にんぎょひめはおぼれない   作:葱定

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前の話は読まなくても何も問題なかった

前話のあらすじ
三人メイドとお色直し




 

 

 淡いストロベリーブロンドから覗く海色の瞳が楽しげに細められる。伸ばされた細い腕は意外と太い骨の腕を絡めて、ミリタリーグリーンのマントコートに隠された胸へと抱き込まれた。

 一瞬肩を揺らした愛しい人に、ことりは満足そうな笑みを浮かべる。

 

「びっくりしました?」

 

「……しました」

 

 ことりの目論見は成功したようで、モモンガは驚いたかはともかく、動揺はしている様子である。ことりとしては大変満足なのだが、モモンガが落ち着かなさそうに体を揺らしたので腕に頬を寄せるようにして尋ねる。

 

「だめですか?」

 

「駄目、で……は、ない、です」

 

 言おうとした言葉がことりの脇から鋭く刺さる視線に尻窄みになった事を、彼女だけが知らない。

 

 <転移門(ゲート)>を出して外へ出るだけの筈がこんなことになったのは、大体ことりの所為である。単純に手を繋ぎたいなーと思ったのだが、ふと悪戯心が沸き上がって腕を組んでみた、それだけなのだが。

 それなら問題ないとことりが笑ったので、二人と一匹はそのまま<転移門(ゲート)>へと踏み出した。

 

 モモンガにエスコートされて、ことりは新しい世界へと進む。狭くてちいさな、新しい世界へ。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル近郊で別れる前に、モモンガはこの後の事を簡単に確認する。

 

「一人で街に入って貰って冒険者組合で待ち合わせ、で本当に大丈夫ですか?」

 

「だいじょーぶですって」

 

 意外と導火線が短いことりが門で足止めされる事で爆発しないかを懸念しての問いだったのだが、まるで子供のおつかいのように軽いノリが返された。この時点でモモンガの懸念は間違っていないのだが、それを知るのは現時点ではねねこだけである。だが彼はことりがしたいようにさせるので、一切口を挟まないのだが。

 

「……分かりました。何かあったら<伝言(メッセージ)>飛ばして下さいね。絶対ですよ。あと、冒険者に登録する名前、どうするんですか? 俺はモモンで登録したので街の中ではモモンと呼んで欲しいんですが」

 

「モモさんで問題ないですね、了解しました。ことりでいいんじゃないかって思ったんですけど……だめって顔してますね。エルドビーレにしようかな、と。なのでエルデって呼んでくださいね」

 

 分かりやすくていいでしょと笑うことりは、彼女にしてはまともなネーミングと言えた。あんまりサラッと出てきたので、不思議に思ったモモンガが問う。

 

「珍しく悩みませんでしたね? 何か由来でもあるんですか?」

 

「これの名前がErdbeereなんです。ヒノリもだめって言われそうだったので、思い付かなくて。だめならアネモネでもピオニーでもネモフィラでもいいですよ」

 

 そう言って胸のワイルドストロベリーのブローチを指すことりは通常運転だった。自キャラの名前やねねこのネーミングから分かる通り、ことりのネーミングはちょっとアレである。自覚もあるので作ったアイテムの名前は、ほぼ単語という有り様だ。

 だがその辺はどっこいである自覚のあるモモンガは、賢くも口を噤んだ。何か言おうものならすべてがブーメランになるからである。

 

「ねねこの名前も変えた方がいいです? 大丈夫?」

 

「そうですね……一応変えておいた方がいいんじゃないでしょうか」

 

 ことりがある意味有名であるからと、わざわざ登録名を変更するという流れだった。それならばことりが連れている翼猫も違う名前で読んだ方がいいのだろうか。そんな疑問をことりが口にする。それを尤もだと感じたモモンガが肯定すれば、ことりは真面目な顔で少しばかり考え込んだ。

 

「じゃあ……シュトルテハイム・ニャインバッハ三世、略してにゃーくんで」

 

 言い切られて、モモンガは思わずねねこを見た。ことりの肩を陣取るねねこは動揺した様子もなく、澄まし顔だ。

 

「ええと、シュルツとかではなくにゃーくんなので?」

 

「はい、ニャーくんです」

 

「シュルツでなく」

 

「ニャーくんです」

 

 真顔で首肯くことりは多分譲らないだろう。モモンガはもう一度、ねねこを見た。今度は黙って首を振られた。あれは澄まし顔は澄まし顔でも、悟り澄ましていただけだった。

 

