にんぎょひめはおぼれない   作:葱定

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遅くなりました。
忘れかけていましたが、この話はコイバナですよ
少女漫画のノリを目指していこうと思っていたのです





 

 代筆を頼んだ為に飛んできた質問に粗方答え終わり、無事に冒険者登録も済んだところでことりのプレートが発行される。<英雄鼓舞の呪歌(インスパイア・ヒロイックス)>を使える吟遊詩人(バード)ということをうっかりバラしてしまった所為でシルバープレートを支給されることになったのだが、プレートのデザインにことりがケチを付けるところまでがテンプレである。大層不満そうなことりと困惑しきりの受付嬢の間にモモンガが入ることで、どうにか仲裁し事なきを得た。

 

「これで登録は全部おしまい? ならもう行っていいの?」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 少し疲れたような顔をした受付嬢が軽く頭を下げたのを見て、ことりはねねこを抱えたままモモンガを振り返る。

 

「終りらしいので行きましょうか。お買い物、付き合ってくれるんですよね?」

 

「そうですね……今日は街を見て回るという約束ですし、お付き合いしますよ」

 

「少々お待ちください。モモンさんにご指名の依頼が入っております」

 

「私に……?」

 

 この後の予定を話しながら出ていこうとする一行を呼び止めて、受付嬢は用件を告げた。驚いたのはモモンガだ。つい前日登録したばかりなのに、指名依頼が入るなどありうるのだろうか。

 戸惑って動きが止まったモモンガの前から、ことりが脇に避けようと身を動かした。それをモモンガは半身を隠した赤いマントを右手で広げてことりを隠す。隠されたことりは驚いて、モモンガを見上げた。フェイスマスクの内側が淡く光ったように見える。

 

「モモ、さん?」

 

「あー……その……ッオホン! その、え、エルデさんの、その、せ、セクシーな背中を晒すのを見過ごす訳には行きません」

 

「! あれ……覚えててくれたんですね」

 

 つい先程までの澄した顔を崩して、ことりは蕩けるような笑みでもってモモンガを見上げた。照れ隠しの為の戯言を覚えていてくれて、それを返してくれるなんて思っても見なかったのだ。その表情を見ればことりがどう感じているかなど、何を語られなくとも分かってしまう。そんな表情(かお)だった。

 そんなことりの表情をちらっとでも見てしまったのだろう。受付嬢は大層、気不味そうな顔をした。モモンガのフェイスマスクのスリットが再度、微かに発光したような気がする。

 

「そう言う訳なので、このままで」

 

 ことりが頷き返すのを見届けて、受付嬢は改めて口を開いた。

 

「……えー、宜しいですか?」

 

「あ、ハイ」

 

「コホンッ、では……ンフィーレア・バレアレ氏よりモモンさんへの指名依頼を伺っております。内容は薬草採取の護衛で、詳しくはお会いしてから詰めたいとのことです」

 

 受付嬢の依頼状を差し出しながらの説明を聞いて、モモンガは初めて耳にする名前を思わず問い返す。

 

「……ンフィーレア・バレアレ?」

 

「お知り合いですか?」

 

「いいえ、全く」

 

 マントの内側からことりが尋ねれば、モモンガからはさっぱりと言わんばかりの否定の言葉が飛び出した。それを受けたことりは、少し考えてからもう一度尋ねる。

 

「受けるんです?」

 

「……エルデさんはどう思いますか?」

 

「裏がありすぎて逆に怪しく無いんじゃないかと思えてくるレベルですねぇ」

 

 意見を求められ、そこまでは口頭で伝えてから<伝言(メッセージ)>が飛んでくる。

 

『個人的には受けない方がいいんじゃないかなと。こういうの、面倒な事になりません? 高確率で。割と悪名もありますし、警戒して損はないのでは? なにかあるのなら、断ってもまた接触してくるんじゃないですかねー』

 

「あー……」

 

 経験に基づいた助言に思わず声が漏れた。改めて言われてみれば、そりゃそうだ、である。

 

「心当たりが全くないのですが、登録したばかりで名指しの依頼というのはよくあることなのですか?」

 

「余り聞きませんが……依頼人自体は身元もしっかりした方なので、そこの所は保証出来ます」

 

「どのような方かお聞きしても?」

 

 しっかりしたと言い切れる相手なら、その辺の情報も引き出せそうだと尋ねてみる。受付嬢は少し考えてから口を開いた。

 

