ハリー・ポッターと二人の『闇の帝王』   作:ドラ夫

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32 『闇の帝王』の遺産

「『アバダケダブラ』!」

 

 ハリーの杖から放たれた緑の閃光がトム・リドルを貫いた時、クロとヨルは自分の中にあるトムの魂が急速に萎んでいくのを感じた。

 トムの体が力なく崩れ、膝を着く頃には先程までハッキリと感じていたトムの魂は、もう僅かな残り香のみとなっていた。

 この時クロとヨル、特に生まれた瞬間から魂を分かち合っていてたクロは、自身が死んだかの様にさえ感じていた。

 故に、トムが『死の呪い』を受け、体が完全に地面に横たわるまでの僅かな時間に、その様な精神状態の中で“それ”を思いついたのは、彼女の類い稀なる頭脳を持ってしても奇跡と言えるだろう。

 彼女の胸に残った僅かな魂を依代に、自身をトム・リドルのホークラックスとする。

 それがクロが思いついた、トム救出の手立てだった。

 だがホークラックスの作成のためには、誰かを殺さなくてはならない。それもトム・リドルが完全に旅立ってしまう前に。

 一体誰を殺そうか?

 答えはすぐに出た。

 トム・リドルを殺した憎くき人間であり、物理的にも実力的にも自分の手が届く範囲にいる人間。

 すなわち、ハリー・ポッター。

 クロは、ハリーを殺す事を決めた。

 

 クロがハリーを殺す結論を下した時、全く同じ結論を下した人間が居た。

 誰であろう、それはヴォルデモートだ。

 元々、ハリー・ポッターには誰かを、憎しみで殺させるつもりだった。そうする事で、リリーが施した“愛”が消えるからだ。

 『原作』ではベラトリックス・レストレンジを殺させる事で実現しようとしたそれは、トム・リドルの殺害という最高の形で成就した。

 故に、最早ヴォルデモートからハリーを守る物はない。

 ヴォルデモートは初めから、ハリーがトム・リドルを殺害した瞬間にハリーを殺す気でいた。

 

「『アバダケダブラ』!」

 

 誰もが、ダンブルドアでさえ、動揺によって動きが止まる中、やはり一番最初に動いたのは初めから用意していたヴォルデモートだった。

 『姿くらまし』によって至近距離へと移動し、『死の呪い』をハリーに向けて放った。

 

「ッ!『妖精王の豪炎』よ、その力を示せ!」

 

 次に、誰よりも動揺しているはずのクロが動いた。

 即座にハリーを殺す決断をし、『妖精王の豪炎』をヴォルデモートの攻撃とほぼ同時に放つ事が出来たのは、彼女のトムを助けようとする決死の思いが起こした奇跡だった。

 

 そして、ハリーは緑の閃光とエメラルドの炎に包み込まれた。どちらか片方だけでも容易く人を殺す超級魔法。それが両者ともハリーに直撃した。

 だが、死を迎えたのはハリーではなく、ヴォルデモートとトム・リドルだった。

 ヴォルデモートとハリー・ポッターに繋がりがある様に、実はトム・リドルとハリー・ポッターの間にも繋がりがあったのだ。

 ヴォルデモートの『死の呪い』がヴォルデモートとハリーの繋がりを。

 クロの『妖精王の豪炎』がトム・リドルとハリーの繋がりのみを破壊した。

 

 自身の魂が砕かれる喪失感の中で、ヴォルデモートは悟った。

 ハリーが自分のホークラックスだった事を。自分とハリーの繋がりの正体を。自分でホークラックスを破壊してしまったことを。

 そして、同時に大きな疑問が去来した。

『リリーの“愛”は消えた筈。

ならば何故ハリーだけが守られ、自身の魂のみが破壊されたのか?』

 大きな疑問と痛み、それと最大の好敵手であり、自らが歩んでいたかもしれない未来の一つであったトムへの僅かな敬意を胸に、ヴォルデモートは『姿くらまし』で何処かへ消えた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ヴォルデモートが去り、トム・リドルの死体だけが残ったホグワーツの一角を、沈黙が支配していた。

 トム・リドルが死んだ喪失感と、ハリーへの言いようのない感情が混じり合い、全員の口を閉ざした。

 ハリーが自分の意思でトム・リドルを殺した訳ではない事は、全員が理解していた。だが、理解しているからといって、納得出来るかと言えばそうではない。

 いかに闇の帝王といえど全く殺意の無い人間に、強い感情を使わなければならない『死の呪い』を使わせる事は出来ない。それはつまり、ハリーが多かれ少なかれトム・リドルに殺意を持っていた事を証明していた。

