にんぎょひめはおぼれない   作:葱定

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スキル捏造、ありますので注意おねしゃす。




 

 深夜に叩き起こされたことりの機嫌は、それはもう地を這うように低かった。眉間には溝のような皺が寄り、目は眠気から半眼で、完全に据わっている。

 唇は拗ねたように付き出されている癖に、そこまでされても全体は可愛らしく見えるのだから、容姿の格差とは恐れ入る。

 ナーベラルに髪に櫛だけ通してもらうと、ことりは急かされるままに部屋を出た。それにナーベラルも続いたところで、隣の部屋で待っていたモモンガと合流する。

 

「登録したばかりの初心者冒険者まで駆り出すとか、冒険者組合ってのは名ばかりなのかしら。新人を使い捨てる組織なんて長くないですね」

 

「概ね反論はしませんが、緊急召集なんてするくらいですからね。余程の事態なんでしょう」

 

 昨日の朝を思えば早い支度に、ことりもそれなりに急いだのだと伝わってくる。なにせ緩く波打つ髪は流れるままに下ろされている。

 左右の耳回りに、前日髪を飾っていた花飾りが挿されており、一層艶やかに見えるのだ。

 

「全然思い入れはないですけど、適当に様子見しつつな感じですか?」

 

「まあ、名を上げるチャンスと思えば悪くないでしょう」

 

「ですかね。で、どうします? アンデッドの反応、あるって言ってましたけど、そこに向かっちゃいますか?」

 

 そもそもモモンガのスキルに多数のアンデッドが引っ掛かった辺りで、冒険者組合からの緊急召集が、街の冒険者たちが塒にしている宿へと回ったのだ。切り離して考える方が無理があるし、その事はことりにも知らされている。

 それを考慮してのワンマンプレイを敢行するかという最終確認に、モモンガは迷うことなく断言する。

 

「そのまま墓地へと直接向かいましょう。ランクが低いので墓地へは回されないかもしれませんし。まあ」

 

 一度区切って、モモンガは明日の天気でも話すように言った。

 

「俺もぶっちゃけ様子見つつでも構わないんですけどね。これと言って思い入れがあるわけでもないので」

 

「ですです。被害が出てからの方が恩も売れますもんね。横殴りも辞さない覚悟です?」

 

「いざとなったらお代わりもありますよ」

 

「マッチポンプじゃないですかーやーだー」

 

 割り込んで恨みを買うくらいなら、モモンガのスキルで下級アンデットを召喚する。あるいはけしかけて助けてもいい。死者がでたらそれはそれ、ライバルが減ると思えばありである。

 そこらへんを察して、ことりは笑う。PKは避けているが、別にやらないとは言っていない。それにMPKはばれなければただの事故である。

 そんな軽口を叩きながら、この後を雑に決めると、三人と一匹はそのまま墓地へと向かう事にした。

 

 宿の外へと出てみれば、深夜も深夜なこの時間だというのに多くの人が家から出ている。冒険者組合やら墓地とは反対地区の方へと向かっている辺り、どうやら避難指示が出ているようだった。

 そんな人々を<飛行(フライ)>のネックレスの力を借りてことりは上から、大袈裟だなあと見下ろしていた。

 万一この姿で対応出来ないモンスターがいた場合は、大人しく逃げるか海妖婦(もとのすがた)に戻るつもりではある。だがその辺りの心配は余りしていない。モモンガが全身鎧(そのまま)で行く様子だったからだ。

 スケルトンと交戦中の冒険者たちを目に止めて、ことりは気まぐれに口を開く。

 

「<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>」

 

 スケルトンごと巻き込んで、傷付いた冒険者達の傷が癒えていく。逆にスケルトンは形を失いながら、さらさらと砂に変わっていった。予想外の事態に変な声が出た。

 

「ぅえっ?! 横殴りごめんなさーい! 辻ついでに手伝おうと思ったんだけど、とどめいれちゃったみたい」

 

「いや、助かりました!」

 

「それはよかったです! では私行きますんでこれで~」

 

 直ぐ様謝ったが、逆に感謝され、なんだかくすぐったい気分になってことりは笑う。後ろから飛んでくる礼の言葉に照れ隠しに軽く手を振って、ことりは少し先を行くモモンガを追った。相手がいい人で良かったとほっと息をつく。

 彼らが特に苦戦していたという訳ではなかったので、モモンガは他のアンデッドを蹴散らしていただけである。

 

