にんぎょひめはおぼれない   作:葱定

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ちと短いですが切りがいいとこで







「それでは私の仲間たちが担当していた執務の一部までを、お前たちを信頼し委ねる事とする」

 

「全力を持ってして信頼にお応え致します。して、モモンガ様」

 

 守護者達の自分に対する高評価を並べ立てられ、むず痒いやらなにやらでその場を後にしようとしたモモンガに、拝謁の姿勢のアルベドから声が掛けられた。

 

「どうした、アルベド」

 

「僭越と存じますが、ことり様のご容態をお伺いしても宜しいですか?」

 

 アルベドの言葉に、大小はあれど全ての守護者が無言での反応を示す。それを見たモモンガは、そう言えばアルベドに口止めしていなかった事を思い出した。

 確かアルベドの目の前で報告を受け、そのまま慌ててことりの部屋に向かった訳である。当然、負傷して帰還の報告だけ受けたのならその後の経過は気になるだろう。

 モモンガは少し考えてから、改めて口を開いた。

 

「治療の方は問題ない。今はまだ眠っているので、正式な帰還の報告はことりさんが目覚めてからとする。あー……この場に居る者には先達て告げるが、我がアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの一人であることりさんが帰還した。帰還直後は負傷していたが、現在は回復しているので心配する事はない。一度意識は戻ったが、今はまた眠っている。彼女の体調が戻り次第、追って皆に正式に報告するものとするので、それを待て」

 

 アルベドに向けて言ってから、ここにいる守護者には伝えておいた方が良さそうだと思い直す。重ねて言う形になってしまったが、まあ問題はないだろう。

 

「他にはなにかあるかな?」

 

 問いかけてみるが、それに答える声は上がらない。それに満足そうにモモンガはひとつ首肯くと、手にした杖をひとつ突いた。

 

「では今後とも忠義に励むよう」

 

 それだけ残して、モモンガはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力を使い、玉座の間への最短になる場へと転移した。ことりの一件で後回しにしてしまったレメゲトンの悪魔達の設定も書き換えなければならないし、やる事は山積みである。

 やっておかなければならない事を頭の中でリストアップし、その数の多さにモモンガは思わず頭を抱えた。

 それにアルベドだ。自分の問いに対する彼女の答えを聞いてぎょっとしたが、よくよく考えてみれば転移直前の悪戯心が原因かもしれない。

 そう思い当たって、ありもしない白目を剥きそうになった。まさかこんな事態になる等、予想できる方が可笑しいだろう。どう見積もっても面倒な三角関係になりそうである。

 自分がこんな愉快な事態の当事者になるなんて考えたこともなかった。人生って何があるか分からない。半分くらい自業自得な辺り尚悪い。

 気分だけの大きな溜め息を何度も漏らしながら、色々と諦めてゴーレムの設定変更から手をつけ始めるのだった。

 

 

 

 

 

 モモンガが去ってから暫く、漸く動き出した守護者達の話題は帰還したと言うことりの事である。至高の方々の話から、彼女が儚くなったという事は知っていたのだ。

 

「しかしことり様が御帰還されるとは……復活なされたのだね」

 

「アルイハ亡クナッタト、ソウ思ワレルヨウナオ怪我ヲ負ワレテイタノダロウ……オ労シイ事ダ」

 

 デミウルゴスとコキュートスのそんな会話を聞いて、目を見張ったのはアルベドである。

 

「……お亡くなりに? 本当にそう思われていたの?」

 

「……あぁ、玉座の間でお話になる方はいらっしゃらなかったのか。まあ、あの場所で話すような話題ではないからね」

 

「珍しくペロロンチーノ様がぶくぶく茶釜様を慰めていらっしゃったからね。その図に驚いて、その話題に二度驚いたわ」

 

 デミウルゴスが納得するように首肯くのに、アウラが当時を思い出すように眉を下げた。

 ぶくぶく茶釜がペロロンチーノを口撃するのは何時もの事であったのだが、ペロロンチーノがぶくぶく茶釜を励ますような事態はそうそうなかった筈だった。結果、仲の良い友人の突然の訃報に凹んだ姉を、弟がどうにか励まそうとすると言う涙ぐましい努力の軌跡になった。

 因みに余計なひと言で殴られた訳だが、そこまでが計算の内であるとアウラとマーレは信じている。

 

「でも生きていらっしゃったのならどうして、今になるまでお戻りにならなかったのかしら」

 

 その当時を知らないアルベドには、ことりが死んでいたという話が俄には信じられなかった。尤も知らなかった者としては当然の反応であり、死んだ者が時間差で帰ってくるなど普通はあり得ない話であるので仕方ないと言えるだろう。