 故に、ハリーを責めるべきか否か、1000を越える時を生きたヨルや、賢者と謳われたダンブルドアでさえ、自分の感情に答えを出せなかった。

 そして、沈黙を破ったのは、トム・リドル本人だった。

 いや、それは正確では無い。

 正確にはトム・リドルの形をした守護霊だ。

 彼が生前に作っておいた、呪文を取っておいておける『銀の杖』から、彼を形取った守護霊が呼び出された。

 誰もが守護霊に注目する中、彼は恭しく一礼した。誰もが、特にハリーが、口にせずとも彼の生存を期待した。

 彼はこの呪文を前もって用意していた。つまり、彼はこの状況を予見していた事になるからだ。それならば、彼が何らかの方法で死を免れている可能性は高い。

 だが、全員のそんな期待に反して、出てきた言葉は残酷な事実を告げるものだった。

 

『これは私、トム・マールヴォロ・リドルの遺言である』

 

 この言葉が、嫌が応にも彼の死を証明した。

 

『この遺言は私のこれまでの人生を語る事様な物ではない。私が持つ財産の相続についてである』

 

 いつもの彼とは違う口調で、淡々と遺言を残していく。

 

『ヨル・バジリース。君に僕の剣を遺贈する。この剣が君の夜を払う事を願っている』

 

 トムの左手から剣が離れ、ヨルの目の前に突き刺さった。

 

『クロ・ライナ・アイベリー。君に僕の杖を遺贈する。この杖が君の新たな相棒となる事を願っている』

 

 トムの右手から杖がフワリと離れ、クロの目の前で停止した。

 

『ジネブラ・モリー・ウィーズリー。君に僕の日記を遺贈する。この日記を見て私を思い出してくれる事を願っている』

 

 トムの遺体が崩れ、一つの日記となった。

 

『ロナルド・ウィーズリー。君に僕の箒を遺贈する。君がこの箒で輝かしい未来へと羽ばたく事を願っている』

 

 先程までトムが跨っていた箒が、ロンへと羽ばたいた。

 

『ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー。君に僕の部屋の全てを遺贈する。君の好奇心が満たされる事を願っている』

 

 トムのローブのポケットから、羽の生えた鍵がフワフワと飛んできた。

 

『セドリック・ディゴリー。君に僕のローブを遺贈する。君がこのローブを上手に着こなす事を願っている』

 

 トムの遺体がなくなった事で、直に地面に置かれてたローブを、セドリックが丁寧に拾い上げた。

 

『ルーナ・ラブグッド。君に僕の“銀の生物”を遺贈する。君の心がいつまでも純粋である事を願っている』

 

 授業で生徒達に配ったものとは比べ物にならない程の、大きな銀の塊が空中から出てくる。

 

『ダフネ・グリーングラス。君に『みぞの鏡』を遺贈する。君がこの鏡で自分の本当の姿を見る事を願っている』

 

 その瞬間、トムが7つ目の部屋に仕掛けた保護魔法の解除方法がダフネの頭に流れ込んだ。

 

『ネビル・ロングボトム。君にこの銀の杖を遺贈する。君が原点に立ち返った時、この杖が役に立つ事を願っている』

 

 そう言って、守護霊は居なくなった。

 

『そして、ハリー・ジェームズ・ポッター。君には──』

 

 言い切るまえに、トムの守護霊は霧散した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「ミス・アイベリー、止めるのじゃ」

 

「何の事かしら?」

 

「誤魔化しは通用せん。殺すつもりじゃろう」

 

「当たり前じゃない」

 

 私がそう言うと、あいつを殺した人間がビクリとした。

 怯えるだけで、未だに謝罪の言葉もない。益々殺意が湧いてくる!

 こいつにだけじゃない、他の人間にもだ!

 こいつら人間は本当に馬鹿ばっかりだ、イライラする!

