結局アインズはねねこからの
そこそこの時間を接した感触からあのアルベドが泣くとは到底思えなかったし、そのアルベドを泣かせた方法が分からなかったというのもある。
デミウルゴスに
声を掛けたデミウルゴスも出掛けたことは知っていたので、こちらもこちらで驚かれたのだが、取り敢えずアルベドを責めないよう言い含める。原因が崇拝し、自ら主人と崇める立場の
実はデミウルゴス、ことりの
プライドがチョモランマな割に非は認めるし、助言には素直に耳を傾ける。多少口は悪い所はあるが、
そんな訳で、
自分の創造主のお気にいりで且つ、アインズの正妃候補のことりが目覚めた事を喜びながら、デミウルゴスはアルベドを泣かしたと言う彼女の所業に戦慄した。
あのアルベドを泣かすなど、何をすればできると言うのか。控えめに言っても、泣かせるより殺す方が難易度が低そうだ。そう思った辺り、デミウルゴスのアルベドへの評価が伺えた。
「しかしアルベドを泣かせるとは……多少お口が過ぎる方だったとは思いますが、一体何を仰ったのやら……」
「……んん? ことりさん、そんなに口が悪かったか?」
デミウルゴスの評価にアインズは思わず首を捻った。多少というか、結構行動が過激だった部分はあったが、口は気にする程悪くはなかった記憶があったのだ。
それを聞いたデミウルゴスは生暖かい視線でアインズを見た。好きな相手に見せたくない一面があるのは当たり前だ。好きな男の前で可愛い女でありたいと思うのは、ごく普通の感性だと言えるだろう。それに気付かないアインズに告げるべきか一瞬迷ったが、取り敢えず口を噤む事にする。
「……デミウルゴス、どうした?」
アインズはデミウルゴスの視線に気付いたものの、何故そんな目で見られるのか分からずに思わず問いかけた。悪い感情は感じないものの、温い温度差がある気がした為だ。
「アインズ様の前ではことり様は、綺麗な言葉遣いでお話になっていたのですか?」
「比較が分からないからなんともだが、主観的にはそこまでとは思わなかったぞ」
「ではきっと気の所為でしょう」
きっぱりと言い切ったデミウルゴスを、アインズは思わず見る。
「ではきっと気の所為でしょう」
「あ、ハイ」
にこやかに繰り返され、アインズは詳細を聞くのを諦めた。話すつもりが無いことを悟ったのだ。
ことりに対する按排があるのも事実なので、そちらに配慮してだろうとこの話題を打ち切った。
九階層でデミウルゴスと別れ、アインズは自室へと向かう。あれだけ取り乱していたアルベドもそろそろ落ち着いてきているだろうし、話によっては慰めてやる必要もあるだろう。
そう勇んで進んだ主寝室には、床に座り込んで顔を両手で覆い、左肩をベッドに預けた姿のアルベドがいた。普段が凜としている所為か余計に酷く打ち拉がれているように見え、アインズは物凄く焦った。
一度沈静化を受けてから、アインズはねねこに
『アルベドもの凄く泣いてるんだが何があったし』
『こっちも割と大変なので勘弁しろ下さいニャ。取り敢えず話を聞けば宜しいかと』
『どうやって』
泣いている女性から話しを聞くなど、そんな事をした経験は自慢ではないが持ち合わせていない。人間(この場合は骨ではあるが)経験の無いことは出来ないものである。
咄嗟に助けを求めれば、呆れたような声が飛んできた。
『知りませんよそんなもの。お茶でも飲ませとけば落ち着くのでは?』
『ハイ』
『……………………タイミングを逃した為に説得に失敗しました。これからお出かけですニャ。日が落ちたら帰るよう言い包めましたので、言いたい事などありましたらその時にどうぞですニャ』
『取って付けたように語尾が復活したな』
『余裕ですな。頑張ってください』
