「しかし、お前あんなに強かったんだな」
ジェームズ・プリンダーガストが感心したように言った。
「学年一の天才君をコテンパンにしちまうなんてよ」
「コテンパンって言うか、殺すところだったけどね」
ソフィー・プリエットは感心半分、呆れ半分といった様子だ。
「あの程度、当然だ。私は天才だからな」
セシリアが薄い胸をふんぞり返らせながら言った。
あの戦い、もとい『闇の魔術に対する防衛術』の後セシリアは保健室には行かず、普通に大広間で過ごしていた。
今現在はジェームズとソフィーと共に雑談しながら、魔術の研究日誌を書いている。
意外な事に、スリザリン生はあんな戦いをしたセシリアを恐れるどころか、グリフィンドールの点を稼ぎまくるサクマに対抗できる人間として持て囃した。
これまではスリザリン寮が優勝し続けていたが、ハリー達の代からグリフィンドール寮が連続で優勝してきた。その上、寮監にトム・リドルが付いていた。
いい加減、スリザリンはグリフィンドールに目に物見せてやろうと思っていた。
しかし最も優秀な新入生、つまりサクマはグリフィンドールが取ってしまった。スリザリンは益々辛酸を舐めさせらた。その対抗馬になりえる学生がやっと出て来たのだ。多少恐ろしかろうと、持て囃してしまうのも仕方ないという物だ。
「しかし、何で普段の授業ではポンコツなんだ?」
「それは私の事を言っているのか?」
セシリアが睨みをきかせた。
隣にいるソフィーがそれに震えるが、ジェームズはあっけらかんとしている。
「当たり前だろ。見ろよこれ、お前が使った『防音呪文』で受けた傷だぜ?」
そう言ってジェームズは左腕を見せた。
そこには、拳大の焼け跡が付いていた。一体どう『防音呪文』を使ったらそうなるのか。
「流石『スリザリンの暴帝』だぜ」
「何だそれは?」
「俺が今作った。すぐ暴走するからな。お前自身と、主に魔術が」
「確かに、セシリアって暴帝って感じするわよね〜。でもスリザリンの帝っていったらグリーングラス先輩が居るから、その渾名はダメでしょう?」
「グリーングラス先輩はもう帝でも何でもないだろ。あの人、ほとんど人前に姿を見せなくなったじゃん」
「傷心の身なのよ、リドル先生が死んで」
「なに?」
それまで興味無さげにしていたセシリアが、ダフネに関する話に食いついた。
「グリーングラスというのは、あのダフネ・グリーングラスか?」
「そうだけど、知り合いなの?」
「いや、知り合いではない。だがどんな人間かは知っている」
「あれか、『聖28一族』同士の繋がりか?」
「違う。私はついこの間までマグルの孤児院にいた」
「え、じゃあ魔法をおぼえたてなのか?嘘だろ?」
「本当よ。私も『聖28一族』の一人だけどセシリア、というよりゴーント家の話は聞いたことないわ。もし魔法界にいれば、『聖28一族』の話は絶対に耳に入ってくる。それがなかったってことは、そういう事よ」
そういうものか、とジェームズは納得した。
ジェームズはスリザリンにしては珍しく、血筋というものに興味がない。
「くくく!しかし、そうかそうか。ダフネ・グリーングラスは傷心か!」
「お前『くくく』って笑うんだな。やっぱお前は暴帝だぜ。だって、『くくく』なんて笑い方する奴はそうに違いない」
ジェームズが挑発するような軽口を叩くが、セシリアは怒らない。どころか、非常に愉快そうにしている。
そしてセシリアが笑う中、一人の男がスリザリンのテーブルに近づいたきた。
「やあ、ちょっといいかな?」
「てめえ、何の用だ?」
朗らかに話しかけてきたのはユウ・サクマだった。
それに対して、真っ先に反応したのはジェームズ。ジェームズはあまりサクマの事を良く思っていない様だった。
「僕もセシリアも校長室に呼ばれてるんだ。一緒に行こうと思って、誘いに来たんだ」
「貴様、正気か?」
セシリアは先程までの愉快そうな表情を引っ込めた。
命を賭しての戦いの後、戦いの相手と共に行動したがる奴はそうはいない。それが敗者となれば尚更だ。
それを微塵も感じさせないサクマの態度に、流石のセシリアも少しだけ驚いた表情を見せた。