 

「もう貴方達人間じゃ、私を止める事は出来ないわよ」

 

 私の力は、今までにないほど高まってる。

 これは、まったく嬉しくないけど、あいつが死んだおかげだ。

今まで、あいつの為に魂を供給し続けてきた。その事は私にとって当たり前だったし、誇りだった。私が尊敬できる唯一の人間であるあいつに、私が力を貸せる数少ない事だった。

 だから特に気にしなかったけど、どうやら私は今まで半分程度の力しか使えていなかったらしい。

 でも、あいつは死んだ。

 私はこれから、私の為だけに私の魂を使う。

 もう、あいつの為に魂を使う事は出来ない。

 でも、私のこれからの人生をあいつの為に使う事は出来る。

 

「トムは、それを望んではおらんじゃろう。ハリーを殺す事も、お主が誰かを殺す事も」

 

「お前があいつを語るな!」

 

 私が怒りを爆発させると、それだけでその場にいた人間が吹き飛んだ。なるほど、今ので私の力の程が大体わかった。

 それに、どうやら私は二つの性質を持ってるらしい。

 怒りっぽいドラゴンと、冷静な人間。

 だから、こうして激怒しながらも、冷静に物事を考えられる。考えて答えを導き出して、その答えに怒りながら、それでも更に考えを掘り進めていける。

 

「貴方達人間は本当に醜い!そしてダンブルドア、貴方はその中でも最も醜い人間だ。自分の掲げる正義とやらの為に、あいつの死を利用しようとしている!」

 

「お主は……」

 

「気がつかれないとでも思ったのかしら?醜い上に、滑稽ね」

 

「どういう事なの?」

 

 髪がボサボサの人間。確かこいつは……はー、はー、ハーマイオニー・グレンジャー?が間抜けな顔で間抜けな質問をしてきた。

 

「『どういう事なの?』ですって?少しは自分で考えてみようとは思わないのかしら。でもまあ、教えてあげるわ」

 

 本当はまったく気がのらない。

 でも、あいつは求める者には与えるべきだって言ってたから。

 

「あいつを殺した人間は英雄なの。ヴォルデモートを過去に打ち破った人間、世間はそう認知しているわ。再び蘇ったヴォルデモートは今、紛れもなくこの世で一番強力な人間になった。それに立ち向かうには、希望が必要なの。人間は希望がなければ立ち向かえない。そうでしょ?

 でも、その希望が『許されざる呪文』を使った罪でアズカバン送りになったら世間はどう思うかしら?それも、その中で最も罪の重い『死の呪い』。その上使った相手は自分の学校の教師!」

 

 そこまで言って、やっと何人かが気がついた。

 あいつは人間に何かを教えるのを楽しんでいたけど、こんな察しの悪い馬鹿共に教えて何が楽しかったんだろう。

 

「そう、そこにいるダンブルドアは、あいつの死を誤魔化そうとしてるのよ!あいつはそこの人間ではなく、ヴォルデモートに殺された、とね。それに、あいつには人望があった。それを利用して、ヴォルデモートへの敵対心を煽ろうともしてる!あいつの死をこれほど冒涜する事はない!」

 

「確かに、それは冒涜かもしれん。じゃが、ヴォルデモートに勝つには必要な事なのじゃ。ヴォルデモートを倒す事はトムが望んでいた事でもあったじゃろう?」

 

「その発想がいかにも人間的で、醜いわね。そうやって自分ではどうしようもできない壁を見ると、すぐに他の人間の力を頼ろうとする。貴方達人間はそれを“絆”や“愛”なんて言うけれど、それはただの理想の押し付けよ」

 

「それは……そうかもしれん。じゃが、今ハリーを殺させる訳にはいかなんだ」

 

「そう、私と敵対するって事でいいのね?」

 

「……ワシの敵はヴォルデモートだけじゃよ」

 

「次に私と会う時、そんなぬるい事を言ってたら死ぬわよ?今から私と貴方は、いえ、私達と人間は敵になる」

 

 この言葉は脅しじゃない。

 冷静に私とダンブルドアの力を比較して導き出した、事実だ。

 

「よく聞きなさい、人間共。私は今から宣戦布告する!この馬鹿げた醜い人間界を潰し、虐げられてきた人間以外の種族が全員、大手を振って歩ける世界を作る事をここに宣言する!」

 

 あいつが集めた人間達の歴史書を読んだ事がある。

 その時、人間が馬鹿なのは最早普遍の真理である事を知った。妖精である屋敷しもべ妖精を奴隷のように扱い、あまつさえ同族ですら虐げる。

 元々、あいつ以外の人間は好きじゃない。それならば、私が人間の世界を壊し、それ以外が支配する世界を作ろう。

 その上で、あいつの意思を継げばいい。

 

「ヨル、貴方はどうするのかしら?」

 