 

「リアルでお亡くなりになられたという話だったから、蘇生に妨害でもあったのだろうね。何しろ御帰還にこれ程時間が掛かっているんだから」

 

 デミウルゴスが知っているのは単純だ。リアルのことりのファンであるのを公にしていなかったウルベルトが、人前で嘆くのを厭うた為に灼熱神殿に引き籠もった所為である。厨二ロールにアイドルのファン要素は不用なのだ。

 蘇生魔法があるのに何故あれ程嘆くのか、当時は余り理解出来なかった。だが蘇生に妨害が入るのだと知っていたのなら、あの嘆きようも理解出来ると言うものだ。まさかリアルでの死がこんなに帰還に時間がかかるものだとは。話から察して傷も中々癒えぬ様子であるし、それはそれは大事であるだろう。

 

 デミウルゴスの言葉にリアルでの死を重く受け止めた守護者たちは、神妙な面持ちで頷きあった。それはアルベドも同様だ。

 

「で、でも、早くお目覚めになって欲しい、です」

 

 マーレが思い出す様に目を細め、呟いた。それはささやかな願いであり、この場に存在する誰もが望む事でもある。

 しかしこの願いを裏切ってことりが目を覚ますのはもう少し先になるのだが、それを知る者は此の場に居なかった。

 

「で、シャルティアはどうしたって? ペロロンチーノ様の名前を出したのに、食い付いて来ないなんて槍でも降るんじゃない?」

 

 憎まれ口を叩きつつも、アウラが声を上げる。跪いた状態から微動だにせず、自分の創造者の話題にも食い付いて来なかったシャルティア。そんなシャルティアをアウラが心配した為である。

 しかしそんな心配を吹き飛ばした彼女は、ある意味で通常運転であった。

 

「いえ、混ざりたいのは山々だったんでありんすが……下着がちょぉっと不味いことになっててぇ……」

 

「こンの、変態」

 

 間髪を容れずに突っ込んだアウラは悪くない。

 

「どうしたのかなーなんて、心配したあたしが馬鹿じゃない! びびってチビってる方が未だましってどう言うことなの!?」

 

「や、やぁだ、紅くなっちゃってアウラちゃんかーわーいーぃー……」

 

 碌でもない理由から立ち上がれなかったシャルティアを心配したと言う事実に、色の黒い肌を僅かに紅潮させてアウラは恥じ入った。

 そんな彼女にアルベドは少しばかり同情する。彼女が突っ込まなければ自分がシャルティアを罵っていたのは目に見えていた。

 羞恥で赤くなるアウラを茶化すシャルティアだが、普段のキレがないのは自身も少し気不味く思っているからだろう。

 

「仕方ないでしょ! あの素晴らしい白磁のお姿に滲み出るお力、挙げ句慈悲深くいらっしゃるのに、逆に濡れない方が可笑しいわ!」

 

「うーわ」

 

 未だに恥ずかしいのかぶつぶつと罵ってくるアウラに、シャルティアが開き直って言い返した。

 それに思わず真顔で応じたアウラは、控え目に言ってドン引きである。周りでやり取りを見ていた者達もやっぱりドン引きの開き直りっぷりである。

 意味は分からないなりに、マーレもシャルティアの開き直り具合にはちょっと引いている様子だった。

 

「全体的に同意ではあるけど、TPOくらい弁えなさいよこのビッチ」

 

 その中で一人だけ引きもせず、更に同意まで示したアルベドに、周囲の目が寄せられた。流れるように罵っているのは流石と言えるだろう。

 だが、今はそこではない。

 

「あんただって似たようなもんじゃないの、大口ゴリラが」

 

「あんたほどじゃないって言っているのよ、このヤツメウナギ」

 

 互いに互いを罵り合う後ろで、アウラが小声で「そこ同意しちゃうんだ」と呟きながら物理的に距離を取っている。だがヒートアップしていく二人はそれに気付かず、精神的な距離は最早、海溝レベルに達しているのではなかろうか。

 関わり合いたくないとばかりにこっそり逃げてきたアウラに、デミウルゴスは優し気に笑いかけた。

 

「女同士、分かり合える事もあるんじゃないかと思うんだ」

 

「はぁ?! アレを丸投げするの? 冗談でしょ?」

 

 分かっているよとばかりの会心の優しい声音で悪魔の言葉を囁いて、デミウルゴスはアウラの肩を優しく叩く。そしてちゃっかり距離も取っていく。それに続いて女同士の睨み合いにドン引きしたマーレと、付き合っていられないとばかりのコキュートスとセバスが続いて離脱した。

 結果として残されたアウラは距離を取りつつ両者を眺める事となったのである。

 