「エルデさん何やってんですか……」

 

「いや、辻ヒールやってみたかったんですよ」

 

 一連の成り行きを見守っていたモモンガが呆れたように漏らせば、ことりは苦笑しながらも満足そうに語る。

 

「こういうの、した事もされた事もないので」

 

「あるあるですね」

 

 異形種でソロは大体ヒールよりは殴られる事の方が多かった、それを思い出せば苦笑も漏れると言うものだ。

 序でに言うなら、そこまで高位の治癒魔法を取っていないことりがそんなことをやる機会もそうそうなかったというのもある。

 

「それでどうでした?」

 

「悪くないかなって」

 

「それは良かったですね」

 

「はいっ」

 

 アンデッドに向かって剣を振り、治癒魔法を唱えながら交わされる会話は妙に和やかだ。

 周囲の冒険者たちと比較すべくもない早さでアンデッドの群れを処理しつつ、時々冒険者を<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>に巻き込みながら、ことり達は共同墓地へと辿り着いた。道中の冒険者は大体無視である。

 

「予想してましたけど……これは……」

 

「いやいやいや……雑魚とはいえ数が数ですけど……門、めっちゃ突破されてるじゃないですかあ……」

 

 来る途中、向かってくるアンデッドの数が急に増えたのを訝しんでみれば、肝心の門が陥落していたのである。街の中に流れ込むスケルトンやらゾンビやらの本流から逸れた、僅か──それでもそこそこの数はいる──なアンデッドたちが壁上へと続く階段を登ろうとしては兵たちに突き落とされている。

 抵抗している兵たち自体も数を減らしたのだろう、かなりの少数で門壁にアンデッドたちが上がってこないようにするので精一杯のようだった。

 

「取り敢えず門、塞ぎますね。<壁作成(クリエイト・ウォール)>!」

 

 ことりの宣言と同時に、破れた門を塞ぐように分厚い壁が生えてきた。その場にいたアンデッドは当然だが、間欠泉の如く高く放られる。

 

「完全に塞いでどうするんですか、これ」

 

「えーっと……壊されたらまあ良し、残ったら殴っちゃってくださーい」

 

 ことりの<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>1発で落ちるアンデッドたちなので、壁が壊されるまでは相当かかるだろうという予想である。残った場合はモモンガに壊してもらうつもりだった。

 

「でもこれで一先ず外は安全ですよ、たぶん。そちらはヘルプいりますかー?」

 

「た、助けてくれぇ!」

 

 のんびりと尋ねることりとは対称的に、階段上に追い詰められた兵士が悲鳴のように助けを求め叫ぶ。

 

「<集団軽傷治癒(マス・ライト・キュアウーンズ)>」

 

 回復をかけるついでにアンデッドも巻き込んで、ことりはそのままふわりと壁の上まで浮かび上がった。

 

「先に行ってますよー! ナーベ、行こ」

 

「エルデ様にお供して参ります」

 

 ナーベラルもモモンガに丁寧に頭を下げてから<飛行(フライ)>の魔法で浮かび上がる。そしてことりの後を追って、一足先に壁の内側の共同墓地へと降りていった。

 あんまりに自由なことりに、モモンガは小さく肩を竦める。こんなに自由で楽しそうなことりを見るのは、女性ギルメン三人とじゃれあっていた時以来だろう。

 一先ずはことりの魔法を受けた兵士に軽くフォローをすべく、モモンガは階段へと向かう。

 

「大丈夫かは聞きませんが、エルデさんが少々はしゃいだようですみません」

 

「い、いや寧ろ助かったが……貴方もあの人と行かれるのか?」

 

「ええ、それが目的ですので」

 

 モモンガに話しかけられ、返したのは辛うじて生き残っていたらしい隊長格の男だった。男はモモンガの首に掛けられた銅のプレートに僅かに眉を寄せ、気遣うように言葉を重ねる。

 

「残っても無事ですむか分からんが、中はもっと酷い事になってるだろう。優れた回復魔法の使い手がいるからと無謀はなさるなよ」

 

「肝に銘じておきましょう」

 

 こちらを案じる言葉に重々しく頷いて、モモンガもことりの後を追うべく門壁の上へと向かった。尤もそれは外面だけであるのだが、言わぬが華という奴だろう。

 砦の壁上から大胆に飛び降りるモモンガに、後ろから見ていた兵士たちの驚愕の悲鳴が唱和したのは、本人の預かり知らぬ所である。

 

