神話の時代。神々がまだ人と近しい場所に居た時代。
そこに一人の赤子が産まれました。
赤子が産まれたのは代々王族の近衛を務める家系であり、赤子もまた幼少の頃から王を守る為の武芸を鍛えます。
ある日少年に成長した赤子は、父に連れられて兄弟達と共に王宮へと赴く事となりました。そしてそこで、己が仕える王子達を紹介されたのです。
少年の一家は四人兄弟であり、同じく王子は四人居ました。そのため、一人の王子に一人が付く事となりました。
少年の仕える王子の名は、ラーマといいました。
それからの少年は、いつもラーマ王子と一緒に居ます。共に遊び、共に学び、共に鍛え、いつしか親友と呼ぶに相応しい間柄となります。
やがて少年は成長し、青年へと成ります。
ある日ラーマ王子がミティラーという国を訪れた際、王の娘、シータ王女と恋に落ちました。
ラーマ王子はシータ王女と婚姻を結び、自国へと連れ帰ります。それを両国の民や家臣達は祝福し、二人の未来は順風満帆であるかの様に見えました。
しかし、ラーマ王子は身内の謀略によって国を追放される事となってしまいました。
シータ王女は当然の如くラーマ王子に付き従い、ラーマ王子の弟であるラクシュマナ、そして近衛の青年も同行します。
王子一行が追放先であるダンダカの森にやって来ると、鳥王ジャターユと出会って友好を結びます。そしてジャターユに悩みを相談されました。
今森はラークシャサが徘徊していて、とても困っていると。ラーマ王子は放ってはおけないとラークシャサを追い出す事にしたので、青年もそれを手伝う事にしました。
見事ラークシャサを追い払った一行は深く感謝され、少しの間安息の日々が続きました。
後日、シータ王女が黄金の鹿を森で見つけ、それを捕って貰うようラーマ王子に頼みます。
願いを聞き届けた王子は鹿を捕らえに行き、他の者はその場に残りました。
三人が他愛もない話をしながらラーマ王子を待っていると、森の奥からラーマ王子の悲鳴が響いて来ます。
青年とラクシュマナ王子は、ラーマ王子がそう簡単に危機に陥ったりはしないと確信しているため、疑問に思いました。しかしシータ王女だけは、ラーマ王子を心配して二人に様子を見てきて欲しいと言います。
やむ終えずラクシュマナ王子はラーマ王子を探しに行き、青年はシータ王女の護衛に残ります。
すると二人の向かった方向とは逆方向から、一人の男が近付いてきます。
大方道に迷ったのだろうと当たりを付け、親切心から青年は男に話し掛けようとしました。しかしその直前に青年の背筋を冷たい物が走ります。
青年は自身の得物である槍を突きつけて問い掛けます。「お前は何だ?」と。
シータ王女は困惑の視線を青年に送りますが、男は不気味な笑みを浮かべながら姿を変えます。
十の頭と二十の腕を持つ化け物。ラークシャサの王。魔王ラーヴァナ。
青年はシータ王女を背にし、守る様に戦い始めます。直ぐに鳥王ジャターユが駆けつけてくれましたが、それでも戦局は拮抗するだけで、ジャターユの老齢による疲労によって徐々に押されて行きます。
そして一瞬の隙を突かれてシータ王女を空を飛ぶ戦車で連れ去られてしまいました。
直ぐに青年はジャターユの背に乗って追いかけます。
背後からラーヴァナの隙を突き、ジャターユが二十の腕の内十を喰らって背中に重傷を負わせ、ラナルタがラーヴァナの十の頭の内八と、二十の腕の内七を落とし、更には心臓を穿ちました。
しかしそれだけの傷を負って尚ラーヴァナは意に介さず、瞬く間に再生してしまいます。
そして反撃に振るわれた剣によってジャターユの翼は切り裂かれ、青年諸とも落下して行きます。
されど青年もただでは終わらず、手に持った槍を奥義を伴って投げつけます。
「ブラフマァァストラァァァァァァ!!」
