僕の所有者がジニーになってから1週間ほどたったが、僕はまだジニーと話せずにいた。
いや、これは正確ではない。正しくは魂を削る、つまり本音での会話ができない、だ。
ジニー自体にはなんの問題もない。僕を最初に見つけたときも何の疑いもなく僕にインクを垂らしてきた。
そして僕が会話できると知るや否や、自分の家に憧れのハリーがいることや、兄への不満(もっとも根源的思考ではまったく嫌っていないが)や、ホグワーツに通うことへの不安などを毎日語って、いや書いてきた。
僕がジニーを操れる様になる為に必要な、本音での会話をする絶好のチャンスだった。
でも僕はそれに対して曖昧な答えや先送りをした。いや、しなければならかった。
何故ならジニーはこれならホグワーツ魔法魔術学校に入学する、すなわちあの組み分け帽子をかぶることになるのだ。
恐らくあれは高度な開心術や何らかの魔法によって、いわば『身体検査』をおこなうと思われる。それによって判明するのは『家柄』や『能力』、『思考回路』だろう。
これはまだいいが『魂』や『思い出』も覗くのであれば、僕の存在がバレる可能性があり、僕の存在を知れば組み分け帽子は間違いなくダンブルドアに報告をするだろう。
もし僕の存在に気がつかなかったとしても、僕の存在がジニーの思考に何らかの変化をもたらすことで、グリフィンドールに入らないことも考えられる。
ジニーは良い子だ、というか良い子すぎた。僕になんの疑いもなく心を開きすぎて、魂をどんどん送ってしまう。
こうなった僕だからわかるが、ジニーの様な人間でない限り、たったの1年で魂を全て抜き取るというのはかの『闇の帝王』でさえ不可能だろう。
そういう意味ではマルフォイ氏の人選は完璧と言えた。
彼女の思い出は幸福に溢れており、世界中の人々は自分に悪意を抱いていないと無意識のうちに思っている。
僕と最初に話した時も『脳みそがどこに有るかわからないものは危険』という父親からの忠告を『パスタを茹でる時は塩を入れたほうがいい』程度の軽い豆知識のように思っていた。
ハッキリ言って『原作』の『ハリー・ポッターと秘密の部屋』はジニーにとって良い教訓だった。
そんな彼女は僕に対して心を開きすぎる。デリカシーのない男兄弟と共に育った彼女にとって僕は礼儀正しく、親切な、初めての友達だった。
更に、『この家で自分しか知らない』というのは彼女にとって中々の価値があるらしく、特にジョージとフレッドへの優越感はかなりのものだった。故に、僕にとって都合の良い事に、僕の存在を秘密にし、夜遅くにこっそりと質問をしてくれた。
僕はジニーの心理状態を完璧に把握し、彼女が問いかけてくる質問への、最も欲しい答えを知っていた。
だが、知った上であえて無難な答えをしていた。そうする事でなんとか一線を保っていた。そうしなければ、ジニーの魂が僕に沢山注ぎ込まれていたことだろう。
最初の頃はハリーへの恋心からくる質問が多く、これは非常に困った。恋心や愛といった感情は最も多く魂が込めれていたし、また毒にも薬にもならない答えというのも難しかった
ところが最近では、ホグワーツへの不安が勝ってきているみたいだった。こういった感情は魂があまり込められていない。
多くの質問は『どうやって寮をわけるのか?グリフィンドールじゃなかったらどうしよう』だった。これについては『ホグワーツに着けば全てわかる』というような引き延しができたのもよかった。
そうこうしているうちにホグワーツ入学の日になり、無事ジニーはグリフィンドールに入寮した。彼女は夜になるとその事をすぐに報告してきた。そこで僕は自分が考えた、僕の設定を彼女に教えた。
「聞いてトム!私グリフィンドールだったの!でも、酷いじゃない、あんな座ってるだけの試験だったのなら教えて欲しかったわ」
『おめでとうございます、ジニー。勇敢な貴方ならグリフィンドールだと信じていたから、何も言わなかったのです。そしてホグワーツに入学したからには、僕を本当の意味で使えますよ』
「本当の意味?お話のお相手以外に何かあるのかしら?」
『僕の正体は昔在学していた、とある優秀な生徒が残した『カンニングノート』なのです。僕に聞けばホグワーツで問われる全ての問題に答えを差し上げましょう』
「本当に?トム、凄いわ!」
『ありがとうございます。僕は歴代の優秀な生徒に引き継がれてきました。今代は貴方ですよ、ジニー・ウィーズリー』
そんな言葉を投げかけると、これからの課題に対する不安が消えた安心や、兄達より優秀だと知った優越感が僕の中に入ってきた。
そうすると、僕は益々ジニーの魂を取り込めた。
◇◇◇◇◇
「それでは羽を浮かせてもらいましょう、呪文は『ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ』ですよ」
『ジニー、コツは手首のスナップをきかせることと、“レビオーサ”の部分の発音ですよ』
そう言いながら、いや書きながら、日記に手首の動きの図と、発音の際の強弱記号と、口の形の図を記す。