「街の名士でもあるリイジー・バレアレ氏のお孫さんで、本人も腕の良い薬師です。あとは本人のタレントもありまして、かなり有名な方でもあります」

 

「タレント?」

 

 耳慣れない単語に、思わずことりが問い返す。受付嬢はそれをどんなタレントであるかと受け取って、そのまま話題を引き継いで能力を軽く説明した。

 

「どんなマジックアイテムでも使用条件を無視して使用可能という力ですよ」

 

「……ほう」

 

「ふあー、なんかえげつないの来ましたね」

 

 反応は真っ二つで、モモンガは意図して感心したような声を出した。対してことりは、感心するやらドン引きするやらな声を上げる。

 しかし相手に対する警戒を抱いたという時点では、二人の感想は一致していた。

 

「……その人物、注意が必要かと」

 

「分かっている」

 

 黙って控えていたナーベラルが少し間を詰めて、モモンガにそう忠言した。その声には隠しきれない警戒が滲んでおり、彼女もまた同じように感じた事を言外にも告げている。

 そんな二人を見上げるように眺めることりに、モモンガは改めて問いかけた。

 

「話だけでも聞いてみようと思うのですが、どうでしょうか」

 

「んー……モモさんへの依頼ですので、モモさんがそう思うならそれでいいとかと。まあ、会ってはおきたい人物かなーとは思いますよね」

 

 相手が何を思っているかは分からないが、面倒そうな相手の情報を直接引き出せるのならそれもありだとことりは思う。その辺りをして詰めが甘いと言われるのだが、分かっていてやっているのだから何も問題はないのだ。ことりとしては対峙する方が危険が少ないというのもある。

 

「では話を聞いてから決めようと思います。そのンフィーレアさんは、どちらにいますか?」

 

「いらっしゃったのが午前中ですので、一度ご自宅へと戻られました。訪ねてみてはいかがですか?」

 

 モモンガが尋ねれば、受付嬢は気を回しつつ答えた。組合の方にも同じ依頼は何度か出されており、タイムスケジュールは大まかに把握できていた。

 既に正午を回りつつあるこの時間では、これから話を聞くとなれば出立は明日になるだろう。それならば街を見て回りたいという連れの意見も汲みつつ、訪ねてみる事を提案する。

 

「薬屋への簡単な地図をお書きしましょうか?」

 

「お願いします」

 

 頼んだ地図を受け取って、今度こそ一行はギルドを後にした。ことりのマントコートは、モモンガによってきちんと肩に掛けられ済みである。

 

 

 

 

 

「ンフィーレアさんはまだお帰りではないんですか」

 

 バレアレの薬品店を訪れてみたが、件のンフィーレアはまだ帰宅していないとの事でだった。応じてくれたリイジーがふむ、と少し考えたように言う。

 

「もう昼も過ぎる頃合いじゃし、そろそろ戻る頃じゃろうて。茶でも飲んでお待ち下され」

 

「いえ、そう言う事でしたら一度出直しましょう。街も見て回ろうと思っていましたし、日が落ちる位に、また寄らせていただきたいと思います」

 

 茶など出されても飲めないので、適当に理由を付けて出直すと告げれば、リイジーは少しばかり残念そうにそうかと溢した。僅かに引っ掛かるものがあったが、横からことりがモモンガのマントの裾を引いたので、口に出すのは止めにする。

 そのまま店を辞せば、少し行った所でことりが口を開いた。

 

「何かイベント発生してません?」

 

 ことりが合流した時点でフラグは確定していたようなので、モモンガが何かのトリガーを引いたのだろう。そう思っての発言だったのだが、モモンガは何やらモゴモゴと呟いてから言葉を紡いだ。

 

「そう感じますか?」

 

「いやだって……逆になかったら凄くないですか?」

 

 確かに状況を俯瞰(プレイヤーと)して見ればベタなイベントの始まりにしか見えなかった。だが、モモンガとしてはそんな物語みたいなことあるのかと、ここが現実であるが故に閉口してしまうのも事実である

 

「時間経過で進行するんですかね? この場合は孫が依頼人になるのか、おばあちゃんが依頼人なのか気になりますね。今のところ、おばあちゃんの方が有力かな?」

 

