「ターゲット、捕獲」
ぐったりしたまま、地面に倒れているトーマさんを見て煙の向こうから4人の男がこちらに歩いて来る。
「トーマさん!」
そう何度も呼びかけるが、トーマさんは目を覚まさない。そして、2人の男がトーマさんを抱えてしまう。
「トーマさんを離して!」
「うるさい。子供は引っ込んでろ」
近づこうと前に進むが、すぐに残った二人に邪魔されてしまった。
その隙にリオルが片方に<はっけい>を撃ち込むために邪魔している男たちを潜り抜けて、一気にトーマさんに接近する。
「ぁッ……」
だが、ガブリアスの<ドラゴンダイブ>をもろに受けてしまい、ポケモンセンターの壁に叩き付けられてしまった。
「リオル!」
慌ててリオルの元へ駆け寄る。かなりダメージは受けているものの、少し休めば回復できる程度の傷だ。
(【キズぐすり】を使えば、楽になるはず……)
そう思いながらバッグから【キズぐすり】を取り出す。
「ッ――」
「ちょ、ちょっとリオル!」
しかし、【キズぐすり】を使う前にリオルは立ち上がってしまった。フラフラしている。
「駄目だって! 今、動いたら!」
『うるさい! トーマが……トーマが連れて行かれそうなんだぞ!』
「……え?」
突然、脳裏に響いた声。それはリオルがいる方から聞こえたような――。
呆然としているとガブリアスに向かって<でんこうせっか>を繰り出すリオル。リオルの体がガブリアスに当たるも、全く効いていない。更に横からストライクが<つばさでうつ>を放ち、リオルは吹き飛ばされた。
「リオル、撃破。こいつはどうしますか? はい……はい。了解です。引き上げるぞ!」
端末で誰かと話していた男が指示を出すとトーマさんを抱えたまま、男四人はポケモンセンターを出て行こうとする。
「まっ……」
咄嗟に止めようとするも、ガブリアスとストライクに睨まれて、動けなくなってしまった。私が動けなくなったのを見ると2匹は男たちを追ってポケモンセンターを後にする。
(と、トーマさん……)
それからしばらく、ポケモンセンターに出来た大穴を見つめていた。
『ぐっ……』
その時、再び脳裏に響く声。
「リオル!」
我に返った私は地面に倒れていたリオルを抱き上げる。先ほどよりも傷が深い。これはちょっとマズイかもしれない。
「ジョーイさん! リオルがッ!」
振り返って叫ぶ。だが、そこには誰もいない。あんな事件があったのだ。皆、逃げて当然である。
「……チコちゃん。手伝って」
私の隣でリオルを心配そうに見ていたチコちゃんにお願いする。私のお願いを聞いたチコちゃんは首を傾げた。『何をするの?』、と質問したいようだ。
「私たちでリオルの怪我を治す。このまま、放っておけば命に関わるの。だから、お願い」
頭を下げてもう一度、お願いする。チコちゃんは私の膝にポンと手を乗せて頷いてくれた。
「よし! やろう!」
自分に言い聞かせるように大声を上げて、リオルを抱えたまま立ち上がる。そして、無事だったソファに寝かせた。
「チコちゃん、ポケモンセンターのどこかに薬があると思うの。探して来てくれる?」
私の指示を聞いたチコちゃんは頷いてトテトテとポケモンセンターの奥へ向かう。
「その間に私は……」
先ほど取り出した【キズぐすり】をリオルの体に吹き付ける。チコちゃんが戻るまで時間稼ぎをするのだ。
『……くっ』
体に痛みが走り、目が覚めた。目を開けるとユカリとチコリータが私を心配そうに見ていた。
「リオル、大丈夫?」
『あ、ああ……』
ユカリの質問に答えながら体を起こすとボロボロになったポケモンセンターが目に入る。
「……やっぱり、テレパシーが使えるんだね?」
少し驚いた様子でユカリが問いかけて来た。
『え? あ、しまった……』
無意識の内にテレパシーを使用していたようだ。トーマに秘密にしていろと言われていたのだが、その約束を破ってしまった。
『そ、そうだ! トーマは!?』
もう、テレパシーのことはばれているので遠慮なく使う。
