ハリー・ポッターと二人の『闇の帝王』   作:ドラ夫

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26 ハーマイオニー・グレンジャーとダフネ・グリーングラス

 ハーマイオニー・グレンジャーは努力する天才である特に勉強をせずとも学校で、いや、州で最も高い成績を取る事ができた。

 しかし彼女は、そんな自身の才能に慢心する事なく、むしろ日に16時間という猛勉強を幼い頃から毎日していた。

 他の人間から見れば拷問の様な生活。しかし、彼女はそれが幸せだった。

 自身の見聞が広がる事もそうだが、何より両親に褒められる事が嬉しかったのだ。

 歯科医という優秀な職業に就く両親が自分の賢さに驚き、褒めてくれる。彼女にとって、尊敬できる人物から褒められるというのはこの上なく嬉しい事だった。

 だが、その幸福は長くは続かなかった。段々と、両親に褒められる事の嬉しさが薄れていったのだ。

 勘違いしないでほしいのだが、ハーマイオニーが両親を嫌いになったとか、両親を愛さなくなったとか、そういったことでは無い。

 単純に、ハーマイオニーは両親を、学問という点においてのみだが、尊敬出来なくなっていたからだ。

 日々の生活全てを勉強に捧げる彼女と、毎日仕事に追われる両親。いつの間にかその差は縮まり、追い越していたのだ。

 その事に気が付いた彼女は新たに自分が尊敬できる、自分を褒めてくれる人物を探した。

 

 故に、そんな時に届いた魔法界からの、ホグワーツからの手紙は彼女にとって天からの遣いの様に思えた。

 全く知らない学問を一から学ぶ。それも1教科ではなく複数教科。普通の人なら嫌気がさす事でも、ハーマイオニーにとっては己の見聞を広める絶好のチャンスでしかなかった。

 また、予習として読んだ本でダンブルドア校長の存在を知った彼女は再び喜びの絶頂を迎えた。

 何故なら、彼女にとって喜びとは、尊敬できる雲の上の存在から褒められる事だからだ。

 ダンブルドア校長はその条件を見事に満たしていた。だから、彼女はレイブンクローではなく、ダンブルドア校長が在籍していたグリフィンドールに入る事を望んだ。

 しかし、ホグワーツでの生活は彼女の要求を完全には満たしてくれなかった。

 

 最も頭の良さを証明できる教科である『魔法薬学』は、彼女がグリフィンドールに入ったために差別にあい、誰も彼女を褒めてくれなかった。

 彼女の寮監であるマクゴナガルも、ハーマイオニーの優秀さを認めてはいたが、公正を重んじる性格から彼女を褒める事をあまりしてはくれなかった。

 極めつけとして、憧れていたダンブルドア校長は自分の友達であるハリーの事ばかりで、自分にあまり関心がない様だった。

 そのハリーにしたって友人のロン共々勉学に興味がなく、ハーマイオニーがいくら教えても一向に学問に励まず、彼女の学問についての好敵手にはなってくれなかった。

 確かに、トロールから自分を守ってくれた事や、賢者の石を共にヴォルデモートから守った事を通して3人の間には友情が芽生えていた。

 そして賢い彼女はその経験から学問だけではなく、勇気や友情といった物も大切だと学んだ。

 だが、彼女にとってやはり最も重要な事は学問であり、学問に置いて自分が真に尊敬できる人物から褒められる事が彼女にとっては最高の幸せだった。

 そしてそれは、魔法界に来ても満たされる事はなかった。

 ハーマイオニーはこうしてわずかな蟠りを胸に残したまま、ホグワーツでの最初の一年を終えた

 