捕らえられたシータ王女に当たらぬよう配慮された一撃は、見事にラーヴァナの半身を吹き飛ばしました。
しかし、それでも尚致命傷には至らず、ラーヴァナは再生した頭で青年を見据えて言いました。
「その顔、覚えておこう」
地面に衝突する直前、ジャターユは青年を庇って落下の衝撃を一身に受けました。
ジャターユは青年を庇った為に亡くなり、庇われた青年もまた、重傷を負いました。
やがて戦いを知った王子達が駆けつけると、青年はシータ王女がラーヴァナに拐われた事を告げて、気を失いました。
青年が目を覚ますと、そこは見慣れた自室のベッドに寝ていました。
自宅に居た両親に話を聞くと、ラクシュマナ王子が青年を背負って国へと戻り、その後ラーマ王子と共にシータ王女奪還の旅へと出たと聞かされました。
そしてラーマ王子から、たった一つだけ命を下されました。国を護れと。
後日、国にある知らせが届きます。内容はラーヴァナが軍勢をこの国へと差し向けた事。それを聞いた民衆は震え上がり、大半の兵士は恐怖でまともに戦えなくなってしまいます。
しかし青年はラーマ王子が帰ってくるこの国を蹂躙させてなるものかと、たった一人で城門に立ち続けました。
しばらくして現れたラーヴァナが差し向けたラークシャサや魔性の獣を含む軍勢を、たったの一人とて国内に入れず、飲まず食わずで延々と戦い続けました。
「我が身を越えて進む事は、三千大世界に挑むと同義と知れ!」
やがて青年の勇姿に感化された人々が武器を取り、共に戦い始めます。
永い永い戦いの果て、ついに青年は全ての敵を倒し尽くしました。しかし青年もただでは済まず、全身に傷を負い、今にも息が絶えかねません。
青年は城壁に寄りかかって座り込みます。ふと前を見れば、見覚えのある男性が女性を連れて近付いて来ました。
「今、帰った」
「……お帰りなさいませ、ラーマ様」
青年は霞んで殆ど見えない目でラーマ王子を見、次に王子が連れている女性を見ます。
「御無事で…なによりです、シータ様」
「…はい」
「あの時は、御守りできず……申し訳ありません」
青年の謝罪を、シータ王女は黙って受け入れます。
「余の命を、よくぞ守った。大義である」
ラーマ王子の労いの言葉を聞き、青年は言い様の無い高揚感に包まれます。
「……勿体なき、御言葉です」
その言葉を最後に、青年は静かに息を引き取りました。
ラーマ王子はその後王となり、青年のお墓を作りました。お墓にはこう刻まれています。
『勇敢なる戦士、ここに眠る』
やがて時が経ち、神話の時代が終わりを告げて尚、このお墓は残り続けました。
青年が仕えた王のお墓も、このお墓の直ぐ傍に建てられました。王自身がそれを望んだからです。
何処とも知れぬ場所。草原にも荒野にも大海にも大空にも見える不思議な場所にて、青年は目を覚ました。
「ここは何処だ?…………そうか。ここは、座と言うのか」
一瞬疑問に思った青年だったが、直ぐにその疑問は解消された。
青年は自分が知らぬ知識があることに違和感を覚えながらも、不思議と恐怖は無かった。
青年が座で与えられた知識を吟味していると、無視できぬ物があった。自らの主、ラーマ王に関する知識である。
ラーマ王とシータ王妃の生涯を知った青年は、悲嘆に暮れた。何故、どうして、と。
そして誓った。必ずや王と王妃を再会させ、二人に幸福な時をもたらすと。
そう決意した青年の元に、一つの知らせが届いた。
『聖杯戦争』
万能の願望器を巡って殺し会う魔術儀式。そのサーヴァントとして、青年が呼ばれたのだ。
青年は迷わずこれを了承した。胡散臭くはあったが、二人の幸せのためならばと。仮に嘘であっても、また別の方法を探せば良いと判断して。
青年の名はラナルタ。正史では存在しなかった英雄の名である。
さて、ラナルタをどの聖杯戦争にぶち込もうか?