もし不可解なところがありましたら
『ハリー・ポッターと謎のプリンス(上)』の第10章ーゴーント家をお読み下さい
ハリーはあの日以来、ロンと口を聞いていなかった。いや、正確にはあの夜あの場にいた全員と、口を聞いていなかった。口を聞かせて貰えなかった。
あの日、ハリーは親友や愛した者達の真実を知り、深く傷ついた。だが、それを乗り越え、新たな関係を築きたいと考えた。
しかし、そのチャンスは巡ってこなかった。
唯一、ハーマイオニーが『あの夜から今日まで、何処にいたの?』と聞いてきたが、ダンブルドアとの約束で答える事が出来なかった。それ以来、ハーマイオニーとも話さなくなってしまった。
ハリーはより一層傷ついた。
その上、ハリーが傷心の状態で迎えた新学期、事態はより深刻な物になってしまった。
ダンブルドアの言葉で目の当たりにしてしまったのだ。
自分が殺したリドルが、どれほど愛されていたかを。
彼の死を告げられた生徒達や教員達は、年齢も寮も関係なく、彼の死を惜しんだ。いや惜しんだ、などというレベルではなかった。
ハリーが四年生の時、ダンス・パーティーで共に踊ったパーバティ・パチルは美しい少女だった。髪や肌の手入れを怠る事なく、美を磨き続けていた。
そんな彼女は、自らへの自信で常に輝いていた。
だが今日、ハリーの前に座っている彼女は美しさの欠片もなかった。
艶やかだった髪は汚れきり、艶やかだった肌は荒れ果てていた。そして何より自らへの自信が、輝きが消えていた。今の彼女の頭の中には、彼が死んだ事への悲しみしかない。自分の事を考える余裕がないのだ。
聞けばパーバティは『魔法アロマテラピスト』を目指していたらしい。
そんな彼女の夢をリドルは熱心に聞き、出来る限りのサポートをしていた。
リドルは彼女の為に『魔法アロマテラピスト』になるために必要な資格、その取得方法などの諸々を全て調べた。そこから独自に効率の良い勉強の仕方を考案し、彼女に教えた。
リドル自身も『魔法アロマテラピスト』への勉強を、時にパーバティと共に、続けた。
パーバティへの質問にリドルが答え、リドルの質問にパーバティが答える。そんな二人の関係は、共に『魔法アロマテラピスト』を目指す仲の良い級友の様だった。
リドルは彼女の努力へのご褒美として、パーバティが憧れていた有名な『魔法アロマテラピスト』に夏休みに会える様こっそりアポイントメントを取っていた。
この様なサポートを受けていたのは彼女だけではない。
リドルはグリフィンドール生の、時に相談に来た他の寮生も、夢を叶えるために日夜努めていた。
生徒達も、そんな彼の期待に応えようと努力していた。
だが、彼は死んだ。
パーバティと共に勉強してくれる人間は居なくなった。夢を最も応援してくれていた人間は居なくなった。
普通、自分の担当教科以外の、それも専門職に就職できる様になるレベルの勉強に付き合ってくれる先生は居ない。また、彼の紹介がなくなった事で憧れていた『魔法アロマテラピスト』に会えなくなった。
どうやらパーバティーが憧れていた『魔法アロマテラピスト』は元々、リドルに会う事が目的だった様だ。彼が居ない今、一介の学生であるパーティーに会う理由はない。
他の生徒も同様に、憧れの職業に就く事が困難になった。
パーバティが勉強に付き合ってくれていたリドル先生へのお礼にと、こっそりと用意していた彼女なりのアロマテラピーのフルコースは、彼女の初の仕事となる筈だったそれは、最早一生果たされる事はない。
ハリーは恐ろしくなった。
自分がこの学校にいる数多くの生徒の夢を摘み取ってしまった事に、大きな恐怖を覚えた。
自分がリドルを殺してしまった事が発覚したら、どの様な目にあうか?この事を考えると、ハリーは震えが止まらなかった。
彼は、もうリドルの死について考えたくなかった。
とにかく、ただ弁明がしたかった。
確かに、僕はトム・リドルを殺した。
だけどその時ヴォルデモートに操られたし、操られる原因を作ったのはリドルだ。
その上あの日、僕は生きがいだった『TA』と親友だと思ってたハーマイオニー、好きだったアステリアとチョウの真実を一遍に知らされて、まともな精神じゃなかった。
その事を、知ってもらいたかった。
特にあの夜の真実を知り、なおかつリドルを特別好いていた彼等には知って欲しかった。
◇◇◇◇◇