 ハーマイオニーが二年生になった時、二つの転機が訪れた。

 1つは若き天才、ジニー・ウィーズリーの台頭である。

 ジニーは自身を越える才覚の持ち主であるともっぱらの噂だった。

 その存在はハーマイオニーを大いに焦らせた。ただでさえ自分がほしい評価を受けられない、褒めてもらえない環境の中で自分より優秀な人間がでたらどうなるか……

 そんな焦りから、ハーマイオニーは初めて望まない勉強をした。

 唯一とも言える娯楽であり、人生を費やしてきた学問が辛いものとなり、ハーマイオニーは生きる目標を失いかけた。

 だが、彼女にはもう1つ新たな生き甲斐ができた。

 それは、もう1つの転機であったギルデロイ・ロックハートの存在である。

 彼はハーマイオニーにとって伝説的な、尊敬に値する人物であり、自分をよく褒めてくれる理想の人物だった。彼女にとって、ロックハートは新たな支えとなった。

 だが、残念な事にロックハートは本の中通りの人ではなかった。勿論、優秀なハーマイオニーはその事にすぐに気が付いた。

 しかし、ハーマイオニーはそれを認める事ができなかった。新たな心の拠り所を失う事に耐えられなかったからだ。

 彼女が辛い勉強をしながら、自分の心に蓋をする事数ヶ月、事件は起こった。

 秘密の部屋の怪物によるマグル狩りである。その上、犯人の最有力候補は自分の親友であるハリー・ポッター。ハリーがそんな事をする人物ではないと知っていたが、自分の命に関わる事である。ほんの少しの猜疑心を持つ事は仕方のない事だった。

 後輩に追いつかれ、自分は褒めてもらえなくなるかもしれない、という焦りに追われる中での勉強。

 自分の命が狙われている。しかも、犯人は親友かもしれないという恐怖。

 自分の命の危機を救ってくれない、英雄のはずの先生。

 彼女のストレスはピークに達していた。

 そんな中、ハーマイオニーは僅かな手がかりをもとに秘密の部屋の怪物がバジリスクである事を突き止めた。

 

 彼女は歓喜した。

 50年前、ダンブルドア校長でさえ突き止められなかった怪物の正体を突き止めたのだ。

 今回こそは絶対に自分の功績が認められる、褒めてもらえる。彼女の心は満たされるはずだった(・・・・・)

 不幸にも、次のスリザリンの後継者の狙いはハーマイオニー自身だった。彼女はその功績を手に握りしめたまま、石になってしまった。

 自分が目覚めてみると、また褒められているのはハリー・ポッター。

 勿論、ハリーが無事だった事は嬉しかったし事件が解決した事も嬉しかった。だが、賢者の石を守った時より明らかに自分の功績は大きいのに、前の時よりさらに褒められてもらえなかった。

 それに比べてハリーとロンは200点と『ホグワーツ特別功労賞』。

 ハーマイオニーの胸の中で、学校への不満が燻っていた。

 こうして、彼女は二年目のホグワーツは終えた

 

 三年生となった彼女はさらに注目されない様になった。

 後輩であるジニー・ウィーズリーに追いつかれない様に『逆転時計』による無理な勉強を行い体を壊した。

 初めてのまともな『闇の魔術に対する防衛術』の先生であるルーピン先生はハリーの両親の友達であったため、またハリーの事ばかり気にかけた。

 自分がやっと習得した『守護霊の呪文』。だが、ジニーは自分よりも強力な守護霊を呼び出した。結局、ホグワーツ『最多得点者』はセドリック・ディゴリーだった。

 こうして、彼女は三年目のホグワーツを終えた。

 

 四年生の時、ついにハーマイオニーは蚊帳の外の存在になった。

 自分越える魔女、魔法使いであるクロやヨルのライバルとして戦う英雄、ハリー・ポッターを応援するただの友人。彼女は自分の事をそう捉えていた。

 そして、終ぞ彼女は活躍する機会を得なかった。

 こうして、彼女は四年目のホグワーツを終えた。

 