「いやはや、すっかりタイミングを逃してしまいましたが……あれも未だ続きそうですので、私は先に戻ります。アルベドに宜しくお伝え下さい」

 

 こほんとひとつ喉を鳴らし、セバスは丁寧に頭を下げてその場を離脱する。本来の役割を熟しに行くのだろう。それを少し羨ましそうに眺めるマーレに、デミウルゴスは少し考えてから問い掛ける。

 

「この場から離れられるのがそんなに羨ましいかね?」

 

 現状の女性の諍いを見てしまうと、マーレが感じるその羨望も分からなくもない。三人寄れば姦しいと言うが、二人でこれなのだから推して察するものがある。

 

「そ、そう言うんじゃない、です」

 

 そう答えたマーレの瞳に微かな嫌悪を見つけて、デミウルゴスは目を見張った。同じナザリックの者にこう言った負の感情を、マーレが抱いているという事が意外だった。悪魔であるデミウルゴスはこう言った感情に敏感だ。

 だが伏せた視線を上げる僅かな時間で、マーレの瞳に写った淡い感情は消え失せた。

 

「ええっと……ど、どっちが好きとか、そんなに大事な事なのかなって……」

 

 言い合う声は何時の間にやらどちらがより寵を受けるかという話題へと移っており、嫌味と罵倒がより激化していた。それを遠目で眺めて、あれは少し見苦しいかもしれないと苦笑する。

 

「まあ……ナザリックの今後を考えるなら重要な事かも知れないね」

 

 二重に濁す辺り、デミウルゴスも首を傾げる所なのかもしれない。

 

「ドウイウ意味ダ?」

 

 マーレだけでなく、横で聞いていたコキュートスも意味を捉えきれなかった様子で尋ねてくる。それにああと言った様子でデミウルゴスは言葉を付け足した。

 

「お世継ぎの事もあるだろう?」

 

「…………ソレハ不敬ナ考エデハナイカ?」

 

 たっぷりの沈黙の後、コキュートスが捻り出したのは可も不可もない意見である。尤もと言えばそうであるが、建設的でもないものだ。

 

「ことり様がお帰りになられた故、モモンガ様がナザリックをお捨てになる事は心配していないのだけどね……話はまた別だろう?」

 

 慈悲深い支配者が心待ちにしていた至高の方の帰還に、デミウルゴスはモモンガがナザリックを捨てる可能性を考えてはいなかった。ことりがナザリックを捨てない限り、モモンガがナザリックを捨てる事はないだろう。

 そしてモモンガはことりを手放さないだろうとも考えている。残された側の心境は、痛い程に理解しているのだ。

 

「考えてみたまえ。モモンガ様の御子息、御息女にお仕えする……何とも素晴らしい事じゃないか」

 

「二代二渡ッテオ仕エ……オォ……」

 

 言われた通り考えを巡らせたのか、コキュートスは自分の思い描いた幸せな光景に声を漏らした。それとは対照的に、マーレは目をぱちりと瞬かせ、考え込む様に視線を落とす。

 

「……そっか。そっかぁ……そうですよね」

 

 まるで考え付きもしなかったと言うように繰り返すマーレは、控え目に言っても何処か呆けて見えた。

 その様子に今度こそ不審に思ってデミウルゴスが声を掛けようとしたところで、マーレの耳がピクリと動き勢いよく彼は顔を上げた。

 

「お姉ちゃん!」

 

 普段のオドオドとした態度が嘘のように、姉を呼ぶ為の声はよく通る。それに何かを言いかけたアウラが、珍しい弟の大きな声に肩を跳ねさせて振り返った。

 

「だ、ダメだよ、お姉ちゃん……『ナイショ』だよ」

 

「マ、マーレ……」

 

 困ったように眉を下げるアウラに、デミウルゴスは目の前の光景に何が起きたのか理解出来なかった。

 アウラが何かをしようとして、それをマーレが咎めたのは理解出来る。だが肝心のアウラの何を咎めたのかを、デミウルゴスは見ていなかった。

 改めてアウラの方を見れば、アウラの向こう側でアルベドとシャルティアも言い合いを止めている。そしてアルベドは、全ての表情を無くしてマーレを見つめていた。

 その尋常では無い様子に改めてマーレを見れば、マーレはもう何時ものオドオドとした様子に戻っていた。

 

「…………マーレ、それは、そう言う事なの?」

 

 微かに掠れたような声で、アルベドは尋ねる。

 既に目の前にいるアウラは、活発ななりを潜めさせ少し困ったような表情で目を閉じ、口を噤んでいる。明らかに何かあるという感じだが、口は開かないという無言の様子を示していた。

