ユカリからオボンのみを貰い、『ヒューマフォルム』に戻った俺はすぐに施設から離れ、町まで戻って来た。しかし、さすがにポケモンセンターは入れなかったので近くの店に入ることになった。
「じゃあ、説明してくれますね?」
少しだけむくれているユカリに問いかけられる。
「……ああ」
そして、俺は自分自身のことを手短に話した。
『トーマ、一応、私のことも話しておいてくれ』
『え? いいのか?』
『ああ、頼む。ユカリには知っておいてほしいのだ』
話している最中、テレパシーでリオルからお願いされたため、リオルのことも話した。
「……そうですか」
「ゴメンな? 話さなくて」
「いえ、そんなこと、気軽に話せるわけありません。気にしないでください!」
ユカリは微笑みながらそう言ってくれた。
「……決めました」
「へ? 何が?」
「私、トーマさんに付いて行きます!!」
「……は?」
言っている意味が分からず、聞き返してしまう。
「だって、トーマさんってばあんなに無茶な戦い方してるんですよ!? 私、心配で心配で旅の続きなんか出来ません! ね! チコちゃん!」
ユカリの隣で美味しそうに水を飲んでいたチコリータも葉っぱをブンと振って肯定した。
「……さっきも言ったように俺たちを狙ってる奴らがいるんだぞ?」
リオルもそうだったが、今回は俺だった。俺たちに付いて来るということはそれなりに危険な目に遭うだろう。
「わかっています。その時は守ってくださいね?」
『……だそうだぞ?』
ニヤニヤ笑いながらリオルがチラリと俺を見る。判断は俺に任せるようだ。
「いや、駄目だ。きけ――」
「トーマさん、方向音痴ですよね?」
「……いや、しかし」
「それに今回、私がいなかったらトーマさんはどうなっていたんでしょうか?」
「…………それでも」
「リオル、私、付いて行ってもいい?」
『私は良いのだが、トーマはどうなのだろうな?』
リオルとユカリとチコリータはニヤニヤしながら俺を見ている。
「……あああああ!! わかったよ! 一緒に来い! でも、少しでも危険だと思ったらすぐに別れるからな!?」
「危険なのは重々承知ですよ?」
「俺たちが守り切れなくなったらの話だっての!」
「はい、わかりました。では、しばらくよろしくお願いしますね?」
ユカリはニッコリ、笑ってそう言った。
「……はぁ」
それに対し、俺はただため息を吐くしかなかった。
「それにしてもトーマさんって去年のポケモンリーグに出てたんですね」
「……まぁ、な」
「どうして、隠してたんですか?」
「いや、別に言うことでもないだろ?」
『いや、お前は露骨に話を逸らしていたぞ?』
隣でハンバーグを食べているリオルに痛い所を突かれる。
「……色々あるんだよ」
「もう、話してくださいよ! 仲間じゃないですか!」
「いや、だって……」
「どうして、サーナイトしか使ってなかったんですか?」
目を逸らす。しかし、ユカリに両手で頬を挟まれ顔を戻されてしまった。
「……えっと」
「うんうん」
「俺だって、最初は6匹いたさ……でも、その……逃がしたり、人に譲ったりして最終的にはサーナイトだけに」
ポケモンリーグの時はもう一匹出していたけど今は言わなくてもよさそうだ。別に帰って来る予定もないし。
「……トーマさん、バカなんですか?」
「仕方ないだろう!? 色々あったんだよ!!」
『いや、私もそう思う……だが、サーナイトだけは手放さなかったのだな』
「サーナイト自身、離れたくないみたいだったからな」
「それじゃ、トーマさんのポケモンたちが自分の意志でトーマさんから離れたみたいな言い方ですよ?」
ユカリの質問に首肯して答えた。
「嫌われたんですか?」
「違う……多分、あいつらも一緒にポケモンリーグに出たかったんだと思う」