「……魔力が枯渇したというのに、随分と回復が早いな、サクマ」
「僕は少し特別だからね。それより、君は全然疲れてなさそうだね」
「私と貴様では格が違う」
サクマはその上からの発言に肩を竦めた。
「プリンダーガスト、プリエット私は少し出掛けてくる」
「それじゃあね、二人とも」
セシリアが席を立ち、サクマがそれに追従する形でついて行った。セシリアはサクマについて来る許可を出さなかったが、咎めることもしなかった。
◇◇◇◇◇
かつて、合言葉を知らなければ絶対に入る事が出来なかった校長室だが、今現在は校長が招けば普通に入る事が出来る。
セシリアとサクマが階段を上がり、校長室の前に立つと一人でにドアが開いた。
校長室の中には、三人の人間がいた。
「ほお、随分と早く仲直りしたようじゃの。結構、結構」
サクマとセシリアが一緒に、と言っても全く仲は良さそうではないが、校長室に入ると待ち受けていたダンブルドアが満足そうに出迎えた。
「いやあ、元々喧嘩なんてしてませんよ。ただちょっとじゃれただけです」
無言のセシリアに対し、サクマは笑顔を浮かべた。
「じゃれた?あなた達はあれがじゃれだと言うんですか?なんて、なんて子供達なのでしょう!?」
自分の授業が妨害され、教室に多大な被害を受けたアンブリッジが怒りからか恐れからか、ヒステリックな声を出した。
それに対して、サクマはただニッコリと笑みを返した。
一方セシリアは元から話を聞いていなかった。今は校長室に置いてある無数の本と、不死鳥のフォークスを興味深げに見つめていた。
「子供達と言うのは実に不思議なものじゃ。時として、わしらが思いもつかぬ様な事を、当然の様にやってのける事がある。彼等の戦いがじゃれただけなのかどうか、わしら大人には判断出来ぬじゃろうて」
ダンブルドアの弁護に対し、意見を唱えたのは現魔法省大臣。つまり、ルシウス・マルフォイだ。
「じゃれただけなのかどうかはさて置き、アンブリッジ教授と彼女の教室に多大な被害をもたらし、他の真面目な生徒達の授業を妨害したのは事実。これをどうお考えで?」
「然るべき罰を与えるべきじゃろう。“然るべき”の」
ダンブルドアのエメラルド色の瞳がルシウスを見据えた。
「……まあ何はともあれ、魔法省はこの件を重く見据えています。生徒間のじゃれ合いで、前任の教授に起きた様な痛ましい事件が再び起きるのは、誰も望まぬ事でしょうから。そこで彼女、ドローレス・アンブリッジ女史に従来よりも強く生徒達を罰する権利を与え、治安を守って貰う決定を下しました。魔法省の役人、及びホグワーツの理事全員の署名がありますが、ご覧になりますかな?」
ルシウスは懐から書類の束が入った封筒を取り出した。
「おお、それには及ばんよ。わしはお主を信じておる。書類を誤魔化すような真似はせんじゃろうとな」
「左様で。なればこの件、私がもう関わる必要は無さそうですな。それでは、失礼」
ルシウスはチラリとセシリアとサクマを見た後、足早に去っていった。
「それでは、わたくしも失礼させていただきますわね、校長。これから“色々”と忙しくなりそうなので」
アンブリッジが後を追う様に去っていった。
それを見届けたダンブルドアは、二人の方へと向き直った。
「ミス・ゴーント、その本が気になるかね?」
「ええ、面白そうです。何冊か借りても?」
セシリアは本棚にある本を幾つか指差した
「勿論構わぬとも。本は好きかね?」
ダンブルドアが本を手招きすると、セシリアが指名した本の数々がゆっくりと飛んできた。
セシリアはそれらを全て手で受け取り、愛おしそうに表紙をなぞった。
「人並みには」
「ではあの魔法の数々も本から学んだのかね?」
人並みには、と彼女は答えたが彼女の読書量は一般のそれを遥かに超えている。
そしてそれは、ダンブルドアもだ。故に、ダンブルドアは不思議に思っていた。
ダンブルドアは学校の図書室の中にある全ての本を読んでいる。だが彼女が使った呪文の中にはそれ以外の知識が使われていた。
必要の部屋で新たに本を生成するという事が出来ない以上、一体彼女が何処からそれらの知識を手にしたのか?
