雄の勝利で飾られているから。

 たとえ、此処には絶望すら存在していないとしても。

 たとえ、未来が勝利者にやって来なかったとしても。

 

 これより良い終わりかたは、他に無かったであろう。

 

 悪は滅びた。

 死喰い人(デスイーター)は大半が死んでいる。

 彼は、生まれながらの死喰い人(デスイーター)。故にそんな青年もまた、未来を見ることなどない。ただ、それだけのこと。

 

 

 

 

 これは、絶望に辿り着くまでの物語。灯った祈りが息絶えるまでの、物語。


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