「分かりました。ニャーくんですね」

 

 名前を呼ぶ度にモモンのイメージが崩れそうだと思ったが、本猫が何も言わないのだからとそっと口を閉ざす。一番物申したいのは、間違いなくねねこである筈だろう。その彼が何も言わないのであれば、横から口を挟むのも妙な話というものだ。

 

「では中で待っていますが、何かあったら呼んで下さいね。呉々も問題を起こす前にですよ」

 

「分かりましたって。モモさん心配性です?」

 

「心配性なので頼ってください。あ、そうだ。これ、通行料の貨幣です。ユグドラシル通貨と違うものになるので注意してください」

 

 さらっとモモンガは流したが、その台詞にことりはきゅんとした。然り気無い所で格好良いのだから、罪作りな人だと本気で思うのだ。なので思い出したように渡された通貨に、一瞬反応が遅れたのも致し方ない事だろう。

 

「うわあ、随分と凝ってるんですね……中で両替とか出来るんですか?」

 

「換金はできますが、両替は出来ないようですよ。あとアイテムボックスや無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァサック)はマントの中で使うようにしてくださいね」

 

「入るの躊躇うくらいめんどくさいですね」

 

 面倒臭がりのことりの不穏を察したのか、モモンガは貨幣の入った小袋を受け取った彼女の手をそっと握った。そして包み込んだことりの手の甲を、親指でそっと撫でる。

 

「中に入ったら、一緒に街を見て回りませんか?」

 

 分かりやすいデートのお誘いに、ことりの耳がほんのり染まる。意識されていないのは重々承知の上であるが、こんな風に誘われたら期待しないではいられない。惚れた方が負けなのだ。

 喜んでと返したことりは、易しく見てもチョロかった。ちょっとチョロ過ぎて大丈夫なのかとねねこが不安になったのも、きっと仕方のない事である。

 

 

 

 

 

 ネックレスに込められた<飛行(フライ)>で低空飛行してエ・ランテルに向かってくることりは、控えめに言って不審人物である。更にはマントに付いたフードも被っているので、怪しさが爆発でもしそうなもので。更に更に、肩には見たこともないモンスターを乗せているしで、警戒されない訳がなかった。

 それでも初めはことりも比較的友好的だった。だが最初から警戒を全面的に押し出した兵士の態度と、ねねこについて口さがなく言ったのが決定的で、彼女の機嫌は急転直下したのである。

 

「フードを取れ? 取ったことによって私が被る不利益を、あなた、責任とれるの?」

 

「出発地点はヘルヘイムって言ってるわよね? 知らないそちらが悪いんでしょう」

 

「というか、あなた本当に私を止められると思ってるなら、お医者にかかった方がよろしいのでない?」

 

 兵士に突っ掛かられたことりは、口の悪さを見事に露呈した。機嫌が悪いのが更に拍車をかけていく。触らないでから始まって、きつい言葉の出るわ出るわ。そんな彼女に衛兵が強く出れないのは、態度や口調が命令しなれている者(おえらがた)であった為である。ここまで機嫌を損ねていて、かつ本当にお貴族さまのお忍びであったなら、フードをひっぺがして身元をばらすなど、下手したら物理的に首が飛びかねない。

 

「どうか魔法詠唱者(マジックキャスター)がいらっしゃるまでお待ちください!」

 

 そんなことりに根を上げた兵士は、気の毒としか言いようがなかった。

 通された先にやって来た分かり易い程の魔法使いに、ことりはフードの中で眉を寄せた。そして屋内であることと、目の前の魔法詠唱者(マジックキャスター)を見て、漸くフードを上げたのである。

 

 場に沈黙が落ちる。散々許否してきた相手がフードを取った事の衝撃よりも、フードの下から出てきた素顔に、場に介した者たちは言葉を失った。そして許否していた相手の主張が正しかったのだと理解した。

 フードの下から現れたのは淡いストロベリーブロンドを結い上げた、海色の瞳の女性だった。少し幼い顔立であるが、それを抜いても麗しいと称して間違いない繊細な美しさがそこにあった。眉間に寄せられた皺すらも気にならない。何より、惹き付けられて目を離せない魔力のような何かがある。

 現状独り旅でこれから冒険者登録するのだと彼女は言っていたのだが、この人目を惹く美しさではあの頑なさも頷けるというものだ。あの態度は充分に自衛であるのだから。世の中は女に厳しく出来ているのだから、是非もなし、である。