被っていた猫が剥がれた所で、ねねこは会話をぶった斬る。有無を言わさない辺りが彼らしいと思った辺りで、アインズの返事を聞く事なくねねこは
そして気を改めてアルベドの傍へと歩み寄る。
「アルベド」
声を掛ければ、彼女は泣き腫らして赤くなった顔をノロノロと上げてアインズを見た。潤んで赤くなった瞳にアインズを写すと、瞳がいっそう潤みだす。
「あ、あいんずさま……」
「絨毯があるとはいえ床は冷える。場所を移そう。立てるか?」
声をかけて手を差し伸べれば、アルベドは少し戸惑ったようにその手を見つめる。そしておずおずとアインズの手に自分の手を重ねた。
常のアルベドであれば返すだろう反応が無い事態に、アインズは静かに動揺する。思った以上に重傷のようである。
立ち上がらせたアルベドの肩を抱いて歩みを促せば、彼女は大人しくそれに従った。そのまま執務室のように使っている部屋にある、アンティーク風のラウンドテーブルの椅子を引いて座らせる。
それから部屋の外に待機をしていたメイドに、温かい紅茶を頼んでドアの附近でそれを待った。守護者統括という立場に配慮した結果である。
待たせたという事態に恐慌状態に陥りかけたメイドを適当にあしらって退室させ、アインズはソーサーとカップに注がれた紅茶を持ってアルベドの所へと戻った。
「これでも飲んで少し落ち着くといい。落ち着いたら、何故そんなに泣いていたのかを教えてくれないか?」
アルベドの前に紅茶を置いて、自分も同じ卓へ着く。アルベドはくしゃりと表情を歪ませてから、アインズへと頭を垂れた。
「申し訳ありません、手ずからご用意させるなど……私が用意するべきでしたのに……」
「構わないとも。私の部屋だ、私が持て成す側だろう」
鷹揚を装いそう告げれば、アルベドは礼を告げてから紅茶へ手をつける。一口、二口と口にすれば、胃の腑から暖かさが染み渡っていく。凍てた心にアインズの優しさも沁みて、一先ず止まったはずの涙がまた溢れそうになった。それを押し込めるように堪えるのを、アインズは黙って見ていた。
見守ってくれる優しさに落ち着いた頃、アルベドはぽつりぽつりと零し始める。
「タブラ・スマラグディナ様は何故私をお捨てになられたのでしょうか」
それはアインズにとっても衝撃的な言葉だった。アインズが認められない“捨てられた”という認識を、NPCが認識していたというのもある。だがそれを言葉に出して問いかけられて、アインズもまた応える答えを持ってはいなかった。
黙ったままのアインズに、アルベドは言葉を重ねていく。
「ことり様はタブラ様は私を愛していたと仰られました。けれど、愛していたというなら何故。私たちをお捨てになられたのですか。ことり様が仰られるように、私たちよりも大切なものを選ばなければならなかったのですか? 私たちを捨てて行かれるのに、本当にお心を傷められたのですか? 本当に、私は愛されていたと、そう信じてもいいのですか?」
アルベドの言葉は加速していく。溢れた疑問は嘆きに変わり、最後には慟哭へと形を変えた。黙って微笑み、たまに奔りがちなアルベドの裏側に隠されていた悲鳴に、アインズはただ見つめる事しか出来ない。
何故置いていくのかと、縋ることのできなかった嘗ての自分がそこにいた。自分が認められなかった事実を認め、どうにか昇華しようと藻掻くその姿はいっそ痛々しいものだった。
けれどその姿すら、アインズには羨ましく思える。
自分はもう、こんな風に嘆き泣く事すら出来ないのだから。声に嗚咽が混じるのを、アインズは冷静なまま眺め、そして口を開いた。
「タブラさんが何を思い、何を感じてお前達を置いていったのか、正確なところは私にも分からない。そう信じる他ない、というのが正しい認識なのだろう」
嗚咽を堪えるアルベドを見て、アインズは言葉を続ける。