「冒険者いなさそうかしら?」

 

「道中の戦闘を観察いたしましたが、あのレベルの冒険者ども(蚊柱)では辿り着くのも難しいのでは?」

 

「確かにそんな感じだったわね。ナーベラルは範囲攻撃とかもってる? アンデッド、ちょっと鬱陶しいから凪ぎ払って欲しいんだけど」

 

 ちょっとしたおしゃべりという風に軽くことりが尋ねれば、ナーベラルは毒を吐きつつ見解を述べた。それに同意しながら、抱きかかえたねねこに露払いさせていたアンデッドの群れに辟易したように訊ねた。

 

「アインズ様から第三位階までに止めるよう伺っておりますが」

 

「え、どうして?」

 

「ここの人間(ウジムシ)どもの使える位階が低いそうで、余り高い位階の魔法を使うと悪目立ちしてしまうと。それは今後の為にも避けるよう命じられています」

 

「へー。でもそれって見られたらって事よね?」

 

「そうなります」

 

「なら見られなければ問題なくない?」

 

 不思議そうに聞いていたことりは、ナーベラルの言葉に軽く頷いた。そうして返された言葉は、正に人外のそれである。

 見られても消してしまえば同じではないか。言外の意図を正確に感じ取ったナーベラルは、少し驚いた様子を見せてから微かに微笑んで返して見せた。

 

「ええ、その通りかと」

 

 

 

 

 

 モモンガがことりたちに追い付いたのは、彼女たちが霊廟に辿り着く前の事だった。

 道中はあからさまに高威力の魔法によって殲滅されたアンデッドの残骸で溢れており、その中に巻き込まれたと思わしき冒険者の亡骸も紛れていた。特に思うことはなかったけれど、モモンガが伝えたことに関する後処理は必要な範囲で行われていたようである。

 

「あ、モモさん。おかえりなさーい」

 

 墓場に似つかわしくない甘やかな笑顔を向けて、ことりは小さく手を振った。その隣りでナーベラルがモモンガに最敬礼をしており、頭を上げた彼女たちにモモンガは軽く手をあげて答えた。

 

「道中のあれはことりさんが?」

 

「はい、鬱陶しかったのでナーベラルにお願いしました」

 

「何かいましたか?」

 

「何の事です?」

 

 ことりは目を瞬かせて、不思議そうに首を傾げる。それを見たモモンガはこれ以上踏み込むことを諦めた。

 自分の知っていたことりのトゲのような部分が、ことりの素の部分からきていたのだと分かったのだ。尤もねねこストップがかかったというのが大きかったのだが。

 

「気にしないでください。それよりも待っていてくれたんですか?」

 

「です。露骨に怪しい人たちがいたので」

 

 ことりの視線の先を追うと、霊廟の前で複数人の黒尽くめたちが円陣を組んでいた。その中央に座している骨と皮の男は、黒尽くめたちよりも質のいい服を纏っている様子だ。

 ことりの感想も尤もなその異出立ちに、モモンガは感心するのと同時に軽く引いた。余りにも露骨過ぎるユニフォームである。

 

「あれが黒幕ですかねぇ?」

 

「悪目立ちし過ぎでしょう……」

 

 <闇視(ダークヴィジョン)>状態であるから目立って見えるだけで、本来ならば暗闇に黒服で目立たないのかもしれない。

 

「うーん、分かりやすいですよね。で、突っ込んでやるのと遠距離でやるの、どうします?」

 

 楽しそうにそう尋ねられて、モモンガはことりを見てからもう一度『彼ら』を見た。幾人かがこちらを見ている事に気付いて、この位置で待っていればそれは気付くだろうとぼんやり思った。

 

「まあ、少し話して見るのも一興かと」

 

 攻撃して来ない理由に辺りをつけて、モモンガはそのまま『彼ら』に向かって歩を進める。それに何かを言うでもなく、ことりとナーベラルも従った。

 

「カジット様、来ました」

 

 回りの黒尽くめの一人に声を掛けられ、仮称:骨皮筋衛門の名前が判明する。それにことりは(名前付きかー)とぼんやりと思いながら、声をかけたモモンガに続く。

 

「やあ、良い夜だな」

 

「こんばんは、ミスタ」

 