「……私はお前と共に行こう。お前は我が主人の考えを最も深く理解してる。それ故か、所々に面影を見る。私はそれを見ていたい。それに、私達は友だ。友には力を貸すものだ」

 

「ありがとう、ヨル。……サーラ!」

 

 バチンッ!という音と共にサーラが現れる。

 

「あいつは死んだ。貴方の主人はいない。そこで、提案するわ。新たな主人として、私に仕えなさい」

 

「元々、リドル様よりそう承っておりました。リドル様がお亡くなりになった時はお嬢様にお仕えしろ、と」

 

「話が早くて助かるわ。早速だけど、今から貴方が知っている屋敷しもべ妖精全員にあいつの死と、その理由を伝えてくれるかしら?」

 

「かしこまりました、アイベリー様」

 

「他に、私についてくる者はいるかしら?」

 

「……私達狼人間は長い間差別されてきた」

 

「リーマス!?」

 

「今回、ほとんどの狼人間がヴォルデモートに手を貸した事で、より私達は差別されるだろう。それなら……」

 

「リーマス、それなら私もついていく!」

 

「ダメだニンファドーラ!君は──」

 

「私は貴方がいればそれでいいの!だから連れて行って!」

 

「くだらない言い争いは止めてくれるかしら?別に、今すぐ答えを出せとは言わないわ。そうね、来年度のホグワーツが始まる頃まで待つ。それでどうかしら?……いいようね。それじゃあ、さようなら」

 

「待つのじゃ!」

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「待つのじゃ!」

 

 ワシの言葉を聞かず、行ってしもうたか……

 

「アルバス、奴は一体何者だ」

 

「彼女はクロ・ライナ・アイベリー。人間ではなく、トムが育てたドラゴンじゃ。人間の『動物もどき』だがの」

 

「それであの魔力量か……魔法を使うドラゴンか。脅威だな」

 

 確かに、その魔力も脅威じゃ。

 じゃが、彼女の本当の恐ろしさはそこではない。

 

「それだけではないのじゃ、ゲラート。彼女はまだ、産まれてまもない。まだ2歳と半年じゃ。だというのに、魔法のほとんどを理解し、高い知能を持っておる。彼女の学習速度は恐ろしい。『動物もどき』にものの数時間で慣れたそうじゃ」

 

「そんな!ダンブルドア先生、それは本当なんですか?」

 

「左様、ミス・グレンジャー」

 

「あの、『動物もどき』に慣れるってどういう事ですか?」

 

 ミスター・ウィーズリーの素朴な疑問には、ミス・グレンジャーが答えてくれるようじゃの。

 

「いい、ロン。貴方、急に自分が犬になったらどうかしら?上手く四足歩行で歩けるかしら?他にも、人間とは頭の位置も違うから、呼吸の仕方も変わってくるの。だから、『動物もどき』になる人は普通、何年も『変身呪文』でなりたい動物になって、上手く動く練習をするの」

 

「相変わらず賢いの、ミス・グレンジャー。その通りじゃ。天才であったマクゴナガル先生でさえ、一年を要した。じゃが、ミス・アイベリーはたった数時間でそれをこなしたのじゃ。しかも、二足歩行は他の歩き方と比べて格段に難しい。それを瞬時に習得したのじゃ。それだけではない。言語を教わらずとも理解し、すぐに話せる様になったとも聞く」

 

「そのクロが、人類の敵に?」

 

「分からん。彼女の考えは、ワシにも分からんのじゃ。賢さと幼さ、彼女は二つの面を持っておる。故に、考えが読めんのじゃ。じゃが、恐らく、トムの遺言の意味を理解したのじゃろう。何故トムがそれらの品物を君たちに遺贈したのか、彼女だけが理解したのじゃろう」

 

「……先生、リドルは、どうしてリドルは僕の呪文を避けなかったのですか?」

 

「リドル“先生”じゃよ、ハリー。その答えはの、推測じゃが、彼がそれを望んだからじゃ。彼の正体はヴォルデモートのホークラックスなのじゃ。そしてハリー、君もじゃ。そして今夜、君達は『死』を迎えた。もう君達の間に繋がりはのうなった」

 

 そして、恐らく『予言』も効力を失ってしもうた。

 一方が生きる限り、他方が生きられぬ。

 『闇の帝王』は死んだ。最早ハリーは『選ばれし者』ではなくなったじゃろう。

 

「備えねばならん。ヴォルデモートにミス・アイベリーに」


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