「だが、私にもひとつだけ分かる事はある。タブラさんは他でもないアルベドに
ユグドラシルの最終日、玉座の間でアルベドが
実際の所何を思って持たせたのかなど、今はいないタブラ・スマラグディナしか分からない。
だが何を感じるかなど、託された側の勝手なのだ。慰めになるなら、そんな風に夢見た所で罰のひとつもあたるまい。
そんな風に思って放った言葉は、アルベドの緩くなった涙腺を直撃したようだった。
子供のようにうーと唸りながら涙を零すアルベドの頭を、アインズは彼女の涙が止まるまで撫でてやろうとそう思う。
「お、恐れながら、宜しい、で、しょうか」
「構わないとも」
嗚咽で途切らせながらアルベドが問えば、アインズは全部吐き出せとばかりに頷いた。それに促されるままに、アルベドは不安を口にする。
「アインズ様も、いつか、私たちを、お捨てになるの、ですか? 他の、至高の方、々の、ように……私、たちをっ、置い、てっ、いかっ、れ、っるのっ、ですっ、かっ?」
ずっと抱えていた不安だったのだろう。口に出せば不安は重さを増していく。どうか捨てないで下さいと泣いて縋るアルベドに、アインズは頭を撫でる手を止めずにそっと答えた。
「置いていくも何も、私にとってももう帰る場所は此処しかないからな。お前達もそれを望んではいないのだろう?」
帰れるかどうかなど分からないし、あまり帰りたいとも思わない。待っていてくれる人などいやしないし、鈴木悟にとって全てと言っても良かったユグドラシルも終わってしまっているはずだ。そんな所に帰っても、何をすればいいかも分からない。
自分を待っていてくれるもののある場所が帰る場所ならば、もうアインズの帰る場所など
じんわりと泣きたいような気持ちが胸を燻ったが、涙を流せる身体はもうない。自分の分まで泣いてくれとばかりに、アインズはアルベドが泣き止むまで頭を撫でるのを止めなかった。
「ねねこはこんな風におしゃべりするのね」
お気に入りの山百合をコサージュのようにあしらったナイルブルーのカクテルドレスの裾を翻らせて、歌うようにことりは笑う。
泣いたカラスがもう笑うとは正にこの事かと思いながら、ねねこはことりの切り替えの早さに感謝した。引き摺らない質なのは知っていたが、気持ちいいくらいに割り切ってしまったので少しばかりアルベドに同情してしまうのは仕方ないかもしれない。
白とピンクのマグノリアのフルールビジューヘッドドレスを左耳元に飾り、構成パーツの荒いレースの形を整えることりは楽しそうだ。
「楽しそうでなによりニャ」
「うん、出来たー! ん、おいで。お出かけしよ?」
「暗くなる頃には帰るニャ」
「もー、ねねこ、執事長みたい」
手を広げて招くことりの腕の中に飛び込んで、ねねこは共にナザリックの第一階層へと転位した。
ことりはグロリオサとカサブランカをメインに、白のデンファレやモンテスラ等をあしらった見るからに飛べそうにない翼を羽ばたかせる。飛ぶ事に欠片も不安には思わなかったし、飛べないとも思わない。
一体どんな力が働いているのか、ふわりとまるでユグドラシルのようにことりは飛んだ。ジプソフィラを編み込んだようなレースのショールの裾が、風を含んでふわりと広がってはためく。
そのままナザリックから出ようとした所で、霊廟から数名の悪魔達が飛び出してくるではないか。
「お待ちください、ことり樣!」
一足早くことりの目覚めを知ったデミウルゴスが、もしかしたらと気を回した結果である。ジャストと言わざるを得ない判断であったが、それが新たな被害を生む結果になった。
結論から言うと、ことりはナザリックの全てのNPCを把握していない。精々階層守護者と仲の良い友人作の幾人かくらいで、あとは
「……なあに?」