「自らの魔法の源を他人に話すのは三流だと、私は考えます」
「なるほどのお……。ミスター・サクマお主はどうじゃ」
そしてそれは、サクマにも同様の事が言えた。
「同意見です。僕も本は好きですが、魔法の知識を他人にひけらかすのもあまり良いとは思いません」
これはある程度名の知れた魔法使いであれば当然の事だ。
現に、ダンブルドアも他人にはほとんど自分の事を話さない。他人に自分の事を話す事、それは弱点になるからだ。だが、それは飽くまである程度名の知れた魔法使いの話。普通、学生というのは自分の力を誇示したくなる。
かつて、学生時代のダンブルドアは特にそれが顕著だった。しかしこの二人は、セシリアは少々傲慢だが、魔法についての知識をあまりひけらかさなかった。
その魔法使いとしては正しく、学生としては正しくない様子はダンブルドアの疑念をやや大きくした。
「ふむ、確かに魔法使いである以上、秘密というのは付き物じゃろう。じゃがの、君達は飽くまで学生じゃ。わし等教師の保護下にある。それは分かるかの?」
二人は黙って賛成の意を示した。
「そしてわし等教師は生徒の安全を守らねばならぬ。ミス・ゴーント、君が最後に使った『爆発呪文』、と言うてもほぼ別の呪文と化してるこの呪文に関しては、説明して貰わねばなるまい」
ダンブルドアが机の棚を開け、セシリアが戦いの最後に使い、一時的にダンブルドアが封じた『爆発呪文』を取り出した。
「わしの見立てじゃと、これを無差別に放てば、少なくとも周囲200メートルにおった生物はみな焼死しとったじゃろう。流石にこれ程の呪文の出所を明かさないままにしておく事は出来なんだ」
つまり、これ程の呪文が他の生徒に使われては堪ったものではない。悪用されない為にどうにかするから、出所を明かせ、という事だ。
尤も、それは表向きの理由であり、真の目的はセシリアの力の一端を探る事だ。
セシリアもそれには気付いている。というより、自分が放った呪文をダンブルドアが持ち帰った時点で、その様な質問が来る事を予想していた。
「それでしたら、私が自力で作りました。これがその研究日誌です」
「見せてもらっても良いかね?」
「勿論です。その為に持ってきましたので」
セシリアが取り出したのは、今さっきセシリアが大広間で急遽書き上げた魔術の研究日誌。
苦難に当たりながら、それでも一歩一歩研究を進めた努力の日々が綴ってある。勿論、つい数時間前に適当にでっち上げた物だが。しかしダンブルドアは知る由も無い。
それ見たダンブルドアは、出来すぎている、と感じた。
日誌の内容が、ではない。セシリアの対応がだ。
セシリアが予め用意していたこれが本当の事であれ、適当にでっち上げた物であれ、セシリアの知られて不味い物が書いてあるはずがない。それはダンブルドアにとって良くない事だ。
しかし、表向きの理由が生徒の安全の為である以上、これ以上の言及は出来ない。
「それでは、私はもう宜しいですか?校長」
セシリアのそんな言葉を遮ったのは、ダンブルドアではなくサクマだった。
「ちょっと待って!僕の話が終わるの待っててよ。そしたら、一緒に戻ろうよ」
「断る」
セシリアはそう言い残すと、スタスタと校長室を去っていった。
「いつもこれなんですよ。僕は彼女と仲良くしたいと思っているんですが」
サクマはセシリアが去った扉を残念そうに見つめながらそう言った。
「人と人との繋がりと言うのは不可解なものじゃ。思わぬ事で破綻し、思わぬ事で強まる。それを制御する事は叶わぬ。しかし関わろうと思わねば始まりもせぬ。そこが面白くも、厄介なとこじゃの」
「ええ、僕も同意見です。そして、僕はセシリアとだけじゃなく、貴方との関係を始めたいとも思ってます」
「それは良い提案じゃの、ミスター・サクマ!ここにちょうど良く、スラグホーン先生から貰ったオーク樽成熟蜂蜜酒がある、一杯どうじゃ?」
「是非」
こうして、二人の夜はゆっくりと過ぎて行った。
次の日、アンブリッジはホグワーツ高等尋問官に就任。
また、その一週間後に高等尋問官親衛隊を結成。
そして高等尋問官親衛隊に真っ先に加入したのは、ダフネ・グリーングラスだった。
それは即ち、スリザリンの女帝の復活を意味していた。
◇◇◇◇◇