皆、別れの時、かなり迷っていたからきっと当たっているはずだ。
『では何故、別れたのだ?』
「だから言ったろ? 色々あったんだって」
「……そうですか」
頑なに話そうとしない俺を見て諦めたのか、ユカリは少し残念そうに頷いた。
「それに、これから会いに行くんだからその時にでも話してやるよ」
「……え?」
『旅の目的は私の記憶を取り戻すだけではなかったのか?』
「最初そうだったけど、多分、お前とサーナイトだけじゃ無理だ。戦力的に足りない」
今回、敵は2人だけだったからよかったものの、きっと大きな組織が俺とリオルを狙っているはずだ。眼鏡は俺が怪物になることを知っていた。もしかしたら、リオルと俺を狙う組織は繋がっているか、一緒かもしれない。
「じゃあ、トーマさんの旅は?」
「仲間集め。あいつらの意志を尊重するけど、もう一度、俺のポケモンにならないかって誘ってみるつもりだ」
『仲間か……そう言えば』
『仲間』という単語で何か思い出したのかリオルが俺の方を見る。
『どうして、サーナイトは私を睨んでいたのだ? 別に悪いことをしていたわけでもないし』
「それなんだよなぁ……」
「サーナイトってどんな子なんですか? トーマさんが大好きなのは見てわかりますけど」
「うーん……とにかく、俺にくっ付きたがるかな? それにめちゃくちゃ嫉妬深い」
「嫉妬?」
不思議そうにユカリが首を傾げた。
『トーマはポケモンに好かれやすいから妬いているのではないのか?』
「そうだとは思うんだけど……何故か、メスに対しては度が過ぎてて。睨んだり、突然、攻撃したりするんだよ」
「『……メス?』」
「ああ、オスはちょっと不機嫌になるくらいなんだけど……メスだけは、な」
理由は未だにわからない。
「……それって、つまり。サーナイトはトーマさんをオスとして好きってこと?」
「……いや、ないない。だって俺、人間だし」
『ポケモンの血が混ざっているではないか』
リオルの言葉を否定できない自分が悲しかった。確かに、ポケモンに好かれやすい理由が『相手が俺のことをポケモンだと認識している』と思えば、納得がいく。
「それに、リオルの<バトンタッチ>で交代出来るじゃないですか」
「……いやでも」
『データなし。データなし。早急にこのポケモンのデータを収集せよ』
ユカリが持っていたポケモン図鑑が俺をポケモンだと言い放って俺は諦めた。
「俺は……ポケモンだったのか」
「ま、まぁ、人間とポケモンのハーフ、みたいな感じじゃありませんか?」
『そ、そうだとも! トーマは人間でもあり、ポケモンでもあるのだ!』
二人が必死に俺を励まそうとしてくれている。
「二人とも……ありがとな。でも、俺がサーナイトに好かれている理由はわかったけど、どうしてリオルを睨んだんだろう?」
『だって、私、メスだし』
「あ、そうか。リオルはメスだったのか……ん?」
「……え? メス?」
俺とユカリが目を合わせてもう一度、リオルを見た。
『そうだぞ? 言ってなかったか?』
「言ってねーよ! お前、メスなのかよ!?」
『何だ、その言い方は!? メスで何が悪い!?』
「いやでも、話し方がメスっぽくないし」
『そもそも、ポケモンは喋らん! テレパシーの効果でこのような伝わり方になっているだけだ!!』
それだけ言うとリオルは怒りながらハンバーグを食べる作業に戻ってしまった。
「……ああ、もう嫌だ」
「え? 確かにリオルがメスだったことは驚きですが、そこまで嫌がりますか?」
「……俺、今まで手持ちにオスがいたこと、ないんだよ」
「……それはつまり?」
「俺が捕まえたポケモン、全部メス」
サーナイトをボールから出す度に大乱闘になるのだ。止めるために『モンスフォルム』になった回数は数え切れない。