見慣れないちょっと強そうな悪魔のPOPに、ことりは首を傾げながら問い返す。見たことないものは、取り敢えずPOPだと認識していることりである。
「出掛けられるならば、どうぞわたくし共を供にお付け下さい」
「んー……」
そう言われてもと思いながら、唸りつつ悪魔達を見た。連れ歩きという奴か。そもそもどこでこの悪魔を引っかける事になったのか。テイムアイテムを使った覚えもない。というか、連れ歩きはねねこで十分間に合っている。
そもそもレベル差もありそうであるし、ことりのプレイスタイルは人型の連れ歩きに非常に向いていない。三秒程考えて、ことりは取り敢えず聞いてみる。
「どうして?」
「お一人で出歩かれるのは危険です」
「うーん、ならやっぱり一人で行くよ」
何故と問われる前に、ことりは困ったように眉尻を下げながら続けた。
「私一人なら逃げられるけど、君たちがいると逃げられないもの。置いて逃げるの嫌だし、なら連れてかない」
ことりは基本的に危なくなったら一発ぶちかましてその隙に遁走するスタイルを取っている。魔力と素早さに全振りしているので、レベルの低い連れ歩きモンスターが着いてこれるとは思えない。ねねこは抱えられるサイズなので例外だ。足を止めての殴り合いや打ち合いになったら、確実に負ける自信があった。
「寧ろ置いていって頂いて構いません。いざとなれば足止め程度のお役には立ちます」
「あれ、意志疎通出来ない系? そういうの気分悪いよねって言ってるんだけどな」
必死に言い募る悪魔達に、ことりは露骨に不機嫌になった。それを横で見ていたねねこが生暖かく笑う。
自分よりレベルの高い悪魔に対して、お供の自分が何かを言うのは墓穴を掘りそうだ。そう思って黙っていたが、あまり宜しくない流れになってきた。
取り敢えずことりの気を紛らわすようにと肩口に頭を擦り寄せる。
「ん、そうね。早く行かなくちゃ日が暮れちゃうよね」
早く行こうのアピールに取ったらしいことりがねねこの頭を撫でる。悪魔達の視線が、突き刺さり過ぎて穴が開きそうだった。
違う、そうじゃない。
ねねこが白目を剥きそうになっている間に、ことりは思い付いたように手を打った。
「じゃあ追いかけっこね。追い付けたら着いてきていいよ」
自分に追従出来るなら、何かあった時にも逃げられるだろう。単純にそう考えての提案に、ねねこは笑いを噛み殺した。噛み合っているような、いないような。本当に人の気持ちを汲まない人である。
基本的に我が儘なことりであるので、肝心の所は意地でも譲ってくれないのだ。
「いっくよー? ヨーイッ、ドン!」
言うが早いか、ことりはねねこを抱えて飛び上がった。そしてそのまま弾丸のように加速する。色んなものを無視したその飛び方に、抱かれたねねこも追い掛ける側の悪魔達も思わず目を剥いた。
慌てて翼を広げて追い縋るが、ことりはあっという間に遠ざかっていく。流石AGI振りと言わんばかりの加速っぷりだった。
ことりは飛びながら後ろを振り返り、遠ざかっていく悪魔達を眺めながら飛んだ。交通事故上等なわき見運転っぷりだが、空を行くことりを遮るものは残念ながら存在しない。
悪魔達が彼方の点となった頃に、ことりは漸く速度を緩めてこの世界を見渡した。
「すっごいねぇ……!」
視界に映る草原には風が渡り、足元には深い森が広がっている。その向こうに見える湖は、湖面に光が反射してキラキラとダイヤモンドのように輝いていた。空も青く澄んでいて、白い雲は緩やかに滲みながら流れていく。
感嘆の声を漏らして、ことりは感動に胸を震わせた。自然と言うのは、こんなに美しいものなのかと。第六階層にブルー・プラネットが星空を敷いたときも綺麗だと思ったけれど、それ以上に胸にくるものがあった。
綺麗と呟くことりの腕から、ねねこは飛び出してことりの横へと並ぶ。