「……お主らは何者だ? あのアンデッドの群れを抜けてくるなど、どうやったというのだ。何の為にここまで来た?」

 

 仮称カジットは理解できないものを見るように、不審気に問いかける。それに対し、モモンガが反応するよりことりが早かった。

 

「この騒ぎは貴方たちなのね。お陰様でこんな時間に叩き起こされて、不満も不満、大不満よ」

 

「はは……とまあ、ご機嫌斜めのお姫様の為に、騒ぎを納めて見せようと一目散に来たわけだ」

 

 唇を尖らせて不満を隠さず非難することりに、肩をすくめてモモンガも続ける。モモンガは軽く茶化しただけだったのだが、姫呼ばわりは実際的を射すぎていた。

 

「ふん、それはご苦労なことだ……で、お前たちだけか?」

 

 極めてなんでもない風にカジットは問うたつもりであるが、動揺を隠しきれていないのは一目瞭然である。

 カジットたちはモモンガが合流する前の段階で、ことりとナーベラルに気付いていた。そこに現れた時も、そして今なお、ずっとことりは空を翔んでいる。それだけでもとんでもない魔力である。そして月明かりに浮かぶ、人外と見紛うばかりに美しい容姿だ。

 カジットはあり得ないと思いながらも、この一行が人外の何者かである可能性すらも考えた。まさかと斬って捨てたその予想が大当たりとは、夢にも思わないに違いない。

 

「……そうだが」

 

「そっちはもう一人いるよね。出て来ないのかしら?」

 

 思うところがあって言い含んだモモンガに対して、特に何も考えずにことりはぶっこんだ。向こうが触れるなら、と、本当にそんな感じだった。

 

「……<生命隠し(コンシール・ライフ)>使えないから隠れて見たけどばればれな訳ねー。魔法詠唱者(マジックキャスター)みたいだから仕方ないのかなー?」

 

 確信を持ったことりの台詞に諦めたのか、霊廟の中から女が一人歩み出た。へらへらとした軽い口調とは裏腹に、目は全く笑っていない。

 女のマントの隙間から覗く手足にはローブのような布地を纏っておらず、ことりは魔法詠唱者(マジックキャスター)の可能性をそっとはずした。

 

「あんたらのお名前はなんて言うのー? あ、私はクレマンティーヌって言うの。ヨロシクねー?」

 

「モモさん、どっち相手にします?」

 

 問いかけてくるクレマンティーヌから興味を失ったらしいことりは、モモンガに問いかけた。その反応に笑っていたクレマンティーヌの眉がピクリと動く。

 

「なあに? 無視ってわけ?」

 

「あー、クレマンティーヌの方で。オホン、まあ知らないと思うがね。私はモモン、こちらはエルドビーレさんだ」

 

「来たばっかりだもの、知ってたら驚きよね。それにしても……ふふっ」

 

 ヘイトを稼ぐことりをフォローするようにモモンガが割って入ったが、堪えきれないと言うように小さく笑ったことりにその場の視線が集まった。

 

「煽られちゃって、かわいい」

 

 くすくすとクレマンティーヌに笑いかけることりの声は甘く、本気でそう思っているのが伺える。一瞬憮然としたクレマンティーヌだったが、見る見るうちに眉が吊り上がりあっという間に般若のような表情になった。

 

「こンの、クソアマ……ッ!!」

 

 瞬間湯沸し器のようになっているクレマンティーヌにことりは相変わらず楽しそうに笑っている。完全に蚊帳の外にされてしまっていたカジットは自軍の彼女に呆れるやら、簡単に彼女を激昂させた相手の女に感心するやらで言葉が出ないでいた。

 カジットの認識では、クレマンティーヌは煽る方の人間である。その彼女を逆に煽るとは、敵ながらになかなかの手腕と言わざるを得ないだろう。

 

「やめよ、クレマンティーヌ。それで、態々殺されに来たと言うのか。呆れたものだな」

 

「はぁ、もういいからさっさと始めようじゃないか。ナーベ、お前はエルデさんを補佐してそっちの男の方を相手してやれ。私はクレマンティーヌの相手をする」

 

「えー、私そっちの女の方殺りたい」

 

「指名されたんだ、おぬしはさっさと行ってこい」

 

 脱線しかけた話があらぬ方に行く前にカジットが修正を入れたのは、そっちの方がいろんな意味で面倒そうだった所為だ。それに乗っかる形でモモンガがナーベラルに指示を出せば、クレマンティーヌは相変わらず不満そうである。