 彼女の中に不満が溜まりに溜まった状態で迎えた五年生。彼女はついに、トム・リドルに出会った。

 ヴォルデモートを退ける強力な魔法使いであり、あのヨルとクロを育てた優秀な教育者であり、他の教師と違って今でも魔術の研鑽を怠らない理想の人物。

 授業で教わる事は呪文も理論も自分の知らない事ばかり、教え方も上手い。そして何より、彼は自分の事を特別扱いしてくれた。

 自分のために、多くの生徒からクラブの顧問になってくれるようせがまれる中、『探求クラブ』と『決闘クラブ』という2つのクラブの顧問になってくれた。

 試しにみんながやっている様にお菓子を作って贈ってみると、自分の好みのお菓子がメッセージカード付きで返ってきた。

 メッセージカードにはハーマイオニーのお菓子作り独自のアレンジを細かく褒める内容と、自身が最近特に打ち込んでいる『拡大呪文』についての応援メッセージが書いてあった。

 ハーマイオニーは次の日から、お菓子を贈るのではなく、自分で持っていく様になった。

 トムには人を褒める事に関して、人が望む事をしてあげる事に関して天性の才能があった。

 周りの生徒のほとんどが慕う先生から、自分が憧れる魔法使いから、自分が褒めて欲しいと思うものを絶妙なタイミングで褒めてもらう。特別扱いしてもらう。

 何年も何年もそれを望んでいたハーマイオニーにとって、それは甘美な蜜だった。

 そして、その甘い毒の様な蜜は今、ハーマイオニーがトムと『分霊箱』という最大の秘密を共有するという“特別扱い”と、自身の努力によって彼から驚きを引き出し、最大限“褒められる”事で極上の物となった。

 人は、一度得た幸福を手放せない。

 ハーマイオニーは、自身やトムでさえ気が付かないうちに、トムに褒められる事に陶酔しきっていた。もうそれなしでは生きてはいけない、とさえ思わせるほどに・・・

 

 そして、トムもまた無意識の内にハーマイオニーが最も求めている言葉をおくっていた。それはハーマイオニーがハリーよりも優秀であると認める事。

 ホグワーツに来てからというもの、普段勉強を疎かにするハリーばかりが褒められる事に心の奥底で不満を持っていたハーマイオニーは、誰かに『君はハリーより優れた魔法使いだ』と言って欲しかったのだ。

 そしてトムは、ハーマイオニーにハリーの教師役を頼む事で、ハリーと対等ではなく、知恵を授ける上位の存在と扱うことでこの要求を満たした。

 最早、彼女の頭の中には『TA』の事しかなかった。詳しく言えば、『TA』で誰もが驚く程の業績を残し、トムに褒められることしか考えていなかった。

 もう一度言おう、ハーマイオニー・グレンジャーは努力する天才である。

 彼女が最高の動機と最大の目標を持った今、どんな結果になるかは火を見るよりも明らかだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネ・グリーングラスは最悪とも言える部類の差別主義者である。

 彼女はマグル生まれを『穢れた血』と差別するのは勿論の事、グリフィンドール生とハッフルパフ生の事も『煩わしいゴミ』と差別していた。

 いや、彼女は差別していたという意識すらない。心の底から、悪意なく、純粋にマグル生まれは穢れた存在で、グリフィンドール生とハッフルパフ生はゴミだと思っていた。

 

 彼女は幼い頃から『聖28一族』、その中でも美貌を司るグリーングラス家の長女として洗礼された“作法”の数々を身に付けてきた。

 それは食事のマナーであったり、社交界の流儀であったり、気に入らない同性を効率よくいじめの対象にするやり方だったり、異性を奴隷にする方法であったりと多岐にわたった。

 彼女は要領も、器量も良く、あっという間にそれらの技術を学んでいった。

 彼女はホグワーツに入学すると恐ろしい程の数の異性を虜にした。

 虜にした、と言っても身体を使っての誘惑といった下品な事をした訳ではない。

 磨かれた美貌、完璧で美しい作法と言葉遣い、彼女の自慢の蒼い瞳と濡れた黒髪、そして彼女の生来の女王の様な品位がどうしようもなく異性を、いや、同性であっても惹きつけた。

 彼女は一年生にして既に、狡猾で有名なスリザリンのあらゆる生徒を下し、女王となった。

 品位、財力、教養、美貌、権力、普通の人間ではどれか1つ得るのにも苦労する物を、彼女はその年で全て持っていた。

 