 見たこともない孫は、既に襲われるか拐われるかしている予想らしい。ご機嫌に歌うことりはこのイベント(暫定)を完全に楽しむ気でいるようだ。

 囀ずることりの肩に乗っているねねこが、遮るように彼女の頬に顔を擦り寄せ、にゃあと鳴いた。そこで漸く、ことりの意識が話題から逸れる。

 

「そう言えばニャーくん、街に入ってから静かね? どしたの?」

 

『喋らないって事にしてるニャ。自衛の為ニャ。お察しニャ』

 

 にゃあと鳴きながら<伝言(メッセージ)>を飛ばしてくるねねこに、ことりは苦笑して耳の後ろを撫でた。

 ねねこに視線が集まっているのは、ことりも感じていた為に納得したのだ。自分がスキルで注目を集めている自覚もあるので、ねねこの気遣いが自分の為だと分かって嬉しかったと言うのもある。

 

「何て言っているんですか?」

 

「目立ちたくないって言ってます」

 

 何となく察してはいたモモンガだが、ねねこが故意に話題を反らしたのを理解していたので敢えて聞く。すると予想と大体同じ答えが返ってきて苦笑いである。

 実際はちょくちょく<伝言(メッセージ)>がねねこから飛んできているので、ことりが感じているほど静かではないのだが。その辺こっそり飛ばした内容を把握しているモモンガは、聞こえないように耳打ちしてくるねねこの意図も分かっているので口を開けないのもあるのだ。

 

「まあ、ニャーくんの気持ちも分かるのでそっとしておきましょう。それより、見て回るんでしょう?」

 

 そう促せば、ことりの興味は完全に移る。ことり主観の顔も知らないNPCの無事より、モモンガたちとのお出掛けが優先なのは、どうしようもないくらい明らかだった。

 

「はいっ! あ、ナーベもお着替えしよう? 折角なんだから可愛くしよう? ね?」

 

「えええエルデ様!?」

 

 だめ?とあざとらしく尋ねられて、困惑しきりのナーベラルがモモンガを見る。

 

「あー……構わないんじゃないか? どうせなんだ、エルデさんに可愛くして貰え」

 

「…………はい」

 

 モモンガにも肯定されてしまったナーベラルは、色々な葛藤の末に役得だと思うことにした。基本的に至高の御方に構って貰えるのが嫌なはずがないのだ。

 こうして自ら女性の買い物(くぎょう)への墓穴を掘り進んだ事にモモンガが気付くのは、仕立て屋でナーベラルに衣装を取っ替え引っ替えしているのを見てからである。女の買い物が長いのは、最早宿命のようなものだった。

 

 

 

 

 

「ふふふ、少しはしゃぎ過ぎちゃいましたね。ちょっと疲れちゃいました」

 

 ご機嫌でナーベラルと手を繋ぐことりはとても楽しそうで、美女二人というのもあってとても華やかである。対してモモンガとその肩にちょこんと乗るねねこは、既に精神的にぐったりしていた。

 ショッピングに既に凡そ三時間ほどを費やしており、日暮れにはまだ少し時間がある。が、「足が痛くなったから座りたい」ということりの発案で座れそうな店を見つけて入る予定であった。

 

「可愛い外装あったのに、ナーベは本当にリボンだけで良かったの?」

 

「身に付けておける物ですので。なによりエルデ様に頂ける物ですから」

 

「そう? ふふ、じゃあ中身はちょっと奮発しちゃおうかな。楽しみにしててね」

 

 赤に金糸の豪奢で幅のある、如何にもことりが好みそうなリボンをナーベラル用にと、ことりは購入した。

ざっと見て回って良さそうなマジックアイテムがあればそれでもいいかと思ったのだが、『はじまりの街』といった風情で大した物がなく、逆に外装がメインになっていたので敢えてそれを購入した。後でデータクリスタルを入れてからナーベラルに持たせるつもりである。

 余談であるが、ことりの購入したリボンは金貨三枚という、この世界の貨幣価値からすればとんでもない代物である。

 

「あ、そこのオープンテラス、おしゃれ。あそこにしませんか?」

 

「構いませんよ」

 

 目についた店に入るという、既に馴れてしまったことりの行動に異を唱えるとこもなく、一同は店のオープンテラスへと踏み入れる。そこをウェイターがさっと席へと通して、メニューの書かれた木板を持ってきた。

 

「モモさんとナーベはどうします?」

 

「俺は大丈夫です」

 

「ええと……」

 