「ん゛ん、『ウィンガーディアム・レビオーサ 浮遊せよ』」
「やりました!ミス・ウィーズリー、一回目でできる生徒はそうは居ませんよ。どうやらグリフィンドールはグレンジャーに続き優秀な生徒を確保したようですね。グリフィンドールに5点!」
「アスフォデルの根球の粉末にニガヨモギを煎じたものを混ぜたら何になる?ウィーズリー」
「生ける屍の水薬です」
「・・・ポリジュース薬の材料は?」
「クサカゲロウ、ヒル、満月草、ニワヤナギ、二角獣の角の粉末、毒ツルヘビの皮の千切り、それから変身したい人物の一部です」
「もし腕の骨が消えたら治す薬は!?」
「スケレ・グロ」
「ふん、教科書は読んでいるようだな。だが不遜な態度のためグリフィンドールから2点減点」
「みなさんノートはとり終わりましたね?それでは今からマッチ棒を配るのでハリに変えて下さい」
『変身術に必要なのはその元の物体が何でできているか、を理解して変えたい物体との相違点を把握することです。今回の場合でいったらマッチ棒は基本的には木で、先端は火薬、それだって元は植物だ。
それを冷たい鉄に変える。命ある木が無機物の冷たい鉄に変わるイメージですよ。更に言えば形も丸みを帯びた形から段々と鋭く、薄くする事を意識すると高得点ですよ』
そう言って、いや書いて僕は日記にマッチ棒を記して少しずつハリに変えていく。その光景を何度もみたジニーはイメージがしっかり出来たらしく、見事にマッチ棒をハリに、それもマッチ箱に入っていた全てのマッチ棒を変えて見せた。
「素晴らしいですよ!ウィーズリー。貴方の兄がほんの少しでもこれだけの才能を持っていたら… さあ、皆さんウィーズリーのハリをご覧なさい。幸いなことに沢山のハリを作ってくれましたからね。グリフィンドールに10点差し上げます」
『魔法薬学で取り扱うのはマンドレイクですか、特徴は大きな声です。今から教える呪文を覚えていれば心配はいりませんよ『シレンシオ 黙れ』その後に『デイフォディオ 掘れ』そしたら『デプリオ 沈め』この3つがあれば完璧です、さあ練習をしましょう』
「ええ、わかったわ」
その日深夜遅くまで、ジニーは熱心に呪文の練習をした。僕が脳をほんの少し操作し、集中力を高めていることもあるが、それでも中々の上達ぶりだ。
「これほどマンドレイクの扱いを心得てる人は魔法界にもなかなか居ません!グリフィンドールに20点!後で私の部屋に来てください、ウィーズリーさん、是非薬草学について話し合いましょう」
◇◇◇◇◇
「凄いわトム!私今、ホグワーツで1番得点している生徒よ!このペースはマクゴナガル先生が知る限りでは一人しか居ないって!」
『貴方の才能と努力なら当然ですよ、ジニー』
「そんなことないわ、貴方が居てくれたからよ。心から、ありがとう、トム」
しまった、しまっちゃった。
もうジニーの魂は5分の2位流れてきてしまっている。
僕はもう何年も『ハリー・ポッター』を読み込んでいたから、原作に出てくる知識は完璧だ。
それに加えて『トム・リドルの日記』にあった知識を全力で学んだものだから、学生どころか魔法界でもかなり上位にはいる実力だと思う。
そんな僕の知識と、ジニーの元々の才能の組み合わせは当然のように学年1の天才となった。ダンブルドア教授の目もある以上、目立たないようにしなければならないのに……
本音を言おう、楽しかったのだ。
僕が憧れ続けた『ハリー・ポッターの世界』で今まで蓄えてきた知識が役立つことが目に見えて成果となる、その事が嬉しかった。今なら間違いなく最強の『守護霊』を呼び出せると確信するくらいには幸せだ。
そしてジニーの性格も僕と相性が良く、彼女とのお話し、というか筆談だが、は本当に楽しい。
彼女から流れてくる感情も、今までがマルフォイ氏だったからかもしれないが、心地の良いものだ。
まあもうやってしまったものは仕方がない。ならば開き直ってジニーの体を、申し訳ないが、操ってやりたいことをやらせてもらおう。
手始めに僕は『秘密の部屋』を開いた。もちろんマグル生まれどころかネコ1匹殺すつもりはない。これからの僕の計画に必要なのだ。
これは推察、といってもほとんど確信しているが、ダンブルドア教授は『秘密の部屋』をわかっていながら、あえて放置していた。
でなければあんなにスムーズにフォークスを送り込める訳がないし、武器として組み分け帽子、つまりグリフィンドールの剣を送り込んだことも不自然だ。
ハッキリ言って相手が
相手がバジリスクであるとわかっていたから、バジリスクの毒を治せるフォークスとバジリスクの毒を吸収し、ホークラックスを壊せるグリフィンドールの剣を送ったと考えるのが自然だ。
しかし、最初から全てわかっていたのだろうか?という疑問もある。
いくらハリーの成長と、ホークラックスを壊せるグリフィンドールの剣を呼び出すためとはいえ、死人が出るかもしれない事件をギリギリまで放置するだろうか?