しかも、リオルのことをオスだと思っていただけあってショックも大きい。まぁ、サーナイトも最近、落ち着いて来たから大乱闘にはならないようだが、やっぱり出来るだけボールから出さないでおこう。
『ご馳走様でした!』
リオルが眉間に皺を寄せながらそう挨拶する。もちろん、きちんと手を合わせて、だ。
「……リオル」
『何だ?』
「ゴメンな?」
『……何、もう怒ってなどいない』
「いや、そうじゃなくて」
俺が否定するとリオルは訝しげな顔で俺を見上げた。
『では、何について謝っているのだ?』
「その傷」
そう言いながらリオルのほっぺを撫でた。今も、大きめの絆創膏を貼って傷を隠している。
「オスだからいいかなって思ってたけど……メスなら別だよな。ゴメンな、この傷。放っておいて」
『ッ……い、いや別にお前のせいではないし。それに……私が助かったのはお前のおかげだ。その……ありがとう』
「……そっか。そう言って貰えると助かるよ」
「あれ? リオル、私にテレパシーは?」
どうやら、ユカリにはテレパシーを送っていないようだ。ユカリがちょっと悲しそうにしていた。
『い、色々あるのだ! 色々!』
そう言ってリオルは椅子から飛び降りる。
『では、二人とも! 出発しようではないか!』
「……ああ!」
俺も席を立ってリュックサック(ここに来る前にポケモンセンターで拾っておいた)を背負ってユカリの方を見た。
「ほら、行こうぜ? ユカリ」
「はい!」
ユカリはチコリータを抱っこして俺の隣に立つ。そして、4人一緒に店を出た。
「それで、次はどこに行きます?」
「うーん、今の所、場所を知ってる奴がいないんだよ」
「……え? じゃあ?」
「目的地はなし、だな」
『まぁ、そんなことだろうと思ったよ』
リオルがため息を吐きながら前を歩く。その時、右上から大きな音が聞こえた。
「ん?」
「どうしたんですか? あ、あれってポケモンコンテストの中継ですかね?」
音がした方を見ると大きな画面にポケモンがたくさん、映っている。ユカリも俺の視線を追ってテレビを見てそう聞いて来た。
「そうみたいだな」
(ポケモンコンテスト……じゃあ、もしかしたら?)
「私、ポケモンコンテストを一度でもいいから会場で見てみたいんですよね!」
「じゃあ、行くか?」
「……え!? いいんですか!?」
俺の提案が意外だったようで目を丸くするユカリ。
「別に目的地もないし」
テレビをもう一度、見てみるとポケモンコンテストが丁度、終わったところだった。
『それでは、次回はガンダンタウンにてお会いしましょう! お疲れ様でしたぁ!!』
「ガンダンタウンかぁ」
「その町ならここから3日ほどで着きますよ! 行きましょう!」
『私も異論はないぞ』
「……ああ、そうだな」
皆の意見がまとまったところで、俺たちは再び、歩き始めた。次の目的地へ向かって。
「……ほう」
男の前には一つのディスプレイがある。そこには黒い髪を持った少年がいた。丁度、アギルダーの<きあいだま>を<すてみタックル>で弾き飛ばしている所だった。
「やはり、私の目に狂いはなかったようだな」
(リオルと一緒に旅に出た少年。彼は私の計画のキーとなる人間だ。いや、ポケモンというべきか)
「まぁ、別にいい。後はどうやって、捕獲するか、だ」
少年の手持ちにいたあのサーナイトはかなり、強い。きっと、下っ端では手も足も出ないだろう。
「……いや、待てよ?」
そこで、男は何か思いついたようだ。そして――嘲笑。
「何だ、簡単なことではないか」
男はニヤニヤしながら画面を見つめる。その眼はすでに、狂気の色に染まっていた。
これにて第2章、完結です。
第3章ですが書き終わり次第、投稿し始めますのでしばらくお待ちください。