 完全に呆れたカジットの台詞に、ことりの笑いは止まらない。ことりはすっかり、この訳の分からない一団が気に入ってしまった。

 

「じゃあ、またナーベお借りしますね」

 

 笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、ことりはナーベラルに笑いかける。それにナーベラルも答えるように頭を下げた。

 

 モモンガの言葉に、カジットは諾々と従ったわけではない。カジットの切り札が魔法詠唱者(マジックキャスター)に有利であると、そう確信しているが故に流れに任せただけだ。

 尤もモモンガもことりに対して全く心配はしていなかった。ユグドラシルでマジキチセイレーンの名を欲しいままにしていたのは伊達ではない。ナーベラルも付けたので、モモンガは安心して場所を移したのだった。

 

「うーん、どうしようか。いっぱいいるから少し減らした方がいいかしら」

 

「御心のままに」

 

 穏やかな優しさをもって、雑談でもするようにことりはナーベラルに問いかけた。それに対してナーベラルは頭を下げて肯定を示す。それは当然の動作であり、当然のものとしてことりにも受け入れられた。

 彼女は愛らしい唇を開いて囀ずる。紡がれたそれは彼女が異国の童謡を割り当てた、短い呪歌だ。

 

゛Ring-a-ring o´ roses,

 A poket full a posies,

 A-tishoo! A‐tishoo!

 We all fall down.゛

 

 澄んだ歌声を耳にした時、カジットの回りを囲んでいた数名がバタバタと倒れ付した。

 

「な、何事だ……!?」

 

「死んでる、だと……?!!」

 

 狼狽えたような声を上げたカジットに、無事だった高弟の一人が倒れた者の状態を確認して動揺した声を上げる。

 ことりは思ったよりも減った人数に満足そうに笑みを浮かべた。

 彼女が歌ったのは<招命の呪歌(ソング・オブ・ザ・コール)>である。レベルの差と耐性+確率による運の抵抗を行うことの出来る即死の呪歌であり、当然であるが抵抗される率が半端ない。であるからして、一人二人落とせれば御の字という、殆んど趣味の域で取ったスキルだった。

 

「すごーい! 見てみて、結構減ったわ!」

 

 はしゃいだ様に無邪気に喜ぶことりに、ナーベラルも少し笑んで同意を示す。

 その様子を見て、敵対を選んだカジットらは戦慄した。身近にいるクレマンティーヌのような狂気すら、彼女から感じ取る事が出来なかったからだ。

 クレマンティーヌは殺す事を楽しんでいる節がある。だが、エルドビーレと呼ばれた彼女は、それすらなかった。虫を足で払い避けるような、その程度の感慨しか感じさせない。結果として殺してしまったという、そういった嫌な予感を感じさせる反応を示した。

 真に狂っているか、同じ人として見ていないか。どちらにせよ碌なもので無いことだけは確かである。

 

「出し惜しみなどしている場合ではないな」

 

 カジットが手にした珠を掲げる。そのカジットを守るようにして高弟たちも身構えるが、ことりは興味深そうに窺うだけで動こうとはしない。カジットの持つ無骨な黒い珠に、周囲の闇が質量を持って集まっていく。

 彼の手の中の珠が命を宿したかのように胎動した、ナーベラルにはそう感じられた。

 このまま放っておくのは少し不味いのでは。そう思ってことりを見たが、彼女は見世物でも観るように眺めるだけだ。静観を決めた主を察して、ナーベラルもまた口を噤もうとしたのだが、

 

「失礼します」

 

風を切るような音を、ナーベラルの耳は拾ったのだ。ナーベラルはそうことりに告げて、彼女を抱き上げて大きく飛び退いた。

 彼女たちのいた場所を掠めて、大きな翼を持った何かが飛び去っていく。それは頭上で大きく旋回してから、ホバリングしながらゆっくりとカジットの前へと降り立った。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)?」

 

 ナーベラルに降ろされながら、ことりは僅かに目を細めた。これを呼べるということは、そこそこレベルがありそうであると判断したからだ。今の姿のことりで、このモンスターに対抗できる手段はかなり限られてくる。尤も元の姿であっても割と限られているのであるが、それはそれである。

 

「魔法に絶対耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)よ。魔法詠唱者(マジックキャスター)では手も足も出まい」

 

