『おお~!』
リオルが目を輝かせて、目の前の景色を見ている。そこには大きなビル、行き交う車、そしてたくさんの人。そう、キメノシティに着いたのだ。
『これがキメノシティかっ!』
『ああ、俺のいた町から一番、近い町だ。ここで買い物をしていく』
町の中でリオルに話しかけるのは少々、目立つのでテレパシーを使う。
『買い物? 何か足りない物でもあるのか?』
『それを探しに行くんだよ。食料も少なくなって来たし、調達しないと……』
しかし、この町の存在は知っていたが来たことはないため、どこに何があるのかさっぱりわからない。
『とりあえず、ポケモンセンターによって荷物を置いてこよう』
『ポケモンセンター?』
首を傾げながら見上げて来るリオル。どうやら、ポケモンセンターを知らないらしい。
『ポケモンの体力を回復させたり、トレーナーが泊まったりできる施設だよ。部屋を借りてそこに荷物を置いてから買い物だ』
『へぇ、そんな所があるのだな』
感心したようにリオルがうんうんと頷く。その行動も傍から見たら滑稽だろう。
『おい、あまり変なアクションを取るなって。目立つから』
『おっと……それはすまな――』
「待ってええええええ!!」
突然、後ろから叫び声が聞こえ振り返る。
「なっ!?」
俺は驚きのあまり、短い悲鳴を上げてしまった。
『と、トーマ! 避けて!!』
下からリオルも叫ぶが間に合いそうにない。
「あぶっ」
何故か、俺の顔面に向かって『チコリータ』が突進して来たのだ。回避することもできずに俺はそれを顔で受け止めた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
ひたすら、俺に頭を下げ続ける一人の女の子。見た目から12歳ぐらいだろう。かれこれ、10分間は謝り倒している。
「い、いや……大丈夫だからもういいって……」
チコリータを抱えたまま、女の子を宥める。周りの目が痛い。
「で、でも、私のチコリータがご迷惑を……」
「まぁ、慣れてるから……お前もちゃんとご主人様の言う事を聞かなきゃ駄目だろ?」
チコリータの目を見ながら説教する。すると、チコリータは頭の葉っぱをダルンとさせた。反省しているらしい。
『トーマ、本当に大丈夫か?』
「ん? お前も心配してくれるのか? ありがとう」
他の人から見ても不自然にならないようにリオルの頭を撫でる。
「とりあえず、チコリータを返すよ」
「は、はい! 本当にすみませんでした! もう、駄目でしょ?」
そう言いながらチコリータを抱え直す女の子は俺の足元にいるリオルに目を向けた。
「うわぁ! リオルだ!」
女の子は目をキラキラさせてリオルを観察する。この地方では珍しいポケモンだから仕方ない。
「どこでゲットしたんですか?」
『ゲットしたのではない。ゲットされてやったのだ』
2階から飛び降りてそのまま、ゲットされた奴が何を言う。
「まぁ……色々あってな」
答えになっているようでなっていない回答を返す。
「へぇ~! 触ってもいいですか!?」
「どうだ?」
『まぁ、よかろう』
「いいって」
「ありがとうございます!!」
ニコニコしたまま、女の子がリオルの頭を撫でる。リオルも少しだけ気持ちよさそうな表情を浮かべた。
「あ、すみません! まだ名前、言ってませんでしたよね……私、ユカリっていいます」
リオルから手を離し、慌てた様子でユカリは自己紹介する。
「俺はトーマ」
「トーマさんですね。先ほどは本当に……」
「だから、いいってば。昔からポケモンに飛び付かれるんだよ」
これは本当。野生でもトレーナーのポケモンでも関係なく、俺に飛び付いて来るポケモンがいるのだ。普段なら躱したり、受け止めたりできたのだがチコリータの場合、不意打ちだったため顔面で受け止めることになったが。
「ポケモンに好かれやすいんですね」
「うーん、まぁ、そんなところかな?」
俺も詳しいことはわからないのだが、ポケモンの血がポケモンに好かれやすい原因らしい。においとか雰囲気とか。まぁ、今のところそれほど酷い目に遭っていないので良しとしよう。
(いや……遭ってるか)
『どうしたのだ?』
「いや、何でもない」
「?」
ユカリにはリオルの声は聞こえてないので、俺が突然、言葉を発したように見えたようだ。
「何でもないよ。じゃあ、そろそろ俺たち、行くから」
「はい! 本当にありがとうございました!」
ペコリと頭を下げてユカリはお礼を言う。それに手を挙げるだけで答え、俺たちは歩き始めた。
『イイ子だったな』
『そうだね。チコリータの件は俺のせいでもあるし、少し悪いことしちゃったな』
『そう言えば、ポケモンに好かれやすいらしいな。確かに、トーマからは良い匂いがする』
『マジか……』
今回はチコリータだったからよかったものの大きなポケモンに抱き着かれたらプチッと潰されてしまう。早急に対処しなければ。
「あれ? トーマさん?」
「へ?」
前から声をかけられ顔を上げるとチコリータを抱えたユカリがいた。
「奇遇だね。まさか、こんなに早く再会するとは」
「……私たち、一歩も動いてませんよ?」
「え?」
そう言われ、辺りを見渡すとチコリータに抱き着かれた場所だった。
「「……」」
何やら、俺とユカリの間で何とも言えない沈黙が流れる。
「も、もしかしてトーマさん……方向音痴?」
「ソ、ソンナワケナイジャナイデスカ」
「因みにトーマさん、どこから?」
「えっと……」
自分の故郷の名前をユカリに告げた。
「ここまで何日、かかりました?」
「4日目です」
「……ここまで2日で来れる距離ですよ!!」
鋭いツッコミを入れるユカリ。
『……トーマ?』
「い、いや違うんだよ、リオル? 俺だって好きで迷ってたわけじゃないんだよ? ただ、地図の読み方とかよくわかんなくて……」
『迷っていたならそう言えッ!』
「ごほッ!?」
リオルは俺の鳩尾に向けて<はっけい>を繰り出す。避けられるはずもなく俺はその場で崩れ落ちた。
「と、トーマさん!? 大丈夫ですか!?」
ユカリとチコリータが俺に駆け寄って来るが、チコリータは再び、俺の顔面に貼り付いた。
「きゃああああっ!? チコちゃん! やめて! トーマさん、息できなくなるから!!」
『そのまま、窒息死してしまえ! この方向音痴!!』
お腹の痛みと息苦しさの中、ユカリの悲鳴とリオルの罵倒が重なった。