 

「あなたがマジックキャスター? 私も大意ではマジックキャスターになるのだけど。冒険者志望なのだから、マジックアイテムを持ってるからなんだとか、そんなつまらない事は言わないわよね?」

 

 そういった者たちが魔法の力を持つ装備を持っているのが殆ど常識のようになっているらしいと知っているのは、先程突っ掛かってきた兵士に詰られたからだ。

 警戒しているのは分からないでもないが、頭からさも悪人だと言わんばかりの物言いに気の長くないことりはぶん殴ってやろうかと思ったくらいだった。

 対峙した魔法詠唱者(マジックキャスター)も、既に最悪なことりの機嫌にどう言っていいのか大いに迷った。原因は一目で分かってしまった、マントの下の服である。フードを降ろした時に見えた袖と中に着ているベスト、降ろした事で見えるようになった襟の、どれもが一流以上の仕立てであった為だ。

 怪しい事に目がいって、マントの造りを完全に見落としていた。真っ青になったのは兵士である。こんな服を着られるのはもう、貴族しか考えられなかった為だ。

 

「申しませんが、規則ですので……一応マジックアイテムを確認をさせて頂いてもよろしいですかな?」

 

「そう。構わなくてよ」

 

 丁寧に申し立てれば、すんなりと了承の言葉が返ってくる。先程の皮肉を聞いていなければ至って普通の対応に見えたが、その実超絶不機嫌であるのは魔法詠唱者(マジックキャスター)も知るところだ。

 失礼してと言い置いて、魔法詠唱者(マジックキャスター)は呪文を詠唱する。

 

「<魔法探知(ディテクト・マジック)>」

 

 驚いたように見開いて、それから長く息を吐いて。魔法詠唱者(マジックキャスター)は改めてことりを見た。

 

「さぞや名のあるお方でなのしょう。お名前を伺っても宜しいですかな?」

 

「エルドビーレよ。気の向くままに飛び回っていて、この辺は初めてだから、知らないでしょう?」

 

 力のある者が力のある装備で身を固めるのは、ある意味当然の事である。更に力のある使い魔(ファミリア)を連れている魔法詠唱者(マジックキャスター)で、何か隠し立てしている様子もない。

 そこまで来たら、何処か遠い地で名を上げた魔法詠唱者(マジックキャスター)と考える方が自然である。どこかの高貴な生まれで、若くして成ったというならば、この性格とて有り得る話であるだろう。

 気を悪くした様子もなく、知らなくて当然と言うようにことりは名乗った。それに魔法詠唱者(マジックキャスター)は納得したように数度頷く。

 

「冒険者の登録をするのなら、そちらの使い魔も一緒に登録すると宜しかろう。冒険者組合で一緒に登録出来ますからな」

 

「そうなの? 分かったわ、ありがとう。所で冒険者組合で落ち合う約束があるのだけど、もう行ってもいい?」

 

 足税の分だけ受け取って、魔法詠唱者(マジックキャスター)はそのまま彼女を送り出してしまった。そんな彼に、兵士は恐る恐る問い掛ける。

 

「……素通してしまって良かったんですか?」

 

「全身の装備をマジックアイテムで固める程の魔法詠唱者(マジックキャスター)がその気になったら上位の冒険者でもなければ止められんだろうよ。連れていた使い魔(ファミリア)も、知性のある目で此方を睨んでいたからな……その気になっておれば儂らの命などとうに無かろう。眠る竜の尾を、わざわざ踏んで起こす事もあるまいよ」

 

 髪飾りからブーツまで、余すところなく強い魔力を感じたのだ。其だけの装備を整えられるのだから、どんなに少なく見積もっても自分よりは上だと魔法詠唱者(マジックキャスター)は考えた。冒険者登録をするのなら少なくとも首輪は着くのだから、落し所としては充分だ。

 

「おぬしらは首が胴から離れなかったことを喜べば良いだろう」

 

「……そう、ですね」

 

 あれだけ機嫌を損ねておいて、一言も触れられなかったのだからそれを喜ぶべきだ。明け透けにそう言われて、兵士は口を噤まざるを得なかった。誰だって自分の命は惜しいものである。

 なかなか気難しそうな御仁であったので、後は怒らせる者がいないことを祈ろう。そんなことを思いつつ、何かあっても知らぬ存ぜぬを貫こうと心に決めた魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