 木板を受け取ったことりに差し出されて、モモンガは右手を軽く振って意思表示した。予定の範囲であったので、ことりは軽く頷いてナーベラルを見る。モモンガが不要とした事で判断に迷ったようにして、ナーベラルはモモンガへと視線をやった。

 

「私を気にする事はないぞ」

 

「……分かりました。ではエルデ様と同じものを、よろしいでしょうか」

 

 モモンガからの言葉に軽く頭を下げ、ナーベラルはそうことりに伺う。それを見ながら、ことりは笑う。

 

「同じものね。そうね、ミスタ。何か冷たいもので、おすすめを二つお願いするわ」

 

「畏まりました」

 

 木板を手渡ししながらことりが伝えれば、殊更丁寧にそれを受け取ってウェイターが去っていく。そんなちょっとしたやり取りを見ながら、モモンガは思う。お高めのカフェかもしれない。

 

「んー……モモさんもヘルム外してもいいんじゃないですか?」

 

「すみません、無理です」

 

 珍しくきっぱりと、ことりの提案をモモンガは蹴った。中身を素直に晒せと言っている訳でなく、単純にお茶を誘っている中で一人だけ寛いでいない風なのも変だ。そう思っての問いだったので、ことりは少し驚いた様子だ。

 

「なんと言うか、既に色んな視線が痛いので、素顔を晒すのは却下です」

 

 実際は全くそんな事はないのだが、楽しそうな美女二人を侍らせる騎士は、視線が物理的に作用するのなら、とっくに穴が空くだろうという程、見られていた。

 それらは素顔(幻術であるが)を知られるのを不穏に思う程度に、覚えのある(かんじょう)をしていたのである。

 

「なるほど、諦めます。今日は付き合ってくださってありがとうございました。今度はモモさんのお買い物に、お付き合いさせてくださいね」

 

 察するところがあったのか、ことりはあっさり引き下がった。そして次を約束するように微笑んだ。

 

「ナーベの衣装は……うーん、諦めきれないから今度私の手持ちから渡しても? 女の子なんだからやっぱり衣装はあってもいいよね」

 

「エルデさんが選ぶのはとても華やかなものが多いですからね。本人の意思も確認してあげて下さいね」

 

「むー、言うほど派手じゃないですし! ナーベには……赤とか青とか、パステル系よりもはっきりした色が似合うと思うのね」

 

 趣味自体は悪くないのだが、映える色を並べたがる嫌いがあるので、兎に角派手に見えるのだ。その辺はことりも少し自覚もあるので、頬を膨らませて見せる。

 図らずとも話題の中心になってしまったナーベラルは、懸命にも口を噤んだ。肯定も否定も失礼に当たると思った故である。

 

「確かにさっきのリボンは似合ってましたね」

 

「でしょう?」

 

 モモンガの溢した感想にことりが胸を張る。ことりのセンスを肯定していると分かっている筈なのに、自分が話の種である所為でナーベラルは非常に居心地が悪かった。心地が悪そうにもぞもぞと座り直して知らないふりを決め込む。

 

「濃い目の色合いのAラインとかエンパイアラインとか似合うと思うの……ねえもう帰らない?」

 

「いやいやいや、エルデさん? まだ出てきただけですって」

 

 自分のドレスでナーベラルを着せ替えをしたくて仕方のないことりが本末転倒な事を言い出すのを、モモンガも苦笑混じりに諌める。その言葉に彼女は唇を尖らせて、「言ってみただけですぅ」と拗ねて見せた。

 そんな所にウェイターがトレイを片手に飲み物を持ってくる。

 

「シェケラートでございます」

 

 そう告げながらコースターと共に置かれたのは、フルートグラスに三分の二程注がれたコルク色の飲み物だった。液体の上は厚みのある木目の細かいクレマに覆われて、ミントの葉が乗っている。

 それから小さな小皿にオレンジのコンフィが数枚乗せられて、付け合わせにと供された。

 

「わ、お洒落ね」

 

 ごゆっくりどうぞと告げて退席したウェイターを気にせず、ことりは楽しそうに声を上げる。

 だが出されたものを見て、モモンガは一瞬面食らった。昨日一日しか見ていないのでたしかな事は分からないが、昨日の宿ではガラスではなく木で作られたジョッキを使っていた覚えがあった。もしそちらが主流なのだとしたら、ガラスのグラスを出す店というのは、どの程度の店なのだろうか。

 

「いい匂い。コーヒーと……アーモンド、かな?」

 