 対してマーレは、いつもと変わらない様子で口を開く。

 

「え、えぇ……? そう言う事と言われてもぉ……」

 

 なんの事か分からないと言ったその態度から、答えるつもりは無いのだと誰もが理解した。

 

「……何ガ起コッタノダ?」

 

「私もあちらの会話を把握していなかった」

 

 マーレの声に我に返って様子を伺っていたコキュートスが、小声でデミウルゴスに尋ねる。だがデミウルゴスもきちんとそれに答える答えを持ってはいない。

 アルベドはマーレから視線を外さないまま、マーレの答えられる質問を投げた。

 

「ないしょ、なのね?」

 

「そ、そうです。『ナイショ』なんです」

 

 そう答えるマーレは、何かを思い出すように少しだけ微笑んだ。それを見てアルベドは力なく息を吐き出す。

 

「分かったわ」

 

 それだけ言うと彼女は一度目を閉じた。それから守護者統括の顔に戻って、守護者たちに指示を出し始めた。

 その様子はデミウルゴスをしてあの会話の意味を尋ねる事を躊躇わせる何かがあったのは確かである。

 

「シャルティア、少しいいかい?」

 

「どうしたんでありんすか? 改まって」

 

 指示を出し終えたアルベドが引っ込んだのを見計らって、デミウルゴスはシャルティアを引き留めた。

 アウラとマーレもそれぞれ役目を受けて歩き出しているので、留まっているのはコキュートスを含めた三人だけだ。尤も双子の闇妖精は何かを聞かれる前に行ったと考える方が妥当であるのだが。

 

「さっき何の話をしていたんだい?」

 

 切り出された疑問に、シャルティアは少し考える様子で口を開く。

 

「ええと、正妃がどちらかと言う話だったと思うでありんすが……」

 

「…………本当かい?」

 

「嘘をつく意味がありんせんが」

 

 全く聞いていなかった会話の中身に、デミウルゴスは一瞬言葉を失った。

 そして思わず問い返すが、シャルティアの言葉を疑った訳ではない。行き着いた結論に、少し驚いてしまっただけなのだ。

 

 そうであるなら、成る程。アウラの態度も、マーレの態度も、納得のいくものだ。

 そしてシャルティアと争っていたアルベドの態度は気がかりではあるが、愛していると公言していたのだから分からなくもない。

 

「ワカッタノカ?」

 

「ああ、分かったとも。成る程、成る程……」

 

 横で会話を見守っていたコキュートスがデミウルゴスに尋ねれば、彼は数度頷いてから改めてシャルティアに言ったのだ。

 

「シャルティア、残念だが二人とも正妃の座は諦めるべきだね」

 

「……どうして?」

 

「御正妃はきっと、ことり様になられるからだよ」

 

 

 

 

 

「お、お願いされたのに、ばらしちゃうのはどうかと思うよ、お姉ちゃん」

 

「こればっかりは言い返す言葉もないわ……」

 

 二人並んで第一階層を目指す双子は通常運転だ。敢えて言うならいつもマーレを引っ張るアウラの方が弱冠凹んでいる位だろうか。

 

 正妃がどちらか言い合う二人に、思わず割って入ろうとしてしまったのだ。

 正直言って危なかった。

 だがことりが戻って来たと聞いて浮かれたと言うのもあるだろう。

 

「……ことり様、戻ってきたって仰ってたね」

 

「うん、仰ってたね」

 

「またあたしたちの家に遊びに来て下さるかしら」

 

「……きっと来てくれるよね」

 

 言い合いながら無邪気にはにかむ様子は、年相応より少し幼く見えるくらいだ。だがそれを差し引いても見ている方が幸せになるような、そんな様子で笑い合う。

 

 ことりが亡くなったと、落ち込んだ様子で創造主が嘆いていた時、アウラもマーレも同じ位悲しくなった。

 ぶくぶく茶釜達の所謂女子組は、二人を大層可愛がってくれていた。ことりも例に漏れず、よく三人と連れ立って遊びに来てくれていたので、もう会えないと知った時は凄く悲しかった事を二人は覚えている。

 

「マーレ、ことり様の事大好きよね」

 

「お姉ちゃんも、でしょ」

 

 照れたように頬を染めて、困ったようにないしょにしてと、そう慌てていたことりを思い出す。また会えると思うと、それだけで嬉しくなってしまう。

 

「は、早くお会いできるといいね」

 

「そうね、早くお元気になるといいわね」

 

 楽しげに笑い合う二人の足取りは軽く、跳ねるようなものだった。

 

 




える、しってるか……
主人公出てきてないんだぜ……

原作と重なってるとこ書くの超つらたん……

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