 

 

 

 

 

 門で時間を取られたからか、漸く門を抜けた所にはモモンガがナーベラルを伴って立っていた。それを彼女が見つけた頃には、モモンガ達がことりを見つけて歩み寄って来る所だった。

 

「エルデさん、お疲れ様です。問題は起こしませんでしたか?」

 

「モモさんって然り気無く酷いですよね! 知ってましたけどぉ!」

 

 その距離を自分から詰めたことりを迎えたのは、モモンガの然り気無いディスりだった。本人にディスっているつもりが一切ない所が余計に酷い。

 

「そんなことはないと思いますけど……こっちはナーベです。ナーベ、エルドビーレさんだ」

 

「ご紹介に預かりました、ナーベです。お目覚めになられて何よりでございます」

 

 首を捻りつつもモモンガが紹介したナーベラルは、ことりに向かって深く頭を下げた。下げられたポニーテール頭を見て、ことりは首を傾げて一時停止する。気合いで脳内の検索をかけて、それでも辿り着けなかった所にねねこの<伝言(メッセージ)>が飛んできた。

 

『プレアデスのナーベラル・ガンマですニャ』

 

「……あー。うん、よろしくね。エルデでいいわ」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまったのも仕方ない。NPCを連れ出すという発想がなかったので、無意識に除外していたのだ。

 それから先日のアルベドとのやり取りを思い出し、可哀想な事をしたなと反省する。謝りに行く予定は今のところないが。

 

「まあ、一先ず冒険者登録しに行きましょうか」

 

「あ、その前にちょっと換金したいんですけど、何処かないですか?」

 

「……ちょっと分かりかねますね。組合で聞いてみるのはどうですか?」

 

「分かりました。ふふ、ちょっとワクワクしますね」

 

 先導される形で歩き出しながら、ことりはご機嫌にモモンガを見上げた。不思議そうな視線を受けながら、ことりは小さく苦笑する。

 

「ほら、皆で街を歩くってなかったじゃないですか。だから、なんというか、新鮮なかんじ?」

 

 ことりの言いたい事は伝わった。異業種ばかりが集うギルドだったので、こういった街並みをゲーム内とはいえ、歩いた事は殆どなかったからだ。

 

「あー、気にした事ありませんでした」

 

「でしょうねえ」

 

 呑気なことりの返事を聞きつつ、三人は組合への道を歩く。その軽い足取りは、ことりの心境そのもので。すっかりご機嫌になっていたので、ことりはモモンガの挙動が若干不審になっているのに気づくのが遅れた。

 なんだか落ち着かない様子で、よく見れば視線があちこちへと飛んでいる。それが街並みを気にしているようには見えなくて、ことりは思わず聞いてみた。

 

「どうしたんです? モモさん、何か気になるものでも?」

 

「ん、ああ、いえ……ナーベと歩いている時も感じてはいたんですが、なにか滅茶苦茶見られてませんか。ニャーくんがいるからですか?」

 

「あー、ナーベ綺麗だから見られるんですね」

 

「おっ、お褒め頂き光栄です」

 

 予想外の所から飛び火して、ナーベラルは思わずどもった。世辞には聞こえなかったけれど、御方々が傍に居て自分が視線を集めるとも思わなかったが、それはそれと受け取っておく事にした。賛辞は何よりも誉れであるのだから。

 

「しかしこの不躾な視線は、どちらかと言えばニャーくんに向けられているというより、こ……失礼しました。エルデ様に向けられているように感じます。マント一枚ではこ……エルデ様の魅力は隠しきれないものなのだと愚考致します」

 

 ナーベラルの意見に納得したのはことりである。自身の素の魅力値と装備に組み込んだデータクリスタルの値を考えて、あー……と小さく声を上げた。

 

「らしいですよ。私の所為みたいです」

 

「いや、責めている訳じゃ……気にならないんですか?」

 

「あはは、現実(リアル)での私のお仕事、知りませんでしたっけ?」

 

「…………愚問でしたね」

 

 モモンガに問われてことりは思わずと言った風に笑った。アイドルというのは観られてなんぼの仕事であるので、有り体に言うならことりのそれは慣れである。

 今更、見られてどうのと言うつもりもなく、それを気にするような繊細さももう持ち合わせてはいなかった。

 

「でもフード付けててこれだと、外したらどうなるのかは気になりますね」

 