ハリーとロンは魔法薬学を取っていなかった。正確には取れなかった。スネイプの時は
だが担当教師がスラグホーンになり、
闇祓いを目指しているハリーはマクゴナガルに魔法薬学を取る様に助言された。その事をハリーはロンに伝えろとも言われた。ハリーは、ロンと二人で話す良い機会だと思った。
しかし、邪魔された。
ハリーが聞いたところによると、セシリア・ゴーントの攻撃によって、ロンは足に大穴を開けてしまったらしい。
ロンは医務室で絶対安静となってしまった。当然、面会は出来ない。
ハリーは元々あの少女が好きではなかった。ゴーントという姓にあの態度、好きになる要素がなかった。今回の事で益々彼女の事を嫌いになった。いや、憎む様にさえなっていた。
もしかしたら、僕とロンの仲を引き裂こうとしているのかもしれない。
ハリーの頭は、セシリア・ゴーントへの憎しみで溢れていた。
周囲への懺悔と恐怖。相談できる親友も居ない。
極限の精神状態の中、セシリアへの憎しみが溢れてしまう事はある種、仕方がない事でもあった。しかし、これこそが、この思考こそが、真の破滅への第一歩だった。
◇◇◇◇◇
「さて、さて、さーてと。みんな、秤を出して。魔法薬キットもだよ。それに『上級魔法薬』の──」
「先生?」
ハリーが手を挙げた。
「ハリー、どうしたのかね?」
「僕は本も秤も持っていません。僕はN・E・W・Tが取れるとは思わなかったものですから、あの──」
「ああ、そうそう。マクゴナガル先生がたしかにそうおっしゃっていた……心配には及ばんよ、ハリー、まったく心配はない。今日は彫像棚にある材料を使うといい。秤も問題なく貸してあげられるし、教科書も古いのが何冊か残ってる。フローリシュ・アンド・ブロッツに手紙で注文するまでは、それで間に合うだろう」
スラグホーンが秤と材料を取りに彫像棚へと、ズンズンと歩いて行った。
そして、スラグホーンがハリーを横目で見た後、隅の戸棚をチラリと見ると、戸棚が開いた。中には、いくつかの教科書が入っている。
取れ、という事だろう。
ハリーが近づいて戸棚の中を見てみると、二冊の『上級魔法薬』があった。
一つは比較的新しく、ほとんど新品と言ってもよかった。もう一つは相当年季の入った骨董品とも呼べる代物。
ハリーは一瞬、自分と同じく教科書を持っていないであろうロンの事を考えたが、結局比較的新しい方の教科書を選んだ。
◇◇◇◇◇
「みんなに見せようと思って、いくつかの魔法薬を煎じておいた。ちょっとおもしろいと思ったのでね。N・E・W・Tを終えたときには、こういうものを煎じることができる様になっている筈だ。まだ調合したことがなくとも、名前ぐらいは聞いたことがあるはずだ。これが何か、解る者はおるかね?」
スラグホーンは、スリザリンのテーブルに一番近い大鍋をさした。
ハリーが椅子から腰をちょっと浮かして見ると、単純に湯が沸いている様に見えた。
だが、ハリーは何か言い知れぬ恐怖を、その湯に感じた。
ハリーが恐れ慄いている間に、いつものごとく、ハーマイオニーが手を挙げていた様で答えていた。
「『
ハーマイオニーがハキハキと答えた。
「大変よろしい、大変よろしい!」
スラグホーンの嬉しそうな様子とは裏腹に、ハリーはそれを聞いて、恐ろしくなった。
もし、もし誰かが自分に『
ハリーは生きた心地がしなかった。
「さて」
今度はスラグホーンがレイブンクローのテーブルに近い大鍋を指差した。
「ここにあるこれは、かなりよく知られている……最近、魔法省のパンフレットにも特記されていた……誰か?」
またしてもハーマイオニーだけが──かと思いきや、今度はハリーも手を挙げた。
ハリーが手を挙げているのを見たスラグホーンは、ハーマイオニーの事など見えていないかの様にハリーを当てた。
「それは、ポリジュース薬です。変身したい者の一部を入れる事で、その者に変身出来ます。ですが、動物になる事は出来ません」
スラグホーンは出っ張った腹をグラグラと揺らしながら喜んだ。
「素晴らしい!動物に変身出来ない事は、魔法省のパンフレットにも載っていなかった!お見事!グリフィンドールは早速10点獲得だ!」
ハリーにしてみれば、二年生の頃実際に煎じて、使った事もある薬だ。
使用上の注意など、知っていて当然だった。
「よろしい、よろしい!さて、こっちだが、……おやおや?」