「見事なものニャ。湖が宝石みたいに光ってるニャ……」
「うん、ほんとに綺麗……言葉にならないってこう言う事を言うのね、きっと」
自然といえば花に位しか興味がなかったけれど、今ならあれ程に傾倒していたブルー・プラネットの気持ちも少し分かるような気がする。背景でしょ、なんて思っていてごめんなさい。きっと今ならば謝れる気がする。
「湖のあれ、近くで見てもああなのかな?」
「どうだろうニャ。行ってみればいいんじゃないかニャ?」
ことりが興味を示したのは、輝く湖面の湖だった。ねねこに分かるのは湖面に風が吹いているの位で、それはことりの求める答えではないだろう。なので軽い気持ちで促せば、ことりが破顔する。
「そうね、行ってみれば分かるか」
じゃあ行ってみようなんて、そんな風に言いながらことりは湖に向かって羽ばたいた。
湖は空から見ればキラキラしていたけれど、湖面の直ぐ近くから見るとそれほど光ってはいなかった。
代わりに水がとても澄んでいて、浅い場所ならば底が見える程だ。水面の光と影が映る湖底、そこ時折見える魚の影に、ことりはキラキラと目を輝かせる。湖面にひんやりとした風が渡る度、湖底に映る光陰が形を変えるのが楽しいらしい。
そんなことりを微笑ましく眺めながら、ねねこは今後を考える。
余りことりの傍から離れなかったので詳しくは知らないが、どうやらナザリック内ではことりがアインズの正妃な扱いのようだった。それはことりの様子を伺いに来た守護者からの情報で、既にことりの恋心が周囲に浸透していたのを知った時には爆笑したのも記憶に新しい。これを知ったことりはさぞや見物な事だろう。
勝手に外堀が埋まっていて、ねねことしては願ったり叶ったりである。目下の強敵は守護者統括のアルベドであるが、あれはアインズにどうにかしてもらうしかないだろう。きっと彼なら上手くやってくれるでしょう。
ダメだったらまあ、守護者を唆して仕留めるしかないだろうが、果たしてアインズがどちらの味方をするかと言った所か。話した感触だと、
「ねえ、ねねこ。あれ何かな?」
「ん? 何って……なんでしょうニャぁ」
思考に嵌まりかけた所に声を掛けられて、ねねこはことりの指すものを答えようとした。が、それが何なのかパッと思い付かずにはぐらかす。
ことりの指の先には、湖面に突き刺さった太めの木の杭が等間隔に並んでいたのである。ぐるっと囲うように並んだ杭の中には、幾つもの魚の影が見えた。
「詳しくは知らニャいけど、生け簀というヤツじゃニャいニャ?」
「あ、ほんとだ、お魚いるね。って誰かが育ててるのかな」
止まり木であるように杭にそっと止まって、ことりは杭の内側を覗き込んだ。
湖面に映ったことりの影に、魚達が集まってくる。それは確かに誰かが魚に餌をやっている事を連想させるのに十分であったが、生憎そんな事が分かる者はいなかった。
「わ、凄いスゴイ! なんか寄ってきた!」
「ご主人が可愛くて生きるのが楽しい」
訳も分からずはしゃぐことりに、思わず呟くねねこは確実に生を謳歌している。そんなビビッドカラーな空間に、乱入する者がいた。
「お前たち、俺の生け簀になんの用だ?」
投げ掛けられた声に、ことりとねねこは水辺に視線を上げた。視線の先には、一匹の
ザリュースが日課である生け簀の様子を見に来てみれば、生け簀を覗き混む鳥(?)の異形と羽の生えた猫がいた。
鳥の異形は種族が違うザリュースが目を奪われる程に恐ろしく美しく、きっとそういう特性を持っているのだろう。種族間の美的感覚の壁は厚いのだ。
何やら楽しそうにはしゃいだ様子である。邪魔をするのは躊躇われたが、そうも言ってはいられない。鳥も猫も、魚を狙う種であるからだ。ザリュースが手塩に掛けて育てた魚を浚われては目も当てられない。割りと死活問題なのである。