 合流してからこっち、ことりはフードを被ったままなのである。端から見ると、怪しいフードを被った人物に何故か視線が引き付けられるという、控えめに見ても大惨事が起こっている。が、原因は全く気にも留めていなかった。

 

「んんっ、せめて冒険者の登録してからにしましょうか」

 

 焦ったように言ったモモンガに、ことりはフードの中で小さく笑う。遠回しな気遣いがくすぐったかった。

 

 モモンガに連れられてたどり着いた冒険者ギルドは、少し造りのいい建物といった風貌に見えた。もっと豪華なイメージを持っていたことりからすると、少々拍子抜けな感じである。

 

「冒険者ギルド……」

 

 思わず見上げて呟けば、横にいるモモンガが苦笑したように思えた。

 

「とりあえず中に入って登録をしてしまいましょう」

 

「はーい」

 

 言いたい事は後で聞く。そんな副音声を伴って促されて、ことりは大人しくいい子の返事で倣うのだ。登録する事自体に思うことなど、特にないのである。

 ウェスタンドアを潜り抜ければ、古い西部劇に出てくるウエスタンサルーンを彷彿とさせた。そんなギルド内は屋内特有の薄暗さを感じさせ、よくも悪くも普通の建物であった。

 言い得ぬがっかり感を抱えながら、ことりはモモンガの後に続く。視線を集めているのを感じたが、自分ではなくねねこに集中しているように思う。肩に乗っているねねこが居心地の悪そうに身動ぎし、それがくすぐったくて小さく声を漏らした。

 

「あ、登録?する前にアイテムの買い取りをしているお店とかあったら紹介して欲しいのだけど」

 

 カウンターで受付嬢にそう言えば、ねねこから自身へと視線が移ったのを感じた。何だろうと首を捻ってみても原因が思い当たらず、気にしない事にする。

 

「こちらでも買い取りは行っておりますがどう致しますか?」

 

「そう? ならお願いしてもいいかしら」

 

 そう言ってから、ことりはマントコートの下でアイテムボックスを開けて、中から適当なアイテムを幾つか取り出した。

 取り出されたのはことりが昔に作った装備品であり、なかなかショボいデータの入ったものである。いつか処分しようと思いつつ、外装がそこそこ思い入れがあったのでずっとハヴァサック内を暖めていたと言う経緯のある代物だ。

 そう言った訳で出されたのは、ベロニカペルシカが三つ並んで飾られた指輪と、グリーンベルを編んだ形のブレスレット、八重咲きのガーデニアと数本のチェーンのついたピアスだった。

 因みに効果は多少の素早さアップと、多少の魔力アップと、多少の運アップである。二つ目は同じデザインでリメイク済みだ。

 

「こちらの三点で宜しいですか?」

 

「はい、お願いします」

 

 登録料くらいになればと言う軽い気持ちだったのだが、その後の対応に(おのの)いた。

上の人まで出てくるというまさかの事態に、ことりは動揺を隠せなかったのだ。

 

「えっ……えっ?」

 

 アクセサリーとしての見た目の自信はあれどしょっぱい効果の代物に、直ぐには値段が付けられないと聞いて、ことりは思わず聞き返した。

 

「嘘ですよね?」

 

「…………一つ200までなら直ぐにご用意できますが……美術品としての買い取りをお望みでしたら、そちらの店をご紹介、しましょう」

 

 苦渋の決断のように言われたが、直ぐに用意できる分だという。どうしたらいいか分からないことりは、助けを求めるようにモモンガを見た。

 

「……装飾品としての価値もあるのですか?」

 

「そうですね……専門ではないので明言は避けさせて頂きますが、常駐している魔法詠唱者(マジックキャスター)が見た所、こちらの品には<保存(プリザベイション)>がかかっていないという事でした」

 

「うん?」

 

「しかし、こちらの品は生花が使われている装飾品との事です」

 

「……つまり、どういう事ですか?」

 

 とっちらかった話題がどう進むのか、嫌な予感がしてモモンガは先を急かす。

 

「つまり、これらのアイテムは魔法によってではなく枯れない花である、という事です。宝石類ではありませんが、普通に有り得ない装飾品にどれ程の価値が付くのかは、正直な所分かりません」

 

 思わずことりを見たモモンガから、ことりはそっと顔を背けた。当然である。ことりからすれば、ただの花モチーフの装備品(下の下)なのだから。

 査定係の言わんとする所をまとめると、魔法付加の品としても逸品であるが、それ以外を踏まえての値段との事だ。更にマジックアイテムである事も踏まえると直ぐには値が付けられないと、そういう事らしい。