その薬を見た瞬間、まずハーマイオニーが泣き崩れた。
そしてその数瞬後に、他の女子生徒達も泣き崩れた。
スラグホーンは理解出来ないという様子だったが、ハリーにはわかった。
あれは、『魅惑万能薬』。
去年こぞって女生徒達がトム・リドルに盛った、ホグワーツで一番使われた薬だ。
「そ、その薬はアルモテンシア、魅惑万能薬です」
ハーマイオニーが嗚咽しながら、辛そうに答えを言った。
「正解だが、みんな、どうしたのかね?」
誰も、何も答えなかった。
ただ、嗚咽のみが響いた
◇◇◇◇◇
全員がやっと落ち着いてきた頃、スラグホーンは続きを話し始めた。どうやら、何かを察したらしい。『魅惑万能薬』については何も言及しなかった。
「さて、紳士淑女諸君!この薬が何の薬か知っているかね?」
スラグホーンは生徒を元気付けようと、精一杯明るい声を出した
「これはね、フェリックス・フェリシスと言う。きっと」
スラグホーンは微笑みながら、ハッと声を上げて息を呑んだダフネ・グリーングラスを見た。
「君は、フェリックス・フェリシスが何かを知っているのかね?ミス・グリーングラス」
「幸運の液体……。人に幸運をもたらす…全ての企てを成功させる薬です」
ダフネは、スラグホーンに答えるというより、自分に言い聞かせる様に言った。
「そのとおり。スリザリンに10点あげよう。君はグリーングラス家の子だね?すぐに分かったよ。母親に似て、何とも美しい!」
ダフネはその言葉をまったく聞いていなかった。
彼女の興味は、スラグホーンが持つ小瓶にのみそそがれていた。
「さて、この魔法薬はちょっとおもしろい。フェリックス・フェリシスはね」
スラグホーンが言った。
「調合が恐ろしく面倒で、間違えると惨憺たる結果になる。しかし、正しく煎じれば、ここにあるのがそうだが、ミス・グリーングラスの言う通りに全ての企てが成功に傾いていくのがわかるだろう……少なくとも薬効が切れるまでは」
その時、ダフネ・グリーングラスの瞳が怪しく光った。
◇◇◇◇◇
「困った、実に困った」
スラグホーンは口でそう言いながらも、全く困った素振りを見せていなかった。
それどころか、非常に喜んでいる様だった
「まさか『生ける屍の水薬』を完璧に調合する生徒が二人も居るとは……いやはや、何とも困った!しかし、しかしだ!本当にこれは素晴らしい!これほどの魔法薬の名人は今まで一人しか見た事がない!それが二人も、一遍に現れたわけだ!」
スラグホーンはそう言って、ハーマイオニーとダフネをみんなの前へと引っ張った。
誇らしげにするハーマイオニーに対し、ダフネは妖艶に微笑んでいるだけだった。
「しかし、魔法薬の名人が現れた事は嬉しいが、フェリックス・フェリシスは一つしかない。どうしかものか……」
スラグホーンは何とも楽しそうに悩んだ。
優秀な生徒を集めるのが好きな彼のこと、『生ける屍の水薬』を完璧に調合した天才、しかも片方は『聖28一族』の一人、が二人も現れた事が嬉しくて仕方がない様子だった。
「スラグホーン教授、ちょっと」
頭を抱えるスラグホーンを、ダフネは教室の外へと連れ出した。
生徒達が待つ事約2分、満足気なスラグホーンとそれ以上に満足気なダフネが戻ってきた。
ダフネが何らかの交渉でフェリックス・フェリシスを手にしたと思ったハーマイオニーが抗議しようとした瞬間──
「フェリックス・フェリシス、『幸運の液体』は君の物だ、ミス・グレンジャー。上手に使いなさい」
スラグホーンは、全員に見せつける様にフェリックス・フェリシスをハーマイオニーに渡した。
ハーマイオニーが嬉しそうにそれを受け取る横で、ダフネはただ微笑んでいた。
◇◇◇◇◇
ハリーはダンブルドアに呼び出され、課外授業を受けていた。課外授業と言っても、新しい呪文を覚えたり、戦う訓練をしたりだとか、そう言った事ではない。
ダンブルドアと共に、ヴォルデモートに関する古い記憶を見るものだった。
ハリーとダンブルドアが憂いの篩の中に、記憶の中に入るとボブ・オグデンという男が待ち構えていた。
彼は魔法省から来た、魔法警察部隊の部隊隊長であり、マグルを傷つけたモーフィンという男を取り締まりに来た様だった。
だが、モーフィンとその父親、ゴーントは全くオグデンの話に耳を傾けなかった。