「これ、あなたの生け簀なの?」
「そうだ」
向けられた海色の瞳に射貫かれて、ザリュースはどうにか言葉を返す。得体の知れない恐ろしさに身が竦みそうになるが、気合いで胸を張るように前へ出た。
しかし相手から返されたのは、そんな恐ろしさを吹き飛ばすような言葉だった。
「じゃあ、あなたが“養殖”してるんだ。凄いのね!」
無表情の人形めいた白痴美は霧散し、花のように綻んだ表情は生を象徴するような粋美さに変わった。その変化は思わず目を離せなくなるような鮮やかなもので。そんな表情で褒められたら、魚の一匹位ならやってもいいかと思わないでもない。人はそれを貢ぐと言う。
「さ、魚を取りに水辺に来たのか?」
「? ううん、綺麗な湖だったから見に来たの。あっ、あなたの魚は捕らないよ!」
吃りつつ問う
ことりはことりでどうして
「杭がね、綺麗に並んでるからなんだろーなーって思ったの。生け簀だったのね」
すっきりしたと言わんばかりにことりはひとつ頷いて、ザリュースの横へと移動した。
「私はことり、こっちはねねこ。生け簀の主の、あなたのお名前は?」
「……ああ、俺はザリュース・シャシャだ」
ザリュースを見上げて問うことりから敵対心は感じない。その腕に収まった羽猫から観られている感じはするが、敵愾心を感じる事はなかった。実際それは正しい認識で、ねねこはザリュースに『この程度ならばことりの好きにさせても、問題なく逃げ切られるだろう』という大変失礼な
「ザリュース、ね。ねぇ、彼処にいるお魚ってなんて魚なの?」
「魚の種類、か。考えた事もなかったな」
食と言うのは死活問題であり、食べなければ死ぬというのは痛い程に理解しているからだ。故に大小の重要さより、種に対する認識は優先度が低かった。
「そうなの、まあいいか……ここにはキリミっていなかったみたいだけど、何処に行ったらいるか分かる?」
「キリミ?」
「そう、キリミ。こんな形のお魚なんだけど……知ってる? 橙味がかったピンク色のやつ」
ドレスの裾が地面に着くのも気にせず、座り込んでその辺の木の枝でことりがガリガリと地面に書いた魚は、魚と呼ぶには奇っ怪な形をしていた。
「それは魚なのか?」
「えー、でも養殖されてたの見たし……あれ、でも培養液の中だったから養殖じゃなくて培養なの? んー?」
首を傾げることりに、不思議なものでも見るようにザリュースもねねこも首を傾げた。
弁解するなら、ことりが子供の頃にリアルで見学したのは、魚のクローン工場だった。全身を作成するのは無駄な部位が出る為、人間にとっての必用部位だけを作り上げる先端技術を使っていたのだが、子供がそんなの理解出来る訳もなく。訂正される機会もないまま、そんな名前と形状の魚がいると認識していただけである。序でに言えば、魚の種類は鮭だった。
因みにこの場にも訂正できる者はいないので、この誤解が解けるかは不明である。
「ま、いっか。機会があれば見つかるでしょ。で、ザリュースは何をしに来たの?」
「俺か? 魚に餌をやるとか、網の点検とか……まあ魚の世話だな」
「餌? 一緒にあげていい?」
経験のない魚の撒き餌にことりは全力で食いついた。その様子をまるで子供のようだと、そう感じながらザリュースはことりに餌やりのレクチャーをする。
そんな感じで異文化交流を深めつつ、日暮れまでことりは全力でこの状況を楽しんだ。追いかけっこなどした為に迷子になりかけたのは、完全に余談である。
2、3、4と繋げて一話の予定でした。プロットでは
やりたい事は半分くらいやれた感じですが、ここまでの状況を見てあと10話くらい書けば終われるかな(楽観)
云々は後々活動報告にあげようと思います