「……連れて行かれちゃった。ゴメン」
ユカリは俯きながら謝る。
『……いや、お前のせいじゃない。私がもっと強ければこんなことには』
あのガブリアスやストライクはかなり、強い。あのトーマでさえ(もちろん、怪物モードではなかったが)やられてしまったのだ。
「そんなことないよ! リオル、最近トーマと旅を始めたんでしょ? まだ、レベルが低いんだよ」
『そうじゃないんだ……』
トーマが連れて行かれたのは私と出会って、怪物化した姿をあの黒いスーツの奴らに見られたからだ。あの男たちの波動は何だか、気持ち悪くてよく覚えている。そして、さっきトーマを連れて行った奴らからも同じような波動を感じた。
「どういうこと?」
『……すまぬ、さすがに言えない』
トーマが怪物化するのは私の口から言ってはいけない。それぐらい、わかっている。
「そっか……」
ユカリは少し、残念そうに呟くが追究して来なかった。
『ん?』
その時、地面にモンスターボールが落ちているのに気付く。ソファから降りて拾った。
『こ、これ……』
「リオル? どうしたの?」
『このモンスターボール! トーマのだ!!』
「え!?」
では、今、トーマは本当に丸腰。これを見つけるまではこのモンスターボールに入っているポケモンを使って脱出するだろうと見越していたのだが、そのモンスターボールがここにあるってことは――。
『トーマ!』
「ま、待って!」
慌てて駆け出した私の肩をユカリが掴んだ。
『待てるわけないだろう! トーマは今、本当に独りなんだ!!』
「だからって、出鱈目に突っ込んでもやられるだけだよ!」
『ぐっ……』
そうだ。あいつらにはガブリアスとストライクがいた。今の私では勝てない。
『じゃあ、どうしたら!』
「トーマさんってリオルとそのポケモン以外、持ってないの?」
『ああ、腰には私とこのモンスターボールしか付けていなかった』
「そのポケモンって?」
『見たことはない。いつも、私の前では出そうとしなかったから』
食事の時も茂みの向こうに行ってあげていたようだ。何故か、帰って来た時、服が乱れていたのでよく覚えている。
「……トーマさんにとってその子、切り札なんじゃない?」
『切り札?』
「うん。わけあってあまり、外に出したくないけど、ピンチになった時のために連れてるんじゃない?」
確かに、私が襲われた時のことを考えて用意していたのかもしれない。
『でも、その切り札は今、ここに……』
「届けよう」
『え?』
「私たちがその子をトーマさんに届けるの! 私とリオルとチコちゃんの力を合わせて!」
『だ、だが……』
それではユカリが危険な目に遭ってしまう。
「私たちよりトーマさんの方が危険な状態だよ!」
私の心を読んだのかそう言うユカリ。その目にはやる気の炎が灯っていた。
『……わかった。一緒に行こう。チコリータ、手伝ってくれるか?』
私の問いかけに葉っぱをブンブンと振ってチコリータは答えてくれる。
「まずは、どこに行ったのか見つけないと」
『手がかりは?』
ユカリは首を横に振った。
『いきなり、詰まったか……ん?』
腕を組んで考えていると何だか、良い匂いがするのに気付いた。
『この匂いは……』
くんくんと匂いを辿るとチコリータの葉っぱに行きつく。
「どうしたの?」
『いや、良い匂いがするから何だろうと思って。チコリータだったけど……あ!』
急いでポケモンセンターの外に出て匂いを嗅ぐ。
「リオル?」
『見つけた!』
「え!?」
『チコリータの匂いがトーマに染みついているんだ! この匂いを辿れば!』
「チコちゃん! やったよ!」
ユカリは笑顔でチコリータを抱き上げる。そのチコリータは『すごいでしょ!』みたいな顔で踏ん反り返っていた。
『ほら! 喜ぶのはまだ早い! 行くぞ!』
「うん!」
匂いを辿って私たちはトーマの救出に向かった。
なお、ジョーイさんは預かっていたポケモンたちを他のトレーナーと協力して避難させていました。
……仕事放棄してるわけじゃないよ!