どころか、全く関係のない血筋の話を持ち出すばかりで、ハリーからしてみれば耳を傾ける以前に言葉が理解出来ているかどうかさえ怪しかった。
そしてついに、オグデンとゴーントの話は佳境を迎えた
「この件は、何もしないのに丸腰の者に攻撃を──」
「ふん、最初におまえを見たときからマグル好きな奴だと睨んでいたわ」
ゴーントはせせら笑って、床に唾を吐いた。
「話し合っても埒が明きませんな」
オグデンはきっぱりと言った。
「息子さんの態度からして、自分の行為になんら後悔のない事は明らかです」
オグデンは、もう一度羊皮紙の巻紙に目を通した。
「モーフィンは九月十四日、口頭尋問に出頭し、マグルの面前で魔法を使ったこと、さらに当該マグルを傷害し、精神的苦痛を与えたことにつき尋問を受──」
オグデンは急に言葉を切った。蹄の音、鈴の音、そして高らかに笑う声が、開け放した窓から流れ込んできた。
「おやまあ、何て目障り何でしょう!」
若い女性の声が、まるで同じ部屋の中で、すぐそばに立って喋っているかのようにハッキリと、開けた窓から響いてきた。
「ねえ、トム、あなたのお父さま、あんな掘っ建小屋、片付けてくださらないかしら?」
「僕たちのじゃないんだよ」
若い男の声が言った。
「谷の反対側は全部僕達の物だけど、この小屋は、ゴーントという碌でなしのじいさんと子供たちの物なんだ。息子は相当おかしくてね、村でどんな噂があるのか聞いてごらんよ──」
若い女性が笑った。
パカパカという蹄の音、シャンシャンという鈴の音がだんだんと大きくなった。
モーフィンが肘掛け椅子から立ち上がりかけた。
「座ってろ」
父親が蛇語で、警告する様に言った。
「ねえ、トム」
また若い女の声だ。
「あたくしの勘違いかもしれないけど──あのドアに蛇が釘付けになっていない?」
「何ということだ!君の言うとおりだ!」
男の声が言った。
「息子の仕業だな。頭がおかしいって、言っただろう?セシリア、ねえダーリン、見ちゃダメだよ」
蹄の音も鈴の音も、今度はだんだん弱くなっていった。
◇◇◇◇◇
「先生!トムに、セシリア!あの人達は一体──」
ハリーは記憶から戻ってくると、ダンブルドアを問い詰めた。
「落ち着くのじゃ、ハリー」
「すみません、先生。でも──」
「落ち着くのじゃ!君の疑問はこうじゃろう?あの場にいたセシリアと呼ばれたトムの恋人と、新入生のセシリア・ゴーントとに何か関係があるのか、じゃろう」
ハリーは頷いた。
「わからん、わからんのじゃ。彼女の経歴、家系を調べてみようとしたが、全てが綺麗さっぱり消されておった」
「そんな!」
「そこで質問じゃ、何もかが消されたセシリア・ゴーントをどうやって見つけ、誰がホグワーツに招待したと思う?」
「それは、魔法省とか、校長先生じゃないんですか?」
「例年ならの。じゃが、今年の新入生はちと事情が違うのじゃ。今年の新入生の選抜は、ある先生が行っておったのじゃ」
「まさか!」
「そう、トム・リドルじゃよ。恐らく、セシリア・ゴーントにまつわる情報の全てを消したのは彼じゃ。また、セシリア・ゴーントを孤児院に迎えに行ったのも彼じゃ。その時、何かしらを感じ取り、彼女についての情報を消した、とわしは推測しておる」
ハリーの中で、やはりリドルは闇の陣営に与していたのでは、という思いがメラメラと湧き上がった。
そして同時に、セシリア・ゴーントへの不信感も高まった
「彼女に近づくのじゃ、ハリー。恐らく、彼女とトム・リドルとの間に何かがあった。それこそがわしらが求めている物じゃ。もし、それが手に入らなければ──わしらは敗北する事になるやもしれん」
ハリーは、力強く頷いた。
多分、ほとんどの人が原作にセシリアなんていたっけ?と思われると思うので、ここで解説しておきます。
セシリアはヴォルデモートの父親、つまりトム・リドル・シニアの本当の恋人でした。
ですが、ヴォルデモートの母親であるメローピー・ゴーントが愛の妙薬を使ってトム・リドル・シニアの心を惹きつけ、セシリアの事を忘れさせました。
そして一年が経ち、メローピーとトムの間にヴォルデモートが産まれました。メローピーは子供が出来た事により、トムは自分を捨てないと思ったので愛の妙薬を盛るのを止めました。
その結果、トムはメローピーを捨て、出て行きました。
その後セシリアの所に戻ったかは不明。
そんな感じの、悲劇の人です