 

「ええと、美術品云々を抜きに査定して貰うと金貨200枚になるの?」

 

「もう少し詳しく調べれば変わって来るかと思いますが、付加価値を抜けばその前後くらいになるかと」

 

「貨幣の持ち合わせがない故の金策なのだけど、そこから登録料諸々を引いて頂く事はできて?」

 

 ことりが結論だけ急げば、それは可能であるという返答が返ってくる。この後の散策用に少し手持ちが欲しかったのもあり、一つは提示された値段で買い取って貰い、残りは査定して貰うという事で話を纏めた。

 先に買い取った分の差額分の話で、露骨に機嫌の悪くなったことりが「そこまで狭量でないわよ」と怒ったが、それ以外特に問題なく話は進んだ。

 

「それで私の登録とニャーくんの登録をしたいのだけど、」

 

「ではこちらの書類の方をお書きください。代筆も出来ますが──」

 

「その前に、こちらの──冒険者の方々は、信用出来る方々でいらっしゃる?」

 

 再度受付嬢が代わった対応を遮ったことりの質問は、余りにも不躾なものだった。成り行きを興味本意に眺めていた周りの冒険者たちが、苛立たしげにざわめく。

 

「それは……どういった意味でしょうか」

 

「例えば登録したての女冒険者を襲うようなならず者はいないか……とか、そんな意味かしら」

 

「……女性でいらっしゃるのでそう言った不安がある、と。成る程、確かにがたいの良い男性が多ければそう言った心配もあるかと思います。しかし実際そんな事をすれば信用にも関わりますし、ギルドからも少なからずペナルティがあります」

 

 もし何処かでそういった経験があるのなら、女として当然の危惧である。受付嬢はそう言った不安からの言葉であると取ったのだが、ことりのそれは「襲う(物理)」であり、性的な意味でとはこれっぽっちも言っていない。

 先行きが不穏になってきた二人の会話に、ざわめいていた周囲も俄に静けさを取り戻す。

 

「もしそんな場面に出会したら、放っておくような方々ではいらっしゃらない?」

 

「……私の個人の意見ですが、当冒険者ギルドに登録されている方々は、女性のそんな危機を見捨てたりしないと信じています」

 

 受付嬢の言葉はなんの強制力もない。だが非力な女性からそんな風に頼れると信頼を寄せられて、悪い気のしない男はそうはいないだろう。当回しに釘を刺したとも言える。

 

「そう。随分と信頼を寄せられているのですね」

 

 そんな受付嬢の言に乗っかるように、ことりはそっとマントコートを脱いだ。正直暑かったし、特に変装をしている訳でもないので、万一ことりの人型を知っている者がいた場合の保険をかけたくらいのノリである。いきなりボコられるのは嫌だし、このノリなら周りの者ももしもの時は庇わざるを得ないだろうという打算である。

 

 だが残念な事に、周りから見ると少しだけ違って見えた。控えめに見ても怪しいフードの女が生意気な事を言っていたが、蓋を開けてみれば美少女と言っても過言ではなかった。あれだけ言っても仕方ないと思わせる何かが確かにあったのである。

 優しげなストロベリーブロンドをギブソンタックに編み上げて、覗く瞳は空の蒼さを写したような海の色。耳元のハイドレンジアの青いこんぺいとうの花飾りから垂れる朝露のような雫が、傾げられた首の動きにそってしゃらりと揺れた。現実(リアル)で培われた外向きの笑みをふわりと浮かべ、ことりは周囲の冒険者たちを振り替える。

 

「では私もその言葉を、信じさせて頂きます。宜しくお願いしますね、御方々」

 

 ことりは自分の魅力を知っている。ことりの見せびらかしたい自慢のアバターなのだから当然だ。そんな所から溢れる自信も、フィルターを通せば全幅の信頼と言う名の脅迫に見えるのだから詐欺である。尤もことり的にはそうされると裏切り難くなる程度の認識しかないのだが。

 ことりは今日も、通常運転なのだった。

 

 





前の話を書いててこれ書きたいけど読んで楽しいのかって言われたら微妙だなと思って、続けて投稿するためにちょっとがんばりました

おかしいな、カジッチャンのとこまで進むはずだったんだけどな、おかしいな?

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