「うーん、確かに面倒だけれど……まあ、さっきの見て分かると思うけど、私生粋の魔法詠唱者(マジックキャスター)じゃないのよね。詩人(バード)だし。まあ正確には詩人(バード)ですらないんだけど……」

 

 油断はしないものの、勝ちを確信したようにカジットが言う。だがことりは少し困ったように呟きながら、右手を動かした。そこで始めてことりが不思議そうに首を傾げる。

 コンソールパネルが出なかったのだ。

 いつも切ってあるパッシブスキルを入れようと思ったのだが、上手くいきそうにない。出なかったこと自体はまあ夢だしと当たり前に納得して、ことりは別の手段に切り替えた。

 

゛Joyfull,joyfull,we adore thee,

 God of glory,Lord of love,

 Hearts unfold like flowers before thee,

 Opening to the sun above.゛

 

 讚美歌を割り当てた、取得する必要すらなかった歌は高らかに歌い上げられる。<海の魔女の呪歌(セイレーン・ソング)>、種族名が入っているからという理由だけで取ったスキルだ。

 

「ふん、歌なんぞ歌ったところでなんだというのだ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)よ、やれ!」

 

゛Melt the clouds of sin and sadness

 drive the dark of doubt away.

 Giver of immortal gladness,

 fill us with the light of day!゛

 

 能力は単純だ。単体を魅了状態にする、それだけである。

 通常アンデッドには魅了などの状態異常は入らない。そういう種族特性だからだ。

 カジットの命令を受けた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、ことりが歌い終わっても動かない。それを見てことりはふわりと微笑んだ。

 

「どうした!? やれと言っておるだろう!」

 

「ね、゛跪いて゛」

 

 ことりの『お願い』を受けて、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はゆっくりとした動作で傅いた。その光景を見て、カジットたちはおろか、ナーベラルも驚いた表情を見せる。

 

 ユグドラシルにおいてのことりの二つ名は幾つかある。「マジキチアバター」もそうだし、「中があの人」なんかもそうだ。けれど、それ以上に有名過ぎるのが「マジキチセイレーン」或いは「マジキチ鳥」だった。

 

 海妖婦(セイレーン)というぶっちゃけ最底辺の種族を極めた先に、取得した専用職業のパッシブスキルがぶっ飛んでいた所為である。一つ目は魅惑の声(テルクシオペイアー)、声に魅了判定を付加するというものだ。

 問題の二つ目が原初の海の誘い(Invitation of ​​Primordial the sea)。魅了の無効および超耐性を無効化し、元々の魅了耐性で判定を行うという効果を持っているのである。

 海妖婦(セイレーン)は魅了を撒いた上で、デバフや状態異常を撒くというコンセプトで作られている種族だ。それ故に無効化する手段に溢れていた為、弱い種族と全く人気がなかった。実際、ことりはユグドラシルで自分以外の海妖婦(セイレーン)の知り合いは、全くと言っていいほどいない。

 そんな中で突如ぶっ込まれたテコ入れは、色んな場所を震撼させた。海妖婦(セイレーン)の撒く異常の魅了は、正確には゛放心(魅了)゛なのだ。この魅了は、強制的に三秒間の隙を作るという頭のイカれた仕様なのである。

 この時からことりは『敵に回せば最悪で、味方にいても扱いに困る(性格的に)』というとんでもプレイヤーになった訳である。

 吟遊詩人(バード)の呪歌はスキルである。よって骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の呪文無効には引っ掛からない。アンデッドによる耐性はことりの原初の海の誘い(パッシブスキル)によって貫通した。それが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を魅了してみせた真相であった。

 因みにことりは高位の全体攻撃手段を持たない為、ソロでは魅了した所で逃げるしかすることがなかったりする。

 

「上手くいったみたいだけど、どうする? 降参する?」

 

 優しい笑顔を浮かべたまま最終通告をしたことりは、正しく魔女と呼ぶのに相応しい。無邪気なままで、彼女は、悪魔のように優しく振る舞うのだ。

 

 

 






最悪だけど最強ではないスキルを捏造してみました
裏話にことりさんの御実家が絡んでいたりするんですが、それはまあおいおい

一曲目はマザーグースのRing-a-ring o´roses
二曲目はJoyfull,joyfullです
映画で有名ですが、歌詞の著作権は三十年位前に切れてるはず


そろそろ捏造系のタグを入れようと思います

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