仮に最初から全てをわかっていたとして、死者が出ないように配慮していたとしよう。
だが石になってしまった生徒達は1年間周りの人間に遅れることになる。そんなことダンブルドア教授が許すだろうか?
確かダンブルドア教授は勉強することで後天的に『パーセルマウス』になったはずだ。このことから予想するとパーセルタングを話せるは話せる、がしかし、ハリーのように些細な声を聞くことは出来なかったのではないだろうか?
どういうことかというと、英語の勉強をした受験生がリスニングの試験などで今から英語が流れる、とわかっていると聞くことが出来ても、街中で誰かが適当に話している英語はわからない、ということだ。
更に言ってしまうと、秘密の部屋を開く言葉をダンブルドア教授は知っていたのだろうか?
もしかしたら秘密の部屋の場所は大まかにわかっていたのかもしれない。だけど開くための言葉がわからなくて、自身は行くことが出来なかったのかもしれない。
パーセルタングの単語帳など聞いたことがないし、話せる人がまず少なく、いたとしてもスリザリン出身、つまりダンブルドア教授とは仲が良くないため教えてくれなかった。大いにあり得る話だろう。
僕の結論としては、ダンブルドア教授は事件の何処かのタイミングで秘密の部屋の位置をある程度把握した。
そしてその後で雄鶏が死んだことや、ヴォルデモートの力を少し受け継いでいるハリーがパーセルマウスだったことや、スリザリンに関係のあるものであることなどから『秘密の部屋の化け物』がバジリスクだと予想した。
ここまで時間がかかってしまったのはダンブルドア教授が博識故だと思う。
バジリスクと相対して生き残る、それも何人も、ということは普通はありえない。目を見るのが直接でなければ石になる、などバジリスクの個体が少ないことや実験が危険すぎることから世界の誰も知らなかった情報だろう。
だからダンブルドア教授は石にする能力を持つ何かを探していたためにバジリスクを見過ごしてしまったのだと思う。
恐らく彼がその事に気がついたタイミングは決闘クラブのあと、そしてハーマイオニーが気づく少し前だ。もしもっと前から気がついていたなら、何もかもが後手後手すぎるし、それより後ならばハリーは生きてはいない。
僕はどうしたらいいのだろうか?
この事件は恐ろしいほどの偶然に支えられている。いや、原作のトムがものすごく上手く立ち回ったのかもしれない。しかも僕の場合やらなければならないことは原作のトム以上に多い。
ジニーを死に追いやることなく、しかし自然な形での僕の実体化。
ダンブルドア教授とハリーに完璧なタイミングで事件の真相に気付かさせ、ハリーを成長させ、ダンブルドア教授に後片付けをしてもらう。
なにより難しいことに、原作では『トム・リドルの日記』の残骸を見てダンブルドア教授はヴォルデモートのホークラックスの存在に気がつくわけだが、僕は死ぬ訳にはいかないので、『トム・リドルの日記』を見せずにホークラックスの存在を知らしめなければならない。
これだけのことを、ジニーというたった一人の協力者──しかも夜にこっそりしか活動出来ない──だけで行うのは不可能に近い。
しかし僕にはいくつかのアテがあった。恐らく、これで全てが上手くいく。
そう思いながら僕は『秘密の部屋』を開いた。