「これは……アマレットでしょうか。爽やかな香りがします」

 

 グラスを持ち上げて香りを楽しむことりを真似て、ナーベラルもグラスに鼻を近づけた。微かなアルコールの香りに、記憶にある酒名を呟く。

 

「あ、甘くておいしい。ナーベはどう?」

 

「はい、ミルクが混ぜられているので飲みやすいですね」

 

 グラスを傾けながら満足そうに感想を言い合う二人は、小数ながらも女子会と言った様相を呈している。種族的に飲めないモモンガは既に話題の外におり、割って入るのもなんだかなぁと黙って二人を眺めるのに徹していた。

 

 完全に余談であるが、ガラス製品はその製法の課程上、高級になりがちである。魔法を使って錬成したものも、大量生産には至らず価値が高い。

 室内の席より風通しの良いオープンテラス席には、少なからず席料が発生するものである。ウェイトレスでなくウェイターしかいない店であることも、大きなポイントになる。

 更に、今正にことりが摘まんでいるオレンジのコンフィも、この世界では価値の高い物である。新鮮なオレンジを砂糖をふんだんに使って煮詰め、軽く乾かした菓子である。砂糖の価値は言わずもがな、だ。

 要するに、数え役満的な何かであった。

 

「金貨一枚と銀貨三枚のお茶会……」

 

 一頻り楽しんだ後、ことりが御愛想を済ませる横で思わずモモンガはぼやいた。どんな場においても自分が主体である場合の支払いは絶対に譲らないことりであるのだが、それでも横で見ていて一瞬気が遠くなるのも仕方ない金額だった。

 昨夜に街の宿を形ばかり取ったモモンガは、一応の相場を知っていた。故に、ことりの金銭感覚を再確認したのである。

 

 

 

 

 

 薄暗くなって来た時分に、三人は再度バレアレの薬品店へと足を運んだ。そこには狼狽えた様子で落ち着きを完全に失った、リィジー・バレアレが居たのである。

 その様子にことりは直感する。イベント発生だ。

 

「リィジーさん、でしたかな。どうされたんですか? もしや、ンフィーレアさんがまだ戻られていないとか?」

 

 十中八九、ビンゴだろうとモモンガが問えば、正しくといった様子で老婆は食い付いてきた。

 

「そうなんじゃ! 冒険者組合にと出掛けたのに、まだ帰らないなど明らかに変じゃ! これはンフィーに何かあったに違いない!」

 

 ことりは素直にイベント発生を楽しんだが、目の前でわめき散らされたモモンガは、控えめに言ってドン引きである。これがモンペと言う奴かと、過去に某ギルメンが喚いて荒れて愚痴っていたのを思い出して、冷静になって二度引いた。

 

「ええと、ンフィーレアさんも年頃なのですからそこまで過保護にならなくてもいいのでは? そんなに頼りない方なのですか?」

 

 会った事すらない青年について、何故にこんな事を聞かなければならないのか。冷静な部分がそう問うが、目の前のモンペは止まらない。

 

「そんな訳なかろう! ンフィーはしっかりした子じゃよ! こんなに遅くなるのに、言いもせずに行くような子じゃないんじゃ!」

 

「そ、そうなんですか……それは失礼しました」

 

 三度目のドン引きである。

 

「お前さんたち冒険者なんじゃろう? ワシの孫を捜しておくれ!」

 

「お言葉ですが、私たちは登録したばかりの銅プレートです。人捜しが銅級の依頼であるのか判断がつきませんし、何より大事なお孫さんを駆け出し冒険者に任せて貴方は安心出来るんですか?」

 

 クエストが出たと思ったら、速攻でモモさんが断ったでござる。目の前の光景にことりは目をぱちくりさせた。展開が早い。

 モモンガとしては、このモンペに既に関わりたくない。故に、嘗ての営業としてのトークスキルよ輝け! と言わんばかりにお断りの言葉を探しまくった。

 

「少なくとも私ならば安心は出来ませんね。組合まで付き添いますので、安心出来る先達の方々にお任せするのが一番良いのではないでしょうか」

 

「……そうじゃの。ワシも気が動転しておったようじゃ。すまんな……組合まで一緒に行って貰っても構わんかね?」

 

「付き添いくらいでしたら構いませんよ」

 