二羽のカラスが森の上空を飛んでいた。
カラスは並走したまま森の中に入ると、手頃な地面へと並んで降り立った。
カラスが地面に降り立った次の瞬間、カラスは居なくなり、その代わりに二人の美しい男女が立っていた。
二人はそのまま暫く歩くと、何もない所で立ち止まり、杖を取り出した。
二人の杖からポッと淡い光が放たれ、フワフワと進むと、2メートル程行った所で何かに当たって消えた。するとさっきまで何もなかったはずの空間から、数多くの獣達が現れた。
否、現れたのではない。
元々そこにいたのだ。
ただ、保護魔法により検知することが出来なかったのだ。
二人が結界の中に入っていくと、再び結界は閉じ、また全員の姿を隠した。
二人がそのまま奥へと進んでいくと、一人の金髪の少女と全身黒づくめの男が木のテーブルでチェスをしていた。二人はそのままテーブルまで進み、何も言わずに席に座った。
「今年のホグワーツはどうだった?」
勝負の最中に勝手に同席されたというのに、少女は──ルーナは気にした様子もなく問いかけた。
「最悪ね。あいつの後任の女が特に。ただ、貴方の後任はまあまあだったわね。生徒に媚び売ってるのが気にくわないけど」
今来たばかりの白銀の少女、クロがそう答えた。
「スラグホーン教授か。過去、吾輩も指導を受けていた。彼が特定の生徒を贔屓するのは彼なりの処世術だ。あれで案外、上手く世を渡っている」
ルーナのチェスの相手──スネイプはそう言いながら、チェスを一手進めた
「個人的には、スラグホーン教授は嫌いではない。というより、アンブリッジと比べれば誰だって好きになる」
クロと共に席に着いた男──ヨルはしみじみとそう言った。
スネイプはアンブリッジ。の名を聞くと、不機嫌そうな顔をより一層不機嫌そうにした
「私はそのアンブリッジ先生って人に興味あるな。名前が素敵だもん。ドローレス・アンブリッジ!ほら、素敵でしょ?」
「ラブグッドよ、あまりそう言ったよくわからない価値観で人を判断するな。恐らく、アンブリッジと貴様は相性が悪い」
ルーナのアンブリッジへの謎の高評価を、スネイプがたしなめた。するとルーナはそれを素直に聞き入れた。
案外、この二人の相性は良いらしい
「それにしても、あいつも貴方もよく教師なんてやってたわね。まったく、面倒でしょうがないわ」
クロがポンポンと自分の肩を叩きながら言った。
「お前の教科なぞ、誰かが死ぬ予言でもしていれば良いのだろう?」
「それが大変なのよ!貴方も一度、やってみるといいわ。大袈裟に誰かの死を予言するのって、案外ストレス溜まるものよ」
スネイプが両手を挙げて、降参の意を示した。
彼が占い学の教授をするなど、一体誰が得をするのだろうか?
四人が会話していると、一人のケンタウロスが近づいてきた。
「アイベリー様、今月の予言です」
「ありがとう、フィレンツェ」
フィレンツェと呼ばれたケンタウロスは、自分達の種族が予言した予言と、その方法を書き留めた羊皮紙をクロに差し出した。
「これで生徒達が喜ぶわね」
クロが面倒くさそうに羊皮紙を捲った。
「私は生徒として潜入して良かった」
その様子を見たヨルがしみじみと言った。
クロは一瞬反論しかけたが、自分でこの役割分担になる原因を作ってしまったことを思い出して黙った。
「はあ、そろそろ行く時間ね。今月分のアレを貰えるかしら?」
「これで良いな?」
スネイプはトランクを二つ取り出し、中を見せた。
中には幾つもの小瓶が入っていた。小瓶の中身は、少なくともかぼちゃジュースではなさそうだ。
「ありがとう、スネイプ。それじゃあ、行きましょうか」
「うむ、いつもすまんな。それでは失礼する」
二人はそう言うと、再びカラスになり飛んで行った。
スネイプは二人が飛び去った後を暫く見つめた後、ルーナの方に向き直った。
「随分と静かだったではないか」
ルーナは基本、おしゃべりな方だ。
それが久々に会う相手となれば尚更。
だが今日は静かにしていた彼女の様子を見て、スネイプがほんの少しだけ心配そうに問いかけた。
「うん!だって、こっちが忙しかったんだもん。でも、これで終わりだと思うな。ほら、チェックメイト」
スネイプは本日二度目、両手を挙げて降参の意を示した。