ラビットハウスのパティシエさん   作:森フォレスト

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バータイムの初仕事

 ラビットハウスは昼は喫茶店、夜にはバーへと姿を変える。喫茶店の時はカオルやチノ、ココア、リゼが働き、夜のバータイムの時はタカヒロとティッピーが働いている。そんなバータイムの時間に、何故かカオルはカウンターにたっていた。

 

「……俺ってパティシエだよな?」

 

「そうじゃな」

 

「なんでカクテル作って、つまめるものを作ってるんだ……?」

 

「多才な孫を持ってワシも鼻が高いわい」

 

「父さんも一度、カオルと働いてみたくてな……嫌なら断ってもいいぞ?」

 

「……親父の頼みを無下にはできねぇよ」

 

「カオル……」

 

「顔を赤らめるな、気持ち悪い」

 

「カオル……」

 

「息子よ、なにショックを受けとるんじゃ」

 

 自分の部屋で本を読んでいたカオルにタカヒロはバータイムのヘルプに入ってみないかと提案した。カオルは一度、父親の働く姿を見てみたいと思い、承諾したのだが……

 

「案外、忙しいのな……」

 

「何故か今日は特別多いな。いつもはもう少し落ち着いているんだが……」

 

 思ったよりもお客が多く、それにともないやらなければならないことも多かった。

 

「カオル、パフェの注文が入った。頼めるか?」

 

「任せろよ、親父。俺はそっちが本業だからな」

 

「頼もしいな」

 

「……カオルも馴染みだしたのう」

 

 現在の仕事をやり終え、厨房へと移動するカオルを見て、ティッピーはしみじみとそう言った。

 

 

 

 その後も客足はなかなか途切れず、ついには閉店時間の一時をむかえた。客がいなくなった店内でカオルは椅子に座りながら天井を見つめていた。

 

「あ、ありえないほど疲れたぞ……」

 

「お疲れ様。助かったよ、カオル」

 

「ご苦労様じゃないのか」

 

「共に働いた仲間さ。仕事が終われば上下関係なんてない」

 

「はー……いつもこんな感じなのか?」

 

「今日は特別だな。カオルがいたからなのか、デザート系統の注文がいつもの倍だったな」

 

「一日中作ってるからな。最近じゃ、コーヒーもそこそこなものを淹れれるようになったよ」

 

 カオルは姿勢を変えずにそのままタカヒロと話をする。そんなカオルをタカヒロは暖かい目で見ていた。

 

「カオルも、見ないうちに立派になったな」

 

「24だからな……とはいえ、正直まだ大人になりきれてないよ。物事がうまくいかないと腹が立つし、考え方だって一辺倒なところもあるし……なにより、それを自覚していてもどうにもできない」

 

「大人だって同じさ。ある場所で折り合いをつけたり、創意工夫でのりきったり、自分を納得させるやり方を覚えて落ち着いていくんだ。むしろ、若い頃にはできていた、とりあえずやってみるということが怖くてできなくなる」

 

「…………」

 

「親父も、苦労して喫茶店を立てて借金を背負って返せなくて、毎日うさぎになりてぇ……と愚痴ってたからな。俺がバーでもやったらどうだと言っても、さらに借金増えるのが怖くて消極的でな」

 

「あー……そういや、じいさんはいつもうさぎになりたいっていってたな。どうだ、じいさん夢が叶った感想は? ……ってあれ? じいさんは?」

 

「もう寝たな。寝てる姿が可愛いと、酔ったお客に人気なんだ」

 

「……うさぎだからな」

 

「まあ、なんだ……結果的に、なんとかなって今に至るわけだが……あー……父さんが言いたいのは、大人だ、なんだと深いことは考えずにやりたいことやればいい。それが若者の特権だ。そして、年を食ってからは恐れずやる勇気を持て。こんなところだな」

 

「……ありがとな、親父」

 

「ふっ……なにか飲むか?」

 

 タカヒロはカクテルシェイカーや酒をとりだし、カオルに問いかける。カオルが答えようとしたとき、店の扉が開き、何者かが店内に入ってくる。

 

「よぉ、タカヒロ。来てやったぞ」

 

「……店じまいだぞ。いい加減、閉店後に来るのはやめろ」

 

「固いこと言うなよタカヒロ。お前とゆっくり話せるのは閉店後だろ」

 

「息子との二人きりの時間が……」

 

「息子?」

 

 やって来たのは鼻元と顎に髭を生やし、左目には眼帯をしている男性だった。その男性はタカヒロと親しげに話し、カオルをじっと見つめる。

 

「……ふむ。お前がタカヒロの息子か?」

 

「そうですが、あなたは……っ!?」

 