 綺麗に纏めたモモンガは既にフェードアウトする気満々であった。ヤバいタレント持ちの孫は、どうするか後で考えよう。ここでモモンガの中で、リィジー・バレアレ=関わり合いになりたくない人という図式が完成した。

 

 宥め透かしてリィジーを冒険者組合に放り込んだ後、モモンガたちは早々に組合を後にした。これ以上あの老人に、モモンガは関わりたくなかったのだ。そしてことりの手前昨日の宿に泊まるわけにもいかず、少しランクを上げた宿で二部屋借りて、ひと心地着いたのはすっかり日が暮れた後の事である。

 

「クエスト受けなくて本当に良かったんですか?」

 

「いや、あれは控え目に見ても関わり合いになったら負けじゃないですか。嫌ですよ俺は」

 

「あー……まあ、そうかもですね」

 

 モモンガの切実な訴えに、ことりは曖昧に笑った。確かにリアル知合いにはなりたくないまくし立て方だったと、ことりも思う。

 偏見だとは思うが、ことりはああいった人の話を聞かなさそうなタイプの人間が大嫌いである。ので、ことりもモモンガの判断を兎や角言うつもりはなかった。クエストの受注については少々残念に感じたが、それはそれ、だ。

 

「今日はナザリックには戻らないんです?」

 

「たまには街の宿屋に泊まってみるのもいいものだと思うんですけど。ほら、基本入れないもんでしたし」

 

「人間種以外は立ち入り禁止でしたもんね。それなら楽しむしかないですねえ」

 

 納得したように首肯くことりに、モモンガもひと心地つく。

 

「明日は冒険者組合で何か依頼を探す予定ですが、一緒にパーティーを組む形で大丈夫ですか?」

 

「しがない吟遊詩人(バード)でよければ連れてってくださーい」

 

 へにゃりと笑って茶化す彼女に、モモンガも釣られて少し楽しい気分になる。新しい事を始める時は、何時だってわくわくとかドキドキとか、そう言う気持ちになるものだ。

 

「ギルマス殿に精々迷惑かけないように頑張るニャ」

 

「もーねねこ、かわいくなーいー」

 

「ご主人がボクを創ったのに、可愛くなるとか本気で思ってるんですか?」

「やめてよメッチャ納得しちゃったじゃない」

 

 憎まれ口を叩くねねこにことりが真顔で返す様を、ちょっと苦笑しながらも眺めるモモンガは、ユグドラシルの雰囲気を思い出した。こんな風に軽口を叩き合って、歩き回っていたものだ。

 だが今はそうでない。目の前に座る彼女すら、ねねこの言葉を信じるならば、喪われてしまう可能性もあるのだ。ふとそれを思い出して、モモンガはひとつ聞いてみる事にした。

 

「ことりさん」

 

「なんですか?」

 

 呼べば直ぐ様返ってきた返事に、モモンガはことりを真っ直ぐ見た。

 

「俺のどういうところに惹かれたのか、聞いてみてもいいですか?」

 

「恥ずかしいこと聞きますね……えっと、ちょっと待って下さいね」

 

 抱えていたねねこを膝に降ろして、自分の胸に手を当ててことりは深く深呼吸した。それからもう一度、モモンガを見上げる。

 

「モモさん、私を見てくれたじゃないですか。私の事を知っても、色眼鏡で見なかったじゃないですか。それだけなんですけど、すっごく嬉しかったんです。あと、優しいとこ! ですかね」

 

 はにかむようにそう語ったことりは、顔中を桃のように染めていた。それから俯き顔を両手で覆って、蚊がなくような声を上げる。

 

「だから、わたしも……モモさんのこと、だいじにしなきゃっておもったの……」

 

 モモンガが僅かに聞き取れたその言葉に何か反応する前に、ことりはねねこを抱いて立ち上がった。

 

「今日は、もう寝ますね! おやすみなさい!」

 

 それだけ言い捨てて女子部屋に逃げ帰っていくことりを、モモンガはただ見送る事しか出来なかった。彼も彼で、正面から言われた言葉を受け止めるだけで一杯いっぱいだったのである。

 

 そんな彼らが冒険者組合の者によって叩き起こされたのは、真夜中の事であった。

 

 

 

 




利き腕にヒビを入れまして、半ギプスで続きを完成させるのはめっちゃ労力がかかりますな。
次話はまったく書かれていない状態ですので、書き始めるのは利き腕が自由になってからになるので何時もより遅くなるかと思います。すみません

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