 そして全てを得た彼女は、今度は自分とそれ以外とを差別した。

 自分は唯一の存在であり、他は自分に従うべき奴隷。彼女はそう差別し、また実際そうなっていた。彼女は傲慢でプライドが高かった。そして周りもそれを受け入れていた。

 ここに、1つの形が完成していた。あの日までは……

 

 彼女が五年生になった時、1人の教師がやって来た。そう、トム・リドルだ。

 どんな奴か観てやろうと、彼女は手始めにダフネが認める容姿を持つ奴隷の1人に命じて、新任教師にお菓子とメッセージカードを贈らせた。

 女の奴隷に誘惑させて、新任教師がそのまま女奴隷に手を出すならそれを弱味に色々と使ってやろう、という腹だった

 すると3日後、奴隷は奴隷でなくなった。

 お菓子を贈らせた生徒はダフネの手を離れ、独立していった。それを追う様に1人、また1人と。1人が2人に、2人が4人に、4人が16人に、奴隷で無くなる人が増えていった。

 ダフネは激昂した。

 だが相手は教師。力では敵わない。だからダフネは新任教師を自ら誘惑し、奴隷にする事に決めた。

 彼女はお菓子を贈る所から始め、次に授業の後に質問に行くようになり、次第に毎日の様に彼の部屋に訪れる様になった。

 

 そして、女王はいなくなった。

 

 これだ、というきっかけがあった訳ではない。

 彼と談笑をしているうちに、蠱惑的な笑みから普通の少女の微笑みへと変わった。

 彼のためにお菓子を作っているうちに、万人受けするお菓子から彼の好みの物へと変わった。

 彼の友人達を見ているうちに、色々な人と関わるのを楽しむ人へと変わった。

 彼と一緒に居るうちに、純血主義からトム・リドル主義へと変わった。

 普通の人間ならば、これで物語はハッピーエンドを迎えた事だろう。

 もう一度言おう、ダフネ・グリーングラスは最悪とも言える部類の差別主義者である。

 

 今の彼女はトム・リドルに必要な物以外は全てゴミだと差別している。

 そのまま彼女は自分が彼にとって役に立たないのであれば、今度は自分もゴミだと差別する様になった。彼女は自分をゴミと差別しないために、彼に全てを捧げる決意をした。

 そして、彼女の持つ品位も財力も教養も権力も美貌も全て彼に使って欲しいと、心から、悪意なく、純粋にそうありたいと願う様になった。

 自分を道具の様に、女として産まれてきた尊厳全てを踏みにじられる様に使って貰う事がダフネの目標となった。

誇り高い品位を邪な心で歪めていただけたならどれだけ幸せか。

 自分の家族が私のために残してくれた財産を、欲望のまま食い荒らしていただけたならどれだけ幸せか。

 血のにじむ様な努力で手に入れた教養を、圧倒的な力で踏み潰していただけたならどれだけ幸せか。

 自分が手に入れたこの権力を一切無視して、奴隷の様に乱暴に扱っていただけたならどれだけ幸せか。

 今まで毎日手入れをしてきた肌や髪、頑張って維持してきた体を男の欲望のままに穢していただけたならどれだけ幸せか。

 ダフネ・グリーングラスはある種の狂気を持っている。自分が奴隷にしてきた数々の残虐な行為を、今度は彼の手で自分にして欲しいと願っている。

 だが彼女はそれをトムが望んでいない事も分かっている。トムは落ち着いた人間を好み、生徒に頼られる事に喜びを感じている。

 だからダフネは人格を作り変え、丁寧な、しかしさほど形式張っていない口調で話し、他の生徒と違う『愛の妙薬』入りでは無いお菓子を無邪気に贈り、女子生徒がよく抱えていそうな当たり障りの無い悩みを相談した。

 こうやって彼の欲望を満たしながら、ダフネは彼に自分の望み通りの狂暴な人間になって欲しいと願っている。その狂暴さを、自分にぶつけていただくために……


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