 カオルに問いかけながら近づき、しゃべるカオルめがけて蹴りを入れようとする。カオルはそれをとっさに体をひねって避ける。

 

「ほう……! 今のを避けたか」

 

「な、なにするんですか!? 危ないな!」

 

「いやあ、悪い悪い。タカヒロの息子と聞いて、ついつい試したくなってしまった」

 

「おい、お前。カオルが避けたからよいものを……当たっていたら本気でお前の骨を折っていたぞ?」

 

「や、やめろよ、タカヒロ。目が本気だぞ……」

 

「俺は本気だからな」

 

 その男性は冷や汗をかきながら、カオルに向き直り、手を差し出す。

 

「タカヒロの息子ならわかるとは思うが、俺はここで働くリゼの父親だ。よろしくな」

 

「は、はぁ……どうも……」

 

 カオルも手を差しだし、少し戻した。すると、リゼの父親はカオルの手首を掴もうとしていたのか、ぐいっと手を伸ばした。カオルはその手を掴み、握手をした。

 

「……気に入ったぞ」

 

「冗談抜きで怖いですよ……」

 

「なぜわかった?」

 

「なんか、前に重心かかってましたし……」

 

「タカヒロ」

 

「反抗期の時に何回か戦場に連れ出したことがある。怯えるカオルは可愛かった……」

 

「やめろ、若干トラウマなんだぞ、あれ!」

 

 さらっとすごいことを言い出すタカヒロに、カオルは声をあらげる。

 

「大変だったな……」

 

「おかげで比較的素直に育ちましたね」

 

「名前は?」

 

「カオルです」

 

「よし、カオル。俺の息子にならな---じょ、冗談だよタカヒロ。睨むな」

 

 リゼの父親はそのままカウンター席に座り、タカヒロに酒を注文した。タカヒロは「倍の値段だからな」と付け加え、注文された酒をリゼの父親の前においた。

 

「じゃあ、カオル。リゼを嫁にどうだ? 我が娘ながら気立てはいいぞ」

 

「本人の意志そっちのけでそういう話はしない方がいいですよ?」

 

「そうだな……リゼは怒ると怖い……前に喧嘩したときは一週間もの間、口をきいてくれなくてな……」

 

「そのたびにやけ酒飲みにここにくるからな、お前」

 

「飲まずにいられるか!」

 

「大変だな、親父も……」

 

「まあ、退屈はしない」

 

 カオルの言葉にタカヒロは小さく笑いながらそう言った。そんな二人をみながらリゼの父親はカオルに声をかける。

 

「カオル。お前、俺にもタメ口でいいぞ」

 

「そうは言われましても……」

 

「いいっていってるだろ。気にせず気軽に話せ。敬語使ったら露骨に嫌な顔してやるからな。あと、今日は迷惑料も兼ねておごってやる。好きなものたのめ。タカヒロが喜んで作ってくれるぞ」

 

「は、はぁ……じゃあ、タメ口で……」

 

「カオルは何を飲む? なるべく高いやつをたのむといい。あとはデザートやらサイドメニューもおすすめだ」

 

「おい、タカヒロ。ここぞとばかりに金を使わそうとするなよ」

 

「迷惑料だ」

 

「手厳しいな……ん? コーヒーゼリーなんて追加したのか」

 

「それはカオルの作ったものだな。バータイムは限定20食で作りおきしてもらってるものだ」

 

「ほう……甘いものは苦手だが、これは食えそうだな。タカヒロ、一つくれ」

 

「わかった」

 

「目の前で自分の作ったものを食べられるのは少し緊張するな……」

 

「カオルの作るものはどんなものでも旨い」

 

「タカヒロ、親バカも大抵にしろよ?」

 

「お前に言われたくはないな。ほら、コーヒーゼリーだ。味わって食べろ」

 

「どれ……」

 

 タカヒロはコーヒーゼリーを出すと、リゼの父親はそれを口に運ぶ。

 

「……タカヒロ。持ち帰りはあるか?」

 

「残念ながら、それが最後の一個だ」

 

「そうか……カオル」

 

「な、なんだ……?」

 

「旨かったぞ。今度は昼間に来て食べることにする」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「…………」

 

「あ、いや、ありがとう、リゼの父さん」

 

 カオルが敬語でお礼を言うと、露骨に嫌な顔をされたので言い直す。結局、店を完全に閉めることができたのは3時を過ぎた頃であった。




カオル「親父の友人はバイオレンスだな」

タカヒロ「悪いやつではないんだ」

カオル「本気で蹴りを入れようとしてたよな?」

タカヒロ「悪いやつではないんだ……」

カオル「…………」

タカヒロ「……すまん」

カオル「親父が謝ることじゃないさ……」

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